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アルマ
手と衣装
しおりを挟む2月もするとようやく、ヴィーの部屋の家具が揃ったので、客間から嫁が使う俺の部屋の隣に移ってもらった。
俺の部屋とヴィーの部屋の間には夫婦のための寝室があるが、まだ俺もヴィーもその部屋には足を踏み入れてはいない。
「アルマ様、私のためにこのようなお部屋をご用意いただきありがとうございます。」
「あぁ、嫁に来てくれたんだから当然だ。調度品や何か必要な物はないか?
いやな、この家に来てからヴィーは自分の希望を主張してくることがなかったから何もしてこなかったが、よく考えたら国も違うし文化の違いや勝手の違いもあったろうに気付いてやれなくてすまない。」
「アルマ様は私の希望を聞いてくれていますよ。」
「そうだろうか?」
「はい。私を嫌がることなくずっと側に置いてくれています。」
「もっと希望を言ってもいいんだぞ。可能な限り対応する。」
「では、えっと・・・、その、」
「なんだ?遠慮なく言ってくれ。」
「手を・・・」
「ん?手?」
「手を、繋いでもいいですか?」
「あ、あぁ・・・」
正直そんな要求をしてくると思わなかったため、俺は狼狽えた。
しかもなんだ?今まで感情の読めないポーカーフェイスを貫いていたのに、今のヴィーは俯き耳まで真っ赤になって右手を遠慮がちに差し出している。
そんな反応をされると、俺もどうしたらいいのか分からない。
それでも多くを望まないヴィーの希望なのだからと、そっとその手を握った。
触れた瞬間にビクッとして、ゆっくり顔を上げると、上気した顔で少し微笑んだ。
そんなヴィーの顔は初めて見た。
そして俺にもその熱が移って、俺の顔もどんどん熱が集まっていく。
繋いだその手は、やっぱり女の子の小さくて柔らかい手ではなく、骨張っていて剣だこもできているような男の手だったが、温かくて力強くて安心感がある手だった。
会話もないまま、俺たちは手を繋いで部屋の中で立ったまま時間が過ぎていった。
これ、いつまで続けるんだ?止め時が分からない。勝手に離していいのか、許可を取るのか、ずっと立ったままというのも何だかな。
「なぁ、座るか?」
「はい。」
繋いだ手を引いてソファーに行くと隣り合って座った。
隣り合って座るのは初めてだな。食事の時もソファーに座る時もいつも正面だった。
ヴィーはまだ耳が赤くて、下を向いている。
その反応はなんだ?顔も良くて気遣いもできて強いこの男なら、女の子といくらでも手を繋ぐ機会があっただろう。
俺のようなゴツい男と手を繋ぎたいとか、手を繋いだら繋いだでこんなに照れているとか、どうなっているんだ?
そんなヴィーのことをちょっと可愛いと思っている自分の思考回路もどうなってるんだ?
「キス、したいです・・・。ダメ、ですか?」
「いや、ダメじゃない。」
手を繋いだまま見つめ合うと、少し微笑んだヴィーの左手が俺の右頬に触れて、唇が重なった。
でもすぐに離れた。
そしてまたヴィーは照れて下を向いてしまった。
俺はどうしたらいいのか分からず、王都に行く話をした。
「ヴィー、3ヶ月ほど先の話だが、第3王子の婚約披露会に出席するために王都に行くんだが、一緒に行くか?」
「いいんですか?」
「あぁ。俺の嫁だしな。」
「はい。」
「そのまま王城の夜会にも参加することになると思うんだが、大丈夫か?」
「はい。私はこのフォンテ王国の正装を持っていないのですが、コスタ王国の正装でも大丈夫でしょうか?」
「あぁ、そうだよな。よし、ヴィーの正装を何着か作ろう。」
「いいんですか?」
「当たり前だろ。ヴィーは俺の嫁なんだからな。」
「ありがとうございます。」
美丈夫のヴィーはきっと夜会では目立つ。そして令嬢やなんかに囲まれるんだろうな。いやもうヴィーは俺の嫁だ。令嬢なんかに現を抜かしてもらっては困る。
ん?困る?困るなど、俺はなぜそんなことを思ったのか。令嬢に嫉妬?いや違う、どの令嬢からも結婚の申し出を断られたから、ヴィーに嫉妬してるのか?
俺は小さな男だな・・・。
ヴィーに5着ほど正装を仕立てたが、これがどれも本当によく似合っていた。
こんなに綺麗だとどんな服でも似合ってしまうんだな。
いつもはハンターのような動きやすい服を着ていて、それも似合っているが、正装はまた違うな。
「あの・・・エメラルドのタイピンが欲しいんですが、ダメですか?」
「ん?エメラルド?別にいいがヴィーが物を強請るなど珍しいな。」
「アルマ様の目の色の物を身に付けたいと思って・・・。」
「なるほど。そうか婚約や結婚をすると相手の目の色や髪の色の物を身につけたりするんだったな。では俺は琥珀のタイピンを付けよう。」
俺がそう言うと、ヴィーは嬉しそうに微笑んだ。
そんなことが嬉しいのか。なんとも可愛い男だな。
最初は本当に表情が固まって何が起きてもポーカーフェイスを貫いていたが、最近はたまに微笑む。本当にたまに少し微笑む程度だが、その一瞬を見逃したくないと思ってしまう。その顔は俺だけが知っていたいとも思う。
あの微笑みは女を虜にするんだろうな・・・。
もしヴィーが女に取られたら、もうそれは仕方ないと思おう。俺は男だしな。
手も、ヴィーが手を繋ぎたいと言ったあの日以来繋いでいない。
手など、何か用がないと繋がないものなのかもしれないと思った。
抱きたいとか抱きたくないとかは正直分からない。
そのため、俺たちはまだ夫婦の寝室を使っていない白い結婚のままだ。
そういえば、書類を提出しただけで、まだ結婚式もしていなかったな。
ヴィーほどの男が本当に俺の嫁でいいのか分からないし、離れていくのは寂しいが、ヴィーが望むのならそれでもいいと思った。
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