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第二章 動き始める人間関係

暗闇の中で(神様側)

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『神様、例の子の眷属に力を与えて、よろしかったのですか?』
『構わないよ。あの子は特別だから』

 暗闇の中に無数の映像が浮かび上がる空間で、床にとぐろを巻くほどの長い髪の青年が、白衣を着た女性に答える。

『君だってやり過ぎたじゃないか』
『神様のお気に入りと聞いて力が入りすぎてしまいました』
『まあ、経験値二倍までは事故だけど、スマートウォッチが融合したことで取得経験値が四倍になるとは、流石の僕も驚きだよ』
『神様でも予想外の事が起きるのですね』
『そのためのこの世界じゃないか』

 青年はいくつかの画面を見てクツリと笑うと手を横に動かし他の映像をどけると、勇者たちが使うスレッドの画面を目の前に映し出す。
 そこにはこの二年で数多くのスレッドが誕生した。
 もちろん、スレッドに一切顔を出さずに読むだけの勇者も居るが、ほとんどの勇者は一度ぐらいはスレッドに書き込みをしている。
 いくつものスレッドが高速で流れて行き、青年は楽しそうにクツクツ笑う。

『一応、召喚した子は殆どが事情を抱えている子だけど、そのせいか面白い連鎖反応をしているよね』
『だからといって、神様が特定の勇者を贔屓するのは如何なものかと』
『だって、他の子も僕にとっては基本的に可愛い子だけど、聖女とまでなった子達はさらに特別だよ。僕という存在を肯定し続けて、信仰という犠牲を払う事を厭わない。本人たちは無意識でも、それが僕という存在をさらに強くしていく』
『そんなに強くなりたいのであれば、神様を一心に信仰する世界を作ればよろしいではありませんか』
『それじゃあつまらないよ。何もかもが僕の思う通りの世界なんて最初に作った世界で飽きちゃった。やっぱり、予想外の事が起きた方が面白みがあるよ』
『しかしながら、神様は未来予知も出来るではありませんか、それでも楽しいとおっしゃるのですか?』
『もちろん楽しいよ。予知した未来を実際に体験する子達の反応を見るのは、何度見たって新鮮だ』
『そういうものですか』
『そういう君は? ティタニアやマリアとはまた別の世界で聖女であった君は、この世界で彼女達の活躍を見て何か思う事はないの?』
『私は神様の眷属としてこの世界に連れてこられた補助的存在ですから、特に思う事等ありません』
『嘘はよくないなぁ』

 青年は笑ってくるりと後ろに立つ女性を振り返る。

『君だって、特別に力を与えたティタニアとマリアの事を気にかけているくせに』
『彼女達は神様の計らいもありやりすぎてしまいましたので、どういう動きをするのか見ているだけです』
『それを気にしているって言うと思うんだけどな』
『私の居た世界は滅びましたが、神様はこの世界をいつまで維持するおつもりなのですか?』
『どうだろうね。今の所滅ぼすつもりはないよ。結構頑張って作った世界だし、すぐに壊しちゃうのはもったいないからね』

 青年はそう言うと顔を正面に戻していくつものスレッドを並行して高速で読んでいく。
 そこでふと、一つのスレッドを拡大した。
 それはこの世界に来て二年を越えた勇者達がそれぞれの近況を報告し合うスレッドだった。
 多くの勇者が一言残していくが、相変わらずスレッドには書き込まない勇者もいる。
 彼らは孤独を好んでいるのか他人を信じることが出来ないのか、ただ傍観者で居たいのか、様々な理由があるが、心の中で少なからず救いを求めていることに変わりはない。
 この世界に召喚した多くの子が、何かしらを抱え救いを求めているのだ。

『運命は変えられるものだ。受動的であっても能動的であっても、道はいくつもに枝分かれしていく。その先に何があるのかわかっていても、わからなくても、生きている限り運命は選択されていく』

 既に何人もの死者が出たこのダンジョン。
 青年が用意した最後の仕掛けまで到達することはまだまだ先の話。

『もし、この世界を攻略しつくすことが出来れば元の世界に帰ることが出来ると思っている子が居るのだとしたら、それは可愛そうな話だよね』
『世界はそれぞれ時間の流れが異なりますが、この世界は異質ですからね』
『そう。この世界の時間は動いているけど止まっている。肉体的成長がないという時点で何人かの勇者は勘付いているようだけど、この世界は隔絶されている』
『ティタニアは夢で元の世界の事を見たようですが、あれは神様の計らいですか?』
『違うよ。あれは純粋にティタニアの聖女としての力。元の世界を心のどこかで心配している思いが彼女に夢渡りの力を与えたんだ』
『そのティタニアを愚弄して神様の怒りを買った二人はどうするおつもりで?』
『放っておいても破滅の道を歩いていくよ』

 養われる事しか考えていない勇者、搾取されることを優しさだと勘違いしている勇者、いつまでも現状を見ずに自分が被害者だと勘違いしている勇者、誰もが自ら破滅への泥舟を漕いでいる。

『テンマは、シンヤの言葉をもっと深く考えるべきなんだ。そして、甘やかすだけでは、優しくするだけではだめだと気が付けば救いはあるのに、それを心が拒絶している。元の世界の影響だろうね、自分を褒めたたえて慕ってくれるシャーレが居ることで、無意識に自尊心が高められていることに満足している。シャーレが何もせずに自分ばかりが動いていても、それが優しさなのだと心の底から思っている』
『なまじ実力がある弊害ですか』
『そうだね。誰にでも優しい顔をして受け入れて、残ったのが結局は自分じゃ何もしないシャーレだけ。今やシャーレを受け入れる他の勇者なんていないだろうから、シャーレはいつまでもテンマの傍に居続けるし、テンマはそれが自分が認められている証だと思うだろう』

 それが破滅への道なのだと気が付くことが出来れば、まだ引き返すことも出来るかもしれないが、それが無理だという事は予知している。
 テンマには自分という存在を肯定してくれる者が居なければ駄目なのだ。
 最初はこの世界に来て、新たなる出会いを見つけることでシンヤという依存対象から離れ、幸せを見つけることが出来ればと思っていたが、テンマは自ら破滅の道を選んでしまった。
 こうなればもう止めることは出来ないと青年はため息を吐き出す。
 シャーレに関わりさえしなければよかったが、中途半端な優しさが仇となった。
 青年はティタニアを愚弄したシャーレとエドワルドがこの世界で幸せになる事を許さないし、そうなりそうな道はつぶしていっている。
 シャーレとエドワルドに深く関わる限り、その勇者は道連れ的に破滅していく。
 シンヤはテンマという足枷を外して羽ばたいたというのに、この差はやはり元の世界での待遇の差なのだろうかと青年はため息を吐き出す。

『これでも、出来るだけ皆には幸せになって欲しいと思っているんだけどね』
『一部の者に対して、でしょう』
『逆だよ、一部の者を除いて皆に幸せになって欲しいんだよ』
『その割には、随分と贔屓なさっているようですね』
『だって僕は平等な神様じゃないからね』

 青年はそう言って笑うと、また手を動かし別の画面を目の前に持ってくる。
 そこには八十階層で戦っているティタニアが映し出されている。
 能力的にもっと上の階層に行くこともできるのに、無理をしないという精神と需要があるという事で八十階層にとどまっている。
 確かに、ティタニアが提供する材料で作ることが出来るアイテムは、このダンジョンを攻略するにおいて重要なものだ。
 十分に準備する期間があったティタニアは装備も防具も万全だし、青年が付けた眷属の他にも自力で眷属を見つけた。
 特殊変異種、彼らはこの世界における異物とも言える存在ではあるが、それだけに青年にとっては愛おしい存在だ。
 青年の想定していたものではない存在。
 幸せになって欲しいものだと青年は思ってしまう。
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