路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 屋敷に入ると小白は牧師を探して中を歩き回った。
 だがどこにも見当たらず、離れに向かうと里香が祖母の髪を切っているところと出くわした。
「牧師がおらん」
「あら。またなの?」
 里香は振り向くと優しく笑って辺りを見渡す。
「さっきまでごはん食べてたんだけどね。いなくなっちゃった。毎日探してるのに会えなくて残念ね」
「一回は会えた。牧師のくせに祈らないって」
「祈る?」
 里香は話が見えずに苦笑する。すると老婆が口を開いた。
「他にはなにか言ってた?」
「うちはどっちかって」
「そう。それであなたはどっちなの?」
 祖母の問いに顎に手を当てて小白はむうっと考え込む。
 里香は二人の会話がよく分からず「なに? なんの話?」と混乱していた。
 少しの間小白は考え、老婆を見上げた。
「多分だけど、うちはうちになればいいと思う」
 老婆は一瞬目を開き、そしてすぐ微笑を讃えた。
「そう。それが言えるようになったのね。いいことだわ。だけど茨の道でもある。人は人である限り他者からの要求を逃れることができないのだから。立場や関係は無言のままあなたが変わることを求めてくるわ。それでもあなたはあなたのままでいられるかしら?」
「わからん。でもうちはうちだから。うち以外にはなれない、と思う」
「そうであればいいけれど。希望にも現実にも変えられないのであれば」
 そう言うと老婆は孫に「手が止まってるわ」と催促した。
 里香は「なんの話か全然分からないんだけど」と呆れながら細くなった祖母の髪を切る。
 小白は床に敷いた新聞紙に落ちる老婆の白髪を見るとまた小走りを始めた。
「探してくる」
 そう言うと離れから本館に戻り、靴を履いて庭に出た。小白も老婆の話はよく分かっていなかったが、それでもこれから訪れる未来が少し怖くなった。
 だが自分が自分でいられるかどうかなど誰にも分からない。
 不安を抱えたまま庭を奥へと進むと視界の隅でなにかが動いた。小白がそちらを向くと煉瓦で作られた物置の上に牧師が座ってこちらを見下ろしている。
「おった」
 小白がそう呟いて近づくと牧師は静かに口を開いた。
「お前がねこでも人でもなく、お前として生きるのなら、これからどうする?」
 小白は物置の下まで来ると立ち止まって牧師を見上げた。
「…………なんとかする」
 あまりに無策な小白に牧師は面白そうに微笑した。
「そうか」
「そう」
「なら見届けてやろう。お前がお前のままでいられるのか。あれをどう対処するのか」
 牧師は踵を返し、呟くように続けた。
「濁った希望は恐ろしいぞ」
 そう言うと牧師は物置の裏に飛び降り、見えなくなった。
 せっかく見つけた牧師を見失い、小白は口を尖らせ小さく溜息をついた。
「……みんな、むずかしいことばっかり言う」
 小白が不満そうにしているとその良すぎる耳が後方の足音を捉えた。振り向くと庭の入り口で桐乃が小白に手を振っている。
 小白は牧師がいなくなった方を一瞥すると桐乃の方に駆けていった。
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