愛恋の呪縛

サラ

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第23話

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 その日の夜。



「………………」



 夕餉を終えて、お風呂場へと向かう日向。
 だが、頭の片隅には龍牙の姿があった。



 (一体、どうしたっていうんだ)



 気にしていたのは、食堂でのこと。
 正直、何が起きたのかが理解出来ていなかった。
 なにより驚いたのは、龍牙が泣いたこと。

 日向の印象では、龍牙は涙など流さない性格なのだと思っていた。
 というのも、妖魔は感情があまりないと聞いたことがあるから。
 加えて、あの態度。
 涙を流す感情がある、と言われた方が驚く。



「……魁蓮アイツ、のせい……なんかな……」



 むしろ、それしか思いつかなかった。
 何がきっかけになったのかは分からない。
 だとしても、決め手となったのは魁蓮だろう。





【えっ、このデカブツを1人で!?建物一個分の大きさだけど】

【あぁ……龍牙はいつもあんな態度ですけど、
 戦闘においては、魁蓮の右に並ぶ強さなんです。戦いの腕は本物ですよ】





 日向は、今朝の司雀との会話を思い出す。
 この黄泉において、魁蓮の次に強いのが龍牙。
 確かに、あんな大きな妖魔を倒せている時点で、只者では無いことは分かる。
 尊敬、あるいは目標としているのも、魁蓮なのだろうか。



「………………ん?」



 その時、日向はなにかに気づく。
 ツンっとした、鼻に刺さるような匂い。
 それが何かを理解した途端、その匂いを追った。
 鉄に近い、その匂い。
 血の匂いだ。



「っ!」



 日向がその匂いを追っていると、そこには龍牙がいた。
 廊下の塀に座って、ぼんやりと町を見下ろしている。
 そして当然、足は怪我をしたままだ。
 恐らく、匂いの元は彼の怪我だろう。



「龍牙!」

「……………………」



 痛々しく悪化していた怪我を見過ごせず、日向は思わず龍牙に声をかけた。
 すると、龍牙は日向の声に気づき、目線だけ日向に向ける。
 泣き腫らしたのか、目の周りは赤くなっていた。



「お前、それ大変なことになってる!なんで治さないの!?」

「……………………」

「ちょっと、僕に見せてっ」



 そう言って、日向が手を伸ばした途端。



 バチンっ。



「いっ……!」



 龍牙へと伸ばした手は、龍牙の手によって弾かれた。
 強めに弾かれたせいで、日向の手は少し傷がつき、赤くなっている。
 日向が驚いていると、龍牙は気だるげそうにため息を吐いた。



「……言ったよね」

「えっ……」

「舐めたマネしてっと、殺すって……死にたいの?」

「っ!舐めたマネって……僕はただ、その怪我をっ」



 直後。



「うわっ!!!!!」



 瞬きをした一瞬、龍牙は日向の両腕を掴み、そのまま日向を押し倒した。
 廊下に押し倒された日向は、突然のことに頭が追いつかない。
 目の前には、両腕を押さえつけたまま跨る龍牙がいた。



「ちょっと、何すんだよ!離せって!」

「……るせぇよ、人間のくせに」

「っ、はぁ!?」

「テメェも、馬鹿にすんのか。俺を」

「えっ……?」



 その時。
 ポタッと、日向の頬に何かが落ちてきた。
 そして、目の前には涙を流す龍牙の姿が。
 落ちてくる雫は、日向の頬を濡らしていく。



「お前っ……」



 日向は龍牙の反応に、言葉を失った。
 元気で威勢のいい姿が嘘のように、龍牙の目は絶望に満ちていた。
 暗闇の中にいるような、影を落とした瞳。
 その瞳は日向を見ているはずなのに、日向を映してはいない。
 何も受け付けない、取り込みたくない、そう言っているようだった。



「駄目なんだよ……このままじゃっ……」



 ふと、龍牙が口を開いた。
 その口から出る声は、掠れて覇気がない。
 それでも、日向の腕を掴む力は強かった。



「弱いままじゃっ、駄目なんだっ……怪我のひとつで弱ってちゃ……強くなんてなれるわけがねぇんだよ」

「っ……!」

「強くならなきゃっ……魁蓮が独りにっ……」



 そう言葉にした瞬間、誰かの足音が聞こえた。
 そして、



「龍牙っ!?」



 姿を現したのは、虎珀だった。
 虎珀は目の前で起きている光景に、目を見開く。
 対して龍牙は、ギロリと虎珀に視線を移した。
 涙は止まり、ただ怒りを含んだような瞳で。



「お前、何をしているんだ!今すぐ離れろ!」

「……………………」

「おい、聞いてっ」

「なぁ、クソ虎」

「っ……」

「お前……なんなんだよ。いつもいつも……」



 龍牙は、ゆっくりと日向から手を離した。
 そのままその場に立ち上がり、睨んだまま虎珀を見つめている。
 直後、その場の空気が張り詰めたような静けさになった。
 だが、虎珀は気にせず龍牙に近づく。
 そして、日向へと視線を落とした。



「人間……俺の後ろに来い」

「えっ……」

「早く」

「わ、わかった……」



 日向は言われた通り、立ち上がって虎珀の後ろへと隠れた。
 すると、虎珀は日向を守るような立ち方で、龍牙へと向き直る。



「今朝言ったこと……もう忘れたのか?
 この者は、魁蓮様が連れてきた。だから手を出すな。そう言ったはずだぞ」

「……………………」

「お前は、言われたことのひとつも守れないのか」

「そもそも魁蓮が、人間を傍に置くなんておかしいだろ。魁蓮だって、日向そいつがいなくなったところで、なんとも思わない」

「それはお前が決めることでは無い。全ては魁蓮様の意向の元で決まること。勝手なマネをするな」

「……………………」

「……………………」



 2人は、黙って見つめあった。
 その空気が重すぎて、日向の心臓が早く脈を打つ。
 喧嘩、と言うには生温い。
 戦いが起きそうな勢いだ。



「……それも、テメェの善悪のうちってか……?」



 先に口を開いたのは、龍牙。
 龍牙は眉間に皺を寄せ、相手を挑発するように、首を傾げる。



「善ならば、人間だろうと関係なく守れって?食糧でもあり、憎むべき人間を、殺すなってか?」

「そうだ」

「……ははっ、くっだらねぇな……」

「……なに?」

「そんなんだからよぉ……
 親友の1人も守れねぇんだろうが!!!!!」

「っ!!!!!」



 龍牙の言葉を聞いた途端、何かがプツンと切れたように、虎珀は龍牙の胸ぐらを掴んだ。
 あまりの展開に、日向は「えっ!?」と驚いてしまう。
 だが、2人は未だに睨み合うばかり。
 加えて怒りが混ざり合う。



「貴様っ、もう一度言ってみろ……」

「ああ、言ってやるよ。
 テメェは自分のバカ真面目な性格のせいで、一緒に生きてきた親友を殺した男だってなぁ!!!!」

「龍牙っ!!!!」

「じゃあなんだって言うんだよ!!!!!日向そいつを生かすのは、善だって言うのか!?じゃあなんで!?
 なんで魁蓮のことを傷つけた人間を、殺さず生かせって言うんだよ!!!人間は殺す存在!!そうだろうが!?何が間違ってるんだよ!!!!」

「っ………………」

「魁蓮のことが大事なら、尊敬する存在なら!魁蓮を傷つけた人間なんて、殺す対象以外無いだろ!?
 1000年前……俺たちから魁蓮を奪ったのも、テメェの親友を殺したのも……全部人間なんだぞ!!!!!」



 龍牙の怒声が、その場に木霊した。
 虎珀は歯を食いしばり、龍牙に向けて殴ろうとした拳も、行き場を無くしたように止まっている。
 胸ぐらを掴む手は震え、力を増していくばかり。
 龍牙は肩で息をして、ただ虎珀を見つめた。
 すると、龍牙はチッと小さく舌打ちをして、強引に虎珀の手を剥がす。



「……うざったいんだよ、お前……」



 そう言うと、龍牙は背中を向けて歩き出した。
 その場に、日向と虎珀だけが残される。
 今起きたことが衝撃で、日向は声を出すことを忘れていた。
 すると虎珀は、はぁっと小さく息を吐いてから、ゆっくりと日向へと振り返った。



「悪かった、少し取り乱した……」

「いやっ、僕は、別に……」

「……龍牙の言ったことは気にするな。あいつは昔、人間に痛い目に合わされているから、人間が嫌いなんだ。あまり刺激しない方が身のためだぞ」

「う、うん……」

「……もう部屋に戻れ」



 それだけ言い残すと、虎珀は龍牙と反対の方向へと歩き出す。
 廊下には、日向だけになった。
 だが、日向はすぐに動くことが出来なかった。
 脳裏に蘇る、龍牙の言葉の数々。



【……るせぇよ、人間のくせに。
 テメェも、馬鹿にすんのか。俺を】

【弱いままじゃっ、駄目なんだっ……怪我のひとつで弱ってちゃ……強くなんてなれるわけがねぇんだよ。
 強くならなきゃっ……魁蓮が独りにっ……】

【なんで魁蓮のことを傷つけた人間を、殺さず生かせって言うんだよ!!!人間は殺す存在!!そうだろうが!?何が間違ってるんだよ!!!!】

【魁蓮のことが大事なら、尊敬する存在なら!魁蓮を傷つけた人間なんて、殺す対象以外無いだろ!?
 1000年前……俺たちから魁蓮を奪ったのも、テメェの親友を殺したのも……全部人間なんだぞ!!!!!】



「っ…………」



 龍牙の怒りは、日向の脳裏に深く刺さっていた。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 同時刻、現世。

 魁蓮は、深い森の中から人間の町を見下ろしていた。
 ここ最近起きている、謎の異形妖魔の出現。
 発生元も不明で、普通の妖魔に比べて凶暴・高い生命力を持っている。
 この不可解な出来事を、魁蓮は調べていた。



 (我の復活と、関係があるのか……?)



 そう考えていると、





「'' 忘れてはうち嘆かるる夕べかな
 我のみ知りて過ぐる月日を ''」

「っ…………」





 ふと、聞こえてきた声。
 魁蓮はゆっくりと振り返ると、そこには一人の影。



「うふふっ、な~んてねっ」



 ふわふわとした綺麗な赤髪に、肩が出るまで露出した、少しはだけた着物を纏う美しい姿。
 紅をさした唇を弧に描く笑顔は、どこか妖艶な雰囲気を漂わせる。
 シャラシャラと鳴る耳飾りを揺らし、上目遣いで魁蓮を見つめる様は、実に艶めかしい。



「今日は月が綺麗ね。会いたかったわ、魁蓮」

「……柚香ゆずかか」



 美しい人を、魁蓮は柚香ゆずかと呼んだ。
 柚香は目を細め、大人っぽく微笑む。



「私の名前を覚えてたなんてっ……
 もしかして、1000年間考えてたの?」

「たわけ。そんな訳がなかろう。
 そも、お前のような妖魔は嫌でも覚える」

「んもう、つれないわね!そういう所も素敵よっ♡」

「はぁ…………」



 魁蓮は深いため息をつくと、改まって柚香に向き直る。



「まあ良い。お前に用があった。話さぬか?」

「やだ、もしかして逢瀬?」

「死にたいか?」

「うふふっ、冗談よ冗談
 でも……貴方に殺されるなら構わないわ。だって、そうなれば私は貴方のものになるものっ♡」

「……チッ……」

「ちょっと、そんな顔しないで?悪かったわ。仕方ないじゃない、1000年も会えなかったんだから寂しかったの。
 ……それで、私に何の用かしら?」

「ああ。柚香、お前に助力願いたい」

「あら、うふふっ……
 いいわよ。貴方の為ならば、本望だわ」
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