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2【1泊2日の慰安旅行】
2-13 悲しい昔ばなし※
しおりを挟む僕は男性αと男性Ωの両親の間に生まれた一人息子だった。
両親はそれぞれ良いところの生まれだったらしく許嫁もいた。けれど、運命に出会い恋をしてしまった。2人の交際はもちろん認めて貰えるはずもなく、厳しい家族の反対を押し切り駆け落ちした両親は隠れるように暮らしながら僕を生んだ。
決して裕福とは言えなかったけれど、愛情溢れる温かな家庭だった。
だが、幸せは一瞬で儚く消え去ってしまう。
僕が7歳の時。
家族で旅行に出かける行きの道中、楽しみではしゃぐ僕を助手席に座る父さんが振り返って宥め、そんな様子を父さんが運転しながら優しく見守り、僕は嬉しくてさらにはしゃいでいた。
次の瞬間、居眠り運転のトラックに巻き込まれ、あっという間だった。
後部座席にいた僕はなんとか一命を取り留めたが、運転席と助手席は、跡形もなく潰れていた。
途切れかける意識の中、充満する血とガソリンの臭い、そして最後の最後まで助手席の父さんを守ろうと流した父さんのフェロモンの匂いが、こびりついて離れなかった。
次に目を覚ました時、僕はひとりぼっちで、さらにフェロモンを一切感じることが出来なくなっていた。
既にΩとしてバース判定を受け自己防衛の知識も身に付けていたため、フェロモンがわからない、つまりそれは身を守る事にも影響があると頭の端で理解していた。医者は心配そうに何度も検査を促し治療を勧めてきたが、既に心が壊れかけていた僕は自分がどうなろうがどうでもよかった。
むしろ、なぜ僕一人が生き残ってしまったのか、なぜ一緒に連れて行ってくれなかったのか、今後僕一人でどうすればいいのか、全てが絶望しか無かった。
駆け落ちした両親の実家とは全く交流もなかったため、頼れるはずもなく、退院と同時に施設に入ることが決まった。
そこもまた、地獄だった。
一切笑わず口を開かない僕に構う子などすぐにいなくなり常に一人で過ごしていた。施設の先生達も扱いにくい僕を腫れ物のように扱い、居心地が悪い空間。
そんな中で唯一ずっと話しかけてきたのが、院長先生だった。
優しくて、お父さんのような院長先生に次第に心を許し、気づけば院長先生の傍だけが唯一心が安らげる場所となっていた。夜うなされなかなか眠れない時も一緒のベッドで寝てくれて、お腹を摩ってくれて、本当のお父さんのように、思っていた。
だけど次第に、身体に触れてくるその手が、ちょっとおかしいな、と思ってしまったのが最後、苦痛の始まりだった。
『つかさくん、キミはどんどん綺麗になっていくね』
『他の子は下の毛が生えはじめているのに、つかさくんは一切生えてこないねΩだからかな?』
『つかさくん、自慰行為はしなくちゃいけないことなんだよ。だから先生が毎晩手伝ってあげる』
『つかさくん、Ωはね、男の子でもお尻が濡れるんだ不思議だね先生に見せてみてくれるかな』
『つかさくん――』
『つかさくん――』
『つかさくん――』
毎晩布団の中で今日は来ないで…と怯えて過ごす僕を誰も助けてはくれなかった。
そんな長く苦しい日々に再び心が壊れかけ17歳になった頃、とうとうその日は訪れてしまった。
『つかさくん、この匂い……発情しているの?』
院長先生はβだった。
そんな先生が感じ取れるほどのフェロモンを垂れ流していた事にも気づけなかった僕は次第に熱くなる身体、勝手に濡れる前と後ろ、とにかく初めてのことにわけがわからず、ただただ自分の身体を守るように抱きしめ怯えていた。
そんな無力な僕を嘲笑うように気付けばいつもは院長先生一人だけの空間に、院で共に過ごす年上の男の子数名が増えていた。
『ゃ……やだ、怖い、何、……身体、あつ…苦し』
『つかさくん……それはね、キミが抱かれたくて堪らないって証拠だよ』
『ひっ、……やだ、いや、先生っ、来ないでっやめっっ』
『素直に足をひらいて楽になりなさい。君たちつかさくんが暴れて怪我しないように腕抑えて』
『やっ――――』
服を無理やり脱がされ、
いくつもの手に強制的に絶頂へ導かれる苦しみ、
それでも疼きが収まらない自分の身体、
次第に自らよがって腰を振る――抗えないΩのさが。
何回したのかわからない。
全てが終わり、一人白濁液にまみれ取り残された空間で――死のう。そう思った。
その時は冬で明け方でもまだ日が昇る前、薄暗い道をふらつきながら途方もなくさ迷い、小石でバランスを崩した丁度その時、車のヘッドライトが激しく照らすのをぼぉっと座り込んだまま見つめていた。
バンっと慌てて車から降りてきたのが、楓珠さんだった。
寒空の中、薄いシャツ一枚羽織っただけでズボンも履かず尋常ではない僕の様子に慌てた楓珠さんは、何か必死に色々話しかけてくれていた。だけど僕の頭の中は、死にたい、で埋め尽くされていたから、助け起こそうとしてくれる楓珠さんの腕を押し戻し再びふらつきながら歩き出した時、もう残っていないと思っていた白い液体がつぅー…と内股を伝った。
『っ、』
『キミ、何があったかは知らないけど、とりあえずそんな格好で歩いてると色々危険だから、おじさんの家おいで』
すぐそこだから、と有無を言わさず連れてこられたそこが、まさかこの先ずっとお世話になる家となるとはこの時の僕は思いもしない。
見知らぬ人と見知らぬ空間に怯え続けていた僕に、楓珠さんはテキパキとだけど優しく後処理をしてくれた。
『キミ、Ωだよね?私はαだけどΩで番の奥さんを病気で亡くしてるんだ。だからキミのフェロモンは一切わからない。安心してキミが恐れる事は何も起こらない』
βをも惑わすΩのフェロモンが効かない人。
本当にこの人は僕に何もしない、そう思った瞬間長年張っていた何かがぷつりと切れ、無性に涙が溢れて止まらなかった。
「それから、楓珠さんのお宅に数日お世話になり、その間色々手を回してくださった楓珠さんのおかげで僕は院に戻ることなくそのまま長年楓珠さんの傍においていただいた。これが僕の過去で、僕と楓珠さんの出会い、かな。
長い話を聞いてくれてありが――」
ありがとう、その言葉を最後まで言い終える前に、横並びに座る楓真くんに正面から抱きしめられていた。
「ふう、まくん…?」
「よかった……つかささんが、生きてて、本当によかった…」
「っ」
肩口でぐずっと聞こえる鼻音に、途端ぶわっと視界が水の膜に覆われた。
「……っ、色々あった人生だけど、楓珠さんに救われて、楓真くんに出会えて、僕はしあわ――っ」
また、言い終わる前に今度は唇を塞がれていた。
楓真くんのしっとりした優しい唇の感覚がじわじわ身体中に広がり、目じりを涙がつたう。
舌を入れるでもなく、ただ唇同士を重ね合う優しい交わり。それがとても気持ちいい。
このままひとつになって溶けてしまいたい。
――あぁ、この人が、好きだ。
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