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74.1941年春頃 過去
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――東京 藍人 過去
藍人の息子響也もついに小学生になる。昨年学校教育法が改正され、小学校六年、中学校三年、高校三年の六三三制に切り替わった。高校卒業までは義務教育とされ、一定額以下の年収の家庭は無料で授業を受けることができるようになる。
これまで存在した尋常小学校、高等小学校などは廃止され、今年度から一斉に新制度になった。その為、学校関係者たちは寸暇を惜しんで新制度に対応を行ったそうだ。
そうはいっても、初めての六三三制下での入学式……新小学生を受け入れる為の書類手続きは遅れに遅れ、藍人の息子響也の入学手続きも、なんと小学校入学式の一週間前だった。
藍人は余りの遅さに憂鬱な気持ちとなったが、学校関係者の疲労ぶりを目の当たりにすると、逆に気の毒になってしまった。
そして今日は待ちに待った小学校入学式。藍人はこの日の為に奮発して購入したカメラを肩から下げ、家族三人で小学校まで向かう。
校門の前は列が出来ており、並ぶこと数分……藍人達はようやく校門前で写真を撮ることができた。
写真を取ると、制服姿の息子は教師に連れられ校内へ入っていく。その後ろ姿を眺め、藍人は口元が緩む。
「藍くん。顔が緩んでる」
「そ、そうかな。気のせいだよ思うんだけどなあ」
蜜柑の指摘にハッとなり、急に顔を引き締める藍人。誤魔化すように咳を一つついた後、校庭に再び目をやる。
「藍くん。体育館へ移動みたいだよ」
「ああ。行こう」
入学式では元気よく賞状を受け取る息子にデレデレしっぱなしだった藍人だったが、蜜柑は蜜柑で感動で涙ぐんでいた。
帰りは小学生同士で帰宅するとのことだったので、入学式が終わると藍人は後ろ髪を引かれる思いで小学校を後にする。
帰り道、せっかくだから外でお茶でもしようかと二人は近所の喫茶店へ足を運ぶ。この喫茶店はオーナーがドイツ人で欧州風のカフェテラスを備えたオープン喫茶と言われる造りをしていた。
物珍しさもあり、客足は悪くないようですっかり街に溶け込んだ様子だ。実はこの店、藍人の商社が出店の協力をしていたりする。取引先のドイツ人が日本でオープン喫茶を広めたいという話があったことがきっかけだ。
「おお。藍人さん。入学式ですか?」
入店すると、ドイツ人のオーナーが気さくに声をかけてくる。
「はい。息子も小学生になりました」
「藍人さんの息子さんも小学生ですか。感慨深いですね」
「日本語がすっかり板についてきましたね」
「もうばっちりですよ。藍人さんと藍人さんの会社のお陰です」
「いえいえ」
藍人はコーヒーとココアを注文し、店内に腰かける。この店は店内は禁煙席、テラス部分では喫煙席と分煙席になっている。珍しい造りだけど、これは流行ると藍人は確信している。
タバコは未成年者喫煙法によって二十歳未満は嗜むことができないから、分けるっていうのはいい発想だ。タバコを嗜まない人からするとタバコの臭いが着くこともなくなるし、特にタバコを嗜まない人からこの分煙席というやり方は好まれるだろう。
「藍くん。しばらく海外出張はないの?」
蜜柑が聞いてきたのにはわけがあった。最近の海外情勢は混とんとしているからだろう。
「しばらくはないみたいだよ。行くとしてもロシア公国くらいじゃないかなあ」
「そう。良かった!」
ロシア公国は何事も起こっていないのだが、お隣中国大陸は戦争中だし、東南アジアもそこら中で紛争や革命軍との衝突が起こっている。中東のサウジアラビアはようやく落ち着いてきていたが、直通便は出ておらず東南アジアを経由するとなると行くのに躊躇する。
欧州もドイツ、オーストリア連邦ともに戦時中となっており、有力な取引先が多くいる国の中でとなるとロシア公国くらいじゃないかと藍人は考える。
「あ、アメリカも可能性があるかなあ」
「アメリカなら安心だね」
藍人の会社はアメリカと積極的に取引を行ってこなかったが、やはりアメリカにビジネスチャンスを求めることは会社にとってメリットは大きいと最近アメリカの取引先開拓に乗り出していた。
アメリカは世界最大の経済力を持つ国だから、アメリカにとってはたいした額では無くても、日本にとってはそれなりの取引量になるのだ。それだけ巨大なアメリカには大きなチャンスが転がっているに違いない。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 春だな。春といえば花見。桜を愛でながら団子を食べる。これぞ俺の春の風物詩。え? 俺のことはどうでもいいって?
いやいや、またそんな。照れ隠しはいいって。そうそう。花見と言えばゴザだよな。そのゴザだけど、代替製品がそのうち世に出るかもしれないぜ。ポリエチレン樹脂を使ったゴザなら雨もしみこまず、使い勝手が良いはずなんだが、まだ安価に作れないんだってさ。
ゴザに高い金は出せないからなあ。安く作れるようになればいいな。
さあて東欧から行ってみようか。フランス、ベルギーと講和したドイツは東プロイセンへ陸路で攻め寄せる。ドイツに呼応して日本海軍も東プロイセン沿岸地域の海上封鎖を行う。
ソ連の海軍は脆弱で日本海軍の相手にならなかった。制海権を取った日独が東プロイセン沿岸部に空爆を行い、瞬く間に占領する。ここを起点に東プロイセン全域を取り戻すべくドイツ陸軍はさらに侵攻する。
これに対しソ連は沿岸部が日独に占領された後、ロクな抵抗も行わず東プロイセン領外へ軍を引いた。この結果、ドイツは大した被害もなく東プロイセンを再占領することに成功する。沿岸部以外では激しい戦闘も行われなかったから、東プロイセンは沿岸部を除き荒廃せずに済んだんだ。
ルーマニアでは政府側の共産党革命軍と元政府の国王派の対決が続いている。オーストリア連邦の支援を受けているとはいえ、国王派は苦戦しているようだな。オーストリア連邦がさらなる支援を行わないのならば、このまま共産党側の勝利で終わりそうな情勢だ。
次に極東だが、どっちから行こうか。大丈夫だって難しくないから! 俺に任せておけって。
中華民国へ侵攻した中華ソビエト共和国だが、中華民国の民国党へイギリスが支援を開始すると戦線が膠着し始める。しかし、中華ソビエト共和国へモンゴル人民共和国の人民解放軍が協力し直接攻め寄せると、中華民国の民国党は壊滅し僅かな幹部が香港へ逃げ込む。
イギリスも多くの兵を率いて来たわけじゃなかったので、圧倒的な兵力差に押し込まれチワン共和国へと後退した。その結果、華南は中華ソビエト共和国が占領することに成功した。
中国大陸は華南も領域に加えた中華ソビエト共和国が圧倒的に優位な立場に立つことになる。しかしあくまで外国の戦力を抜きにした話だぜ。ソ連やアメリカ、イギリスが参戦すれば戦力の力関係は容易に傾く。
今後イギリスとアメリカがどう出るかによって戦況がまた動きそうだな。
フランス領インドシナが急展開を迎えたんだよ。なんとフランスが大幅に譲歩したんだ。フランス領インドシナは五つの地域にフランスが分けていたんだが、北部のトンキンはベトナム社会主義共和国が独立。
他の地域でも南部のコーチシナを除き全て大混乱に陥っていた。フランスはベトナム社会主義共和国に対する為、コーチシナを除く三地域の完全自治権を認めた。フランスの影響力は通貨、軍事、外交に及ぶものの、フランスからの搾取は無くなったんだ。
残す三地域とはカンボジア、阿南、ラオスになる。この三国はそれぞれ元々あった王朝が復帰し、カンボジア王国、阿南王国、ラオス王国になる。阿南は本来トンキンも含めた地域だったが、トンキンはベトナム社会主義共和国があるため阿南だけが勢力圏だ。
フランスの大幅な譲歩により、フランス領インドシナは安定し、ベトナム社会主義共和国の封じ込めにかかるとのことだ。
藍人の息子響也もついに小学生になる。昨年学校教育法が改正され、小学校六年、中学校三年、高校三年の六三三制に切り替わった。高校卒業までは義務教育とされ、一定額以下の年収の家庭は無料で授業を受けることができるようになる。
これまで存在した尋常小学校、高等小学校などは廃止され、今年度から一斉に新制度になった。その為、学校関係者たちは寸暇を惜しんで新制度に対応を行ったそうだ。
そうはいっても、初めての六三三制下での入学式……新小学生を受け入れる為の書類手続きは遅れに遅れ、藍人の息子響也の入学手続きも、なんと小学校入学式の一週間前だった。
藍人は余りの遅さに憂鬱な気持ちとなったが、学校関係者の疲労ぶりを目の当たりにすると、逆に気の毒になってしまった。
そして今日は待ちに待った小学校入学式。藍人はこの日の為に奮発して購入したカメラを肩から下げ、家族三人で小学校まで向かう。
校門の前は列が出来ており、並ぶこと数分……藍人達はようやく校門前で写真を撮ることができた。
写真を取ると、制服姿の息子は教師に連れられ校内へ入っていく。その後ろ姿を眺め、藍人は口元が緩む。
「藍くん。顔が緩んでる」
「そ、そうかな。気のせいだよ思うんだけどなあ」
蜜柑の指摘にハッとなり、急に顔を引き締める藍人。誤魔化すように咳を一つついた後、校庭に再び目をやる。
「藍くん。体育館へ移動みたいだよ」
「ああ。行こう」
入学式では元気よく賞状を受け取る息子にデレデレしっぱなしだった藍人だったが、蜜柑は蜜柑で感動で涙ぐんでいた。
帰りは小学生同士で帰宅するとのことだったので、入学式が終わると藍人は後ろ髪を引かれる思いで小学校を後にする。
帰り道、せっかくだから外でお茶でもしようかと二人は近所の喫茶店へ足を運ぶ。この喫茶店はオーナーがドイツ人で欧州風のカフェテラスを備えたオープン喫茶と言われる造りをしていた。
物珍しさもあり、客足は悪くないようですっかり街に溶け込んだ様子だ。実はこの店、藍人の商社が出店の協力をしていたりする。取引先のドイツ人が日本でオープン喫茶を広めたいという話があったことがきっかけだ。
「おお。藍人さん。入学式ですか?」
入店すると、ドイツ人のオーナーが気さくに声をかけてくる。
「はい。息子も小学生になりました」
「藍人さんの息子さんも小学生ですか。感慨深いですね」
「日本語がすっかり板についてきましたね」
「もうばっちりですよ。藍人さんと藍人さんの会社のお陰です」
「いえいえ」
藍人はコーヒーとココアを注文し、店内に腰かける。この店は店内は禁煙席、テラス部分では喫煙席と分煙席になっている。珍しい造りだけど、これは流行ると藍人は確信している。
タバコは未成年者喫煙法によって二十歳未満は嗜むことができないから、分けるっていうのはいい発想だ。タバコを嗜まない人からするとタバコの臭いが着くこともなくなるし、特にタバコを嗜まない人からこの分煙席というやり方は好まれるだろう。
「藍くん。しばらく海外出張はないの?」
蜜柑が聞いてきたのにはわけがあった。最近の海外情勢は混とんとしているからだろう。
「しばらくはないみたいだよ。行くとしてもロシア公国くらいじゃないかなあ」
「そう。良かった!」
ロシア公国は何事も起こっていないのだが、お隣中国大陸は戦争中だし、東南アジアもそこら中で紛争や革命軍との衝突が起こっている。中東のサウジアラビアはようやく落ち着いてきていたが、直通便は出ておらず東南アジアを経由するとなると行くのに躊躇する。
欧州もドイツ、オーストリア連邦ともに戦時中となっており、有力な取引先が多くいる国の中でとなるとロシア公国くらいじゃないかと藍人は考える。
「あ、アメリカも可能性があるかなあ」
「アメリカなら安心だね」
藍人の会社はアメリカと積極的に取引を行ってこなかったが、やはりアメリカにビジネスチャンスを求めることは会社にとってメリットは大きいと最近アメリカの取引先開拓に乗り出していた。
アメリカは世界最大の経済力を持つ国だから、アメリカにとってはたいした額では無くても、日本にとってはそれなりの取引量になるのだ。それだけ巨大なアメリカには大きなチャンスが転がっているに違いない。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! 春だな。春といえば花見。桜を愛でながら団子を食べる。これぞ俺の春の風物詩。え? 俺のことはどうでもいいって?
いやいや、またそんな。照れ隠しはいいって。そうそう。花見と言えばゴザだよな。そのゴザだけど、代替製品がそのうち世に出るかもしれないぜ。ポリエチレン樹脂を使ったゴザなら雨もしみこまず、使い勝手が良いはずなんだが、まだ安価に作れないんだってさ。
ゴザに高い金は出せないからなあ。安く作れるようになればいいな。
さあて東欧から行ってみようか。フランス、ベルギーと講和したドイツは東プロイセンへ陸路で攻め寄せる。ドイツに呼応して日本海軍も東プロイセン沿岸地域の海上封鎖を行う。
ソ連の海軍は脆弱で日本海軍の相手にならなかった。制海権を取った日独が東プロイセン沿岸部に空爆を行い、瞬く間に占領する。ここを起点に東プロイセン全域を取り戻すべくドイツ陸軍はさらに侵攻する。
これに対しソ連は沿岸部が日独に占領された後、ロクな抵抗も行わず東プロイセン領外へ軍を引いた。この結果、ドイツは大した被害もなく東プロイセンを再占領することに成功する。沿岸部以外では激しい戦闘も行われなかったから、東プロイセンは沿岸部を除き荒廃せずに済んだんだ。
ルーマニアでは政府側の共産党革命軍と元政府の国王派の対決が続いている。オーストリア連邦の支援を受けているとはいえ、国王派は苦戦しているようだな。オーストリア連邦がさらなる支援を行わないのならば、このまま共産党側の勝利で終わりそうな情勢だ。
次に極東だが、どっちから行こうか。大丈夫だって難しくないから! 俺に任せておけって。
中華民国へ侵攻した中華ソビエト共和国だが、中華民国の民国党へイギリスが支援を開始すると戦線が膠着し始める。しかし、中華ソビエト共和国へモンゴル人民共和国の人民解放軍が協力し直接攻め寄せると、中華民国の民国党は壊滅し僅かな幹部が香港へ逃げ込む。
イギリスも多くの兵を率いて来たわけじゃなかったので、圧倒的な兵力差に押し込まれチワン共和国へと後退した。その結果、華南は中華ソビエト共和国が占領することに成功した。
中国大陸は華南も領域に加えた中華ソビエト共和国が圧倒的に優位な立場に立つことになる。しかしあくまで外国の戦力を抜きにした話だぜ。ソ連やアメリカ、イギリスが参戦すれば戦力の力関係は容易に傾く。
今後イギリスとアメリカがどう出るかによって戦況がまた動きそうだな。
フランス領インドシナが急展開を迎えたんだよ。なんとフランスが大幅に譲歩したんだ。フランス領インドシナは五つの地域にフランスが分けていたんだが、北部のトンキンはベトナム社会主義共和国が独立。
他の地域でも南部のコーチシナを除き全て大混乱に陥っていた。フランスはベトナム社会主義共和国に対する為、コーチシナを除く三地域の完全自治権を認めた。フランスの影響力は通貨、軍事、外交に及ぶものの、フランスからの搾取は無くなったんだ。
残す三地域とはカンボジア、阿南、ラオスになる。この三国はそれぞれ元々あった王朝が復帰し、カンボジア王国、阿南王国、ラオス王国になる。阿南は本来トンキンも含めた地域だったが、トンキンはベトナム社会主義共和国があるため阿南だけが勢力圏だ。
フランスの大幅な譲歩により、フランス領インドシナは安定し、ベトナム社会主義共和国の封じ込めにかかるとのことだ。
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