上 下
6 / 26
本編

しおりを挟む

わたしは途中で、乱雑に雨避けの布を被せられ、城内から外へ連れ出されて行った。
強風に殴りつける様な雨…この中を運ぶ方も大変だっただろうが、
そんな事を気遣う精神など、わたしは当然、持ち合わせていなかった。

「___!!___!!!」

誘拐か、強盗か、変質者か…一体何が起こっているのか分からない。
自分がこの先どうなってしまうのかが恐ろしく、必死に助けを求めていた。


運ばれている間、酷い揺れがし、気分が悪くなったが、
それを意思表示する事も叶わなかった。
彼らの動きが止まり、揺れが無くなった事で、わたしは内心安堵の息を吐いた。
だが、安心などしてはいけなかったのだ。

「司祭様!生贄の者です!」

わたしの側で誰かが大きく叫んだ。

「おお!これが生贄か!」

雨避けの布が捲られ、わたしの目に入ったのは、司教の狂喜の笑みで…
わたしはぞっとした。

生贄!?
わたしが!??
わたしは思い切り否定したかったが、わたしを抱えている衛兵は堂々と答えた。

「はい、我が国の為ならば、命も惜しくは無いと申しております」

!??
嘘よ!!わたし、そんな事言ってない!それに、命は惜しいわよ!!
自己犠牲を良しとする人は、探せばいるかもしれないのに…
いえ、そんな聖人はいないかしら?
でも、何故、唐突に、わたしなの!?
今まで、誰もわたしになんて目を留めなかったのに…
地味にひっそりと生きて来たわたしが、どうして、こんな時にだけ…

ギクリとした。

わたしの頭に、ふっと、クリスティナの残忍な笑みが浮かんだのだ。

ああ、そうだわ…
姉はこれを企んでいたんだわ…

でも、何故、わたしなの?
わたしはあなたの妹なのに___

わたしは姉の所業が信じられなかった。
今まで、散々、意地悪をされ、虐げられてきたが、
まさか、命まで奪おうとするとは、思ってもみなかった。
クリスティナは血の繋がった実の姉なのだ!
幾ら何でも、酷過ぎる…きっと、何かの間違いよ…
だが、姉を信じようと頭を巡らせるわたしの耳に入って来たのは、こんな会話だった。

「生娘に間違いないであろうな?古来より生贄は生娘と決まっておる」
「はい、王妃様のお墨付きでございます、この者はこれまでも恋人がおらず、
悲しむ者もいない、これ以上の適任はいないとの事___」

生娘?
わたしが生娘だから、生贄に選ばれたの?
わたしの他に生娘はいないというの?
そんな馬鹿な…と思いながらも、城で耳にする侍女たちの話題は、
もっぱら意中の男性や恋人の事だったと思い出す。

恋人もいない、悲しむ者もいない…それは、そうかもしれないけど…

両親でさえ、悲しまないのではないかと思える。
「よくやった!おまえは私たちの…いや、国の誇りだ!」と感涙する両親の姿が、
容易に想像出来、げんなりとした。
自分たちは聖業をしない癖に、娘には押し付け、周囲から賞賛される事を喜ぶ…

「早く、生贄を祭壇に___」

この時になり、幸い、雨だけは止んだ。
わたしはロープで拘束されたまま、冷たい祭壇の上に寝かされ、雨避けの布を取られた。
視界が広がる。
暗雲の下で、昼間と思えない程に暗い、
そして、吹き荒れる風が、恐ろしい獣の雄叫びの様に聞こえている…

わたしは状況を知ろうと、必死で頭を動かし、周囲を見た。
城の庭だろうか、広々としている。
祭壇は簡素なもので、きっと急遽設けられたのだろう、余計な物が一つとしてない。
白い雨避けのフードを着た者たちが十名程度、
祭壇…こちらに向かい、流れる様に、何かの呪文を唱えている。
彼等を統率しているのは、同じ様に白い雨避けのフードを着た司教だ。

「魔王よ!どうか怒りを鎮められよ___!」

司教が高らかに言い、両腕を上げる。
その手に光る短剣を見て、わたしは我に返った。

あの短剣で、わたしの心臓を突き刺さす気!?

想像したわたしは、狂わんばかりの恐怖に襲われた。

「!!!!」

嫌!!怖い!!
わたしは死にたくない!!痛いのも嫌よ!!
これが魔王の怒りだなんて言ってるのは、司教様だけでしょう?
魔王なんて伝説よ!!
こんなの、ただの嵐だわ!雨も止んでるじゃない!
わたしが死んだって何にもならないわ___!!

こんな事で、死にたくない!!

恋人と呼べる人は確かにいないし、悲しむ者もいないかもしれない…
だけど、わたしには好きな人がいるもの!!

「___!!___!!!」

お願い!助けて!!
助けて、レイモン様!レイモン様___!!


ゴロゴロ、ゴロゴロ…

ピカッ!!


周囲が眩しい光に包まれた。

これは、何?わたし、雷に打たれたの?
だが、痛みは無い。
ただ、眩しくて、何も見えない…短剣を振り回す司教の姿も…

そんな中、何やらパラパラと、黒い物が降って来た。
わたしはそれが何か確かめようと、唯一動かせる首を必死で動かした。

花びら?
薔薇かしら?

黒い薔薇の花びらが、幾つも降って来ている。

ぼんやりと眺めていたので、気付かなかったのだろうか…
いつの間にか、わたしの側に、立派な馬車が停まっていた。
全体が黒く、所々に金の挿し色が入っている。
豪華で美しくはあるのだが…

馬も馬車も真っ黒なんて…
ああ…わたし、気付かない間に死んだのね…

憂いていると、黒いフードを被った子供の背丈の者たちが、わらわらと集まって来た。
彼等はせかせかと手を動かし、飛び回っている。
どうやらわたしに馬車へ乗る様、促している様だ。
だが、わたしはしっかりと拘束されていて、動けない。

残念だけど、わたしは動けないし、馬車には乗れないわよ!

開き直り、無視を決め込んだのだが、やはり、通用しなかった。
フードの者たちは、わらわらとわたしの側に集まり、
何と、皆でわたしを抱え上げてしまった!

!??

そして、強制的に馬車の座席に押し込んだのだった。

小さな体で、どうしてこんな事が出来るのか…
これには驚いたが、フードの者たちが馬車に乗り込んで来なかった事に安堵した。
馬車の窓の外は、眩しく、フードの者たちの他は、何も見えない。
馬車が動き出したのが分かった。
黒い薔薇の花びらを撒き散らしている…

そして、次の瞬間、光は消えていた。

!??

一転、夜の世界が現れた。

薄明りしかない、黒い陰鬱な景色…
暗雲の隙間から見える空は、奇妙に緑掛かっている。
もっと外の様子を見ようとしたが、あっという間に流れ、
馬車は高く聳える黒い城の前に着いていた。

馬車の扉が開かれ、再びフードの者たちが入って来て、わたしを馬車から連れ出し、
城の中へと運んで行った。

夢?
それとも、ここは地獄?

何も悪い事はしていないというのに…
しかも、わたしは生贄にされたのだ!それなのに、地獄行きだなんて…
あんまりよ…酷過ぎるわ…

わたしは涙を抑えられなかった。

大きな扉が開き、広間の中央に下ろされた時も、わたしは絶望で気力を失っていた。
もう、指一本、動かす気力は無い___

だが、人の気配がした事で、わたしの絶望は削がれた。
誰かが驚きに息を飲み、立ち上がったのだ。

「これは…一体どういう事だ!おまえたちの仕業なのか!?」

低い、大人の男性の声だ、それに厳しい口調…彼は怒っている様だ。

『キキ!!ピュイ!!』

フードの者たちが何やら必死で言っているが、わたしの知らない言葉だった。
だが、彼には分かる様だ…

「何と、酷い事を…!野蛮な人間共が!!可哀想に、今、自由にしてやろう…」

わたしは安堵したものの、その言葉に僅かに違和感を覚えた。
人間共…?

男はわたしの側まで来て、その膝を付いた。
わたしは目を上げ、彼を見た___

!!

驚く事に、彼は全身黒尽くめだった。
その髪も含め、身に着けている物全てが黒く、飾りに、僅かに金の挿し色が使われている。
全てが黒く暗さを見せる中、その目だけが、赤く輝いていた。

赤いわ…
こんな瞳、見た事が無い…

ぞっとしなくもないが、奇妙な魅力があり、惹きつけられる。

男の顔は彫刻の様に彫りが深く、整い、そして美しい。
堂々とした体格も、ブロンズ像の戦士さながらで、わたしは思わず目を見開き、
まじまじと見てしまった。

まるで、芸術品だわ…

クリスティナを絶世の美女だと思っていたが、世の中は広いという事だ。

だが、その大きな手が伸びて来た時、わたしは反射的にギクリとした。
彼は一瞬、手を止め、「安心しろ、おまえに危害を加えたりはしない」と、
先程とは違い、落ち着いた柔らかい口調で言った。

その大きな手が金色に光ったかと思うと、わたしを縛っていた全ての物が、
効力を失った。

今のは、魔法??

わたしは驚きながらも、自由になった事に気付き、磨かれた床から体を起こし、
ささっと、手早く身形を整えた。
相手が知らぬ者とはいえ、あんな惨めな恰好を見られるなんて恥ずかしい。
あれでは、捨てられる直前の絨毯だわ!
わたしは赤くなる顔を俯かせ、縛られていた手を擦った。

「ソフィ?」

問う様に聞かれ、わたしは反射的に「はい」と答え、顔を上げていた。
何故、わたしの名を知っているのだろう?
そんな疑問は、目の前の彼の表情を見て、消し飛んだ。
彼が、美しい顔を険しくし、わたしを見ていたからだ。
何か、顔に付いていただろうか?
わたしは不安になり、頬を擦った。

「人間は、成長過程で姿が変わると聞くが…それにしても…この髪は何だ?
あの美しい金色の髪が、ここまでおかしな赤毛になるものなのか?
それに、あの深い青色の美しき宝石が…明るい緑だと?これは妖精の色だ!
幼い頃はあれ程美しかったというのに、この様に変わってしまうとは…
私の呪い(まじない)も効かなかったという訳か…恐ろしいものよな、気の毒に…」

何か、もの凄く、失礼な事を言われている気がする。
何故、初対面の男性から貶され、憐れまれ、挙句、同情までされなくてはいけないのか!?
流石に、良い顔は保てなかった。
思い切り顔を顰めてやったが、相手はどこ吹く風で、難問を前にした様に首を傾げ、
何処か哀れみを持ち、わたしをしげしげと眺め続ける。

何て人なの!知らぬ間柄だというのに、失礼だわ!
でも、この人は、わたしを知っているのよね?わたしの名も知っていた。
だけど、わたしには全く覚えが無い。
もし、出会っていれば、例え一瞬であったとしても、絶対に覚えている筈だ。
何といっても、目の前のこの男は、奇跡の造形美をしているのだから…

わたしは答えが出ないのがもどかしく、頭を巡らせた。

わたしの幼い頃を知っている様だから、幼い頃に会ったのかしら?
でも、わたしは生まれてからずっと、赤毛だわ!目も元より緑色よ!
金髪だった事は無いし、深い青色の美しい宝石だなんて…
そこまで考えた時、わたしは「はっ」と息を飲んだ。

幼い頃より美しく、金髪と深い青色の瞳を持ち、
わたしの名を騙るなど、悪質な悪戯を好んでする者を、わたしは一人だけ、知っている。

そう、わたしの姉、クリスティナ=ローレンだ!


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56,609pt お気に入り:6,914

兼愛無私

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集

ホラー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:62,423pt お気に入り:3,594

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,301pt お気に入り:1,496

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:57,872pt お気に入り:2,780

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,008pt お気に入り:1,260

異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:49

雨に濡れた犬の匂い(SS短文集)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:228pt お気に入り:0

処理中です...