【本編完結】欠陥Ωのシンデレラストーリー

カニ蒲鉾

文字の大きさ
32 / 67
2【1泊2日の慰安旅行】

2-13 悲しい昔ばなし※

しおりを挟む
 
 
 
 僕は男性αと男性Ωの両親の間に生まれた一人息子だった。
 
 両親はそれぞれ良いところの生まれだったらしく許嫁もいた。けれど、運命に出会い恋をしてしまった。2人の交際はもちろん認めて貰えるはずもなく、厳しい家族の反対を押し切り駆け落ちした両親は隠れるように暮らしながら僕を生んだ。
 決して裕福とは言えなかったけれど、愛情溢れる温かな家庭だった。
 
 
 だが、幸せは一瞬で儚く消え去ってしまう。
 
 
 僕が7歳の時。
 家族で旅行に出かける行きの道中、楽しみではしゃぐ僕を助手席に座る父さんが振り返って宥め、そんな様子を父さんが運転しながら優しく見守り、僕は嬉しくてさらにはしゃいでいた。


 次の瞬間、居眠り運転のトラックに巻き込まれ、あっという間だった。
 

 後部座席にいた僕はなんとか一命を取り留めたが、運転席と助手席は、跡形もなく潰れていた。
 途切れかける意識の中、充満する血とガソリンの臭い、そして最後の最後まで助手席の父さんを守ろうと流した父さんのフェロモンの匂いが、こびりついて離れなかった。
 
 
 
 次に目を覚ました時、僕はひとりぼっちで、さらにフェロモンを一切感じることが出来なくなっていた。
 
 既にΩとしてバース判定を受け自己防衛の知識も身に付けていたため、フェロモンがわからない、つまりそれは身を守る事にも影響があると頭の端で理解していた。医者は心配そうに何度も検査を促し治療を勧めてきたが、既に心が壊れかけていた僕は自分がどうなろうがどうでもよかった。
 むしろ、なぜ僕一人が生き残ってしまったのか、なぜ一緒に連れて行ってくれなかったのか、今後僕一人でどうすればいいのか、全てが絶望しか無かった。
 
 
 駆け落ちした両親の実家とは全く交流もなかったため、頼れるはずもなく、退院と同時に施設に入ることが決まった。
 
 
 
 そこもまた、地獄だった。
 
 
 一切笑わず口を開かない僕に構う子などすぐにいなくなり常に一人で過ごしていた。施設の先生達も扱いにくい僕を腫れ物のように扱い、居心地が悪い空間。
 
 そんな中で唯一ずっと話しかけてきたのが、院長先生だった。
 
 優しくて、お父さんのような院長先生に次第に心を許し、気づけば院長先生の傍だけが唯一心が安らげる場所となっていた。夜うなされなかなか眠れない時も一緒のベッドで寝てくれて、お腹を摩ってくれて、本当のお父さんのように、思っていた。
 

 だけど次第に、身体に触れてくるその手が、ちょっとおかしいな、と思ってしまったのが最後、苦痛の始まりだった。
 

 
『つかさくん、キミはどんどん綺麗になっていくね』

 
『他の子は下の毛が生えはじめているのに、つかさくんは一切生えてこないねΩだからかな?』

 
『つかさくん、自慰行為はしなくちゃいけないことなんだよ。だから先生が毎晩手伝ってあげる』

 
『つかさくん、Ωはね、男の子でもお尻が濡れるんだ不思議だね先生に見せてみてくれるかな』

 
『つかさくん――』

 
『つかさくん――』

 
『つかさくん――』
 

 
 毎晩布団の中で今日は来ないで…と怯えて過ごす僕を誰も助けてはくれなかった。



 そんな長く苦しい日々に再び心が壊れかけ17歳になった頃、とうとうその日は訪れてしまった。
 

 
『つかさくん、この匂い……発情しているの?』
 
 

 院長先生はβだった。
 そんな先生が感じ取れるほどのフェロモンを垂れ流していた事にも気づけなかった僕は次第に熱くなる身体、勝手に濡れる前と後ろ、とにかく初めてのことにわけがわからず、ただただ自分の身体を守るように抱きしめ怯えていた。
 
 そんな無力な僕を嘲笑うように気付けばいつもは院長先生一人だけの空間に、院で共に過ごす年上の男の子数名が増えていた。
 

 
『ゃ……やだ、怖い、何、……身体、あつ…苦し』

 
『つかさくん……それはね、キミが抱かれたくて堪らないって証拠だよ』

 
『ひっ、……やだ、いや、先生っ、来ないでっやめっっ』
 

『素直に足をひらいて楽になりなさい。君たちつかさくんが暴れて怪我しないように腕抑えて』
 

『やっ――――』
 
 

 服を無理やり脱がされ、
 いくつもの手に強制的に絶頂へ導かれる苦しみ、
 それでも疼きが収まらない自分の身体、
 次第に自らよがって腰を振る――抗えないΩのさが。
 

 
 何回したのかわからない。


 
 全てが終わり、一人白濁液にまみれ取り残された空間で――死のう。そう思った。
 
 
 その時は冬で明け方でもまだ日が昇る前、薄暗い道をふらつきながら途方もなくさ迷い、小石でバランスを崩した丁度その時、車のヘッドライトが激しく照らすのをぼぉっと座り込んだまま見つめていた。
 
 
 バンっと慌てて車から降りてきたのが、楓珠さんだった。
 
 
 寒空の中、薄いシャツ一枚羽織っただけでズボンも履かず尋常ではない僕の様子に慌てた楓珠さんは、何か必死に色々話しかけてくれていた。だけど僕の頭の中は、死にたい、で埋め尽くされていたから、助け起こそうとしてくれる楓珠さんの腕を押し戻し再びふらつきながら歩き出した時、もう残っていないと思っていた白い液体がつぅー…と内股を伝った。
 
 

『っ、』
『キミ、何があったかは知らないけど、とりあえずそんな格好で歩いてると色々危険だから、おじさんの家おいで』
 
 

 すぐそこだから、と有無を言わさず連れてこられたそこが、まさかこの先ずっとお世話になる家となるとはこの時の僕は思いもしない。
 
 
 見知らぬ人と見知らぬ空間に怯え続けていた僕に、楓珠さんはテキパキとだけど優しく後処理をしてくれた。
 

 
『キミ、Ωだよね?私はαだけどΩで番の奥さんを病気で亡くしてるんだ。だからキミのフェロモンは一切わからない。安心してキミが恐れる事は何も起こらない』
 

 
 βをも惑わすΩのフェロモンが効かない人。

 本当にこの人は僕に何もしない、そう思った瞬間長年張っていた何かがぷつりと切れ、無性に涙が溢れて止まらなかった。
 
 
 


「それから、楓珠さんのお宅に数日お世話になり、その間色々手を回してくださった楓珠さんのおかげで僕は院に戻ることなくそのまま長年楓珠さんの傍においていただいた。これが僕の過去で、僕と楓珠さんの出会い、かな。
 長い話を聞いてくれてありが――」
 
 
 ありがとう、その言葉を最後まで言い終える前に、横並びに座る楓真くんに正面から抱きしめられていた。
 
 
「ふう、まくん…?」
「よかった……つかささんが、生きてて、本当によかった…」
「っ」
 
 
 肩口でぐずっと聞こえる鼻音に、途端ぶわっと視界が水の膜に覆われた。
 
 
「……っ、色々あった人生だけど、楓珠さんに救われて、楓真くんに出会えて、僕はしあわ――っ」

 
 また、言い終わる前に今度は唇を塞がれていた。
 
 楓真くんのしっとりした優しい唇の感覚がじわじわ身体中に広がり、目じりを涙がつたう。


 舌を入れるでもなく、ただ唇同士を重ね合う優しい交わり。それがとても気持ちいい。

 
 このままひとつになって溶けてしまいたい。
 
 

 ――あぁ、この人が、好きだ。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~

つきよの
BL
●ハッピーエンド● 「勇利先輩……?」  俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。  だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。 (どうして……)  声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。 「東谷……」  俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。  背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。  落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。  誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。  そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。 番になればラット化を抑えられる そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ しかし、アルファだと偽って生きていくには 関係を続けることが必要で…… そんな中、心から愛する人と出会うも 自分には噛み痕が…… 愛したいのに愛することは許されない 社会人オメガバース あの日から三年ぶりに会うアイツは… 敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ

【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

亜沙美多郎
BL
 高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。  密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。  そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。  アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。  しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。  駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。  叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。  あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

処理中です...