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ただ傍にいられる幸せを噛み締めて
しおりを挟む男が身籠るという想像ができず、事実、アダルは苦戦していた。
シルヴィオの術よってしこまれた胎により、受胎を目指して毎夜励んでいたのだが、なかなか子供を授かれず、落ち込む毎日をすごしている。
そんな暗い気持ちを抱えたまま、新たな王の選出の為、久しぶりに城へ入ると好奇な視線にさらされた。
隣に並んで歩くシルヴィオがアダルの肩を抱いてくれて、微笑み、支えてくれたのだが、心はざわついて落ち着かない。
突然の王の宣言に対して誰もが困惑し、賛同するもの、否定的なもの、さまざまな意見と思惑が交差しているのだ。
「神官たちと話をしてくる、お前は休んでいてくれ」
「はい」
離れ際に口づけをかわし、シルヴィオを見送る。
その背中が見えなくなるまで見送り、用意された自室にこもろうと歩き出した時、数人の若い騎士が目前で待ち受けていたのに気づき、警戒した。
「お前たちは……」
シルヴィオを慕っていた三人組だと記憶している。
難しい表情を浮かべており、やはりアダルを快く思っていない様子だ。
一人が進み出てくると「うまく陛下をたぶらかしたようですね」などと失礼極まりない言葉をなげかけてきた。
他の二人も口々に嫌味を言ってくる。
「何か術でもしかけたのでは? そうでなければ、陛下が嫌っていた貴方を伴侶になど選ぶはずがない」
「噂では、子を身ごもる術を施されたようですが、その子をいずれ、この国の王にしたてあげる計画でもされているのでは?」
「お前達、本気で言っているのか」
険悪な雰囲気の中、しばしにらみ合う。
通路の中心で対峙していたので、目立っていたのだろう。
誰かが走り寄ってきて声をかけてきた。
「何してるんですか!?」
「この声は――フェリクス!」
「アダルさん!」
抱き着いてきたフェリクスが不安そうな顔を向けるので、笑いかける。
「大丈夫だから心配するな」
「でも……」
フェリクスはアダルから離れると、騎士たちに向き直って声を張り上げた。
「アダルさんはそんな人じゃない!」
「なんだお前は?」
「確か陛下の知り合いの」
「ああ。あの道化の僕か」
「何をしている!?」
背後からかけられた大声に騎士たちがたちまち硬直する。
その様子を見て、アダルは声の主に振り返って歩み寄った。
シルヴィオが神官を連れて、険しい顔つきで騎士たちを見やる。
「彼に言いたい事があるなら、話を聞くが?」
「い、いいえ!」
「……いくぞ」
「あ」
肩を抱かれ、後にフェリクスと神官が続く。
大広間に向かう最中、シルヴィオから状況を聞かされた。
「民や臣下達の間で意見の食い違いが出ているようだ」
「まとめるのは難しいですな、私もお手伝いいたします」
「ああ」
シルヴィオは神官の血筋の者から王の選出を臣下達に提言した。
だが、民の総意としては、民が選出した者たちで選びたいという事だった。
新しい王を決めるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
その日は城に泊まることとなった。
夕食はアダルを囲むようにして、シルヴィオ、フェリクス、そしてジェイムが卓につき、色とりどりの旬の食材を使用した料理に舌鼓を打つ。
メインである肉料理を運んできた料理長と他愛ない話を済ませ、視線を感じて顔を向けると、ジェイムがにやにやと笑っていた。
嫌な予感に頬がひきつるが、アダルは気にせずに肉をフォークとナイフで切ると口の中に運び、ろくに味わえないまま飲み込む。
それでもとろける肉片の濃厚な味はアダルの舌にしみわたり、感動する。
「これは美味ですね。シルヴィオ様!」
「なんだてっきりシルヴィオに食べさせてあげるかと思ってたのに、ねえシルヴィオ」
「お前は口を出すなジェイム」
低い声でジェイムをにらむシルヴィオが、アダルに声をかけてきた。
何やら神妙な面持ちなので少し緊張してしまう。
「どうされました?」
「……お前が、いつまで俺に敬語を使うつもりなのかと思ってな」
「え!?」
それはどういう意味なのだろうか。
フェリクスに視線を向けると困ったように笑われた。
アダルは想像する。
自分がタメ口でシルヴィオと会話する――自分の口調が偉そうで耐えられなかった。
「無、無理です! わたしがシルヴィオさまに偉そうな口調なんてっ」
「なら、せめて様付けはよせ。呼び捨てにしろ」
「……っ!?」
「アダル、ずっと一緒に生きるんだろ? 遠慮は良くない」
「あ、ううっ」
「アダルさん」
フェリクスにまでせっつかれ、アダルは覚悟を決めるしかないのかと、ゆっくり頷いた。
「わ、わかりました。せめてお名前だけでも……」
「名前だけか」
「あ、でも、その内に敬語なしで大丈夫になりますよね!?」
「照れ屋だねえアダル君は」
それぞれが勝手な言葉を口走るので、アダルは自分がどれだけの勇気を出しているのか分からないのかと憤りを感じる。
皆、笑っている。
――魔族も人も変わらない。
フェリクスはジェイムとまだぎこちなさは残るが、想いは通じたようで嬉しそうだった。
二人は明日この国を出て、また旅路に戻るのだそうだ。
また会おう、と約束を交わすと「若返りの魔術をもっと進化させてみせます!」と耳打ちしてきたので苦笑した。
「アダル、部屋に行くぞ」
「あ、は、はい」
アダルはシルヴィオの手を握ると噛み締めるように言葉にする。
「し、シルヴィオ……」
精一杯の勇気。
シルヴィオは無言だったが、アダルを抱き抱えると足早に部屋に連れ込み、すぐに身体を重ねた。
そうして、ようやくアダルはシルヴィオの子供を、その身に宿す事ができた。
※
二人の愛の巣は間もなくにぎやかになるだろう。
問題は山積みだが、元気な子を産んで幸せを育みたいと願う。
「また夕陽を見ていたのか」
「シルヴィオ」
「だいぶ寒くなったな、もう中に入れ」
「はい!」
膨らんだ腹を撫でながら、愛する人の手を握りしめ笑顔を向ける。
かつて王に嫌われていた側近は、その王に愛され、今は伴侶として王だった彼の傍にいる。
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みんなの感想(3件)
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いえいえ!!
こちらこそ、せっかくリクエスト頂いたのに、すみません(TT)
改めて頂きましたリクエスト承知しました!
ありがとうございますm(_ _)m
ご感想ありがとうございます!
アダル可愛かったですか!?
楽しんで頂けたようで嬉しいです(^人^)
最後までお読みくださりありがとうございます!
リクエストもありがとうございます!
現代物をご希望のようなのですが、記載している通り、ファンタジーものにてお受けしてまして
(またオメガバースものは設定が苦手でして)
もし、ファンタジーもので何かリクエストございましたら、改めてメッセージ頂けますと幸いです。すみませんm(_ _)m
接客業は今はかなり気を遣うし大変な時期ですよね。自作が少しでも気晴らしになるなら嬉しく思います。
もえみんさんも無理は禁物です!
お互い健康を第一に頑張りましよう!
ありがとうございます(^o^)v
花さん
丁寧なご感想ありがとうございます!
涙がでそうなほど嬉しいです!!
本当にありがとうございます(#^^#)
アダルかわいいと言っていただけて嬉しいです。
健気で一途な四十路な男って場合によっては気持ち悪くなってしまうので、描写は気を付けました。
フェリクスも優しくいい子と言っていただけて嬉しいです。
最初はお調子者の印象で書き始めましたが、結局はご主人様であるジェイムが大好きなかわいい子っていう部分を見せたかったので。
ジェイムは意地悪ですよね~!
フェリクス大好きなのに好きな子ほどいじめちゃうダメな奴です。
アダルとシルヴィオの子育て話は書きたいと思いますので、少々お待ちください。
また、別途同人誌にてジェイムとフェリクスの話とアダルとシルヴィオの別の話を、シルヴィオ視点で追加して発行予定(ダウンロード版)なので、ご興味あれば是非!
登場人物みんな個性があって魅力的、癒されたとのお言葉大変嬉しかったです(#^^#)
すさんだ心に染みます。花さんも好きなことして頑張って下さいね!
私も頑張ります。
今後ともよろしくお願い致します!