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【閉ざされた、】

38.兆し

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アラストがおかしくなったとはいえそれ以外特に変化はなく気がつけばアラストと過ごすのもあと一週間になった。千佳のこともあってアラストにはいい印象がなく出来るだけ関わりたくない相手ではあったが今では一緒に過ごすことになんの問題もない。女性──神子を大切に扱うところがときにいきすぎて軟派な印象を受けるがそれは染みついたものでどうにもできないのだろうと梓は解釈している。だから梓は穏やかに話すアラストが余計な一言を言えば適当に流し、その反応に声を出して笑うアラストを眺めるのだ。ときどきつられて微笑んでしまうのはそれなりに気心が知れる間柄になってしまったからだろう。
──とはいってもアラストは数日がかりの魔物討伐によく行くようになって顔を合わせる機会は少なかった。


「アラスト今日も魔物退治に行ってて寂しい……」
「いやいやいや、なんで自分の聖騎士じゃないのに知ってるって話なんだけど。それにその台詞は樹が言うもんじゃね?」
「ケーキ美味しい……」
「樹も樹!ちゃんと千佳しめとかないから調子のるんだよ」
「白那うざいんだけどー、ってか私とアラストの仲を妬むとかやめてくれない?」
「はっああ?!あームカつく!やっぱ来るんじゃなかった!」


頭をかきむしりながら叫ぶ白那を見ながら梓はケーキを食べる。ここ最近恋愛ごとに口を出すデメリットをよく学んだところだ。ケーキでも食べて精神の調和をはかっておかないとこの女子会はのりきれないだろう。
──それにしても千佳はなんで女子会がしたいなんて言ったんだろう。
今朝のことだ。
寝起きで眠い目を擦りながら梓が花の間に行ったとき『樹おはよう!ね、女子会しない?』と急な誘いを千佳から受けた。アラストのことを一言も言わなかったばかりか千佳からの女子会の誘いに面食らって頷いてしまったが最後、いつの間にか白那がきたらすぐにでも始めようと話は進み──メイドの協力を経て白那が花の間に来たとききには満面の笑顔を浮かべて飛び跳ねる千佳に白那とともに嫌な予感を覚えたものだ。
──明らかに様子がおかしい。アラストさんの様子がおかしいのとなにか関係が……あるんだろうなあ。千佳が一喜一憂するのはアラストさんのことだけだ。

「で!急に女子会がした~ぃってどういうわけ?アンタはこんなことするよりアラストと一緒がい~い~!でしょ」
「アラストが一番なのは当たり前だけど女の子同士で話すのもいいでしょ?で?白那の聖騎士ってどんな人なの?私のアラストには負けるだろうけど」
「アンタほんとムカつくよね」
「白那こそ」

ここまでくると仲が良いと思える二人の言い争いを聞きながら梓は暇つぶしに部屋を見渡す。いまいる場所は花の間ではなく白那の部屋だ。以前白那が言っていたように物であふれている部屋は目新しいものも沢山あって──

「……あれ?え?キッチン?」
「大体──え?ああ、キッチン。そういや樹んとこになかったね」
「白那って樹の部屋に行ったことあるんだーどんな部屋?」
「シンプル?ってかなにもないってか」
「あー納得。ってゆうか樹そんなにほしいなら貰えばいいじゃん」
「貰うって」
「樹の聖騎士に……あ、やっぱ駄目。次の聖騎士かシェントにでも言ったらすぐ用意してくれるでしょ?メイドに言ってもいいんじゃない?」
「私は自分で買いに行ってるけどなー」

慣れたようにいう二人に梓は困ったように眉を寄せる。それはまだしたくなかった──大きな物となると尚更だ。けれど紅茶を飲むとき毎回メイドにお湯を用意してもらうのはなかなか心苦しく面倒くさいのも事実。

「ってか千佳さー今のってあれ?私のアラストが他の女にプレゼントするのが許さないって感じ?あの人誰にでもいい顔しそうな感じだもんね」
「アラストの悪口止めてくんない?アラストは優しいから困ってたら助けちゃうんだよ。それを勘違いする女はウザいけど」
「はいはい、あの微笑みにやられるわけね。あの人がふざけてんの想像出来ないわ。つまんなくね?」
「白那には大人のよさが分からないんだ?あの包容力……微笑んで好きって……っ!キャー!」
「一緒にふざけたことできる奴のほうがいいと思うけど」
「白那んとこの聖騎士だってアラストとは違うけどふざけたこと出来るような人じゃないじゃん」
「アイツはどうでもいい」
「……へえー?へー、白那、ソイツに気があるんだ」
「は?アンタって本当マジうざいよね」

そのうちお互いの髪を引っ張り合いそうな雰囲気だ。その一方で梓はまだキッチンのことを考えている。白那のキッチンを隅々まで見てみたがちゃんと水も出るし使えるらしい。IH?なんだろうか。コンロではないのは確かだがつまみもなくどうやって使うのか分からない。けれど棚にはフライパンやお鍋が入っていて調理が出来るのは間違いなさそうだ。
部屋の灯りは電球ではなく蝋燭だったことから期待していなかったのだがちゃんと使えるのなら話は別だ。なにせキッチンがあれば好きなときに気兼ねなくお茶を淹れることができてお菓子作りや料理も出来るのだ。
──でもそれをするとなると材料も必要になってくるし……この世界は元の世界のものと共通?なんだろうか。洋食も和食も中華も、食べたいものは思っていた味で提供されるから大丈夫だとは思うけど……今度城下町におりてみたら食材を見てみよっかな。
あれ?そういえば……。
思いがけない発見にご機嫌な梓だったが現実が襲いかかる。白那だ。

「ちょっと樹!コイツの相手を私だけにさせないでよ」
「樹顔ニヤけてるけどなに考えてるの?やっぱちょっと不思議ちゃんだよね」
「んー、楽しそうだから口挟まないほうがいいかなって」

二人の視線が集中したものだから梓が笑いながら席に戻れば二人から質問される。

「それで樹は?アラストとイイ感じ?」
「アラスト以外でイイ感じの人は?」

元の世界での教室でのような雰囲気に梓は苦笑いになるが、それで諦めるような二人ではない。
観念した梓は正直に話した。

「場を白けさせるけど二人のいうイイ感じの人はいないよ。千佳には前言ったけど誘拐した人たちにそうはならないから。ただ次の召喚まで一緒にいるだけだもん。そうじゃなきゃ召喚に立ち会えないしそこまで生きていく術がないし、あちら側はそれさえしていれば一応は静観してくれるんだしそれだけ──いや、だから場を白けさせるって言ったじゃん」
「あーそうだよねー樹はそうだよねー」
「つまんなーい」
「二人とも本当は仲良いでしょ」

はあっと大きな溜息吐いて舌打ちまでする二人に梓は呆れながらケーキを頬張る。白那は幸せそうな表情を浮かべた梓に自分のケーキを半分あげながら「じゃあさ」と思いつきを口にする。

「一番興味持った奴って誰?」
「興味……」

梓は白那から貰ったケーキを有難く頬張りながら考えてみる。そして思い出したのは王子様に思えない王子様でインテリ風の外見なくせに思い込んだら突っ走りがちな大型犬だ。
──ウィド元気かな。
カナリアは『あの者へのお努めお疲れ様でございました。今宵からはアラスト様がお待ちでございます』と言っていた。あのときもう牢屋にはいなかったけれどちゃんと国に戻れたかどうかは定かじゃない。

「興味持ったっていうならウィドかな」
「それって牢屋で会ったからじゃない?」
「ええなになに?!牢屋ってどういうこと?」

興奮で顔を赤くする千佳に、白那が梓の代わりに説明をする。ところどころ盛っているところはあるが別にどうでもいいだろう。梓は空になったお皿を眺めながらまだ女子会が続くならおかわりをもらったほうがいいかどうか二人に問い詰められるまで悩んでいた。

「それでさー」
「樹じゃないけどケーキ美味しいよねー」
「おかわりしよっかな……」

時々厄介さを持ちながらも明るい声響く女子会。最近ようやく慣れ始めた日常のなかわいたイベントだった。それぞれ考えが違うものの三人憎まれ口を叩きながら笑っていて楽しそうな顔に嘘はなかった。








「こんばん──どうしたんですか?アラストさん」



久しぶりに開いたドアから出てきたアラストを見て梓は眉を寄せる。大きな音を立ててドアが開いたことにも驚いたが項垂れるアラストの様子がどうもおかしい。ふらふらと歩くアラストに梓は思わず椅子から立ち上がるがその身体を支えることは出来ず見守るしかできない。
──お酒?
アラストが近づくにつれて鼻をついたのはお酒の臭いだ。

「樹……はは、こんばん、は」

にへらと笑ったアラストが梓の向かいにある椅子に崩れ落ちるように座る。梓は一段と鼻をついた酒の臭いに思い切り眉をよせた。
アラストの問題は改善されるどころか悪化したのだろうか。あのアラストをこうしてしまった何かに梓は一抹どころではない不安を覚えた。




 
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