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1巻
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* * *
教室に着いて、いつものように自分の席に着くと、髪形の変化に気が付いた何人かの令嬢はすぐにこちらに声を掛けてくる。
「ジュディス様……どうされたの、その髪」
「…………折角の綺麗な髪が勿体ないですわ」
「それにメイクも、あまりジュディス様らしくないというか……ねぇ?」
「そうよねぇ……ジュディス様はもっと薄い感じのメイクの方が似合うと思うわ」
そんな興味も意味もない会話を聞きながら何も言わずに、いつものようにニコリと微笑んでいた。
「あのね、ジュディス様……実はお願いがあるんだけど」
「…………何かしら?」
「今日の当番、代わってもらえない? ほら…………わたくし忙しくって。ダメかしら?」
「ああ、そうだわ! わたくしも、この本を図書室に返してほしいのだけれど……いいわよね?」
「ふふっ……わたくし達、お友達でしょう?」
顔を見合わせた令嬢達は、今までジュディスが断らなかったのを良い事に面倒事を押し付けてくる。日頃のストレス発散も兼ねているのだろうか……表立って文句も反抗もしないジュディスは都合の良い時に殴れるサンドバッグと同じだ。大して仲良くもないくせに、利用する時だけ群がってくるのだが、正直、鬱陶しい事この上ない。
社交界では必須となる令嬢の仲間や味方は、実家と縁を切って自由になりたい今の自分にとっては必要ないものだ。それに、こんな令嬢達に味方になってもらったところで、正直役に立つとは思えない……簡単に裏切られて、また都合の良い時だけ使われるのがオチだろう。
「お断り致します。何故、わたくしがやらないといけないのですか?」
その言葉に、教室内が静まり返る。
「え……?」
「⁉」
ジュディスから『いいですよ』『分かりました』以外の返事など聞いた事がなかった為か、どうやら言った言葉が上手く理解出来なかったようだ。間抜けな顔でこちらを見る令嬢達にもう一度、ハッキリと言い放つ。
「『嫌』だと申し上げたのです」
「…………ジュディス、様?」
「わたくしは貴女達の侍女ではありませんわ。御自分の事くらい御自分でなさったら?」
「――っ!」
「わたくしを都合良く利用するのは、もうやめて下さいませ。不愉快ですわ」
令嬢達はかぁっと頬を赤く染めた後に「信じられない」「何よ、ジュディスのくせに」「もういいわよ」と、ブツブツ文句を言いながら教室から去っていく。
フンと令嬢達の背中を睨みつけた。『信じられない』はこっちの台詞である。
(頼みを断られただけで、文句を言って去っていくような友達なんて、友達とは言わないわ)
以前のジュディスは、母親に責められないように、婚約者や他人に迷惑を掛けないようにと、彼女なりに気を遣って生きていたが、その自己犠牲は結果的に報われる事はなかった。
ジュディスの強気な態度を目の当たりにした教室内は何事かと騒がしくなる。
様子が変わった事や、いつも断らないジュディスがキツい態度を取った事が余程興味深く映ったのだろう。
(……見せ物じゃないわ)
周囲を威嚇するようにギロリと睨みつけた。サッと逸らされる視線を確認してから一冊の本を鞄から取り出す。
(さぁて、平民になる為に勉強しなくちゃ! フフッ、学ぶ事は沢山あるわよ)
物語からはさっさと退く……他人の幸せの引き立て役になるくらいならば、潔く今ある地位を捨てて外の世界を見てみたい。
(…………外の世界は、もっと広いんでしょうね)
ジュディスがジュディスでなくなった以上、貴族でいる必要性はない。だったらこんな息の詰まる狭い場所など飛び出して、自由気ままに生きた方が気楽で楽しそうではないか。それに、『ジュディス』には夢があったようだ。ジュディスになった事は不本意だが、彼女の体を勝手に譲り受けるのだから、夢くらいは叶えるべきだろう。
そのまま、休み時間も初めて一人で過ごした。
(はぁ……優雅ね)
金魚の糞のように誰かの後をついて行くわけでもなく、気を遣って下らない話に笑顔で相槌を打たなくてもいい。周囲の目など完全無視で鼻歌を歌いながら本を読む姿をクラスメイト達は不思議そうに見ていた。
放課後になり、ジュディスは帰宅する為に荷物をまとめていた。
そんな彼女の前に現れたのは、婚約者のニクラウスだ。
ニクラウスは髪やメイクの変化にすぐに気付いたようで怪訝な顔をした。しかし、声を掛けてくるわけでもなかった為、目の前にいるにもかかわらず、敢えて無視する。
すると顔を歪めたニクラウスは、バンッと机を叩いた後に低い声を出して問いかける。
「おい、ジュディスッ! 何故髪を短くしたんだ? 俺の許可なしに……」
「…………」
「その下品な化粧ももうやめろ。いいな⁉」
「…………」
目の前で、ニクラウスは当然とばかりに言い放っているが、そのスカした顔を今すぐに捻り潰したくなる。
(……何、この男。一体、何様のつもりなのかしら)
しかし、この会話がジュディスとニクラウスの普段通りのやり取りなのだから、呆れを通り越して笑ってしまう。
(これが仮にも婚約者に対する態度なのかしら……腹立たしいったらないわ)
「おいッ! ジュディス……返事はどうした?」
「…………」
「まぁ、いい……来月の休みにある夜会には他の御令嬢と参加する事になったから、お前のエスコートは出来ない。いつものように会場に来て、上手く誤魔化しておけよ」
周囲の令嬢からの憐れみの視線。令息からはヒューという口笛や「羨ましいぜ」という声が聞こえた。
普通の令嬢ならば「お父様に言いつけてやる」「抗議する」「絶対に許さない」と、全力で抗う事だろう。プライドの高い彼女達は、もし婚約者が自分以外の女性を誘ったら大激怒するはずだ。
だから令息達にとって、婚約者がありながら堂々と他の令嬢を誘えるニクラウスは羨望の的である。勿論、良い意味ではない。
(……馬鹿じゃないの)
鞄に仕舞い込んだ一番分厚い本を取り出して立ち上がる。尚もこちらに命令し続けるニクラウスの顔を見ながら手を振り上げた。
「それから……っ、グハッ⁉」
ニクラウスの言葉が途切れたのは、うるさい口を塞ぐように、本の表紙を彼の額に思いきり叩きつけたからだ。ガツッという鈍い音の後、ドンガラガッシャーンと派手な音を立てて、ニクラウスは机と椅子を巻き込んでひっくり返る。
盛大に倒れ込んだ姿を見て、口元に手を当ててわざと可愛らしく首を傾げた。
「あら……目の前に目障りな『虫』がいたのですが、どうやら逃してしまったようですわ」
「――っ⁉」
「もう少しで叩き潰せましたのに…………惜しい事をしましたわね」
バッと起き上がった虫……ではなくニクラウスは、しばらくは呆然としていたが、すぐに怒りを滲ませる。
「……ッ、貴様どういうつもりだ」
「…………」
「おい、ジュディス! 聞いているのかッ」
残念ながら今のジュディスにとって優先すべきは、ニクラウスの機嫌ではなく、攻撃力を上げる為とはいえ武器にしてしまった本の状態だ。本をハンカチで拭いながらニクラウスの言葉を聞き流す。
「無礼な奴めッ! お前のような奴と結婚してやるというのに……っ」
その言葉に動きを止め、即座に持っていた本を首元に突きつける。凍てつくような視線にニクラウスが戸惑いを見せた。
本の角で顎を持ち上げながらドスを利かせた声で問いかける。
「わたくしは侯爵家、貴方は伯爵家。二歳児でも理解出来る事だわ……馬鹿には、そんな簡単な事も分からないの?」
「……ッ」
「無礼なのは、どちらかしら?」
「な、なんッ…………ぐっ⁉」
肌に食い込む本の角にニクラウスの言葉が強制的に止まる。
「もう一度、言ってみなさいな」
鋭くニクラウスを睨みつける。
ジュディスは控えめながらもニクラウスを愛していた……いや、愛そうと努力していた。だが、ニクラウスがジュディスに愛情を返した事は一度もない。
「な、にを……!」
「わたくしのような奴と…………なぁに?」
「ッ‼」
完全に馬鹿にしきっていた婚約者に突如反撃されて、ニクラウスはたじろぐ。
つまりは、こんな事くらいで尻込みするような男に、ジュディスは大人しく従っていたのだ。
「…………話にならないわ」
押し黙ったニクラウスから視線を外し、再び本の角をゴシゴシとハンカチで拭う。
ここで彼のご自慢の顔をボコボコにするのは簡単だが、そうしてしまえば暴力沙汰を起こしたとこちらが責められた時に言い逃れが出来なくなってしまうので、今これ以上の事を行うのは得策ではない。
「ああ……それと夜会の件だけれど、承知しましたわ」
「っ!」
「お父様とお母様には内緒にしていれば良いのでしょう? 貴方の不貞行為を……」
そう……ニクラウスが行っているのは間違いなくジュディスとリーテトルテ侯爵家を裏切る行為なのだ。もしこれがバレてしまえば、後ろ指をさされ、追い詰められるのは間違いなくニクラウスの方である。
ニクラウスは、ジュディスの攻撃的な態度に驚いているのか言葉を失っている。責められて困る事をしている自覚が果たしてあるのか疑問だったが、この様子を見る限り微塵もなかったのだろう。
そしてニクラウスの反応を見る為に、ある言葉を投げかける。
「…………ふふっ、口が滑ったらごめんあそばせ?」
その言葉を聞いたニクラウスが、目を見開き、口をパクパクと動かす……その姿を見て、笑みを深めた。
(これ以上、何も言う事はないわね……『もしかしたらジュディスが告げ口をするかもしれない』、そんな恐怖を『楽しんで』ほしいわ)
「……は⁉ おまっ、お前ッ‼」
「では、失礼致します」
やっと言葉の意味を理解したのか慌てるニクラウスを無視して、鞄を持って歩き出す。
確かにこの男ならば、ジュディスを裏切り婚約を破棄すると簡単に告げそうだ。その理由についても「黙っておけ」などと言われて、ジュディスは彼の言う通り黙っているのだろう。
(冗談じゃないわ)
教室から出てもニクラウスは追いかけては来なかった。恐らく机と椅子を片付けながら、笑い者になっている事だろう。
これで懲りるような男ではないだろうが、今日のところはこのくらいでいい。
(あの間抜けな顔、最高だったわ。まだまだ全然足りないけど……)
感情任せにボコボコになるまで殴り続けていたら、あの情けない顔は見られなかったのだから、我慢して正解だったようだ。
愉快な気分のまま門まで行くと、もうリーテトルテ侯爵家の馬車がなくなっていた。
(朝の仕返しかしら……?)
どうやら朝の件を根に持っていたセレリアは、ジュディスを置いて馬車を出発させたらしい。
(あの子、わたくしが思っていたよりも感情的で馬鹿なのかしら……リーテトルテ侯爵家から出る分には代わりの古い馬車があるけれど、学園には代わりの馬車はないのだから、邸に先に帰ったらわたくしが帰れないじゃない)
とはいえそんな些細な嫌がらせも、今の自分にとってはどうでも良い事だった。ジュディスの性格であれば友達に頼んで相乗りする事も出来ず途方に暮れるだろうという作戦だろうが、それは昨日までの話だ。
「あぁ……良い事を思いついたわ!」
セレリアが学園にジュディスを置いていったとしたら、夕食の時間までには必ず誰かがジュディスだけいない事に気付く事だろう。真面目なジュディスは基本的に時間に遅れる事はないので、自然とセレリアが学校に置き去りにした事実が明るみに出る。
万一セレリアの嫌がらせを黙認すれば、娘が夜になるまで帰ってこられなくても放置する家という事になり、第三者に知られでもすれば、リーテトルテ侯爵家の家族関係は社交界での美味しい餌になる。両親は嫌でも噂が流れないように、あるいは流れてしまっても広まらないように動く羽目になり、セレリアを咎めずにはいられない。
以前のジュディスの控えめ過ぎる性格を思えば、一人で帰らせて問題ない令嬢だとはとても思えないだろう。セレリアの嫌がらせで、このまま何もしなくても面白い噂が流れる……という事は、この後は学園で待ってるだけでいい。
急に時間が出来た為、邸の誰かに気付かれるまで昼寝をするかと学園を散策し始める。
いつも寄り道をせずにまっすぐ家に帰っていたジュディスは、ずっと狭い世界の中で生きて、毎日同じように過ごしていた。
唯一、楽しみにしていたのは小説の中に入り込む事で、その理由は強い主人公に自分がなった気になれるからかもしれない。しかし本を閉じれば魔法は解けて現実に戻ってしまう。
自分の憧れを実現させる……どうせならばジュディスの思い描いたジュディスになればいい。ジュディスが本当はどうしたかったのか、自分にも分かるのだ。
(あまり派手に動き過ぎても後々自分の首を絞めてしまう……でも物語が始まるまで時間もないし、どうやってフェードアウトしようかしら)
主人公が転入してくるまで三ヶ月もない。ジュディスの目的は、それまでに何とか平民になって自由気ままに暮らす事だ。
考え事を続けつつも横になる場所を探していると、丁度いい木陰を発見する。
(初めて見る場所ね……)
今日は晴天。ポカポカと暖かい陽気は絶好の昼寝日和だ。
(寝る場所があれば最高なんだけど……ラッキー、あんなところに古いベンチがあるわ)
誰にも見つからなそうな場所にあるベンチは、どこから見ても死角になっている。
日当たり良好……良い昼寝場所を見つけたと上機嫌で寝転がった後に、体が冷えてはいけないと持っていた大判のストールを上にかける。
昨日はイライラし過ぎてよく眠れなかったからか、すぐに瞼が落ちていき、気持ちよく眠りについた。
* * *
「――おい、お前!」
「ん……?」
「……そこで何をしている⁉」
「…………」
「余所者が、こんなところで何をしている!」
目を開くと太陽がいつの間にか橙色になっており、ストールをかけていても肌寒い。
「聞いてんのか? はぁ……今日は本当に最悪の日だ」
「…………誰?」
「それはこちらの台詞だ」
目の前には不機嫌そうな一人の男。端正な顔を歪めている彼を見ながらボーッとする頭で考え込んでいると、舌打ちをされた。印象は最悪である。
「わたくしはジュディス…………貴方は?」
「お前に名乗る名前はない」
「……ふーん、そう」
失礼な男の言葉を気にする事なく辺りを見回した。
まだ日は落ちていないようだ。母や侍女達が気付くまで、もうしばらくかかるだろう。
(もう少し時間がありそうね……)
男を無視して、再びゴロリと寝転がる。
「おいッ! そこで何をしているのかと聞いている‼ ……ここは俺がいつも休んでいる場所なんだよ」
「あら、なら名前でも書いておけば? あぁ……でも名乗る名前はないんだったかしら」
「…………っ」
眉間に深い皺が刻まれている。
何を言っても動かないジュディスの様子を見て、男は諦めたのか溜息を吐いてから隣にある木に寄りかかる。
(……あの顔、どこかで)
見覚えのある顔に、再び上半身を持ち上げてから、無愛想で態度が悪い男の顔を凝視する。
「……何だよ、こっちを見るな」
「どこかで見た事ある顔だわ…………どこだったかしら」
「はっ、やっぱり余所者か……こんなところで昼寝なんかしていていいのか?」
「……?」
「余所者がこんなところで油を売っていていいのかって聞いてるんだよ! まだ若いが商人か……? どこかの侍女じゃないだろうな⁉」
「余所者、余所者って……わたくしはここの生徒よ?」
「嘘をつくな。名前しか名乗らずに身なりも隠しているじゃないか‼ それに貴族の御令嬢がこんなところで……しかも外で昼寝なんかするわけないだろう⁉」
「ほら……」
ストールを捲って制服を見せる。
目の前の男が付けているネクタイの色は赤で、学園の一年生である事は分かっていた。ジュディスのリボンは青で三年生、二年生は黄色である。
セレリアもこの学園の一年生なので、つまり、この男はセレリアと同じ学年だ。家名を名乗って相手がセレリアの知り合いだった場合、話がややこしくなるので黙っていたのである。
「――――なっ⁉」
男はこれ以上ないくらいに目を見開くと、バッと口元を押さえた。
何をそんなに驚いているのか理解出来ずに首を傾げる。
「……そんなに驚く事かしら?」
「家名を名乗らなかったじゃないか……! それに、ストールで隠れて制服が見えなかったッ‼」
「…………そう」
騒がしくて口汚い男の様子を見ていたら、腹立たしくて目も覚めてしまった。肌寒くなる前に図書室に移動するかと、腰を上げて伸びをする。
「では、わたくしはこれで……」
「――待てよッ‼」
何故か名無しのイケメンに引き止められてしまった。
無意識なのだろうが、強い力で手首を掴まれ顔をしかめる。
「……痛!」
「――ッ⁉」
力加減が分からないのだろうか。ジンと痛む手首を摩る。
「本当に、すまないっ……痛むか?」
「初対面なのに……随分と積極的なのね」
「…………は⁉ 何言って」
「冗談よ」
「っ⁉」
冗談も通じないのか、または慣れていないだけか……真面目に受け答えをする男は酷く焦っているように見える。手首を摩りながら、目の前の男に問いかけた。
「…………わたくしに、何か用かしら?」
「この事は、絶対に黙っていてくれ……!」
「何の事?」
「しらばっくれるなよ! オレのこの姿を言いふらされでもしたら、また面倒な事に……ッ」
「え?」
「絶対に誰にも言うな‼」
「ごめんなさい、何の事だか意味が分からないわ」
何かを必死に訴えかけているようだが、上手く意味が伝わらない。
『言いふらすな』『黙っておけ』というあたり、何かを秘密にしたいようだが、名前も知らないこの男の何を言いふらせと言うのか。
「だからッ、オレが『コーネリアス・レナ・ラヴェル』だって事をだ‼」
「…………!」
『コーネリアス』という名前を聞いて、ある情報がヒットする。
乱暴な態度や口調で気付かなかった。物腰柔らかく、誰にでも優しく品行方正な王子様……いつも優しい笑みを浮かべており、令嬢達に大人気な、隣国ラヴェル王国の第二王子コーネリアス。確か小説の情報では、ジュディスが暮らすバーライト王国とラヴェル王国は、第二王子同士の交換留学を行っているのだったか。
顔よし、性格よし、家柄よしという評判だったが、今見ている限りでは性格はあまり良いとは言えないようだ。
学年が違う上に、ジュディスはニクラウスに必要とされようと必死だった為、コーネリアスの事が眼中になかったのだろう。印象にも残っておらず、すぐに気付けないのも無理はない。
「あら、コーネリアス殿下……小耳に挟む噂とは違って、荒々しくて横暴でしたので、誰だか分かりませんでしたわ」
「…………ま、まさか本当に気付いていなかったのか⁉」
「えぇ、言われるまで全く」
ニッコリと笑うと顔面蒼白のコーネリアスは態度を一転させて焦っているようだ。
今一番勢いのある大国の第二王子は婚約者がいないとあって、玉の輿を狙ったフリーの御令嬢達がこぞってアピールしていると聞いた。同学年であるセレリアも「もしコーネリアス殿下と結婚出来たら幸せなんでしょうね……」と、夢見心地で毎日呟く程だ。
しかし目の前にいるのは、荒々しく、態度も口も悪いコーネリアスだった。
(まぁ、王子様だしね……みんなのいるところでは頑張って猫をかぶってたんでしょう。そして、今ボロを出しちゃった、と。困っちゃって可愛いのね)
瞳を右往左往させて、だらだらと冷や汗を流しているコーネリアスを微笑ましく眺めていたが、ふと、ある事を思いつく。
目の前にいるのはセレリア含め、令嬢達の憧れの的である王子様。先程まで考えていた噂が流れるまで待つのも良いが、この方法ならば確実にセレリアにダメージを与えられる事だろう。
(セレリアにこんなに早くカウンターを打ち込む事が出来るなんて……ふふっ、楽しくなりそうね)
教室に着いて、いつものように自分の席に着くと、髪形の変化に気が付いた何人かの令嬢はすぐにこちらに声を掛けてくる。
「ジュディス様……どうされたの、その髪」
「…………折角の綺麗な髪が勿体ないですわ」
「それにメイクも、あまりジュディス様らしくないというか……ねぇ?」
「そうよねぇ……ジュディス様はもっと薄い感じのメイクの方が似合うと思うわ」
そんな興味も意味もない会話を聞きながら何も言わずに、いつものようにニコリと微笑んでいた。
「あのね、ジュディス様……実はお願いがあるんだけど」
「…………何かしら?」
「今日の当番、代わってもらえない? ほら…………わたくし忙しくって。ダメかしら?」
「ああ、そうだわ! わたくしも、この本を図書室に返してほしいのだけれど……いいわよね?」
「ふふっ……わたくし達、お友達でしょう?」
顔を見合わせた令嬢達は、今までジュディスが断らなかったのを良い事に面倒事を押し付けてくる。日頃のストレス発散も兼ねているのだろうか……表立って文句も反抗もしないジュディスは都合の良い時に殴れるサンドバッグと同じだ。大して仲良くもないくせに、利用する時だけ群がってくるのだが、正直、鬱陶しい事この上ない。
社交界では必須となる令嬢の仲間や味方は、実家と縁を切って自由になりたい今の自分にとっては必要ないものだ。それに、こんな令嬢達に味方になってもらったところで、正直役に立つとは思えない……簡単に裏切られて、また都合の良い時だけ使われるのがオチだろう。
「お断り致します。何故、わたくしがやらないといけないのですか?」
その言葉に、教室内が静まり返る。
「え……?」
「⁉」
ジュディスから『いいですよ』『分かりました』以外の返事など聞いた事がなかった為か、どうやら言った言葉が上手く理解出来なかったようだ。間抜けな顔でこちらを見る令嬢達にもう一度、ハッキリと言い放つ。
「『嫌』だと申し上げたのです」
「…………ジュディス、様?」
「わたくしは貴女達の侍女ではありませんわ。御自分の事くらい御自分でなさったら?」
「――っ!」
「わたくしを都合良く利用するのは、もうやめて下さいませ。不愉快ですわ」
令嬢達はかぁっと頬を赤く染めた後に「信じられない」「何よ、ジュディスのくせに」「もういいわよ」と、ブツブツ文句を言いながら教室から去っていく。
フンと令嬢達の背中を睨みつけた。『信じられない』はこっちの台詞である。
(頼みを断られただけで、文句を言って去っていくような友達なんて、友達とは言わないわ)
以前のジュディスは、母親に責められないように、婚約者や他人に迷惑を掛けないようにと、彼女なりに気を遣って生きていたが、その自己犠牲は結果的に報われる事はなかった。
ジュディスの強気な態度を目の当たりにした教室内は何事かと騒がしくなる。
様子が変わった事や、いつも断らないジュディスがキツい態度を取った事が余程興味深く映ったのだろう。
(……見せ物じゃないわ)
周囲を威嚇するようにギロリと睨みつけた。サッと逸らされる視線を確認してから一冊の本を鞄から取り出す。
(さぁて、平民になる為に勉強しなくちゃ! フフッ、学ぶ事は沢山あるわよ)
物語からはさっさと退く……他人の幸せの引き立て役になるくらいならば、潔く今ある地位を捨てて外の世界を見てみたい。
(…………外の世界は、もっと広いんでしょうね)
ジュディスがジュディスでなくなった以上、貴族でいる必要性はない。だったらこんな息の詰まる狭い場所など飛び出して、自由気ままに生きた方が気楽で楽しそうではないか。それに、『ジュディス』には夢があったようだ。ジュディスになった事は不本意だが、彼女の体を勝手に譲り受けるのだから、夢くらいは叶えるべきだろう。
そのまま、休み時間も初めて一人で過ごした。
(はぁ……優雅ね)
金魚の糞のように誰かの後をついて行くわけでもなく、気を遣って下らない話に笑顔で相槌を打たなくてもいい。周囲の目など完全無視で鼻歌を歌いながら本を読む姿をクラスメイト達は不思議そうに見ていた。
放課後になり、ジュディスは帰宅する為に荷物をまとめていた。
そんな彼女の前に現れたのは、婚約者のニクラウスだ。
ニクラウスは髪やメイクの変化にすぐに気付いたようで怪訝な顔をした。しかし、声を掛けてくるわけでもなかった為、目の前にいるにもかかわらず、敢えて無視する。
すると顔を歪めたニクラウスは、バンッと机を叩いた後に低い声を出して問いかける。
「おい、ジュディスッ! 何故髪を短くしたんだ? 俺の許可なしに……」
「…………」
「その下品な化粧ももうやめろ。いいな⁉」
「…………」
目の前で、ニクラウスは当然とばかりに言い放っているが、そのスカした顔を今すぐに捻り潰したくなる。
(……何、この男。一体、何様のつもりなのかしら)
しかし、この会話がジュディスとニクラウスの普段通りのやり取りなのだから、呆れを通り越して笑ってしまう。
(これが仮にも婚約者に対する態度なのかしら……腹立たしいったらないわ)
「おいッ! ジュディス……返事はどうした?」
「…………」
「まぁ、いい……来月の休みにある夜会には他の御令嬢と参加する事になったから、お前のエスコートは出来ない。いつものように会場に来て、上手く誤魔化しておけよ」
周囲の令嬢からの憐れみの視線。令息からはヒューという口笛や「羨ましいぜ」という声が聞こえた。
普通の令嬢ならば「お父様に言いつけてやる」「抗議する」「絶対に許さない」と、全力で抗う事だろう。プライドの高い彼女達は、もし婚約者が自分以外の女性を誘ったら大激怒するはずだ。
だから令息達にとって、婚約者がありながら堂々と他の令嬢を誘えるニクラウスは羨望の的である。勿論、良い意味ではない。
(……馬鹿じゃないの)
鞄に仕舞い込んだ一番分厚い本を取り出して立ち上がる。尚もこちらに命令し続けるニクラウスの顔を見ながら手を振り上げた。
「それから……っ、グハッ⁉」
ニクラウスの言葉が途切れたのは、うるさい口を塞ぐように、本の表紙を彼の額に思いきり叩きつけたからだ。ガツッという鈍い音の後、ドンガラガッシャーンと派手な音を立てて、ニクラウスは机と椅子を巻き込んでひっくり返る。
盛大に倒れ込んだ姿を見て、口元に手を当ててわざと可愛らしく首を傾げた。
「あら……目の前に目障りな『虫』がいたのですが、どうやら逃してしまったようですわ」
「――っ⁉」
「もう少しで叩き潰せましたのに…………惜しい事をしましたわね」
バッと起き上がった虫……ではなくニクラウスは、しばらくは呆然としていたが、すぐに怒りを滲ませる。
「……ッ、貴様どういうつもりだ」
「…………」
「おい、ジュディス! 聞いているのかッ」
残念ながら今のジュディスにとって優先すべきは、ニクラウスの機嫌ではなく、攻撃力を上げる為とはいえ武器にしてしまった本の状態だ。本をハンカチで拭いながらニクラウスの言葉を聞き流す。
「無礼な奴めッ! お前のような奴と結婚してやるというのに……っ」
その言葉に動きを止め、即座に持っていた本を首元に突きつける。凍てつくような視線にニクラウスが戸惑いを見せた。
本の角で顎を持ち上げながらドスを利かせた声で問いかける。
「わたくしは侯爵家、貴方は伯爵家。二歳児でも理解出来る事だわ……馬鹿には、そんな簡単な事も分からないの?」
「……ッ」
「無礼なのは、どちらかしら?」
「な、なんッ…………ぐっ⁉」
肌に食い込む本の角にニクラウスの言葉が強制的に止まる。
「もう一度、言ってみなさいな」
鋭くニクラウスを睨みつける。
ジュディスは控えめながらもニクラウスを愛していた……いや、愛そうと努力していた。だが、ニクラウスがジュディスに愛情を返した事は一度もない。
「な、にを……!」
「わたくしのような奴と…………なぁに?」
「ッ‼」
完全に馬鹿にしきっていた婚約者に突如反撃されて、ニクラウスはたじろぐ。
つまりは、こんな事くらいで尻込みするような男に、ジュディスは大人しく従っていたのだ。
「…………話にならないわ」
押し黙ったニクラウスから視線を外し、再び本の角をゴシゴシとハンカチで拭う。
ここで彼のご自慢の顔をボコボコにするのは簡単だが、そうしてしまえば暴力沙汰を起こしたとこちらが責められた時に言い逃れが出来なくなってしまうので、今これ以上の事を行うのは得策ではない。
「ああ……それと夜会の件だけれど、承知しましたわ」
「っ!」
「お父様とお母様には内緒にしていれば良いのでしょう? 貴方の不貞行為を……」
そう……ニクラウスが行っているのは間違いなくジュディスとリーテトルテ侯爵家を裏切る行為なのだ。もしこれがバレてしまえば、後ろ指をさされ、追い詰められるのは間違いなくニクラウスの方である。
ニクラウスは、ジュディスの攻撃的な態度に驚いているのか言葉を失っている。責められて困る事をしている自覚が果たしてあるのか疑問だったが、この様子を見る限り微塵もなかったのだろう。
そしてニクラウスの反応を見る為に、ある言葉を投げかける。
「…………ふふっ、口が滑ったらごめんあそばせ?」
その言葉を聞いたニクラウスが、目を見開き、口をパクパクと動かす……その姿を見て、笑みを深めた。
(これ以上、何も言う事はないわね……『もしかしたらジュディスが告げ口をするかもしれない』、そんな恐怖を『楽しんで』ほしいわ)
「……は⁉ おまっ、お前ッ‼」
「では、失礼致します」
やっと言葉の意味を理解したのか慌てるニクラウスを無視して、鞄を持って歩き出す。
確かにこの男ならば、ジュディスを裏切り婚約を破棄すると簡単に告げそうだ。その理由についても「黙っておけ」などと言われて、ジュディスは彼の言う通り黙っているのだろう。
(冗談じゃないわ)
教室から出てもニクラウスは追いかけては来なかった。恐らく机と椅子を片付けながら、笑い者になっている事だろう。
これで懲りるような男ではないだろうが、今日のところはこのくらいでいい。
(あの間抜けな顔、最高だったわ。まだまだ全然足りないけど……)
感情任せにボコボコになるまで殴り続けていたら、あの情けない顔は見られなかったのだから、我慢して正解だったようだ。
愉快な気分のまま門まで行くと、もうリーテトルテ侯爵家の馬車がなくなっていた。
(朝の仕返しかしら……?)
どうやら朝の件を根に持っていたセレリアは、ジュディスを置いて馬車を出発させたらしい。
(あの子、わたくしが思っていたよりも感情的で馬鹿なのかしら……リーテトルテ侯爵家から出る分には代わりの古い馬車があるけれど、学園には代わりの馬車はないのだから、邸に先に帰ったらわたくしが帰れないじゃない)
とはいえそんな些細な嫌がらせも、今の自分にとってはどうでも良い事だった。ジュディスの性格であれば友達に頼んで相乗りする事も出来ず途方に暮れるだろうという作戦だろうが、それは昨日までの話だ。
「あぁ……良い事を思いついたわ!」
セレリアが学園にジュディスを置いていったとしたら、夕食の時間までには必ず誰かがジュディスだけいない事に気付く事だろう。真面目なジュディスは基本的に時間に遅れる事はないので、自然とセレリアが学校に置き去りにした事実が明るみに出る。
万一セレリアの嫌がらせを黙認すれば、娘が夜になるまで帰ってこられなくても放置する家という事になり、第三者に知られでもすれば、リーテトルテ侯爵家の家族関係は社交界での美味しい餌になる。両親は嫌でも噂が流れないように、あるいは流れてしまっても広まらないように動く羽目になり、セレリアを咎めずにはいられない。
以前のジュディスの控えめ過ぎる性格を思えば、一人で帰らせて問題ない令嬢だとはとても思えないだろう。セレリアの嫌がらせで、このまま何もしなくても面白い噂が流れる……という事は、この後は学園で待ってるだけでいい。
急に時間が出来た為、邸の誰かに気付かれるまで昼寝をするかと学園を散策し始める。
いつも寄り道をせずにまっすぐ家に帰っていたジュディスは、ずっと狭い世界の中で生きて、毎日同じように過ごしていた。
唯一、楽しみにしていたのは小説の中に入り込む事で、その理由は強い主人公に自分がなった気になれるからかもしれない。しかし本を閉じれば魔法は解けて現実に戻ってしまう。
自分の憧れを実現させる……どうせならばジュディスの思い描いたジュディスになればいい。ジュディスが本当はどうしたかったのか、自分にも分かるのだ。
(あまり派手に動き過ぎても後々自分の首を絞めてしまう……でも物語が始まるまで時間もないし、どうやってフェードアウトしようかしら)
主人公が転入してくるまで三ヶ月もない。ジュディスの目的は、それまでに何とか平民になって自由気ままに暮らす事だ。
考え事を続けつつも横になる場所を探していると、丁度いい木陰を発見する。
(初めて見る場所ね……)
今日は晴天。ポカポカと暖かい陽気は絶好の昼寝日和だ。
(寝る場所があれば最高なんだけど……ラッキー、あんなところに古いベンチがあるわ)
誰にも見つからなそうな場所にあるベンチは、どこから見ても死角になっている。
日当たり良好……良い昼寝場所を見つけたと上機嫌で寝転がった後に、体が冷えてはいけないと持っていた大判のストールを上にかける。
昨日はイライラし過ぎてよく眠れなかったからか、すぐに瞼が落ちていき、気持ちよく眠りについた。
* * *
「――おい、お前!」
「ん……?」
「……そこで何をしている⁉」
「…………」
「余所者が、こんなところで何をしている!」
目を開くと太陽がいつの間にか橙色になっており、ストールをかけていても肌寒い。
「聞いてんのか? はぁ……今日は本当に最悪の日だ」
「…………誰?」
「それはこちらの台詞だ」
目の前には不機嫌そうな一人の男。端正な顔を歪めている彼を見ながらボーッとする頭で考え込んでいると、舌打ちをされた。印象は最悪である。
「わたくしはジュディス…………貴方は?」
「お前に名乗る名前はない」
「……ふーん、そう」
失礼な男の言葉を気にする事なく辺りを見回した。
まだ日は落ちていないようだ。母や侍女達が気付くまで、もうしばらくかかるだろう。
(もう少し時間がありそうね……)
男を無視して、再びゴロリと寝転がる。
「おいッ! そこで何をしているのかと聞いている‼ ……ここは俺がいつも休んでいる場所なんだよ」
「あら、なら名前でも書いておけば? あぁ……でも名乗る名前はないんだったかしら」
「…………っ」
眉間に深い皺が刻まれている。
何を言っても動かないジュディスの様子を見て、男は諦めたのか溜息を吐いてから隣にある木に寄りかかる。
(……あの顔、どこかで)
見覚えのある顔に、再び上半身を持ち上げてから、無愛想で態度が悪い男の顔を凝視する。
「……何だよ、こっちを見るな」
「どこかで見た事ある顔だわ…………どこだったかしら」
「はっ、やっぱり余所者か……こんなところで昼寝なんかしていていいのか?」
「……?」
「余所者がこんなところで油を売っていていいのかって聞いてるんだよ! まだ若いが商人か……? どこかの侍女じゃないだろうな⁉」
「余所者、余所者って……わたくしはここの生徒よ?」
「嘘をつくな。名前しか名乗らずに身なりも隠しているじゃないか‼ それに貴族の御令嬢がこんなところで……しかも外で昼寝なんかするわけないだろう⁉」
「ほら……」
ストールを捲って制服を見せる。
目の前の男が付けているネクタイの色は赤で、学園の一年生である事は分かっていた。ジュディスのリボンは青で三年生、二年生は黄色である。
セレリアもこの学園の一年生なので、つまり、この男はセレリアと同じ学年だ。家名を名乗って相手がセレリアの知り合いだった場合、話がややこしくなるので黙っていたのである。
「――――なっ⁉」
男はこれ以上ないくらいに目を見開くと、バッと口元を押さえた。
何をそんなに驚いているのか理解出来ずに首を傾げる。
「……そんなに驚く事かしら?」
「家名を名乗らなかったじゃないか……! それに、ストールで隠れて制服が見えなかったッ‼」
「…………そう」
騒がしくて口汚い男の様子を見ていたら、腹立たしくて目も覚めてしまった。肌寒くなる前に図書室に移動するかと、腰を上げて伸びをする。
「では、わたくしはこれで……」
「――待てよッ‼」
何故か名無しのイケメンに引き止められてしまった。
無意識なのだろうが、強い力で手首を掴まれ顔をしかめる。
「……痛!」
「――ッ⁉」
力加減が分からないのだろうか。ジンと痛む手首を摩る。
「本当に、すまないっ……痛むか?」
「初対面なのに……随分と積極的なのね」
「…………は⁉ 何言って」
「冗談よ」
「っ⁉」
冗談も通じないのか、または慣れていないだけか……真面目に受け答えをする男は酷く焦っているように見える。手首を摩りながら、目の前の男に問いかけた。
「…………わたくしに、何か用かしら?」
「この事は、絶対に黙っていてくれ……!」
「何の事?」
「しらばっくれるなよ! オレのこの姿を言いふらされでもしたら、また面倒な事に……ッ」
「え?」
「絶対に誰にも言うな‼」
「ごめんなさい、何の事だか意味が分からないわ」
何かを必死に訴えかけているようだが、上手く意味が伝わらない。
『言いふらすな』『黙っておけ』というあたり、何かを秘密にしたいようだが、名前も知らないこの男の何を言いふらせと言うのか。
「だからッ、オレが『コーネリアス・レナ・ラヴェル』だって事をだ‼」
「…………!」
『コーネリアス』という名前を聞いて、ある情報がヒットする。
乱暴な態度や口調で気付かなかった。物腰柔らかく、誰にでも優しく品行方正な王子様……いつも優しい笑みを浮かべており、令嬢達に大人気な、隣国ラヴェル王国の第二王子コーネリアス。確か小説の情報では、ジュディスが暮らすバーライト王国とラヴェル王国は、第二王子同士の交換留学を行っているのだったか。
顔よし、性格よし、家柄よしという評判だったが、今見ている限りでは性格はあまり良いとは言えないようだ。
学年が違う上に、ジュディスはニクラウスに必要とされようと必死だった為、コーネリアスの事が眼中になかったのだろう。印象にも残っておらず、すぐに気付けないのも無理はない。
「あら、コーネリアス殿下……小耳に挟む噂とは違って、荒々しくて横暴でしたので、誰だか分かりませんでしたわ」
「…………ま、まさか本当に気付いていなかったのか⁉」
「えぇ、言われるまで全く」
ニッコリと笑うと顔面蒼白のコーネリアスは態度を一転させて焦っているようだ。
今一番勢いのある大国の第二王子は婚約者がいないとあって、玉の輿を狙ったフリーの御令嬢達がこぞってアピールしていると聞いた。同学年であるセレリアも「もしコーネリアス殿下と結婚出来たら幸せなんでしょうね……」と、夢見心地で毎日呟く程だ。
しかし目の前にいるのは、荒々しく、態度も口も悪いコーネリアスだった。
(まぁ、王子様だしね……みんなのいるところでは頑張って猫をかぶってたんでしょう。そして、今ボロを出しちゃった、と。困っちゃって可愛いのね)
瞳を右往左往させて、だらだらと冷や汗を流しているコーネリアスを微笑ましく眺めていたが、ふと、ある事を思いつく。
目の前にいるのはセレリア含め、令嬢達の憧れの的である王子様。先程まで考えていた噂が流れるまで待つのも良いが、この方法ならば確実にセレリアにダメージを与えられる事だろう。
(セレリアにこんなに早くカウンターを打ち込む事が出来るなんて……ふふっ、楽しくなりそうね)
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