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「俺、もうちょっと探してきます。あいつ、ねこの会議に出たとか言ってたから、そこも」
屋敷まで戻ると蒼真はそう言って走り去った。
本当は止めるべきなのだろうが、二人にはそんな余裕はない。
真広と真理恵は途方に暮れていた。里香が屋敷や庭も探したがおらず、これ以上はどこに行けばいいのか分からない。
もしかしたら家に戻ってきているかと思って帰ってみたがそれも空振りに終わり、二人は薄暗い居間の椅子にうなだれながら座っていた。
一体どれほどの沈黙が流れたかは分からないが、しばらくすると真広がぼそりと呟いた。
「……なんで連れて行かなかったんだろうか」
真理恵は顔を上げるが、真広は俯いたままだった。
「……それはだって、状況がはっきりと分からなければ会わせても混乱させるだけですから……」
「……本当にそうだろうか?」
真広はテーブルの上に置いた両拳を握った。そして悲しそうに顔を上げる。
「……きっと、怖かったんだ。あの子を失うのが……」
「兄さん……」
「伯父さんに会わせればもう会えなくなるかもしれない……。あの子を奪われるかも……。いや、小白が伯父さんを選んでもおかしくない……。……だから、連れて行かなかった……。自分達の気持ちに自信はあっても、あの子も同じ気持ちかまでは自信が持てなかった。……だから連れて行かなかったんだ……。怖かった……」
真理恵は兄がこれほど自らを情けなく思っているところを見たことがなかった。兄の気持ちは痛いほど分かり、大きく嘆息する。
「……ええ。かもしれません……。でもあの子を心配する気持ちもあったはずです。だからそんなに自分を責めないで」
真理恵の慰めも真広の耳には届いていないようだった。
「もしかしたら僕は母さんの穴埋めをあの子でしていたのかもしれない……」
「兄さん……」
「でもそうだろう? 学もなければ仕事もない。これと言って誇れるものもない。友人だっていない……。ずっと……、母さんの世話をしてきた……。それしかできないから……」
「それは断じて違います」真理恵はきっぱりと否定した。「兄さんは誰よりも優しかった。だから困っている人を見捨てられない。肉親なら尚更。あんな小さい子なら尚のことです。あなたは自分より他人の幸せを第一に考えられる立派な人ですよ。それができず、自分のことしか考えられない人が一体どれだけいるか。勉強ができても、仕事ができてお金を稼げても、人の為に動けなければ誰もその人を尊敬なんてしません。だけど私は兄さんを尊敬しています。あなたは逃げられなかったんじゃなく、勇気を持って逃げなかったんです」
真理恵が真広にこれほど強く気持ちを伝えたのは初めてだった。二人が双子だからこそ、それが嘘偽りのない本心だと真に理解できた。
それは自信を喪失しかけていた真広を大いに励ました。真広は小さく笑った。
「ありがとう。少しは慰めになったよ」
「それはよかった」
真理恵は苦笑しながら肩をすくめる。
真広は頷いた。
「そうだ。今は僕のことなんてどうでもいい。大事なのはあの子を見つけることだ」
「ええ。でも、ああ、一体どこに行ったんでしょうか?」
現実に戻され、今度は真理恵が悲嘆に暮れる。一方で真広は冷静になっていた。
「もう一度考えてみよう。あの子はしっかりしているがまだ五才だ。行けるところは限られてる。知ってるところもだ」
「やっぱり病院でしょうか?」
「かもしれない。だけど病院にはもう連絡してある。もし来たら電話してくれるはずだ」
「それ以外となると……伯父さんと住んでいた団地かしら?」
「それもあり得るが、でも伯父さんは入院したんだ。あの子はそれを知ってるんだから、わざわざ誰もいない団地に行くだろうか?」
「それもそうですね」
二人はこれでもかと考えを巡らせた。すると真理恵があることに気が付く。
「……お金」
「え?」
「お金ですよ。どこに行くにもお金はいるはずです。だけどあの子にお小遣いなんてあげたことないですよ」
それを聞いて真広はハッとした。
「もしかして……」
真広は立ちあがるとすぐさま母親の部屋に向かった。後ろで真理恵が不思議がる。
「どうしたんですか?」
「ほら。母さんがいつも言ってたじゃないか。いざとなったら私のへそくりを使いなさいって。あれは冗談だと思ってた。だけど本当にあったとしたら?」
「……それをあの子が見つけたと?」
「可能性はある。ずっとこの部屋で過ごしてたんだから」
真広は急いでタンスのひきだしを開け始める。真理恵も押し入れや化粧台をチェックした。懐かしい物が次から次へと出てくるが、二人は思い出に浸ることはない。
小白の居場所が分かる手がかりを探すので精一杯だった。
しばらくして真理恵は化粧台の中にあったポーチの中に封筒を見つけた。真理恵が取り出してみると中には一万円札が十枚ほど入っている。
「これじゃないですか?」
真理恵が兄の方を振り向くと真広は小白が持ってきていた壊れた鞄の中からなにかを見つけ出していた。
それは小さな貝殻だった。
貝殻を見て真広はハッとして、呟いた。
「分かったかもしれない……」
「分かったってなにが?」
真広は小さな貝殻を見つめたまま告げた。
「あの子が行きたい場所がだ」
屋敷まで戻ると蒼真はそう言って走り去った。
本当は止めるべきなのだろうが、二人にはそんな余裕はない。
真広と真理恵は途方に暮れていた。里香が屋敷や庭も探したがおらず、これ以上はどこに行けばいいのか分からない。
もしかしたら家に戻ってきているかと思って帰ってみたがそれも空振りに終わり、二人は薄暗い居間の椅子にうなだれながら座っていた。
一体どれほどの沈黙が流れたかは分からないが、しばらくすると真広がぼそりと呟いた。
「……なんで連れて行かなかったんだろうか」
真理恵は顔を上げるが、真広は俯いたままだった。
「……それはだって、状況がはっきりと分からなければ会わせても混乱させるだけですから……」
「……本当にそうだろうか?」
真広はテーブルの上に置いた両拳を握った。そして悲しそうに顔を上げる。
「……きっと、怖かったんだ。あの子を失うのが……」
「兄さん……」
「伯父さんに会わせればもう会えなくなるかもしれない……。あの子を奪われるかも……。いや、小白が伯父さんを選んでもおかしくない……。……だから、連れて行かなかった……。自分達の気持ちに自信はあっても、あの子も同じ気持ちかまでは自信が持てなかった。……だから連れて行かなかったんだ……。怖かった……」
真理恵は兄がこれほど自らを情けなく思っているところを見たことがなかった。兄の気持ちは痛いほど分かり、大きく嘆息する。
「……ええ。かもしれません……。でもあの子を心配する気持ちもあったはずです。だからそんなに自分を責めないで」
真理恵の慰めも真広の耳には届いていないようだった。
「もしかしたら僕は母さんの穴埋めをあの子でしていたのかもしれない……」
「兄さん……」
「でもそうだろう? 学もなければ仕事もない。これと言って誇れるものもない。友人だっていない……。ずっと……、母さんの世話をしてきた……。それしかできないから……」
「それは断じて違います」真理恵はきっぱりと否定した。「兄さんは誰よりも優しかった。だから困っている人を見捨てられない。肉親なら尚更。あんな小さい子なら尚のことです。あなたは自分より他人の幸せを第一に考えられる立派な人ですよ。それができず、自分のことしか考えられない人が一体どれだけいるか。勉強ができても、仕事ができてお金を稼げても、人の為に動けなければ誰もその人を尊敬なんてしません。だけど私は兄さんを尊敬しています。あなたは逃げられなかったんじゃなく、勇気を持って逃げなかったんです」
真理恵が真広にこれほど強く気持ちを伝えたのは初めてだった。二人が双子だからこそ、それが嘘偽りのない本心だと真に理解できた。
それは自信を喪失しかけていた真広を大いに励ました。真広は小さく笑った。
「ありがとう。少しは慰めになったよ」
「それはよかった」
真理恵は苦笑しながら肩をすくめる。
真広は頷いた。
「そうだ。今は僕のことなんてどうでもいい。大事なのはあの子を見つけることだ」
「ええ。でも、ああ、一体どこに行ったんでしょうか?」
現実に戻され、今度は真理恵が悲嘆に暮れる。一方で真広は冷静になっていた。
「もう一度考えてみよう。あの子はしっかりしているがまだ五才だ。行けるところは限られてる。知ってるところもだ」
「やっぱり病院でしょうか?」
「かもしれない。だけど病院にはもう連絡してある。もし来たら電話してくれるはずだ」
「それ以外となると……伯父さんと住んでいた団地かしら?」
「それもあり得るが、でも伯父さんは入院したんだ。あの子はそれを知ってるんだから、わざわざ誰もいない団地に行くだろうか?」
「それもそうですね」
二人はこれでもかと考えを巡らせた。すると真理恵があることに気が付く。
「……お金」
「え?」
「お金ですよ。どこに行くにもお金はいるはずです。だけどあの子にお小遣いなんてあげたことないですよ」
それを聞いて真広はハッとした。
「もしかして……」
真広は立ちあがるとすぐさま母親の部屋に向かった。後ろで真理恵が不思議がる。
「どうしたんですか?」
「ほら。母さんがいつも言ってたじゃないか。いざとなったら私のへそくりを使いなさいって。あれは冗談だと思ってた。だけど本当にあったとしたら?」
「……それをあの子が見つけたと?」
「可能性はある。ずっとこの部屋で過ごしてたんだから」
真広は急いでタンスのひきだしを開け始める。真理恵も押し入れや化粧台をチェックした。懐かしい物が次から次へと出てくるが、二人は思い出に浸ることはない。
小白の居場所が分かる手がかりを探すので精一杯だった。
しばらくして真理恵は化粧台の中にあったポーチの中に封筒を見つけた。真理恵が取り出してみると中には一万円札が十枚ほど入っている。
「これじゃないですか?」
真理恵が兄の方を振り向くと真広は小白が持ってきていた壊れた鞄の中からなにかを見つけ出していた。
それは小さな貝殻だった。
貝殻を見て真広はハッとして、呟いた。
「分かったかもしれない……」
「分かったってなにが?」
真広は小さな貝殻を見つめたまま告げた。
「あの子が行きたい場所がだ」
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