狼王の贄神子様

だいきち

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 ルスフスの背中に揺られながら、ウメノは少しだけうとうとし始めていた。旅の疲れもあったのだろう、人肌に眠気を誘われる。まどろんではいけないのはわかっているが、護衛がいるとどうしても気は緩む。もう半刻もすればミカヅキ平野も見えて来るだろう。押し殺したあくびを誤魔化すように、ルスフスの肩口に顔を埋める。
 
「え、かわ。あ、違うなこれ。寝そうだな」
「寝るだろうなあ。普段ここまで動くこともないからな。うむ、小さな体に見合った体力しか持っておらぬよこやつは」
「大丈夫それ、罵倒と取られたら俺に被害が来るけど」
「我にはこぬから安心するが良い」
「え? 一体どこに安心をしたらいいやつなんだ……?」
 
 引き攣り笑みを浮かべるルスフスの横を、アモンが寝転がるように飛んでいく。そのままスイスイと通り過ぎる姿を見をくったルスフスは、ようやく見えてきた平原にため息を吐いた。
 空は色を変え、間も無く夜が訪れる頃合いだ。夜になれば、ミカヅキ平野に咲く白い花は魔素を放つ。戦いの場で、不利な状況に陥るのは避けて通るのが通常だろう。だとすれば、平原が見える位置で野営をして朝を待つのが無難に違いない。
 ルスフスはついに寝息を建て始めたウメノを背負い直すと、足をそろえるように立ち止まった。
 
「なあアモン、ここら辺に野営できる場所はあるか」
「む、あるぞ。物見台に使っていたんだろう塔のようなものが」
「物見台? まあ何でもいいや。もう夜が来る、魔素が濃い中で魔力酔い起こして戦うのも手厳しいだろうし、そろそろ休もう」
「む、まあ童も完全に寝息を建てておるしな。致し方あるまい、物見台から平原も見えるだろうし、様子を伺うのもありだろう」
 
 ここまでの道のりで見かけたキノコは数株程度。しかも普通に素材ばかりである。グランドマタンゴのユニーク種がいるのかは、実に怪しい。
 ルスフスはアモンに道案内をされるように、背の高い草をかき分けて物見台へと向かった。なれない土地だからだろうか、体は少しばかしの疲労を感じていた。ウメノの寝息が睡魔を誘い、あくびを噛み殺す。普段のルスフスなら、まだ体力は余っていたはずである。療養中に筋力が落ちてしまったのだろうか。眠気を堪えるように眉を寄せる回数が、だんだんと増えてきた。
 
「ああ、とりあえず早く寝てえな」
「む、そんなにか」
「わかんねえけど、……ああ、あれか物見台……」
 
 目に入ってきたのは、砦のような場所だった。石造りの古めかしい塔が、平原に向けて建っている。苔むした石垣が雰囲気を漂わせる、冷たい石壁を伝うように、ルスフスは重い足取りでアーチ状の入口を潜った。
 靴底についた土塊が、石畳に擦れるようにこびりついた。ルスフスの目の前で道案内をするように燃えるアモンの炎が、くらりとぼやけた。
 眉間に皺を寄せるように視界を捉えようとしたが、うまく定まらない。抗いがたい睡魔が、ルスフスの体を包み込むかのように体の動きを鈍くさせる。
 
「アモ、ン……」
「なんだ」
「なんか、変、だ」
「何がだ、……うん?」
 
 アモンの背後で、ルスフスが声を引きずるように宣う。そのまま、衣擦れの音がしたかと思うと、重いものがどさりと倒れる音がした。
 炎の髪を揺らすように、アモンが振り向いた。空気を燃やすような音を立てながら倒れたルスフスのもとに向かえば、すうすうと静かに寝息をたてていた。
 
「おい、待て。我が二人を運ぶのか? それは実に面倒というやつじゃないのか」
 
 途方に暮れるように、アモンが項垂れる。確かルスフスは何かがおかしいと言っていた。もしかしたら、アモンには探知できない何かが起こっているのかもしれない。ネメスを揺らしながら、むくりと顔を上げる。ウメノの肩に手を添えると、静かに探知魔法を行使した。
 契約しているウメノの術であれば、質は落ちるがアモンも行使することができるのだ。無断でウメノの魔力を使ったことは怒られるかもしれないが、仕方がないだろう。
 
「ふむ、なかなかに面倒臭いのう」
 
 ウメノが行使するよりも威力は落ちる。アモンは球状の被膜を膨らませるように辺りを探る。薄く広がった魔力は砦を囲み、ゆっくりと平野へと向けて伸びていく。しかし、そこまでだった。やはり範囲は限られてしまう。
 本当は戦う方が得意なのだ。しかし、ウメノが眠ってしまった今。アモンの炎は制御することはできない。仕方なく褐色の逞しい腕でルスフスの外套を掴むと、空いている腕でウメノを小脇に抱えた。
 ひとまず、今の探知で相手を警戒させることには成功した。しばらくは妙な手出しはしてこないだろう。アモンは壁を通り抜けるようにして天井へと顔を突っ込んだが、二人を抱えたままでは通り抜けることもできなかった。
 
「むうう、まさか我が階段を使う、ということか? おのれルスフス。面倒なことに巻き込みおって」
 
 本当はルスフスのせいではないのだが、悪態をつくのは趣味のようなものであった。致し方なく、えらく久しぶりに階段を使う。足はなく、炎が床を滑るように移動する様子は実に軽やかではあるのだが、アモンの心は億劫だった。
 
 
 
「痛いんだけど。なんで俺の頭にたんこぶできてるわけ……」
「僕も……背中がいたい……一体どんな運び方したんだ……」
 
 あれから二人は、太陽が夜明けを連れてくると同時に目を覚ました。術を行使されていたとは思っていないのだろう。アモンの壁抜けを失敗に終わらせた理由をそれぞれの身に宿して、開口一番そんなことを宣った。
 
「まあ、二人仲良く術にハマっておったしなあ」
「じゅ……何?」
「術だ。この一体を縄張りにする魔物のな。全く、二人して寝こけるから運ぶのも実に苦労した」
「え? ……睡眠魔法なんて、グランドマタンゴは持たないはずだけど」

 アモンによって運ばれたのは、砦の監視塔の役割をするであろう小部屋だった。訝しげな顔をするウメノの横で、ルスフスが立ち上がる。インベントリから取り出した香炉を備え付けの木机に置くと、小さな紙包を取り出した。
 
「それは?」
「魔除けの香。ここからなら平野も一望できるし、安全地帯にもしておきたい。もし俺たちが干渉されたのが夕刻なら、夜動くだけでまた術を浴びる可能性がある。今のうちに対策しとかないとな」 
「ああ、服に焚き付けるってことね。わかった。ちなみに聞くけど、原材料何?」
「ナイトメアの羽と夢幻蝶の鱗粉」
 
 ルスフスの言葉に、ウメノが引き攣り笑みを浮かべる。どちらも素材としては錬金術師垂涎の代物であった。
 キラキラと輝く虹色の粉が、香炉の中で青い炎へと変わる。薄紫色の煙が細く立ち上がってくると、ルスフスはそれを指に絡めるようにして部屋へと広げた。
 
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