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VIII 夢の中に生きる-V

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 フリルの付いた愛らしいブラウス、落ち着いたデザインで肌触りの良いスカート。ゆったりと楽に着られそうな上品なドレスに、更には着心地の良さそうな寝間着まで揃えられていた。
 全体的に、私が昨晩身に纏っていたドレスと同じホワイトを基調としていて、セドリックが選んだというマーシャの言葉が現実味を帯びていく。

 だが、その衣類の中に1つだけテイストの違うドレスが混じっていた。
 赤と黒を基調とした、セパレート風のドレス。それは何処かセドリックの艶やかな黒髪とローズレッドの瞳を連想し、自然と鼓動が早くなっていくのを感じる。
 まるで、彼の色に染まる事の出来る魔法のドレスの様だ。たかが衣類1着に何を舞い上がっているんだと自責しながらも、高まる鼓動を抑える事が出来ない。

 いそいそとその他の衣類を丁寧に紙袋の中へと仕舞い込み、ベッドから降りる。
 冷静になって考えてみると、初対面の男性と同じベッドで、更には一糸纏わぬ姿で眠るなんてどうかしている。遅れて来た羞恥心に顔を火照らせながらも、手早く椅子の上に畳まれていた下着を身に着けた。
 屋敷で与えられた物を身に着けたくない気持ちは、昨晩も今も変わる事は無い。だが、用意して貰った衣類の中に下着は無く、どれだけその気持ちが強かろうと下着を身に着けずに衣類を纏う訳にはいかなかった。
 コルセットを苦しくない程度に締め上げ、怖ず怖ずとベッドの上に広げて置いたドレスに手を伸ばす。

 指先に触れた、柔らかな生地。それは、屋敷に居た頃に身に着けていたドレスと大差の無い触り心地だ。
 ドレスの肩部分を両手で持ち、掲げる様にして広げる。
 作りもしっかりとしていて、決して粗悪な物では無い。それどころか糸一本の解れも無く、高品質なドレスだという事が一目で分かる。

 私は、この国の階級制度の頂である、上流階級に位置する人間だった。使用する物は全て最高級品。何不自由の無い生活をしていた――筈だ。そんな私が身に着けていたドレスと、素材や作りが非常に良く似たドレス。
 頭に、幾つかの疑問点が浮かんだ。そして、先程のマーシャの言葉。

 ――私達も正しい階級を持ち合わせている訳でも無いんだけど。
 
 階級とは、生まれと共に手にする絶対的制度。其れこそ、自身に与えられた名前以上に重要であり、何があろうと生涯背負って行くべき物だ。そんな世の中で、正しい階級を持ち合わせていない人間など存在するのだろうか。
 彼が階級に見合った暮らしをしていない事は、出逢った時から気が付いていた。中流階級ともなれば持ち家があるのは一般的であり、高品質な衣類やアクセサリーを身に着ける事も可能だが、この家の殺風景な内装を見ていればその可能性も限りなく低い。
 それに、彼からは“家族”の存在が全くと言って良い程感じられなかった。彼程の若さであれば、両親が健在であってもおかしくない。だが、共に暮らして居ない所を見るに両親は不在、もしくは死去しているのだろう。そんな中、彼には家があり、高品質なドレスを私に用意出来る程金銭的に余裕がある。

 昨晩は、彼の仕事が合法だろうと非合法だろうと関係が無い。私を屋敷から連れ出した時点で彼は罪人になってしまう。と思考がシフトしてしまったが、一晩経って考えてみると、それ等は確実に“普通じゃない”事柄だった。

 幾ら考えてもキリが無い事は分かっている。彼本人に、階級やこの暮らしの実態を聞くつもりも無い。私は彼がどんな人間であっても構わないと、その覚悟の上屋敷を抜け出したのだから。
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