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攫われて育つのは淡い恋心で
第三話
しおりを挟む「それじゃあ行ってくる。今日はそう遅くならないはずだから、いい子で待ってろ」
ピシッとしたスーツ姿で鞄を持った加瀬は、とても有能な外交官に見える。そんな彼の仕事ぶりは凄いのだろうと思うが、想像もつかないので琴は少し残念な気もしていた。
足早に玄関をでて歩いていく加瀬の背中を見えなくなるまで眺めて、琴はまた部屋の中へと戻っていく。長い時間加瀬と離れるのは、この国に来て初めてだった。
朝食の片づけを終えると洗濯を始める、洗剤が残り少ない事に気付いて琴は買い物に出ることにした。戸棚の中には加瀬が買っておいたストックがあったのだが、背の高い位置にあったため琴は気付かなかったのだ。
「ええと、この服でいいかな? 買い物くらいなら、出ても怒られないわよね」
加瀬は琴に好きな事をしてていいと言っていたし、必要な買い物にまで文句を言いはしないだろう。預かっていた財布と鍵を持って琴は外に出た。
今日は思ったよりも天気がいい、穏やかな気温だからか琴の気分も良くなって気付けば鼻歌を口遊んでいた。
何度も加瀬が案内してくれたお陰で、スーパーへの道はバッチリ覚えている。それでも間違えないようにと何度も確認していると……
「Y a-t-il quelque chose qui te trouble?」
「え?」
いきなり後ろからフランス語で声をかけられ、言葉の分らない琴は戸惑ってしまう。
「ええと、あの……?」
琴が振り向くと、そこにいたのは背の高い青年。ふわりと柔らかそうな明るい髪に、透き通るようなブルーの瞳の美形である。
加瀬もイケメンだが、この青年には違う魅力があるなと琴はぼんやり考えた。
「……えっと、もしかして日本人なのかな?」
「え、どうして……あれ、日本語?」
話しかけられた言葉が日本語だと気付いて、琴はまじまじと男性を見つめてしまう。外見だけならどう見てもこちらの人だと思うのだが、それにしては日本語がとても上手かった。
自分が日本人と分かって声をかけてきたのか、そう思って琴は少し身構える。慣れない場所での行動には気を付けるように加瀬からも言われていたから。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃったかな? 君が何か困っているのかと思っただけなんだ、それにしても日本人とは思わなかったな」
「そうだったんですね。すみません、ちょっと驚いてしまって」
すぐに頭を下げる男性に、そう悪い人ではないのかもと琴はホッとする。確かにあちこちキョロキョロしていたので、彼には琴が困っているように見えたのかもしれない。
「君、日本人だよね? 俺の母も日本人なんだ、結構日本語には自信があるんだけど上手でしょ?」
「え? ああ、そうですね。お上手だと思います」
にこやかに話を始める男性に、琴はその男性との会話を終わらせるタイミングが掴めない。
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