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第一部 owner&butler
第十四話 【勘違い】
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タッタッタ──
──だん。
わたしの目の前でぴたりと足を止めたセバスチャン。こんなにも距離が近いのに、まだ詰め寄ってくる。否応なしにわたしの背中は壁際に追い詰められた。
「……セバスさん?」
「恋人、なんですか?」
「……え?」
「桃哉、というのは……ほたるさんの恋人なんですか?」
──どうして。
セバスチャンの必死な顔がわたしの眼前に迫る。両手で肩を掴まれ、とうとう背中は壁にぶつかってしまった。
「セバス、さん」
「……お願いです、答えて下さい」
「セバスさん!」
肩が痛い。それに怖い──セバスチャンが怖い。思い出してしまう、昨夜ベッドに押し倒され、手と口を塞がれたあの時のことを。
何故セバスチャンがこんなにも必死なのか、わたしにはわからなかった。わたしに彼氏がいると、何かしら不都合があるのだろうか。
──ひょっとして……。でも、そんなまさか。
「桃哉は、彼氏なんかじゃないです。ただの幼馴染です」
言った刹那、安堵するセバスチャンの顔。
「本当に、本当ですか?」
「嘘なんてつきません。というか、あの、セバスさん」
「はい?」
「痛いです……それに、怖いです……」
わたしの両肩はセバスチャンに掴まれたままだ。それに背後は壁──身動きが全く取れない状態なのだ。
「も、申し訳ありません!」
手を離し後退するセバスチャンの顔は青い。とうとうわたしと反対側の壁に背がぶつかってしまった。
「申し訳ありません……その……恋人のいる女性に……私は……」
「だから……そんなのじゃないです」
「嘘じゃないですよね?」
本当に、何故セバスチャンはここまで必死なのか。
……まあ確かに、だ。わたしに彼氏がいるのであれば、セバスチャンの昨日からの行動は完全にアウトだろう。きっとそれを気にしてのことなのだろうな。
というか、流石のわたしも彼氏がいれば、セバスチャンを家に上げることなんてしなかったからね。
「仮に、その桃哉さんが恋人だったらとんでもないことですよ。お風呂も一緒に入ってしまいましたし、同じ布団で一夜も共にしました。それに、おっぱ……失礼しました……も、見てしまったわけですし」
セバスチャンが言葉を途中で止めたのは、わたしが睨みを利かせたからだ。性欲は捨て置いたとか言いながら、おっぱいなんて言おうとするんじゃないよ! と突っ込みたくて堪らない。
「はあ……とにかく、です。あいつは本当にそういうのじゃないんです。親が不動産屋だから将来はそれを継げば安泰だって言うような、ちゃらんぽらんな奴ですし」
「そう、ですか……」
本当にあいつはちゃらんぽらんだ。一応県外の大学は出て、親の手伝いはしている。けれどあいつの性格というか──何というか……は、問題があるのだ。
「ちょっと顔が良いからって調子に乗るような奴ですよ。そんな男──」
「好きなんですか?」
「はあ?!」
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。何を馬鹿なことを言っているんだ、とセバスチャンの顔を見るも、その表情はいたって真剣。本当にこの人は何を考えているのかわからない。
「どうしてそんな答えが出てくるんです?」
「だってほたるさん、楽しそうでしたよ──桃哉さんの話をしている時」
「それは、」
言葉に詰まる。確かに楽しかった頃の記憶はあった。密な関係だった時期もあった。でも、今のあいつは、そんなのじゃない。わたしたちはただの幼馴染に戻ったんだ。
「そんなことよりセバスさん」
「はい?」
話を無理矢理反らされて、セバスチャンは不満げだが、しかしそこは執事と言うべきか、その不満を口から漏らすことはなかった。
「今日はお休みなんですし、わたし、お買い物に行きたいのですが」
「でしたら、私が」
「部屋の掃除も済ませて、」
「ですから、私が」
胸に手をあてて頭を下げる、燕尾服姿の長髪執事。
「ほたるさんはゆっくりお休みになっていて下さい。掃除は今から私が済ませます。そうですね、買い物は一緒に行きますか?」
「そうですね! そうしましょう!」
パジャマ姿のままのわたしは、なんだか嬉しくなって笑顔を浮かべてしまう。それを見てセバスチャンも、にっこりと微笑んだ。
──あれ、なんでわたし。
なんでわたし、こんなにも嬉しいのだろう。
セバスチャンと二人で買い物に行くことが、こんなにも嬉しく思えるのは、どうしてなんだろう?
──だん。
わたしの目の前でぴたりと足を止めたセバスチャン。こんなにも距離が近いのに、まだ詰め寄ってくる。否応なしにわたしの背中は壁際に追い詰められた。
「……セバスさん?」
「恋人、なんですか?」
「……え?」
「桃哉、というのは……ほたるさんの恋人なんですか?」
──どうして。
セバスチャンの必死な顔がわたしの眼前に迫る。両手で肩を掴まれ、とうとう背中は壁にぶつかってしまった。
「セバス、さん」
「……お願いです、答えて下さい」
「セバスさん!」
肩が痛い。それに怖い──セバスチャンが怖い。思い出してしまう、昨夜ベッドに押し倒され、手と口を塞がれたあの時のことを。
何故セバスチャンがこんなにも必死なのか、わたしにはわからなかった。わたしに彼氏がいると、何かしら不都合があるのだろうか。
──ひょっとして……。でも、そんなまさか。
「桃哉は、彼氏なんかじゃないです。ただの幼馴染です」
言った刹那、安堵するセバスチャンの顔。
「本当に、本当ですか?」
「嘘なんてつきません。というか、あの、セバスさん」
「はい?」
「痛いです……それに、怖いです……」
わたしの両肩はセバスチャンに掴まれたままだ。それに背後は壁──身動きが全く取れない状態なのだ。
「も、申し訳ありません!」
手を離し後退するセバスチャンの顔は青い。とうとうわたしと反対側の壁に背がぶつかってしまった。
「申し訳ありません……その……恋人のいる女性に……私は……」
「だから……そんなのじゃないです」
「嘘じゃないですよね?」
本当に、何故セバスチャンはここまで必死なのか。
……まあ確かに、だ。わたしに彼氏がいるのであれば、セバスチャンの昨日からの行動は完全にアウトだろう。きっとそれを気にしてのことなのだろうな。
というか、流石のわたしも彼氏がいれば、セバスチャンを家に上げることなんてしなかったからね。
「仮に、その桃哉さんが恋人だったらとんでもないことですよ。お風呂も一緒に入ってしまいましたし、同じ布団で一夜も共にしました。それに、おっぱ……失礼しました……も、見てしまったわけですし」
セバスチャンが言葉を途中で止めたのは、わたしが睨みを利かせたからだ。性欲は捨て置いたとか言いながら、おっぱいなんて言おうとするんじゃないよ! と突っ込みたくて堪らない。
「はあ……とにかく、です。あいつは本当にそういうのじゃないんです。親が不動産屋だから将来はそれを継げば安泰だって言うような、ちゃらんぽらんな奴ですし」
「そう、ですか……」
本当にあいつはちゃらんぽらんだ。一応県外の大学は出て、親の手伝いはしている。けれどあいつの性格というか──何というか……は、問題があるのだ。
「ちょっと顔が良いからって調子に乗るような奴ですよ。そんな男──」
「好きなんですか?」
「はあ?!」
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。何を馬鹿なことを言っているんだ、とセバスチャンの顔を見るも、その表情はいたって真剣。本当にこの人は何を考えているのかわからない。
「どうしてそんな答えが出てくるんです?」
「だってほたるさん、楽しそうでしたよ──桃哉さんの話をしている時」
「それは、」
言葉に詰まる。確かに楽しかった頃の記憶はあった。密な関係だった時期もあった。でも、今のあいつは、そんなのじゃない。わたしたちはただの幼馴染に戻ったんだ。
「そんなことよりセバスさん」
「はい?」
話を無理矢理反らされて、セバスチャンは不満げだが、しかしそこは執事と言うべきか、その不満を口から漏らすことはなかった。
「今日はお休みなんですし、わたし、お買い物に行きたいのですが」
「でしたら、私が」
「部屋の掃除も済ませて、」
「ですから、私が」
胸に手をあてて頭を下げる、燕尾服姿の長髪執事。
「ほたるさんはゆっくりお休みになっていて下さい。掃除は今から私が済ませます。そうですね、買い物は一緒に行きますか?」
「そうですね! そうしましょう!」
パジャマ姿のままのわたしは、なんだか嬉しくなって笑顔を浮かべてしまう。それを見てセバスチャンも、にっこりと微笑んだ。
──あれ、なんでわたし。
なんでわたし、こんなにも嬉しいのだろう。
セバスチャンと二人で買い物に行くことが、こんなにも嬉しく思えるのは、どうしてなんだろう?
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