狼王の贄神子様

だいきち

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 フリヤの予測が当たったのは初めてだった。ニルが己の代わりに演習試合に出る旨を伝えれば、ヘルグは最初からそのつもりだったと宣ったのだ。
 西門として、鬼族を出場させる方が相手も警戒すると思っていたらしいのだが、それは妖狐の血を引くニルがでても同じことであった。

「むしろ使えるコマは使わねば」
「あんた絶対性格悪いだろ」

 ヘルグの言葉に、辟易した顔をする。ニルは試合に向けて準備するはずの時間を、怠惰にむさぼっていた。むしろ、出場をしないはずのフリヤの方が、そわそわとしているほどである。

「こうなることくらい読めていたからね。フリヤはお前に出場権を譲るだろうし、お前は勝たねばならないし」
「どこまで読めてやがるクソ犬」
「さあどうだろう。狐に吠えられても痛くも痒くもないな」

 やかましい歓声が聞こえてきた。渋い顔をして耳を伏せるニルの横では、フリヤが椅子を鳴らして立ち上がった。西門側の控えの場、そこから見える闘技場の真ん中には東門のハニがいた。
 細かな傷は見受けられるものの、ここにいるということは勝ち上がってきたということだろう。
 白く長い髪を靡かせて、短剣片手に立つ様子は、女性と見間違うほどに華奢であった。

「あれが雪兎、なあニル! あの子もしかしたらお前と対戦するかもしれないんだから見とけって!」
「誰が好き好んで他人の手の内見なきゃいけねえんだ。やり合ってからのお楽しみだろうっての」
「俺慣れてねえからそういうのわかんねえけど、……うわ、ジャンが相手だ」

 フリヤの目の前で、二人が並び立つ。恐ろしいほど体格のいい虎族の大男と、兎族のハニ。ジャンもこの場にいるということは、あの蛇毒のルスフスは負けたということになる。話によれば、ジャンは薬を使わないで毒を治癒させたとかなんとか。
 体の中まで化け物かよと聞いて呆れたフリヤであったが、今にも人を食い殺さんとばかりに治安の悪い顔をするジャンを見れば、なんとなく納得してしまう。
 ジャンの真向かいに立つハニは、魔力の高い氷属性を表すかのように深い青で、目の前のジャンを静かに見つめ返していた。



「今からお手上げって言っても俺は構わねえんだが」

 砂煙が、闘技場の視界を悪くした。黒く膨らんだ影が範囲を広げるかのように、巨躯で見下ろすのは南門の副隊長であるジャンだった。
 人を萎縮させることに長けた声が、ハニに向けられる。同じ長のもと働く兵士のはずだ。そして、これが有事の際に備えた訓練であることも。
 それなのに、ジャンから放たれる威圧は、会場のどよめきを黙らせるほどに鋭い。
 
「バカをおいいでないよ、体格に栄養振って、脳にはたりてないんじゃない?」
「お前はその体でよくここまで勝ち上がってきたなあ雪兎。だがここから先は無理だ。だって俺がいる。そのお綺麗な顔に傷をつけるのは俺だって忍びないんだ、ここは引いてくれないか」
「おや、その優しさは俺じゃなくて部下に向けるべきだ。あんた、訓練が乱暴だってお墨付きもらってんだろう?だから南門はいつも人手不足なんだ」
「お前は上司のようなことを言う。東門の新兵は少し自分の力を過信しすぎだ」

 大きな手のひらで、ジャンは己の額に触れる。出来の悪い子供を見る親のような態度で、ハニを見下ろした。
 太く長い虎の尾の先が、タシンと地べたを叩く。その尾の太さが、一回り大きく膨らんだ。

「氷と雷は相性が悪いんだ、お前の快進撃は、このジャンで終止符だ」

 獰猛な瞳が、ギュン、と縦に伸びる。乾いた空気を弾く音がしたその時、二人を囲むようにして細い紫電が駆け巡った。
 静電気が、あたりに満ちていく。身の毛もよだつ、が本当の意味で成された。ハニの長く、白い髪が風もないのに浮かび上がると、目の前のジャンがゆっくりと手のひらをハニへ向けた。

「電導しろ」
「っ、冴えろ」

 ジャンの繰り出した雷魔法と、ハニの術はほぼ同時であった。闘技場の下に咲き乱れた氷の花へと、雷が素早く電導する。足元を凍り付かせて仕舞えば、ハニに逃げ道はないはずだった。
 氷と雷の相性が悪いと分かっていながらの、悪あがきだろう。威力を弱めたからと言って、電気を身に受ければすぐに立ち上がれるはずもない。誰もがこの一戦の勝者はジャンだと思った。
 視界の、冷気による靄が晴れていく。ジャンの目の前には、純粋な氷の柱が一つ立っているだけだった。

「なんだ、あいつどこいっ」
「歯ァ食いしばって」
「グァ、ッ」

 ひゅう、と風をきる音がした。氷花の絨毯に薄暗い影が映ったと同時に、ジャンは強かに氷上に体を打ちつけた。
 白い煙と共に、細かな氷のかけらが舞い上がる。鋭い針の上に倒れたような痛みが全身に走る。冷たさにもがくように起き上がろうとすれば、背中に感じたのは重い靴底であった。
 小さく息を詰めたその時、ジャンの視界の端で、勝者を知らせる東門の旗が上がった。

「っ、なんでだ! お前、俺の雷が当たったろう!」
「当たってないよ。お前が当てたのは、地べたから生やした氷花だけ。俺は氷柱の勢いに任せて空に上がったから無事ってこと」
「だって、氷に電気は」
「勉強不足がお前の敗因だ。さっさと出ていけ」

 涼しい顔をして、宣った。
 ハニの勝利に、会場はやかましいほどの盛り上がりを見せる。脳筋だらけのこの戦いの場で、知略を見せたのだ。小柄な体で見せる俊敏性だけがとりえではないことを、ハニは圧倒的な勝利で見せつけたのである。
 



「うそだろ! なんでえ⁉︎」

 その様子を、フリヤは齧り付くようにして見ていた。
 隣に気配を感じて横を向けば、先ほどまで散々だらけていたニルもまた、試合に集中していたらしい。琥珀の瞳を細めると、愉快そうに口元を釣り上げる。

「雷を分散させやがったんだ。東門には随分頭のいい戦い方をする奴がいるもんだ」
「ぶ、分散……?」
「不純物混じりの氷じゃないと、電導しないんだ。だからハニは、雷を氷花へ分散させて、別で現した氷柱に結界をはって踏み台にしたってこと」
「あ、あの一瞬でえ⁉︎」

 ヘルグの言葉に、フリヤは大袈裟に反応を示した。そんな高等な技術なんて、生半可な努力ではできないだろう。砂利を踏むような足音が聞こえて、フリヤが反応を示す。見れば、戦いを終えたハニがこちらに向かってくる姿があった。




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