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四十六話
しおりを挟むエーファは、頬を上気させ浅い呼吸を繰り返している彼の手を握った。すると無意識に握り返してくれた。
「マンフレット様……」
湯浴みを済ませたエーファは、マンフレットとエメの元へと向かった。部屋の中に入るとエメの横で座り込み眠るマンフレットがいた。起こさない様に近付き覗き込むと、額に汗を掻いている事に気が付き触れてみる。すると驚く程熱い。慌てて人を呼び医師の手配をして貰う。
マンフレットをベッドに寝かせ医師を待っていると、先に獣医がやって来てエメを診てくれた。かなり衰弱しているので暫くは絶対安静にし確りと栄養を補給させ、こまめに傷口の消毒と新しい包帯に取り替える様に言われた。ただ今の所は命には別状はないらしく胸を撫で下ろした。その直後獣医と入れ違いに今度はマンフレットの医師がやって来た。
『過労ですね。十分な休養が必要です』
解熱剤を処方されたが、一番の薬は身体を休める事だと言われた。
桶の上でタオルの水を絞りそれでマンフレットの額を拭うと、苦しそうな表情が一瞬和らいだ気がした。
「後は私が見ておりますのでエーファ様はお休み下さい」
ギーに声を掛けられエーファが壁時計を確認すると、後少しで日付けが変わろうとしていた。思っていた以上に時間が経っていた事に驚く。
「いいえ、マンフレット様は私が見ていますのでギーさんこそお休み下さい」
「しかし……」
「私がそうしたいんです、お願いします。もし何かあれば直ぐに呼びますから」
今日は兎に角大変な一日だった。無論ギーだってそうだ。ヴィルマ家本邸へ行って戻って来たかと思えば直ぐにリュークを送り届ける為に再び本邸へと向かう事になってしまった。移動は馬車ではあるが疲れているに決まっている。それにギーに言った様に、自分がマンフレットの側に付いていたい。このまま自室に戻りベッドに横になった所で、マンフレットの事もエメの事も心配で眠れる気がしなかった。
「承知致しました。ですが無理は禁物です。それにもしエーファ様が身体を壊される様な事がございましたら、私がマンフレット様から叱られてしまいますので」
冗談めいてそう話し珍しく微笑すると、ギーは丁寧にお辞儀をし部屋から出て行った。
それから数日の間マンフレットの熱は中々下がらず、彼の意識も混濁していた。その間もエーファは看病しつつパーティーの準備を疎かにしない様にと書類など必要な物を一式持ち込み作業を進めた。
「エメ、痛くない?」
にゃ!
エメの方が回復が早く大分食欲も出て来た。エーファが包帯を巻き直している間、大人しく終わるのを待つエメに思わず笑みが溢れる。
「マンフレット様、タオル交換しますね」
声を掛け額のタオルへと手を伸ばすと、不意に手首を掴まれ目を見張る。
「エーファ……?」
「マンフレット様! はい、そうです、エーファです」
彼はゆっくりと瞼を開けて此方を見た。意識がはっきりしないのか、ぼんやりとした様子で瞬きを何度も繰り返す。その間も掴んでいるエーファの手を放そうとはしなかった。そんな彼が可愛く思えて頬が緩む。そしてようやく目を覚ました彼に、安堵からか一気に気が抜けてしまい目頭が熱くなる。
「夢現だが、君が看病してくれていたのを覚えている。随分と迷惑を掛けたな……」
「私がそうしたかったんです」
「エーファ……」
「これは私の我儘なんです。なので迷惑なんかじゃありません」
「エーファ……抱き締めても、良いか」
翡翠色の熱を帯びた瞳で真っ直ぐにエーファの瞳を見つめ、何時もより少し掠れた低い声でそう囁いた。その瞬間、心臓が高鳴り煩いくらい脈を打つのを感じた。彼からそんな風に言われ激しく動揺してしまう。
触れられている手が異様に熱い。それどころか彼から熱が感染ったのではないかと思える程顔や身体中が熱くて仕方がない。それ故、エーファは彼の問いに返事をする余裕はなく、小さく頷くだけで精一杯だ。すると次の瞬間腕を少し強めに引かれたエーファはマンフレットの上に倒れ込んでしまった。確かに了承はしたが、これはやはり恥ずかし過ぎると身動いだ。だが彼は放すつもりはないらしく更に腕に力を込めてくる。
「エーファ」
「マンフレット様、あの……」
「愛している」
「え……」
彼から発せられた言葉に目を見張り自分の耳を疑った。
彼が自分を愛している? そんな筈がない! ないない、絶対にない! きっと何かの間違いだ、そうに違いない。
エーファはマンフレットの真意を確かめ様と顔を覗く。すると彼は目を細め唇は弧を描いていた。
「このまま、側にいて欲しい……ーー」
力尽きたのかマンフレットはエーファを抱き締めたまま再び瞳を伏せると寝息を立て始める。まだ少しだけ体温が高く感じるが、その寝顔は穏やかだ。普段に比べてると大分幼く見えた。
「今だけ、良いですか……」
エーファもまたマンフレットの胸に顔を埋めると瞳を伏せる。彼の温もりと心音が心地よく、日々の疲労感も手伝い深い眠りに落ちていった。
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