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6.ヴェルサイユ条約 過去

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 欧州大戦が終わり、徴兵された旧友――牛男も民間に戻ると彼から手紙を受け取ったので、藍人は彼と飲み交わす為、居酒屋の前で彼を待っていた。
 藍人は彼から欧州大戦について聞きたいと考えていたが、もう一つ会社で働いていて奇妙な現象があったからそれについても聞いて欲しいと思っていた。彼が不可解に思っていたのは、藍人の務める貿易会社が1918年に入ると急に欧州との貿易量を絞り始めたのだ。
 そのことが分かっていたかのように国内の輸入取引先も生産を縮小していたのだ! 結果的に欧州大戦はドイツが十一月にキール軍港で水兵の反乱が起こり皇帝が退位し、ドイツの敗戦で終結した。
 今新聞で連日記事が書かれているのは専ら欧州大戦の平和条約――ヴェルサイユ条約のことだった。
 そう、1918年に欧州大戦が急速に終了へと舵を切った。それはいい。それはいいんだが、戦争特需に沸いていた国内の輸出向け産業が急速に生産を絞り込み、特需終了と共にソフトランディング出来たことに疑問を感じていた。
 生産すれば売れる特需中に、生産を絞ることが彼には理解できないのだ。もちろん生産を絞ったことで、特需終了に伴う不況に突入することは無かった。彼の社内の同僚達は、この奇妙な生産の絞り込みへ疑問を感じる者は居なかったが、彼はずっとこのことが喉に刺さった小骨のように気になっていた……
 政府中枢に何かとんでもない現象――例えば予知的な超常の何か……がいるのではないだろうか? ふとそんな考えが思い浮かんだ藍人はブルリと肩を震わせた。
 
 「全く、俺もいい年して何を空想科学のようなことを考えてるのだ」彼は心の中で毒づく。
 
 そんな益体も無いことを藍人が考えていると、旧友がやって来て彼ら二人は居酒屋へと入る。
 
 
「牛男。元気そうでなによりだよ」
 
「藍人。お前も元気そうで。昔から華奢だったからなあ。お前は。ちゃんと食べてるのか」
 
 旧友――牛男は日本人離れした体格を持つ筋肉質な男で、徴兵検査ではもちろん甲種。徴兵要員にも選ばれ戦地へと旅立ったのだ。
 二人は挨拶を交わすと乾杯し、お互いの近況を話始めるが、話題は自然と欧州大戦に流れていく。
 
「牛男は確か青島へ派遣されたんだったよな」
 
 藍人が問うと、牛男は焼き鳥をほおばりながら頷く。
 
「ああ。青島へ行ったが、上陸せずだったなあ……」
 
 日本は日英同盟を理由に欧州大戦へ参戦するが、当初向かったのは三か所のみだった。三か所は日本近海にあるドイツ植民地になる。
 まず朝鮮半島へ派遣された海軍はイギリスとドイツの交渉結果、朝鮮半島に置いては相互不可侵が決定されていたため、派遣された日本海軍の役目はドイツ軍の監視に留まった。
 次に青島へ行った海軍は、ドイツの現地司令官と交渉を行い、武装無の小型船以外の船と彼らが治安維持の為に必要な武器以外は日本が差し押さえする代わりに、青島の攻撃を行わない事を約束。また、船を奪ったことで食料不足に青島のドイツ軍が陥った場合には、食料を有償で譲渡することも取り決めた。
 牛男の言う通り、青島に派遣された日本海軍は戦闘を行わずただ見てるだけだった……というのが正直なところだろう。
 最後の一か所――南洋諸島に向かった海軍はすぐさま南洋諸島を占領した。南洋諸島と呼んでいるが、カロリン諸島、パラオ、マリアナ諸島、ドイツ領ソロモン諸島(ブカ島、ブーゲンビル島)が占領地域となる。

「地中海はどうだったんだ?」

「俺は行ってないから新聞で書いていた程度しか知らないなあ」

「そうかー。生の声が聞きたかったんだけどなあ」

 確か新聞では……藍人は記事を思い出す……
 日本はイギリスからの要請を一度拒否するものの、結局インド洋と地中海へ海軍を派遣した。兵員救出劇などもあって大活躍をし、英仏から高い評価を受けただったか。

「ヴェルサイユ条約がどうなるか楽しみだよ」

 藍人の言葉に、牛男は軽く頷くも現実的な言葉を返す。
 
「藍人。まあ、俺は新聞記事より先に就職だな」

 その言葉に二人は「当然だ」と言葉が被り大きな笑い声をあげる。旧友とこうして笑いあえる日がいつまでも続くといいな。藍人はしみじみと思うのだった。
 

――ワクテカ新聞
 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回も執筆するのは編集の叶健太郎。よろしくな。
 え? お前はもう飽きただって? いやいや、そんなことないでしょー。知ってるよ。皆俺が大好きって。俺が辞めるってなったらさ、きっと「叶さんやめないでー」って黄色い声援が飛ぶよ。
 飛ばなかったらどうすんだって? その時は潔く執筆担当から飛び立とうじゃないか。ははは。いや、俺が辞めるって言わなきゃいいだけだろ。
 
 前置きはこれくらいにして、平和条約を絶賛交渉中だが、一体どうなるんだろうなあ? その前に欧州大戦について復習しておこうぜ。なあに心配ない。難しい話はしないからな。
 サラエボでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が暗殺されたのをきっかけに、軍事同盟のおかげで総動員をしてしまった各国はついに戦争に突入する。いろいろ経緯があったが、まず脱落したのは経済体質が弱かったロシア帝国。
 なんと国内で革命が起こり、帝政そのものが崩壊する。最初は民主主義国家の臨時政府って言い張ってたんだけど、すぐに社会主義を志向したソビエトってのに取って代わられる。これがいわゆるロシアの二月革命と十月革命ってやつだな。
 その後、この革命政権はドイツと単独講和を行い、国内で内戦をはじめる。主流のソビエトが赤軍。反対派をまとめて白軍と呼ぶ。そこに噛んでいたのが日米だってわけだ。
 いろいろ経緯はあったが、日米の呼びかけに白軍のいくらかは極東に終結し、ロシア公国という立憲君主制の民主主義国家が誕生した。まあ、ここを防衛できるかは今後の推移を見守ろうじゃないか。
 
 話を欧州に戻すと、ドイツとロシアの革命政府が講和したことで、東欧地域での戦いは終結する。オーストリア=ハンガリー帝国はこの講和により戦争理由が無くなり、講和へ動くんだが……イタリアがオーストリア=ハンガリー帝国へ攻めて来ていたので英仏との協定の結果、南チロルとトレントを割譲することでイタリアに鉾を収めさせた。
 イタリアとしてはウーディネとトリエステを取れなかったことが不満な様子だったが、実際戦闘に勝って占領したわけではなかったから最終的に諦めたってところだな。
 ドイツは最後まで英仏と戦争を行うが、アメリカの参戦もあり戦線が崩壊。最終的にキールの水兵が反乱を起こし終戦へと向かった。
 
 日本も戦争に参加していて、狙ったのはドイツの太平洋にある植民地群だ。大陸には興味がない日本は朝鮮半島を含む大陸のドイツ植民地とは交渉し、放置。
 しかしドイツ領ソロモン・ニューギニア・南洋諸島については占領に動く。残念ながら、ニューギニアとカロリン諸島は占領できなかったけどな!
 イギリスからの再三の要請があって、一度断ったがしつこさに耐えられなかったのか知らないが、結局日本はインド洋・地中海へ艦隊を派遣し船員の救助や輸送を行った。
 英仏から高く評価されたみたいだけど、その分平和条約で色つけてくれよー。頼むぜ。
 
 とまあいろいろあったわけだが、パリ講和会議ってのが開催されている。この会議では、英仏ら連合国と争った国――ドイツ・オーストリア=ハンガリー帝国やオスマン帝国らとどのような講和を行うか決める会議で絶賛会議中だぜ。
 ドイツ以外の国の大枠は割にすんなり決まったんだぜ。
 オーストリア=ハンガリー帝国については、上記のとおりイタリアの問題と、後はルーマニアに彼らが戦中占領したドブロジャを返還するくらいだったかな。
 オーストリア=ハンガリー帝国は賠償金無し。だって途中棄権したからな。というわけでオーストリア=ハンガリー帝国はトリアノン条約という平和条約を結ぶ流れだ。まあ、まだ変更される可能性も大いにあるけどな。
 しかし、かの国は現在ボヘミアでドンパチやっているから、国体が恐らく変わるだろうと言われている。明日には帝国じゃなくなっているかもなあ。
 
 対ドイツへの平和条約――ヴェルサイユ条約はまだ難航してるみたいだ。さてこれからどうなっていくのかねえ。
 どうやら、アメリカの大統領がパリ講和会議でいろいろ提案してるみたいだが……こちらも情報が入り次第お届けするぜ。
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