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第9話 村長と現場へ

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 階段を降りる音を聞きつけたのか、リュートの元気のよい挨拶がこちらまで聞こえてくる。
 
「おはよう! ハルト兄ちゃん!」
「おはよう。リュート。早いな」
「へへ。ハルト兄ちゃん、これ」

 じゃーんと自分の口で音を作りながら、リュートはつついっと札を差し出してくる。

「もう戻ったのか。鳩は」
「うん! 母ちゃんからだった。明日ごろ、村に着くって!」
「それはなによりだな。リュート」
「へへ。ありがとうな。ハルト兄ちゃん」
「その札は、貴君が持っておくといい」
「え? いいの? これって陰陽術に使うんじゃ」
「一度使った札は、一部の例外を除き使うことができないのだよ。私にとってそれは無用の物だ」
「そっか! あ、ハルト兄ちゃん、朝食はできてるぜ」
「それは楽しみだ」
「もちろん、紅茶もあるからな!」

 朝から紅茶を楽しめるとは、格別だ。
 紅茶の香りを想像すると、悪夢に苛まれた私の心も和らぐ。
 
 リュートから出された朝食は、小麦にライ麦を混ぜた香ばしい丸パンにバターとチーズを乗せ、レタスを挟んだものだった。
 それに加え、ほうれん草と玉ねぎを裏ごしして牛乳を混ぜ、煮込んだ暖かいスープ。そして、忘れてはいけない牛乳と紅茶だ。
 よくこのような手のこんだ料理を朝から準備できると感心する。それに、これほどの食材を揃えることができるなんて……日ノ本の寒村とは比べ物にならない。
 余談ではあるが、素材の名称はリュートから先ほど聞いた。
 
「素晴らしい。リュート。貴君なら宮廷料理人もかくやだな」
「料理をするのは好きなんだ。街に出てレストランで働くのもいいかなあって」
「貴君なら、超一流の料理人になれる! 異邦人の私の舌でさえ、天にも昇る気持ちなのだ」
「そ、そんなに褒められると照れるぜ。でも、ハルト兄ちゃん、これは特別豪勢な料理ってわけじゃないんだよ」
「そんなこと関係ないさ。うまい。美味。それだけだよ」
「あ、ありがとう。助けてもらったお礼に豪華な料理を振舞いたかったんだけど……」
「私にはこれが一番さ」

 手放しにリュートを褒め続けると、彼は頬を赤くして小さくなってしまった。
 しかし、私の気持ちはお世辞から来るものではない。彼が望めば、日ノ本で皇室料理人になれるのではないかと思う。
 
 リュートの料理に舌鼓を打った後、紅茶をじっくりと楽しみ、村長の家へ向かった。
 
 ◇◇◇
 
 村長と村の若者二人を連れて、昨日朱雀が爆発した現場まで歩を進める。

「こ、これは……な、何が起こったんだ……」

 若者の一人が砂浜へ派手に開いた大穴を見て絶句した。
 もう一人はワナワナと腰が砕け、村長は白くなった長い髭を触っていた手が止まり、大きく目を見開いたまま固まっている。
 
 や、やはり……やり過ぎたか。
 内心を隠し、悠然とした態度で村長へ目を向ける。
 
「村長殿。デュラハンを一撃で倒すため、これだけの威力が必要だったのです」
「すごかったんだぜ! ハルト兄ちゃんの陰陽術!」

 リュートは満面の笑顔で、これだけ穴の大きさを強調するように両手を広げた。
 よりによって大きな穴へ注目を向けさせる必要はあるまい……。
 リュートの耳元へ顔を寄せ囁く。
 
「リュート……朱雀のことはいい……デュラハンを倒したことを伝えるだけで……」
「え? 何でだよ。ハルト兄ちゃん! 朱雀は凄かったよ! もうさ、昼間のように明るくなって、小さな太陽みたいだったぜ!」

 声が大きい。
 
「ハルト殿」

 その時、不意に村長が私の名を呼ぶ。
 ギギギとぎこちなく首を動かし、彼へと向きなおる。
 
「村長殿、こ、これはですね……」
「素晴らしいですな! これほどの大穴、並大抵の魔術師では成しえませぬぞ。きっとあなたは偉大なる大魔術師殿に違いない!」
「あ、ありがとうございます」
「だろだろお。ハルト兄ちゃんは凄いんだ!」

 どうやら、砂浜を盛大に破壊したことに関してはお咎めなしなようだな。
 これから村長に村へ滞在させてもらえないか願いを申し出るつもりだったので、悪く思われたくは無かったのだ。
 村長の覚えがめでたいうちが、好機。
 
「村長殿、一つ願いがあるのですが」
「なんですかな。デュラハンの討伐報酬でしたらお支払できますぞ」
「え?」

 望外の提案に一瞬固まってしまった。
 討伐報酬だと? 瑞穂国では、妖魔の退治となると国費を持って行われる。
 陰陽師を初めとした妖魔退治をする職に当たるものが、働きに応じて国から賃金が支給されるのだ。
 もちろん、妖魔の強さによって多少の恩給はあるが……村から報酬を得るなど考えられない。
 
「依頼を受けておられなかったのですかな。心配なさらずとも大丈夫ですぞ。デュラハンは災害指定モンスター。依頼を受けずとも報酬を支払う決まりとなっております」

 村長の次なる言葉を聞き、私はリュートの言っていた「スレイヤー」についてようやく思い出す。
 スレイヤーとは「モンスター討伐を生業にしている」ということを。
 つまり、彼らは国務でモンスター討伐を行っているのではなく、各個人で依頼を受け報酬を受け取る商売という形で仕事をしているってわけだ。
 私としたことが……このことをすっかり忘れていた。気が緩みすぎだ……全く。

「……スレイヤーでなくともでしょうか?」

 更なる情報を得るため、あえて村長に尋ねてみる。
 すると、村長はポンと手を打ち、口元の皺を深くして微笑む。

「災害指定モンスターの場合、討伐者の出自は問いませぬ。ですので、深淵なる大魔術師殿でも、ハイエルフであっても問題ありませぬぞ」

 思った通りの答えが返ってきて少し安心する。
 スレイヤーは専門職というだけであって、特に彼らの職務範囲を犯すことは問題ないようだ。
 これなら、今後私が魔物を討伐しようが変な輩に絡まれることもあるまい。
 本来の目的から話がそれてしまったが、有益な情報が聞けて結果的には良かった。
 さて、話を戻すとしよう。
 
「村長殿。願いとは報酬のことではないのです」
「ふむ。何を望まれておるのですか?」
「しばらく、この村へ住まわせて頂くことはできないでしょうか?」
「ううむ……」

 途端に村長の表情が曇り、何か考え込むように腕を組み顔を伏せる。
 村長のこの顔……やはり。
 
「村長殿。私の髪と目の色が気になりますか?」

 暗に禁忌に触れたと分かる私の容姿について尋ねる。
 リュートはただ知らなかっただけかもしれないが、村長ならば忌むべきこの色へ思うところがあるのではないかと、彼の態度から推測したってわけだ。
 
「気になりますとも」
「そうですか」

 ふむ。やはり禁忌に触れた忌むべき私を置くことは戸惑われるか。
 しかし、村長は私の思いとは裏腹に目を細め今度は口元へ笑みまで浮かべて言葉を返す。

「それほどの美しい銀髪を私はこれまで見たことがないですぞ! ハルト殿の目と髪を見た女性は羨ましがるに違いないですな!」
「え?」
「変わった髪と目の色を気にされているのですかな。エルフには銀色に近い髪色をした者もいると聞きますし、獣人には赤い目をした者がいますぞ。気に病むどころか、誇っていいと思いますぞ!」
「そ、そうですか……」
 
 予想に反し、村長は私の髪と目の色を羨むとまで言い切った。
 ならば……村長の顔が曇る理由はなんだ?
 禁忌ではないとすると、もっと一般的な村社会のことに起因するに違いない。
 外来の者を村に住まわせることは、村にとってリスクが高い。その者が災いをもたらし、村の調和を乱す危険性をはらんでいるからな。
 もし、私がこれまで何度も村を訪れ、村に溶け込むに問題ない人物だと判断されていれば話は違っただろうが……。
 
 どうしたものかと悩む私へリュートが助け船を出してくれた。
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