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2巻
2-3
「これからカランに行くのだけど、何かあそこについて知っていることは無いかな?」
全ての受け取りと確認が終わった後、カイルがフェスバに質問する。
カイルは前の人生でも、カランに行ったことがない。機会があれば一度くらいは行ってみたいとは思っていたのだが、その前にあの大侵攻が起こってしまった。
カランは良質な武具を生産しており、この店でもカラン製の武具は扱っている。ならば多少なりと知っているはずと期待を込める。
「カランについてでございますか。あそこは……少々難しい場所と言えます。古い歴史を持ち、閉鎖的で、あまり外と関わらないのが伝統でした」
カランと聞いて少しだけ顔が曇ったフェスバは、ここだけの話ですがと続ける。
「カランの実質的な支配者は鍛冶ギルドで、そのギルド長が都市長も兼任しております。鍛冶ギルドの者は大抵が、良く言えば己の腕に自信を持って自尊心が高く、悪く言えば他を見下して傲慢ともとれる態度で……幾度も問題を起こしております」
数年前までは都市に入ることすら大変で、商売には苦労しました、とフェスバが苦笑する。
「たださすがにジルグスの従属都市国家となってからは変わらざるを得なかったようですね。それまでの風習も変えようとしているのでしょう、今は若い世代を中心に外との交わりを、特にジルグスとの交流を増やしているようです」
良い方向に変わりつつあります、とフェスバ。
「なるほど……ありがとう。また来ると思うが、その時もよろしく頼む」
カイルは礼を言って店から出ようとし、リーゼ達もそれに続く。
「ああ、それから」
店を出ようとするセランを、フェスバが呼び止めた。
「カランは古い歴史とその土地柄故、武具に関する逸話も多くあります。もしかしたらセラン様に相応しい剣があるかもしれません」
「ふむ……初めて行った街ではまず可愛い女の子を探すんだが、ここは少しばかり信念を曲げて剣探しもするか……」
セランが真面目な顔でくだらないことを呟くが、ふと気づいたようにフェスバに聞いた。
「でもいいのかい、俺が他の場所で剣を手に入れても? 仕入れが無駄になるんじゃ?」
「それは私に商売運が無かったということです。その時はまた別のところで儲けさせていただきますので」
皆様のカランでの幸運をお祈りいたします、とフェスバは笑顔で見送った。
◇◇◇
マラッドを旅立って二日後、カランがもうすぐ見えるというところまでカイル達は来ていた。
通常ならこの数倍の日数がかかるが、ウルザの魔法【ウィンド・ウォーカー】のおかげでかなり短縮できた。
「あれがカランか……噂通りの都市だな」
遠目に見えてきたカランを前に、ウルザが呆れとも感心ともとれる声をあげる。
この辺り一帯は地平線が見えるほどの広大な平原なのだが、その視線の先に突如として山が現れたのだ。
上部に万年雪が積もり、山頂は雲をも突き抜ける巨大な山で、その中腹部を直角に切り取って段差を作ったような場所に、都市国家カランはあった。
切り立った山肌を背にし、見上げるような城壁で囲まれた、まさに城塞と言える都市だった。
山の中腹ではあるが、正面の門から続く街道は盛り上がった峰状に続いている。それはふもとを越えたはるか先で緩やかな坂道となり、そこを荷馬車が何台も通っていた。出入りもそこまで不便そうではない。
「山間にあるって聞いていたが、完全に山の真ん中、いや山と一体化してるな、ありゃ」
セランも呆れたような声を出す。
「どうやって山の真ん中に都市なんて作ったんだろ」
見れば見るほど奇妙で異様な都市に、リーゼが心底不思議そうに言う。
「ああ逆じゃ逆。山の中に都市を作ったのではなく、都市があったところに山を作ったのじゃ」
呆気にとられている皆に、シルドニアが何でもないことのように説明する。
「山を……作ったぁ!?」
リーゼは思わずシルドニアとカランを交互に見る。
「うむ、そもそもこのような平原にあんな巨大な山が一つだけあるというのは不自然じゃろ? 元々あの都市はザーレスの時代に、魔族に対する前線基地として作られたのじゃが、同時にとある大規模魔法実験が行われたのじゃよ」
「それがあの山?」
「そうじゃ。この一帯の地中には、良質の鉱脈がいくつもあるのがわかっておったのじゃが、深すぎて中々手が出せなかった。そこで地形を変動させ、地下深くの鉱脈を集めて地上に押し出した。つまりあの山そのものが、良質の鉱脈の塊のようなものなのじゃ」
千年以上経っても掘り尽くせぬほどとは予想外であったな、とシルドニアが笑う。
「昔の魔法って……凄かったのねえ」
「村の長老から、その昔には地形すら変えてしまう大魔法があったと聞いたことはあるが……本当だったとはな」
リーゼとウルザが天を衝くかのような山を見て、同じように呆れながら言った。
「で、鉱脈を集めると同時に攻め込まれにくくなるから防御力も上がって一石二鳥か……しかし、その守りに適している都市を攻め落とす寸前まで持っていくガルガン帝国ってのは凄まじいな」
セランの感想は皆と少し違っていた。
カランを少し見ただけでも、難攻不落だとわかる者にはわかる。
大軍を展開するには街道が狭すぎて、数の優位はそれほど役に立たない。また大型の攻城兵器も使えない。
当然都市内には兵糧も年単位分を準備してあるだろうし、むしろ数が多ければ多いほど攻め手の兵糧は早く尽きるだろう。
「もちろんそれにはいくつも理由があるさ。単純な戦力差もあるし、帝国には少数精鋭の隊も多く、大魔道士も投入したようだしな。あとは帝国が特殊な部隊をいくつも抱えているのが大きい」
ガルガン帝国について詳しいカイルが説明する。
「特殊ってどういう……って何だあれ?」
山の背後からカランへと向かって飛んでくる影をセランが見つける。
形は鳥に似ているが、それにしては大きい。そんな何かが何匹も群れをなして東の方角から飛んできている。
「あれは……もしかしてワイバーン?」
目の良いリーゼが正体を見抜く。
ワイバーン、それは飛竜とも言われるドラゴンの亜種たる魔獣だ。
ドラゴンと違って知能は低く、戦闘能力も遠く及ばない。だが飛行能力は高く、空を飛ぶ魔獣の代表格だ。
「人が乗っているな……そしてあれは確かガルガン帝国の紋章だ」
ウルザの言う通り、何頭かのワイバーンの背には、盾に絡みつく黄金の蛇の紋章が入った旗が見える。
それは間違いなくガルガン帝国の紋章だ。そしてその背に人が乗っているのも確認できた。
「……帝国が誇る飛竜騎士団だな。ワイバーンに騎乗している集団なんて、あいつら以外にいない」
カイルもまた空を見上げ、眉をひそめる。
「ワイバーンを飼い慣らすとは大したものだな」
シルドニアが感心したように言う。
魔獣を騎馬代わりにするというのは珍しいことではないが、ワイバーンは通常の魔獣に比べても更に気性が荒く、人に慣れることはまず無かった。
稀にワイバーンに騎乗する冒険者もいるが、それは特殊な例外でしかなく、軍に利用するというのは今まで不可能とされていた。
だがそれを技術として確立したのがガルガン帝国である。彼らはワイバーンを軍で機能する戦力として組み込むことにまで成功していた。
その機動力たるや通常の騎兵をはるかに超え、編隊を組んだ上空からの攻撃の前には、通常の篭城は役に立たない。これこそ、短期間で勢力を伸ばした帝国の強さの理由の一つだった。
「あれが今言っていた特殊な部隊の一つってやつか?」
セランの問いにカイルが頷く。
「なるほどねえ……で、問題はその帝国が誇る飛竜なんたらがこのタイミングで何しに来たかってことだな」
ワイバーンがカラン都市内に入っていくのを見ながら、セランはカイルに、どう思う? と聞く。
「……俺達の目的と無関係だといいなあ、と希望的観測を言っておこう」
カイルはため息と共に呟くように言った後、気を取り直してカランへと歩を進めた。
5
カランの正門の前に、他国の商人と思しき馬車の列が並ぶ。彼らがカランに入る手続きをしているのを横目に、カイル達はすんなりと門を通る。
「早速、使者の立場が役に立ったな」
あの混み具合では、通常なら都市に入る手続きに相当時間がかかっただろうが、今のカイル達はこの一件が終わるまではジルグス国を代表する正式な使者として、その身分を保証されている。
このカランにおいて、ジルグスはほとんど支配国と言える。現に門の役人など、カイル達がジルグスの使者と知ると、すっ飛んで連絡に行ったぐらいだ。
カランは独特の雰囲気を持った町並みだった。建物は全て石造りの無骨な造り。マラッドのように見た目にもこだわる様子はなく、質実剛健といった趣だ。
セランやシルドニアも珍しげに町並みを見ている。
だがウルザだけは不機嫌そうに、この街に入った途端フードを目深に被ってその特徴的な耳が見えないようにしていた。
「どうしたの?」
「……」
リーゼが聞くと、ウルザは黙って道行く人々に目を向ける。その視線の先には幾人かのドワーフが見えた。
「ああ……」
それを見てリーゼが納得する。
ドワーフ、それは人族の中で人間の次に数が多い種族で、独自の国を持ったりと、勢力も大きい。
男女共に背が低く、がっしりとした体つき。長身で痩せ型が多いエルフとは対照的だ。エルフが森の民なら、ドワーフは大地の民だろう。
地下都市を作ったりと大地に関わりの深いドワーフは、鉱山都市であるこの街にも多くいるが、逆にエルフはほとんどいない。
そしてエルフとドワーフは、基本的に仲がよくなかった。
「安心しろ、こちらからどうこうということはない。私はドワーフの連中のように差別意識は持っていないからな……大体あいつらは頑固すぎる。おまけに酒好きでがさつ、気遣いというものを根本から持ってないどうしようもない奴らだからな」
「見事なまでに偏見持ってるわね……」
リーゼが呆れたように言う。
「大丈夫だ、立場はわかっている。無用な騒ぎを起こすつもりはない」
やはり不機嫌そうに言うウルザ。
非公式に近いとはいえ、一応はジルグスの使者であるカイル達が問題を起こす訳にもいかない。
カイルもウルザの不機嫌そうな様子を見て、軽くため息をつく。
かつての戦いの時でも、仲間のエルフとドワーフの仲の悪さで苦労したことを思い出したのだ。
世界の危機だから仕方なく、という感じで協力し合っていたが、必要最低限の会話以外は目を合わそうともしなかった。
なぜそうまで気に入らないのかと聞けば互いに「向こうが嫌ってくるからだ」と声を揃えて言うのだから、どうしようもなかった。
「皆さんがミレーナ王女様からの使者の方々ですね」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
その顔を見たカイルが一瞬固まる。
「初めまして。私はカランにおいてジルグスの大使を務める、ミランダと申します」
にこやかに挨拶をしてきたのは、ドワーフ技師の作ったメガネをつけている、理知的で落ち着いた雰囲気の美人だ。
その背後には、警備と思しき武装した兵を十人ほど付き従えている。
「あ、その……カイル・レナードです。よろしくお願いします」
(そうか、今はここの大使なんてやっていたのか……)
内心の動揺から立ち直ったカイルが、何とか返事をする。
「はい、皆様のことはよく存じています。ここで立ち話もなんですから、大使館までお越しいただけますか? 徒歩で恐縮ですが、すぐ近くですので」
ついて来てください、とミランダは歩き出す。
「……何か反応が妙だったわね」
目ざといリーゼが、半目でカイルを見る。
「どうせ美人だからボーっと見てたんでしょう?」
単に予期せぬ再会――カイルにとってのみ――に反応できなかっただけなのだが。
「うん? い、いやいや違うぞ。そもそも母さんに近い年の相手とどうこうなんてつもりは無い」
「セライアさんに? あの人そんな年齢には見えなかったけど」
せいぜい二十代半ばくらいの外見のミランダをちらりと見て、まさかぁとリーゼ。
「いやカイルの言う通りだ。あの腰つきや肌の具合からみて……三十三、四ってところだな」
前を歩くミランダの後ろ姿をじっと見て、セランが真剣な顔で言う。
「凄いな、お前……」
彼女の年齢を知っているカイルが、予測だけで正確に当てたセランを驚愕の顔で見る。
「ただセライアさんのような天然体質じゃなく、かなりの努力をして維持していると見た」
「そういうことはわかってても言うな。聞こえたらどうする」
自分の母がかなり例外だと理解しているカイルがため息をつく。
「あ~……何だカイルはその……年上は苦手なのか?」
ウルザが興味なさそうに、しかし少しだけ不安な響きを混ぜて聞いてくる。
「いや極端な差でなければ気にしないが」
そんなウルザの心中を読み取りつつ、というかお前の場合とは桁が違うだろ、と百以上は年上のウルザを見るカイル。
「妾からすれば全て誤差の範囲じゃな」
「お前のはもっと違うだろ」
千年以上生きている魔法生命体のシルドニアでは、もはや年の差がどうとかと言うのも虚しいだけだ。
「俺は年齢にこだわらないな、こだわるのは容姿のみ!」
「お前には聞いてない!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらついてくる本国からの使者を、ミランダは少し笑いながら見ていた。
全ての受け取りと確認が終わった後、カイルがフェスバに質問する。
カイルは前の人生でも、カランに行ったことがない。機会があれば一度くらいは行ってみたいとは思っていたのだが、その前にあの大侵攻が起こってしまった。
カランは良質な武具を生産しており、この店でもカラン製の武具は扱っている。ならば多少なりと知っているはずと期待を込める。
「カランについてでございますか。あそこは……少々難しい場所と言えます。古い歴史を持ち、閉鎖的で、あまり外と関わらないのが伝統でした」
カランと聞いて少しだけ顔が曇ったフェスバは、ここだけの話ですがと続ける。
「カランの実質的な支配者は鍛冶ギルドで、そのギルド長が都市長も兼任しております。鍛冶ギルドの者は大抵が、良く言えば己の腕に自信を持って自尊心が高く、悪く言えば他を見下して傲慢ともとれる態度で……幾度も問題を起こしております」
数年前までは都市に入ることすら大変で、商売には苦労しました、とフェスバが苦笑する。
「たださすがにジルグスの従属都市国家となってからは変わらざるを得なかったようですね。それまでの風習も変えようとしているのでしょう、今は若い世代を中心に外との交わりを、特にジルグスとの交流を増やしているようです」
良い方向に変わりつつあります、とフェスバ。
「なるほど……ありがとう。また来ると思うが、その時もよろしく頼む」
カイルは礼を言って店から出ようとし、リーゼ達もそれに続く。
「ああ、それから」
店を出ようとするセランを、フェスバが呼び止めた。
「カランは古い歴史とその土地柄故、武具に関する逸話も多くあります。もしかしたらセラン様に相応しい剣があるかもしれません」
「ふむ……初めて行った街ではまず可愛い女の子を探すんだが、ここは少しばかり信念を曲げて剣探しもするか……」
セランが真面目な顔でくだらないことを呟くが、ふと気づいたようにフェスバに聞いた。
「でもいいのかい、俺が他の場所で剣を手に入れても? 仕入れが無駄になるんじゃ?」
「それは私に商売運が無かったということです。その時はまた別のところで儲けさせていただきますので」
皆様のカランでの幸運をお祈りいたします、とフェスバは笑顔で見送った。
◇◇◇
マラッドを旅立って二日後、カランがもうすぐ見えるというところまでカイル達は来ていた。
通常ならこの数倍の日数がかかるが、ウルザの魔法【ウィンド・ウォーカー】のおかげでかなり短縮できた。
「あれがカランか……噂通りの都市だな」
遠目に見えてきたカランを前に、ウルザが呆れとも感心ともとれる声をあげる。
この辺り一帯は地平線が見えるほどの広大な平原なのだが、その視線の先に突如として山が現れたのだ。
上部に万年雪が積もり、山頂は雲をも突き抜ける巨大な山で、その中腹部を直角に切り取って段差を作ったような場所に、都市国家カランはあった。
切り立った山肌を背にし、見上げるような城壁で囲まれた、まさに城塞と言える都市だった。
山の中腹ではあるが、正面の門から続く街道は盛り上がった峰状に続いている。それはふもとを越えたはるか先で緩やかな坂道となり、そこを荷馬車が何台も通っていた。出入りもそこまで不便そうではない。
「山間にあるって聞いていたが、完全に山の真ん中、いや山と一体化してるな、ありゃ」
セランも呆れたような声を出す。
「どうやって山の真ん中に都市なんて作ったんだろ」
見れば見るほど奇妙で異様な都市に、リーゼが心底不思議そうに言う。
「ああ逆じゃ逆。山の中に都市を作ったのではなく、都市があったところに山を作ったのじゃ」
呆気にとられている皆に、シルドニアが何でもないことのように説明する。
「山を……作ったぁ!?」
リーゼは思わずシルドニアとカランを交互に見る。
「うむ、そもそもこのような平原にあんな巨大な山が一つだけあるというのは不自然じゃろ? 元々あの都市はザーレスの時代に、魔族に対する前線基地として作られたのじゃが、同時にとある大規模魔法実験が行われたのじゃよ」
「それがあの山?」
「そうじゃ。この一帯の地中には、良質の鉱脈がいくつもあるのがわかっておったのじゃが、深すぎて中々手が出せなかった。そこで地形を変動させ、地下深くの鉱脈を集めて地上に押し出した。つまりあの山そのものが、良質の鉱脈の塊のようなものなのじゃ」
千年以上経っても掘り尽くせぬほどとは予想外であったな、とシルドニアが笑う。
「昔の魔法って……凄かったのねえ」
「村の長老から、その昔には地形すら変えてしまう大魔法があったと聞いたことはあるが……本当だったとはな」
リーゼとウルザが天を衝くかのような山を見て、同じように呆れながら言った。
「で、鉱脈を集めると同時に攻め込まれにくくなるから防御力も上がって一石二鳥か……しかし、その守りに適している都市を攻め落とす寸前まで持っていくガルガン帝国ってのは凄まじいな」
セランの感想は皆と少し違っていた。
カランを少し見ただけでも、難攻不落だとわかる者にはわかる。
大軍を展開するには街道が狭すぎて、数の優位はそれほど役に立たない。また大型の攻城兵器も使えない。
当然都市内には兵糧も年単位分を準備してあるだろうし、むしろ数が多ければ多いほど攻め手の兵糧は早く尽きるだろう。
「もちろんそれにはいくつも理由があるさ。単純な戦力差もあるし、帝国には少数精鋭の隊も多く、大魔道士も投入したようだしな。あとは帝国が特殊な部隊をいくつも抱えているのが大きい」
ガルガン帝国について詳しいカイルが説明する。
「特殊ってどういう……って何だあれ?」
山の背後からカランへと向かって飛んでくる影をセランが見つける。
形は鳥に似ているが、それにしては大きい。そんな何かが何匹も群れをなして東の方角から飛んできている。
「あれは……もしかしてワイバーン?」
目の良いリーゼが正体を見抜く。
ワイバーン、それは飛竜とも言われるドラゴンの亜種たる魔獣だ。
ドラゴンと違って知能は低く、戦闘能力も遠く及ばない。だが飛行能力は高く、空を飛ぶ魔獣の代表格だ。
「人が乗っているな……そしてあれは確かガルガン帝国の紋章だ」
ウルザの言う通り、何頭かのワイバーンの背には、盾に絡みつく黄金の蛇の紋章が入った旗が見える。
それは間違いなくガルガン帝国の紋章だ。そしてその背に人が乗っているのも確認できた。
「……帝国が誇る飛竜騎士団だな。ワイバーンに騎乗している集団なんて、あいつら以外にいない」
カイルもまた空を見上げ、眉をひそめる。
「ワイバーンを飼い慣らすとは大したものだな」
シルドニアが感心したように言う。
魔獣を騎馬代わりにするというのは珍しいことではないが、ワイバーンは通常の魔獣に比べても更に気性が荒く、人に慣れることはまず無かった。
稀にワイバーンに騎乗する冒険者もいるが、それは特殊な例外でしかなく、軍に利用するというのは今まで不可能とされていた。
だがそれを技術として確立したのがガルガン帝国である。彼らはワイバーンを軍で機能する戦力として組み込むことにまで成功していた。
その機動力たるや通常の騎兵をはるかに超え、編隊を組んだ上空からの攻撃の前には、通常の篭城は役に立たない。これこそ、短期間で勢力を伸ばした帝国の強さの理由の一つだった。
「あれが今言っていた特殊な部隊の一つってやつか?」
セランの問いにカイルが頷く。
「なるほどねえ……で、問題はその帝国が誇る飛竜なんたらがこのタイミングで何しに来たかってことだな」
ワイバーンがカラン都市内に入っていくのを見ながら、セランはカイルに、どう思う? と聞く。
「……俺達の目的と無関係だといいなあ、と希望的観測を言っておこう」
カイルはため息と共に呟くように言った後、気を取り直してカランへと歩を進めた。
5
カランの正門の前に、他国の商人と思しき馬車の列が並ぶ。彼らがカランに入る手続きをしているのを横目に、カイル達はすんなりと門を通る。
「早速、使者の立場が役に立ったな」
あの混み具合では、通常なら都市に入る手続きに相当時間がかかっただろうが、今のカイル達はこの一件が終わるまではジルグス国を代表する正式な使者として、その身分を保証されている。
このカランにおいて、ジルグスはほとんど支配国と言える。現に門の役人など、カイル達がジルグスの使者と知ると、すっ飛んで連絡に行ったぐらいだ。
カランは独特の雰囲気を持った町並みだった。建物は全て石造りの無骨な造り。マラッドのように見た目にもこだわる様子はなく、質実剛健といった趣だ。
セランやシルドニアも珍しげに町並みを見ている。
だがウルザだけは不機嫌そうに、この街に入った途端フードを目深に被ってその特徴的な耳が見えないようにしていた。
「どうしたの?」
「……」
リーゼが聞くと、ウルザは黙って道行く人々に目を向ける。その視線の先には幾人かのドワーフが見えた。
「ああ……」
それを見てリーゼが納得する。
ドワーフ、それは人族の中で人間の次に数が多い種族で、独自の国を持ったりと、勢力も大きい。
男女共に背が低く、がっしりとした体つき。長身で痩せ型が多いエルフとは対照的だ。エルフが森の民なら、ドワーフは大地の民だろう。
地下都市を作ったりと大地に関わりの深いドワーフは、鉱山都市であるこの街にも多くいるが、逆にエルフはほとんどいない。
そしてエルフとドワーフは、基本的に仲がよくなかった。
「安心しろ、こちらからどうこうということはない。私はドワーフの連中のように差別意識は持っていないからな……大体あいつらは頑固すぎる。おまけに酒好きでがさつ、気遣いというものを根本から持ってないどうしようもない奴らだからな」
「見事なまでに偏見持ってるわね……」
リーゼが呆れたように言う。
「大丈夫だ、立場はわかっている。無用な騒ぎを起こすつもりはない」
やはり不機嫌そうに言うウルザ。
非公式に近いとはいえ、一応はジルグスの使者であるカイル達が問題を起こす訳にもいかない。
カイルもウルザの不機嫌そうな様子を見て、軽くため息をつく。
かつての戦いの時でも、仲間のエルフとドワーフの仲の悪さで苦労したことを思い出したのだ。
世界の危機だから仕方なく、という感じで協力し合っていたが、必要最低限の会話以外は目を合わそうともしなかった。
なぜそうまで気に入らないのかと聞けば互いに「向こうが嫌ってくるからだ」と声を揃えて言うのだから、どうしようもなかった。
「皆さんがミレーナ王女様からの使者の方々ですね」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
その顔を見たカイルが一瞬固まる。
「初めまして。私はカランにおいてジルグスの大使を務める、ミランダと申します」
にこやかに挨拶をしてきたのは、ドワーフ技師の作ったメガネをつけている、理知的で落ち着いた雰囲気の美人だ。
その背後には、警備と思しき武装した兵を十人ほど付き従えている。
「あ、その……カイル・レナードです。よろしくお願いします」
(そうか、今はここの大使なんてやっていたのか……)
内心の動揺から立ち直ったカイルが、何とか返事をする。
「はい、皆様のことはよく存じています。ここで立ち話もなんですから、大使館までお越しいただけますか? 徒歩で恐縮ですが、すぐ近くですので」
ついて来てください、とミランダは歩き出す。
「……何か反応が妙だったわね」
目ざといリーゼが、半目でカイルを見る。
「どうせ美人だからボーっと見てたんでしょう?」
単に予期せぬ再会――カイルにとってのみ――に反応できなかっただけなのだが。
「うん? い、いやいや違うぞ。そもそも母さんに近い年の相手とどうこうなんてつもりは無い」
「セライアさんに? あの人そんな年齢には見えなかったけど」
せいぜい二十代半ばくらいの外見のミランダをちらりと見て、まさかぁとリーゼ。
「いやカイルの言う通りだ。あの腰つきや肌の具合からみて……三十三、四ってところだな」
前を歩くミランダの後ろ姿をじっと見て、セランが真剣な顔で言う。
「凄いな、お前……」
彼女の年齢を知っているカイルが、予測だけで正確に当てたセランを驚愕の顔で見る。
「ただセライアさんのような天然体質じゃなく、かなりの努力をして維持していると見た」
「そういうことはわかってても言うな。聞こえたらどうする」
自分の母がかなり例外だと理解しているカイルがため息をつく。
「あ~……何だカイルはその……年上は苦手なのか?」
ウルザが興味なさそうに、しかし少しだけ不安な響きを混ぜて聞いてくる。
「いや極端な差でなければ気にしないが」
そんなウルザの心中を読み取りつつ、というかお前の場合とは桁が違うだろ、と百以上は年上のウルザを見るカイル。
「妾からすれば全て誤差の範囲じゃな」
「お前のはもっと違うだろ」
千年以上生きている魔法生命体のシルドニアでは、もはや年の差がどうとかと言うのも虚しいだけだ。
「俺は年齢にこだわらないな、こだわるのは容姿のみ!」
「お前には聞いてない!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらついてくる本国からの使者を、ミランダは少し笑いながら見ていた。
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冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
熾星婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
