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本編

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「レイモン様から、結婚を申し込まれました」

わたしはエクレールにそれを報告した。
条件を出されているし、経過を知りたいとここまで付いて来ているのだ、
知らせておくべきだろうと思った。

エクレールは半目になり、顎で指した。

「指輪が無い」
「勿論、あります、今、寸法を直している処です」
「フン、結婚を申し込む相手の指の寸法も知らぬのか?」
「わたしも知りませんわ」

わたしが肩を竦めて見せると、エクレールは「愚かな」と頭を振った。

「そういえば、エクレール様は何故、わたしの寸法が分かったのですか?」

エクレールが用意してくれていた服飾品は、全てわたしに合っていた。

「魔法だ」

《魔法》と言えば全ての説明がつくと思っている様だ。
魔法にも色々あるだろう、だが、詳しく知るのは避けた方が良い気がした。

知りたくないわ…

わたしは両手を交差し、腕を擦った。

「安心しろ、触れてはおらん」
「だったら、覗いたのね!?」
「おまえの居ない時に部屋に行き、持ち物を調べた」
「!??」

そんな事をしていたのかと、わたしは正直引いたのだが、
エクレールが悪びれる事は無かった。いや、寧ろ、得意気に見える。

「花嫁を迎えるのだぞ、必要な事だ」

「あなたの花嫁に間違われたのが運の尽きだわ…」

人違いで、勝手に部屋に入られ、勝手に持ち物を調べられたなんて…!
悲鳴を上げて、物をぶつけてやりたい位だ。
憎々しく、唇を尖らせて睨んだが、相手は悠然としニヤリと笑った。

「キスして欲しいのか?結婚の約束をしたばかりだろう、不貞はいかんぞ」
「キスして欲しいなんて!あなたの妄想ですわ!わたしはあなたに平手打ちをしたい気分よ!」
「それも燃えるというもの」

相手は300回結婚した猛者だというのを忘れていた。
わたしはさっと身を引くと、「近寄らないで下さい!」と、ワゴンの上のクローシュを手に取った。

「面白い盾だな、いいから、それを置け、おまえをからかうのは面白い」

わたしはそれをエクレールの頭に投げつけるか、ワゴンに戻すか逡巡し、
結果、平和的に背に隠したのだった。

「それで、結婚はいつだ?」
「分かりません」
「何か問題でもあるのか?」
「あったとしても、エクレール様にはお話しませんわ」
「それもそうだな、だが、分かっているな?」

エクレールの黒い目が赤色に変わり、ギラリと光った。

「結婚は三月の内だ。
結婚出来なかった場合、例え婚約していようと、おまえは私の花嫁となるのだぞ」

冷たく言い放つ。
わたしも冷たく返した。

「仰せのままに、魔王様」

エクレールは「フン」と鼻で笑うと、「紅茶を淹れてくれ」と命じた。


◇◇


その日の昼、レイモンとの待ち合わせ場所に向かっていたわたしは、
一人の衛兵に声を掛けられた。

「ソフィ様、少しよろしいですか?」
「いえ、すみません、急いでいますので…」
「レイモンと会うんだろう?」

言い当てられてわたしはギクリとしたが、何とか表情には出さなかった。

「その様な事にお答えする義務はありませんわ」

「レイモンの奴、上手くやったな、あいつは顔だけは良いからな」

何て失礼な男だろう!
わたしは無視を決め、その場を去ろうとした。
だが、それを引き止めたのは、衛兵の手だった。
腕を掴まれ、わたしは後ろに倒れそうになった。

「きゃ!!は、離して下さい!」

青くなるわたしに、衛兵は低い声で言った。

「素直に答えれば離してやる、レイモンに魔界や魔王の事を話したのか?」
「そんなの、あなたに何の関係があるのですか!」
「ああ、勿論あるさ、皆情報を狙ってるんだからな」

情報?
レイモンと同様、情報を王に伝え、出世を狙っているという事だろうか?

「言え!魔王がここに来た目的は何だ?」
「も、目的など、ありませんわ…」
「嘘を吐くな!」

胸倉を掴まれ、わたしは恐怖で震え上がった。

「ひっ!」
「本当の事を話せ!魔王はこの国を攻める為の下見に来ているんだな!?」

この国を攻める!?
その言葉に、わたしは恐怖よりも驚きが勝った。

「違います!おかしな事を言わないで!」

わたしはその手を掴み、離させようとしたが、固くビクともしない。
それ処か、持ち上げられ、宙吊りにされていた。
靴先が空を切る___

「嫌!下ろして!!」

わたしが恐怖に叫んだ時だ、目の前がカッと光り、次の瞬間、わたしを拘束していたものは消え…
その厚い胸に抱きしめられていた。

「ひ、ひぃ!ま、魔王だ!!」

衛兵が尻餅をつき後退るのを、エクレールは冷たい目で見下ろした。

「二度とソフィに近付くな」

エクレールの低い声が地鳴りの様に響き、衛兵は頷くと這うようにして逃げて行った。
わたしは安堵の息を吐いた。

「もう大丈夫だ、ソフィ」
「ありがとうございました…」

わたしはまだ震えていて、エクレールがその手で背を擦ってくれた。
わたしはその厚い胸に頬を当てていたが、「はっ」とし、顔を上げた。

「エクレール様!直ぐに、魔界に戻られて下さい!
この国を攻める為に来ていると思われています!」

「一部の者たちだけだ、王も王妃も歓待してくれている、今はまだ大丈夫だ。
それより、服が乱れている、乱暴な輩だ…」

エクレールは事も無げに言い、わたしの身形を正してくれた。
だが、今のわたしには、そんな事は些細な事だった。

エクレールの情報を探ろうとしている者は多いらしい。
レイモンもだが…

「エクレール様!どうか、お気を付け下さい、城の者を信じてはいけないわ!」

特に、クリスティナなど…何を企んでいるか分からない。
上手く行かなかった時の、彼女の手の平返しには恐ろしいものがある…

「ふん、それは、私の台詞だ」

エクレールはわたしの頭を撫で、ニヤリと笑うと、次の瞬間、消えていた。

エクレールが凄い魔力を持っている事は知っている。
エクレールが誰よりも強い事も。
だけど、それでも、不安になる…

「きっと、いつも不真面目だからだわ」


わたしは気持ちを切り替え、レイモンとの待ち合わせ場所へと急いだ。
レイモンはいつも通り、噴水の淵に座り、笑顔でわたしを迎えてくれた。
いつも通りのレイモンに安堵し、わたしも笑みを返した。

「レイモン様、お待たせ致しました」
「今日は遅かったね、もしかして、誰かに声を掛けられたりしていない?」

レイモンに言い当てられ、わたしは驚いた。

「はい、どなたかは知りませんが、衛兵の方に呼び止められました」
「何か話したの?」
「いえ、お断りして来ました」
「そう、だったらいいんだ、だけど心配だな、君は人気があるからね」

レイモンが嘆息するので、わたしは苦笑した。

「人気だなんて、皆、物珍しがっているだけです。
魔王様に求婚されたというだけで、何か誤解されているんですわ」

エクレールは人違いをしているだけなのだから。

「でも、魔王から求婚されるなんて、やっぱり特別だよ、一目惚れだったの?
魔界の女性は君程魅力がないのかな?」

自分に魅力があると言われている様で恥ずかしいが、
レイモンに魅力があると思われているなら、良い事だ。
エクレールも見習うべきだ。

幼女のクリスティナに一目惚れをしたエクレールは、面食いに違いない。
彼の名誉の為にも、下手な事は言えない___

「魔界の女性には会った事がありませんので、分かりませんが…
魔王様がわたしに求婚したのは…きっと、行き掛かり上です。
生贄にされたわたしが不憫に見えた様です…」

嘘では無い。
縛られたわたしを見たエクレールは、酷く驚き、怒っていた。
怒らせると怖いけど、優しい心を持った方だわ…
それに、さっきも、助けに来てくれた___

「時々、『面白い』と言われるので、きっと、物珍しかったのですわ」

わたしは笑ったが、レイモンは興味無さそうに「そう」と呟いた。

「それで、魔王の事は何か分かったかな?」

「いいえ…衛兵の方に言われましたが、
レイモン様も、魔王様がこの国を攻める気だと思われているのですか?」

わたしは伺う様に見る。
レイモンは「その可能性はあるね」と、あっさりと頷いた。

「それは絶対にありません!」

わたしはキッパリと否定した。
だが、レイモンは信じていない様子だった。

「君に何故分かるの?魔王は君を懐柔して騙しているかもしれないよ?」
「一緒に居れば人となりは分かります、魔王様はお優しい方です、争いなど好まない方です」
「だけど、魔王を狙った者は返り討ちに遭ってるんだ、そうとは言い切れないさ」
「先に魔王様を亡き者にしようとしたのなら、当然ではありませんか!
レイモン様も、自分に向けられた刃は払うのではありませんか?」
「ソフィ、ムキになり過ぎだよ、どうしたの?そんな事じゃ、魔王の密偵だと思われるよ」

レイモンの手がわたしの頬を撫で、わたしはゾクリとした。
わたしが密偵!?
わたしはレイモンの手を避ける。

「魔王様を探れと言われたのは、レイモン様です!
魔王様はわたしに何も命じられてはおりませんわ!」

「どうしたの、ソフィ、君らしくないよ、さぁ、落ち着いて、食事をしようよ!」

レイモンは打って変わって明るく言うと、サンドイッチを取り出し渡してくれた。
わたしは受け取り、一口食べたが、味が感じられなかった。

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