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128 学園編 バーグ祭 後編
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「それでは……、決勝戦、始め!」
審判の合図とともに敵チームが最初に動く。
四、三、三の陣形のうち、前衛と中衛がクロアたちに対して、斜めになるように移動。
その全員が大きな盾を構え、上部より剣を突き出した隊列を組む。
どうやらクロアの突進力を警戒して、正面からの勝負は避けたようだ。
一人目がダメなら二人目が、それでもダメならその次が、といった具合に攻撃を斜め後方へと受け流しつつ、着実にダメージを与えるための陣形。後衛の魔法使いたちも、後ろに隠れて何事かを行っているみたい。
直角三角形の形をした一団が、じりじりと距離を詰めてくる。
両陣営の距離が縮まるほどに、会場内を緊迫感が支配していく。
クロアたちはまだ動かない。メーサにしても人形を使役すらしていない。
にじり寄って来る敵を前に、どうするのかと固唾を飲んで見守る観客たち。
じーっとクロアの様子を伺っていたオレは、彼女の中で魔力が高まっていくのをずっと視ていた。丹田辺りの魔力濃度が着々と上がっている。なにもぼんやりと立っているワケじゃない。たぶん彼女は、この場の誰よりも前から臨戦態勢を整えていた。
なにせ審判の合図がなされるずっと前から、魔力の高まりをオレは感じていたからな。
そしてそれはメーサにも言えること。
「闘いが起こるのが分かっているのに、備えないのは愚かである」
彼女たちの恩師である仮面女が、そんなことを言っていたっけ。
そう。大会の規則に、事前に魔力を練ってはいけない、とは一言も書かれていない。
騎士が剣を研いで、鎧を磨き士気を高めるのと同じように、試合前に魔力を練って高めておく、ただそれだけのこと。ただしこれが非常に難しい。高めた状態を維持するのはとても疲れる。見極めを誤れば、試合前に魔力を無駄に消費し、へたばってしまうことになりかねない。その点、クロアとメーサは鬼教官から、魔力操作を徹底的に仕込まれている。そんな彼女たちだからこそ可能なのだ。
クロアが右足をわずかに持ち上げると、舞台の石畳を踏み抜く。
バコッという鈍い音ともに、足元の床が砕けた。その破片の一つを爪先にて蹴る。
特に力を込めたような蹴りではない。それこそ子供が道端にあった小石を、えぃっと蹴り上げたような。だというのに彼女の足を離れた破片は、もの凄い勢いにて敵陣営へ向かっていく。
敵のリーダーがその尋常じゃない様子に声を発する。
「防御!」
リーダーの命令に反応し、盾を床に突き立てるように構えるメンバーたち。
どうやら盾の先端には突起があって、コレを地面に突き立てることで、踏ん張れるようになっているようだ。それに縦の形状も衝撃を逃がしやすいように、表面が緩やかな曲線に加工されてあった。
構えられた盾の一つに、クロアの蹴った石がぶち当る。
石は表面を転がるように滑って、勢いのままに天井方向へと飛んで行った。
一撃にて盾には大きなへこみと、溝が走っている。
あまりの威力にリーダーの男が目を見張るも、その瞳には闘志が健在。まだまだ威勢は削がれていない。
「リーダー、準備が整いました」
後衛にいた魔法使いの報告に、リーダーの男がニヤリと笑みを浮かべる。
リーダーが踵にて床を鳴らしたのを合図に、後衛より魔法が放たれる。
三人の魔法使いの前に、モコッとした半透明性の柱が出現したかと思えば、それが滔々と白い液状の何かを吐き出した。舞台の石畳の上を、その何かが広がっていき、じきにすべてを覆ってしまう。
正体はすぐに判明した。液体に足を取られた審判の男性が、ズルっとこけたのである。
懸命に立ち上がろうとするも、床に手をつこうとすると、滑ってはまたこけている。
白濁液まみれになって転がる審判のオヤジ殿。
油、それとも洗剤? もしくはそれに似た性質を持つ液体か!
観客席で見ていたオレは感心する。
なるほど。彼らはクロアの足を封じるのに、この手を選んだ。どんな攻撃でも当たらなければ意味がない。クロアの動きは、はっきり言って脅威だ。魔法を使うのならば足場を濡らすか、凍らせることを考えがちだが、クロアの脚力を持ってすれば、あまり障害にはならない。
対してこの液体だと、油のようにヌメリがあり、なおかつ嫌な粘性を帯びているので、体に一度纏わりついたらなかなか離れない。足止めには極めて有効だ。
そして最初からこの作戦に合わせた装備をも、彼らはちゃんと用意していた。
全員のブーツから、いつの間にやらスパイクが飛び出しており、自身の足元をしっかりと支えている。
一歩一歩と着実に間合いを詰め、クロアたちへと向かっていく隊列。
突き出された剣の切っ先が、クロアの下に届くのも時間の問題であろう。
これは彼らの作戦勝ちか……、観客らのほとんどが、そう考えていたに違いあるまい。
しかしそれはクロアたちを侮り過ぎだ。
なにせ彼女たちは、まだ何もしちゃいない。
案の定、クロアが動き出す。
左腕に着けた金の腕輪にゆっくりと触れる。どうやら自分に課していた拘束を、幾分か下げるようだ。ちなみに先日の個人戦では一切解除されていない。
観客席から見守っているオレの目に、クロアの魔力回路が途端に唸りを上げたように映った。
右手を振り上げるクロア。
その仕草にリーダーの男が、一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。
いつの間にか相棒の背後に移動していたメーサは、白い液体でドレスが汚れるのも厭わずに、四つん這いの姿勢になっている。
チラリと背後を見たクロアは、そのまま右の拳を床へと振り下ろした。
オレはてっきり力技にて、白い液ごと石畳を砕いてしまうのかと思った。
だが違った。
クロアの手は拳が握られていない、掌底の形に構えられてある。
それが床の白い液体に触れる寸前にて、ピタリと止まる。
途端にその直下にぽっかりと穴が開き、舞台上に一陣の風が吹き抜けた。
直後に発生する衝撃波。クロアを中心にした穴が一気に広がって、白い液体を吹き飛ばしながら拡大していく。
自分たちが放った魔法の液体が、津波となって襲い掛かってくる。
騎士たちは盾があったので、なんとか流されずに済んだが、後衛の三人は無理であった。液体に飲み込まれる格好にて、場外へと押し出されてしまう。この武闘会ではステージを降りたら、即失格となってしまうルール。
よって三人は、ここで戦線離脱。
これによりステージ上には、クロアたち二人と七人の騎士見習いたちのみとなる。
策が敗れたと見たリーダーの男の判断は早かった。
すぐさま味方に盾を捨てさせ、接近戦の用意を命じる、だが……。
六人の仲間たちがゆっくりと倒れていく。
背後には六体のヌイグルミたちが佇んでいた。
首の急所に不意打ちの一撃を喰らって、彼らの意識は一瞬のうちに刈り取られていたのである。
「なっ! いつの間に?」
驚愕の表情を浮かべるリーダーの男。
これで残り一人。
クロアの衝撃波にタイミングを合わせて、自分の影より人形たちを空へと放ったメーサ。人形たちは衝撃に乗って上空へと飛び上がり、そのまま敵陣営の背後へと回りこむ。
果たしてこの会場内にいたどれぐらいの人が、一連の動きを把握出来ていただろう。
「すごいですねー。メーサさま」
手放しで褒めているルーシーさん。たぶん彼女は見えていた。日頃からクロアの練習に付き合っているせいか、彼女もメキメキ強くなってるんだよなぁ。いつの間にやら武器が鉄の棒から、鬼の金棒みたいな物騒な奴に替わっていたし。
他にもざっと周囲を見回したところ、明らかに雰囲気が違う冒険者や鋭い目つきの騎士などが、十人ちょいといったところか。この辺はきっと一流どころなんだろうな。
おっと、オレがそんな事を考えているうちに、舞台上では近づく両者。
そろそろ決着の時。
クロアが静かにリーダーの男の前に立つ。
彼はやや腰を落とし、両手剣を肩に担ぐかのような構えにて対峙する。
一気に袈裟懸けに剣を振り抜くつもりだ。
これが最後の攻防になることは、誰の目にも明らか。
ジリジリと二人の距離が狭まる。
剣の間合いにクロアが入るまで、あと半歩のところで、両者の動きが止まる。
ここでクロアが構えを取った。
先日の個人戦、本日の団体戦、合わせても初めての行動。
やや半身を引き、右の拳を繰り出す態勢をとる。
それはなんの変哲もない正拳突きの構え。
リーダーの男はその様をじっと見つめていた。
ひとつ息を深く吸い、気合とともに肺どころか体中の酸素を一気に吐き出す。
勢いに乗せて男が剣を振り抜いた。
一切の躊躇も迷いもない。
空気を切り裂きながら迫る刃が、クロアを完全に捉える。
キンッという短い金属音が鳴った。
二人のすぐ側に、半ばより折れた剣身が落ちてカランと音を立てた。
ぐらりと前のめりに倒れていくリーダーの男。
彼の鎧の胸の部分には、拳の痕がくっきりと刻まれてあった。
審判の合図とともに敵チームが最初に動く。
四、三、三の陣形のうち、前衛と中衛がクロアたちに対して、斜めになるように移動。
その全員が大きな盾を構え、上部より剣を突き出した隊列を組む。
どうやらクロアの突進力を警戒して、正面からの勝負は避けたようだ。
一人目がダメなら二人目が、それでもダメならその次が、といった具合に攻撃を斜め後方へと受け流しつつ、着実にダメージを与えるための陣形。後衛の魔法使いたちも、後ろに隠れて何事かを行っているみたい。
直角三角形の形をした一団が、じりじりと距離を詰めてくる。
両陣営の距離が縮まるほどに、会場内を緊迫感が支配していく。
クロアたちはまだ動かない。メーサにしても人形を使役すらしていない。
にじり寄って来る敵を前に、どうするのかと固唾を飲んで見守る観客たち。
じーっとクロアの様子を伺っていたオレは、彼女の中で魔力が高まっていくのをずっと視ていた。丹田辺りの魔力濃度が着々と上がっている。なにもぼんやりと立っているワケじゃない。たぶん彼女は、この場の誰よりも前から臨戦態勢を整えていた。
なにせ審判の合図がなされるずっと前から、魔力の高まりをオレは感じていたからな。
そしてそれはメーサにも言えること。
「闘いが起こるのが分かっているのに、備えないのは愚かである」
彼女たちの恩師である仮面女が、そんなことを言っていたっけ。
そう。大会の規則に、事前に魔力を練ってはいけない、とは一言も書かれていない。
騎士が剣を研いで、鎧を磨き士気を高めるのと同じように、試合前に魔力を練って高めておく、ただそれだけのこと。ただしこれが非常に難しい。高めた状態を維持するのはとても疲れる。見極めを誤れば、試合前に魔力を無駄に消費し、へたばってしまうことになりかねない。その点、クロアとメーサは鬼教官から、魔力操作を徹底的に仕込まれている。そんな彼女たちだからこそ可能なのだ。
クロアが右足をわずかに持ち上げると、舞台の石畳を踏み抜く。
バコッという鈍い音ともに、足元の床が砕けた。その破片の一つを爪先にて蹴る。
特に力を込めたような蹴りではない。それこそ子供が道端にあった小石を、えぃっと蹴り上げたような。だというのに彼女の足を離れた破片は、もの凄い勢いにて敵陣営へ向かっていく。
敵のリーダーがその尋常じゃない様子に声を発する。
「防御!」
リーダーの命令に反応し、盾を床に突き立てるように構えるメンバーたち。
どうやら盾の先端には突起があって、コレを地面に突き立てることで、踏ん張れるようになっているようだ。それに縦の形状も衝撃を逃がしやすいように、表面が緩やかな曲線に加工されてあった。
構えられた盾の一つに、クロアの蹴った石がぶち当る。
石は表面を転がるように滑って、勢いのままに天井方向へと飛んで行った。
一撃にて盾には大きなへこみと、溝が走っている。
あまりの威力にリーダーの男が目を見張るも、その瞳には闘志が健在。まだまだ威勢は削がれていない。
「リーダー、準備が整いました」
後衛にいた魔法使いの報告に、リーダーの男がニヤリと笑みを浮かべる。
リーダーが踵にて床を鳴らしたのを合図に、後衛より魔法が放たれる。
三人の魔法使いの前に、モコッとした半透明性の柱が出現したかと思えば、それが滔々と白い液状の何かを吐き出した。舞台の石畳の上を、その何かが広がっていき、じきにすべてを覆ってしまう。
正体はすぐに判明した。液体に足を取られた審判の男性が、ズルっとこけたのである。
懸命に立ち上がろうとするも、床に手をつこうとすると、滑ってはまたこけている。
白濁液まみれになって転がる審判のオヤジ殿。
油、それとも洗剤? もしくはそれに似た性質を持つ液体か!
観客席で見ていたオレは感心する。
なるほど。彼らはクロアの足を封じるのに、この手を選んだ。どんな攻撃でも当たらなければ意味がない。クロアの動きは、はっきり言って脅威だ。魔法を使うのならば足場を濡らすか、凍らせることを考えがちだが、クロアの脚力を持ってすれば、あまり障害にはならない。
対してこの液体だと、油のようにヌメリがあり、なおかつ嫌な粘性を帯びているので、体に一度纏わりついたらなかなか離れない。足止めには極めて有効だ。
そして最初からこの作戦に合わせた装備をも、彼らはちゃんと用意していた。
全員のブーツから、いつの間にやらスパイクが飛び出しており、自身の足元をしっかりと支えている。
一歩一歩と着実に間合いを詰め、クロアたちへと向かっていく隊列。
突き出された剣の切っ先が、クロアの下に届くのも時間の問題であろう。
これは彼らの作戦勝ちか……、観客らのほとんどが、そう考えていたに違いあるまい。
しかしそれはクロアたちを侮り過ぎだ。
なにせ彼女たちは、まだ何もしちゃいない。
案の定、クロアが動き出す。
左腕に着けた金の腕輪にゆっくりと触れる。どうやら自分に課していた拘束を、幾分か下げるようだ。ちなみに先日の個人戦では一切解除されていない。
観客席から見守っているオレの目に、クロアの魔力回路が途端に唸りを上げたように映った。
右手を振り上げるクロア。
その仕草にリーダーの男が、一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。
いつの間にか相棒の背後に移動していたメーサは、白い液体でドレスが汚れるのも厭わずに、四つん這いの姿勢になっている。
チラリと背後を見たクロアは、そのまま右の拳を床へと振り下ろした。
オレはてっきり力技にて、白い液ごと石畳を砕いてしまうのかと思った。
だが違った。
クロアの手は拳が握られていない、掌底の形に構えられてある。
それが床の白い液体に触れる寸前にて、ピタリと止まる。
途端にその直下にぽっかりと穴が開き、舞台上に一陣の風が吹き抜けた。
直後に発生する衝撃波。クロアを中心にした穴が一気に広がって、白い液体を吹き飛ばしながら拡大していく。
自分たちが放った魔法の液体が、津波となって襲い掛かってくる。
騎士たちは盾があったので、なんとか流されずに済んだが、後衛の三人は無理であった。液体に飲み込まれる格好にて、場外へと押し出されてしまう。この武闘会ではステージを降りたら、即失格となってしまうルール。
よって三人は、ここで戦線離脱。
これによりステージ上には、クロアたち二人と七人の騎士見習いたちのみとなる。
策が敗れたと見たリーダーの男の判断は早かった。
すぐさま味方に盾を捨てさせ、接近戦の用意を命じる、だが……。
六人の仲間たちがゆっくりと倒れていく。
背後には六体のヌイグルミたちが佇んでいた。
首の急所に不意打ちの一撃を喰らって、彼らの意識は一瞬のうちに刈り取られていたのである。
「なっ! いつの間に?」
驚愕の表情を浮かべるリーダーの男。
これで残り一人。
クロアの衝撃波にタイミングを合わせて、自分の影より人形たちを空へと放ったメーサ。人形たちは衝撃に乗って上空へと飛び上がり、そのまま敵陣営の背後へと回りこむ。
果たしてこの会場内にいたどれぐらいの人が、一連の動きを把握出来ていただろう。
「すごいですねー。メーサさま」
手放しで褒めているルーシーさん。たぶん彼女は見えていた。日頃からクロアの練習に付き合っているせいか、彼女もメキメキ強くなってるんだよなぁ。いつの間にやら武器が鉄の棒から、鬼の金棒みたいな物騒な奴に替わっていたし。
他にもざっと周囲を見回したところ、明らかに雰囲気が違う冒険者や鋭い目つきの騎士などが、十人ちょいといったところか。この辺はきっと一流どころなんだろうな。
おっと、オレがそんな事を考えているうちに、舞台上では近づく両者。
そろそろ決着の時。
クロアが静かにリーダーの男の前に立つ。
彼はやや腰を落とし、両手剣を肩に担ぐかのような構えにて対峙する。
一気に袈裟懸けに剣を振り抜くつもりだ。
これが最後の攻防になることは、誰の目にも明らか。
ジリジリと二人の距離が狭まる。
剣の間合いにクロアが入るまで、あと半歩のところで、両者の動きが止まる。
ここでクロアが構えを取った。
先日の個人戦、本日の団体戦、合わせても初めての行動。
やや半身を引き、右の拳を繰り出す態勢をとる。
それはなんの変哲もない正拳突きの構え。
リーダーの男はその様をじっと見つめていた。
ひとつ息を深く吸い、気合とともに肺どころか体中の酸素を一気に吐き出す。
勢いに乗せて男が剣を振り抜いた。
一切の躊躇も迷いもない。
空気を切り裂きながら迫る刃が、クロアを完全に捉える。
キンッという短い金属音が鳴った。
二人のすぐ側に、半ばより折れた剣身が落ちてカランと音を立てた。
ぐらりと前のめりに倒れていくリーダーの男。
彼の鎧の胸の部分には、拳の痕がくっきりと刻まれてあった。
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