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第五章:一時の別れ
第54話 確信
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「昨日ははるかの熱が高かったですけれど、今朝はだいぶ下がったのでまたいらしてください」
ティカにそう言われて、カレヴィは一も二もなくその話に飛びついた。
なにせ昨日はハルカがすぐ寝入ってしまったために、滞在していた時間がごく僅かだったのだ。
だが、収穫は充分あった。
なんと、はるかが彼に告白してきたのだ。
愛想を尽かされていても仕方ないとカレヴィが諦めかけていたところへ、これは思ってもいない喜ばしい出来事だった。
──今日もまた、ハルカに会える。
そう思うと、カレヴィは自然と笑みがこぼれた。
「カレヴィ王がいられるのはこちらの時間で一時間ほどです。カレヴィ王にははるかが起きるまでの間、覚えていただくことがあります」
そうして、カレヴィはティカに台所にあるシチューの温め方を教わり、それを皿に盛ってハルカに食べさせるように言われた。それから冷蔵庫にある果物の皿をハルカの食後に出すようにとも。
「──分かった」
「それではハルカを起こします。わたしは時間まで席を外しますので」
ティカが消えると、彼女の言葉通りにハルカが目を覚ました。
「あ、あれ、カレヴィ!?」
驚いたのか、周りをきょろきょろと見回している。たぶん、ティカの姿を探しているのだろう。
「ハルカ、今日も来たぞ」
「あ、うん、おはよ。悪いけど、カレヴィはそこにいてくれる? 顔洗ってくるから」
「分かった」
しばらくしてハルカが戻ってきて、カレヴィは彼女を抱きしめたい気持ちでいっぱいだったが、とりあえずそれはこらえて、ティカに言われたことを遂行することにした。
「ハルカ、俺が食べさせてやろう」
「あ……、いいよ。自分で食べられるから」
カレヴィの申し出をハルカが申し訳なさそうに断って、彼女は彼が温めたシチューを食べている。
それをカレヴィが愛しそうに見ていると、ハルカはシチューの具をすくいながらちらりと彼を見た。
視線が交わると、ハルカはシチューの具を皿の中に落としてしまった。
「どうした、ハルカ。顔が赤いぞ。また熱が出てきたのか?」
カレヴィがハルカに手を伸ばすと、彼女はびくっと体を震わした。
カレヴィはそんなハルカに苦い笑いを浮かべた。
「……すまない。おまえに乱暴なことをしてしまったのに、つい調子にのってしまった」
「え、ううん。わたしこそごめんなさい」
おそらく今のは、ハルカに乱暴した時の後遺症だろう。そう思うと、カレヴィは自分のしたことが許せなかった。
そんなカレヴィにハルカが恐る恐る声をかけてきた。
「あの……、カレヴィ、昨日来てくれた時、わたしなにか言った? 実はわたし、よく覚えていなくて」
思ってもいないことを言われて、カレヴィは驚いてハルカを見つめた。
しかし、ハルカが不安げにカレヴィを見上げてくるので、彼は首を横に振る。
「いや……、俺に謝ってはいたが、それ以外は特になにも言っていない」
……それではあの告白はなしか。
そう考えるとカレヴィは残念な気分だったが、今はハルカの体調を整えるのが最優先と考え、昨日の彼女の告白については黙っていた。
「とにかく、おまえは早く元気になれ。俺はここの時間で一時間ほどしかいられないからな」
「そうなんだ。……ごめんね、カレヴィ忙しいのにわたしの面倒見て貰って」
すまなそうに謝ってくるハルカに、カレヴィは首を横に振った。
「そんなことは気にしなくていい。それよりハルカは早く食べろ。食事が冷める」
そこでハルカは今自分のやるべきことを思い出したらしく、シチューと果物を食べた後に薬を飲んだ。
それを確認したカレヴィがほっと息をつく。
「ごちそうさま。カレヴィ、もう戻っていいよ。わたしの為にこんなことして貰うのも悪いし」
カレヴィが台所の流しに皿を出して戻ってきたところで、ハルカが彼にはっきり言った。
けれども、カレヴィにはやるべき事が残っていた。
「いや、時間まではいる。それにおまえに話したいこともあるしな。……ハルカは横になっていろ」
「あ、うん……」
ハルカは素直に寝台に横になってカレヴィを見つめた。
「あの時のことだが……、婚礼延期といっても、いつ元老院から反対を受けておまえとの婚約を解消させられるかもしれないと思うと、俺はいてもたってもいられなかった。それなのに、おまえは呑気に他の男に菓子を振る舞うことを話してるしな」
「ご、ごめん……」
「いや、あれはそのくらいで嫉妬を抑えられない俺が悪かった。それに、妾妃を迎える覚悟をしておけなどとおまえに言ってしまったしな」
そこでハルカが息を呑んでカレヴィを見てきた。
カレヴィは己の愚かさに苦く笑った。
「もとより、妾妃など娶るつもりなどない。俺はおまえを愛している。それをただの嫉妬で、そんな馬鹿なことを口走ってしまった。悪かった、ハルカ」
「そ、んなこと……」
ハルカが首を横に振りながらも涙をこぼす。
それをカレヴィは驚いて見ていたが、やがてその手を伸ばして、そっと指でハルカの頬を拭った。
「……あの時の俺は本当にどうかしていた。もしかしたら婚約解消となって、おまえが他の男のものになるかもしれないと心底怖れていた。そんな時におまえに俺を無理に選ばなくてもいいと言われて、すっかり頭に血が上ってしまっておまえを滅茶苦茶にしてしまった。なんど言っても足りないだろうが許してくれ」
そう言うカレヴィの顔が苦しげに歪む。
これでハルカの傷が癒えるなら何度でも謝罪しようとカレヴィは思った。
「ごめんね。わたし、自分のことしか考えてなかった。あなたがそんなこと考えているなんて思ってもいなかったんだ。……わたし、てっきりカレヴィは妾妃を娶る方向で考えてるのかと思って取り乱しちゃったんだ」
「……そうか。おまえに誤解されるようなことをしてしまって悪かった」
カレヴィはハルカの髪を優しく梳く。
波打つこの黒髪が愛おしい、とカレヴィは思った。
その後に、ハルカがなにかを考え込んで息をついていたので、カレヴィはどうしたと聞いてみた。
「わたしがもしカレヴィの婚約者じゃなくなったら、国のために結婚相手をあの三人から選んだ方がいいのかと思って」
すると、カレヴィはがっくりしてハルカを見た。
「おまえはなにを聞いていたんだ。俺はおまえを愛していると言っただろう」
「でも……、カレヴィが玉座から引きずり降ろされるなら、わたしはあなたの傍にいない方がいいと思うんだ」
ハルカがそう言うと、カレヴィの顔が苦しげに歪んだ。
そして、カレヴィはハルカを抱き起こすと、その胸に強く抱きしめた。
「おまえは本当に残酷なことを言うな。……おまえが突然いなくなって俺がどんなに取り乱したかおまえは知るまい」
カレヴィはハルカの体をいったん離すと、真摯な眼差しで彼女を見た。
「確かにおまえとの婚礼は延期になった。だが俺は、元老院におまえ以外の妃は迎えないと言うつもりだ、ハルカ」
「え……」
信じられないことを聞いたとばかりに、ハルカが瞳を見開いた。そして、ぱたぱたとその瞳から涙がこぼれる。
それを見てカレヴィはハルカを愛おしく思った。
──やはりあの告白は、本物だったと思い上がってもいいか、ハルカ。
そして、それが間違いではないとハルカの口から確信させてほしかった。
ティカにそう言われて、カレヴィは一も二もなくその話に飛びついた。
なにせ昨日はハルカがすぐ寝入ってしまったために、滞在していた時間がごく僅かだったのだ。
だが、収穫は充分あった。
なんと、はるかが彼に告白してきたのだ。
愛想を尽かされていても仕方ないとカレヴィが諦めかけていたところへ、これは思ってもいない喜ばしい出来事だった。
──今日もまた、ハルカに会える。
そう思うと、カレヴィは自然と笑みがこぼれた。
「カレヴィ王がいられるのはこちらの時間で一時間ほどです。カレヴィ王にははるかが起きるまでの間、覚えていただくことがあります」
そうして、カレヴィはティカに台所にあるシチューの温め方を教わり、それを皿に盛ってハルカに食べさせるように言われた。それから冷蔵庫にある果物の皿をハルカの食後に出すようにとも。
「──分かった」
「それではハルカを起こします。わたしは時間まで席を外しますので」
ティカが消えると、彼女の言葉通りにハルカが目を覚ました。
「あ、あれ、カレヴィ!?」
驚いたのか、周りをきょろきょろと見回している。たぶん、ティカの姿を探しているのだろう。
「ハルカ、今日も来たぞ」
「あ、うん、おはよ。悪いけど、カレヴィはそこにいてくれる? 顔洗ってくるから」
「分かった」
しばらくしてハルカが戻ってきて、カレヴィは彼女を抱きしめたい気持ちでいっぱいだったが、とりあえずそれはこらえて、ティカに言われたことを遂行することにした。
「ハルカ、俺が食べさせてやろう」
「あ……、いいよ。自分で食べられるから」
カレヴィの申し出をハルカが申し訳なさそうに断って、彼女は彼が温めたシチューを食べている。
それをカレヴィが愛しそうに見ていると、ハルカはシチューの具をすくいながらちらりと彼を見た。
視線が交わると、ハルカはシチューの具を皿の中に落としてしまった。
「どうした、ハルカ。顔が赤いぞ。また熱が出てきたのか?」
カレヴィがハルカに手を伸ばすと、彼女はびくっと体を震わした。
カレヴィはそんなハルカに苦い笑いを浮かべた。
「……すまない。おまえに乱暴なことをしてしまったのに、つい調子にのってしまった」
「え、ううん。わたしこそごめんなさい」
おそらく今のは、ハルカに乱暴した時の後遺症だろう。そう思うと、カレヴィは自分のしたことが許せなかった。
そんなカレヴィにハルカが恐る恐る声をかけてきた。
「あの……、カレヴィ、昨日来てくれた時、わたしなにか言った? 実はわたし、よく覚えていなくて」
思ってもいないことを言われて、カレヴィは驚いてハルカを見つめた。
しかし、ハルカが不安げにカレヴィを見上げてくるので、彼は首を横に振る。
「いや……、俺に謝ってはいたが、それ以外は特になにも言っていない」
……それではあの告白はなしか。
そう考えるとカレヴィは残念な気分だったが、今はハルカの体調を整えるのが最優先と考え、昨日の彼女の告白については黙っていた。
「とにかく、おまえは早く元気になれ。俺はここの時間で一時間ほどしかいられないからな」
「そうなんだ。……ごめんね、カレヴィ忙しいのにわたしの面倒見て貰って」
すまなそうに謝ってくるハルカに、カレヴィは首を横に振った。
「そんなことは気にしなくていい。それよりハルカは早く食べろ。食事が冷める」
そこでハルカは今自分のやるべきことを思い出したらしく、シチューと果物を食べた後に薬を飲んだ。
それを確認したカレヴィがほっと息をつく。
「ごちそうさま。カレヴィ、もう戻っていいよ。わたしの為にこんなことして貰うのも悪いし」
カレヴィが台所の流しに皿を出して戻ってきたところで、ハルカが彼にはっきり言った。
けれども、カレヴィにはやるべき事が残っていた。
「いや、時間まではいる。それにおまえに話したいこともあるしな。……ハルカは横になっていろ」
「あ、うん……」
ハルカは素直に寝台に横になってカレヴィを見つめた。
「あの時のことだが……、婚礼延期といっても、いつ元老院から反対を受けておまえとの婚約を解消させられるかもしれないと思うと、俺はいてもたってもいられなかった。それなのに、おまえは呑気に他の男に菓子を振る舞うことを話してるしな」
「ご、ごめん……」
「いや、あれはそのくらいで嫉妬を抑えられない俺が悪かった。それに、妾妃を迎える覚悟をしておけなどとおまえに言ってしまったしな」
そこでハルカが息を呑んでカレヴィを見てきた。
カレヴィは己の愚かさに苦く笑った。
「もとより、妾妃など娶るつもりなどない。俺はおまえを愛している。それをただの嫉妬で、そんな馬鹿なことを口走ってしまった。悪かった、ハルカ」
「そ、んなこと……」
ハルカが首を横に振りながらも涙をこぼす。
それをカレヴィは驚いて見ていたが、やがてその手を伸ばして、そっと指でハルカの頬を拭った。
「……あの時の俺は本当にどうかしていた。もしかしたら婚約解消となって、おまえが他の男のものになるかもしれないと心底怖れていた。そんな時におまえに俺を無理に選ばなくてもいいと言われて、すっかり頭に血が上ってしまっておまえを滅茶苦茶にしてしまった。なんど言っても足りないだろうが許してくれ」
そう言うカレヴィの顔が苦しげに歪む。
これでハルカの傷が癒えるなら何度でも謝罪しようとカレヴィは思った。
「ごめんね。わたし、自分のことしか考えてなかった。あなたがそんなこと考えているなんて思ってもいなかったんだ。……わたし、てっきりカレヴィは妾妃を娶る方向で考えてるのかと思って取り乱しちゃったんだ」
「……そうか。おまえに誤解されるようなことをしてしまって悪かった」
カレヴィはハルカの髪を優しく梳く。
波打つこの黒髪が愛おしい、とカレヴィは思った。
その後に、ハルカがなにかを考え込んで息をついていたので、カレヴィはどうしたと聞いてみた。
「わたしがもしカレヴィの婚約者じゃなくなったら、国のために結婚相手をあの三人から選んだ方がいいのかと思って」
すると、カレヴィはがっくりしてハルカを見た。
「おまえはなにを聞いていたんだ。俺はおまえを愛していると言っただろう」
「でも……、カレヴィが玉座から引きずり降ろされるなら、わたしはあなたの傍にいない方がいいと思うんだ」
ハルカがそう言うと、カレヴィの顔が苦しげに歪んだ。
そして、カレヴィはハルカを抱き起こすと、その胸に強く抱きしめた。
「おまえは本当に残酷なことを言うな。……おまえが突然いなくなって俺がどんなに取り乱したかおまえは知るまい」
カレヴィはハルカの体をいったん離すと、真摯な眼差しで彼女を見た。
「確かにおまえとの婚礼は延期になった。だが俺は、元老院におまえ以外の妃は迎えないと言うつもりだ、ハルカ」
「え……」
信じられないことを聞いたとばかりに、ハルカが瞳を見開いた。そして、ぱたぱたとその瞳から涙がこぼれる。
それを見てカレヴィはハルカを愛おしく思った。
──やはりあの告白は、本物だったと思い上がってもいいか、ハルカ。
そして、それが間違いではないとハルカの口から確信させてほしかった。
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