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VIII 夢の中に生きる-VI

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 だが、それでも気になってしまうのが人という物。
 ドレスに袖を通しながら、昨晩のバルコニーでの会話を思い出す。
 バルコニーで交わした会話は然程多くない。お互いの素性が分かるような会話も、当然交わしていない。
 そんな中、唯一彼の口から聞いた事と言えば、“人助け”の仕事をしているという事だ。

「――人、助け」

 静かな部屋に1人、その言葉を零す。

 人助けという言葉は非常に曖昧だ。知恵を貸す事も人助け、人間の暗殺だって、見方によっては人助け。
 彼がその曖昧な言葉を選んだという事は、後者寄りの仕事である可能性が高い。おおやけに出来ない仕事といったところだろうか。
 その公に出来ない仕事というのは、この世の中の事を殆ど知らない私にはまるで見当がつかない。それこそ、頭に浮かぶのは殺人や強盗位だ。
 物語の中では“極悪非道”だと言われる人物を沢山見てきたが、それはあくまで物語上での話。それ等が実在しているのかも分からず、その知識は参考にすらならない。

 それに、マーシャの存在も大きい。彼女も、私に用意された物と同じ様な高品質な服を身に纏っていた。
 彼等の仕事内容が分からない今じゃ憶測すらまともに浮かばないが、この衣類の入手経路が合法だと言い切れない事は確かだと言っていいだろう。

 だが不思議と、彼等が罪人であったとしても私の気持ちが揺れる事は無かった。
 勿論、罪を犯して良い理由など何処にも無く、背負う罪など無い方が良いに決まっている。だがそれでも、この世の中には法律で裁かれない悪事が蔓延はびこっている事は事実だった。
 両親の、使用人への態度や暴行。自身が生まれ育った家で起こった事だって悪事の1つであろう。
 
 法律など、あってないような物だ。彼の仕事が仮に法に触れる物だったとしても、それが“人助け”になるのであれば悪事だとは言えない。
 本当に人の救いになるのであれば、私は何だって構わなかった。
 
 衣類を粗方身に着け終え、小さく息を吐く。
 ただ“服を着る”だけの行為に、少々――いやかなり時間が掛かってしまった。今までは使用人に手伝って貰っていた為短時間で済んでいたが、1人になるだけでこうも時間が掛かる物だろうか。羞恥と情けなさに頭を痛めながらも、最後に残ったリボンタイを手に取る。
 そのリボンタイはセドリックの瞳と同じ色で、裾には美しい薔薇の刺繍が施されていた。今迄に身に着けた事の無い色やデザインに深く惹かれ、甘心の溜息を吐く。

 バランス良く結ぶ為にも、出来れば鏡を見ながらリボンタイを身に着けたい。何処かに鏡は無いかと周囲を見渡すが、当然と言うべきか居間とされるこの場所に鏡は見当たらなかった。
 脱衣所を探したい所ではあるが、家主不在の中勝手に許可も取らず家の中を歩き回るのはマナー違反だ。どうしたものかと、リボンタイ片手に頭を悩ませる。

 不意に背後から聞こえた、ドアノブが回される音。その音に鼓動が跳ね上がり、勢い良く振り返る。

「…お、おかえりなさい」

 言葉は、これで合っていただろうか。そんな事を頭に、ぎこちなくも彼に声を掛ける。だが、扉を開いた体勢のまま、呆気に取られた様に固まってしまった彼から返答は無く、その瞳は私に向けられたまま動かない。
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