【R-18版】薔薇の執念～秘密を抱えた令嬢騎士は王太子のしつこい告白にほだされる

殿下のバカ

　二週間ほど経ち、ディアルトが前線に赴く日となった。

　当日までにディアルトは大量の執務をこなし、自分が王宮におらずとも事足りるように引き継ぎを終えていた。
　城門の外には騎士団の騎馬隊が出発する準備をし、賑わっている。
　戦地に赴く男たちの異様な熱気を前に、リリアンナは一人疎外感を覚えていた。

「リリアンナ様、どうぞご心配なく。殿下はちゃんとお守りしますから」
「……ありがとうございます」

　騎士の言葉にリリアンナは元気のない笑みを浮かべる。しかしその目は心配げに準備に追われるディアルトを追っていた。
　ディアルトは自分の馬の背に荷をくくりつけたあと、騎士団に混じって他の荷運びを手伝っていた。リリアンナも混じろうとしたのだが、他の騎士たちによって「大丈夫ですから」と離されてしまう。
　ここまでされては強引なことはできない。同時に「私はなんて役立たずなのかしら」と落ち込んでいた。

「留守中のリリアンナ様のことは、殿下から一任されております」

　そう言って微笑んだのは、声を掛けてきてくれたケインツだ。
　彼は騎士団の精鋭と言っても、王都に常駐するメンバーなので戦地には行かないことになっている。
　ケインツがリリアンナの警護に適任だと騎士団長が決めた時、ディアルトが「あいつは顔がいいから不安だ」とごねた……というのをリリアンナは知らない。

「……私は守ってもらわずとも大丈夫です」

　風が吹き、リリアンナの髪やスカートをなびかせる。

（せめて……。守護精霊に殿下を守るようお願いしたら……）

　リリアンナは少しでもディアルトを守れるのなら、と思い、手を出して自分を守護している風の精霊を呼ぼうとした。
　だが彼女が集中する前に、ケインツに手首をグッと握られる。

「……何ですか？　ケインツ」

　リリアンナは邪魔をしないで欲しいと、少しムッとしてケインツを見る。だが彼は静かに首を振った。

「殿下からのご命令です。王都から精霊を放たないように、とのことです」
「それぐらい他の人だって……」

「戦地は主に風の精霊と火の精霊が、とんでもない規模で日々ぶつかり合っています。時に大爆発することもあると報告書にあります。行使する精霊が衝撃を受ければ、当たり前に術者も影響を受けます。殿下は王都でリリアンナ様がいきなり昏倒することのないよう、気遣われておいでです」
「……こんな時まで……」

　――自分の心配ではなく、人のことばかり。

　だからこそ、リリアンナは余計に心配してしまう。
　戦地でディアルトが窮地に陥っている者を助けて回る姿が、容易に思い浮かぶ。その過程で、油断を突かれて何かされたらどうするのだろう。

「……殿下のバカ」

　拳を握りしめて呟いたリリアンナを、隣からケインツが微笑して見守っていた。
　他の騎士たちも忙しくしつつ、自分たちが大好きな白百合の君の姿を最後に目に焼き付けている。尊敬し、自分たちと同じ場で戦ってくれるディアルトだからこそ、彼らはリリアンナに本気にならない。
　彼女がまっすぐにディアルトを想っている姿を知っているからこそ、いつも少年のように騒いでいられるのだ。

「亭主留守で元気がいいって言うじゃないですか。あれ？　ちょっと違うかな」
「……私と殿下は夫婦ではありません」

　二人が会話をしていると、リリアンナの表情を読んだ誰かが「ケインツ！　泣かせるなよ！」とからかった。それを聞いて周囲がドッと沸き、ディアルトが焦って飛んでくる様子がさらに笑いを誘う。

　死地を前に明るさを失わない男たちに、リリアンナも思わず苦笑いするのだった。