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第一章:キハラ トキアキ

第六話

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「トキ様、これはどうしますか。」

「んー?どれ」

「隣国のお嬢さんからの面会申請です。何でも此方の生まれの子供達を保護しているそうで。」
 
「何か訳ありなのか?」

俺はどうした訳か、中途採用先を見つけたようだ。あらぬところに面接官がいた様で。

それは、
たまたま散歩をしていた道中だった。

うんうんと悩みあぐねいている人が居て。
その人には見覚えがあった。

「どうしたの?」

聞けば、エルの事だった。
いや、その言い方は良くない。
現大統領についての悩みだった。

「大統領に面会があるんですが、それがその…」

「ん?」

ようやっと話してくれた話を要約すると。
国家のために必要な人物ではあるが、その面会人を大統領は心底嫌いらしく。
毎度毎度、その人をすっ飛ばすか。
秘書を伝言役にして用事を済ませて来たのだと。

そうすると、遂に。
面会人がゴネ出したらしい。

ー大統領は僕が嫌いなんだーと、言いふらしている。

それを当の大統領は放置しているらしい。
だが、彼の秘書として働くユディール君からすれば大問題だ。

何せ主人が。
ひいては国のトップが人を好き嫌いなんかで贔屓している、なんて言われてみろ。
火の粉はあちこちに飛ぶんだぞ。

着いてもいない尾鰭や背鰭や髭なんかが面白おかしく着いてくるのを俺は知ってる。

そう言うのはなあ。
放っておくとマズいんだぞ‼︎

「その問題屋さんは、一体どういう人なの?」

「え、いいんですかトキさん!?」

「良いよ。俺、実は暇してるんだ。」

巻き込んですみません、と頭を下げてくれたユディール君はただの人間だった。
人と獣と獣人の中で、実は一番割合が少ない。

「人のよしみだから。」

そうして、俺とユディール君のロードマップが始まった。

さて、その問題児さん。
名前をラドミエスタさんというらしい。

実は少々個性的で、何というか。
ユディール君曰く、派手な伝言役なのだそう。

家督を継いだばかりという彼は、他に後継者が居ないのを良いことにその地位に胡座を掻いているのだという。
だが、プライドは人一倍。
更に、継いだ権力も人一倍だ。

彼の父上はそれはもう切れ者で。
何故あんな息子が育つのかと手を焼いているらしい。

しかし、自分もいい歳でそろそろ引退に備えたい。大統領の立派な支えとなるような後継を育てたかったのだが。現状こうだ。

何でもかんでも、感情の赴くままに言いふらす。
そんな奴に誰が国の大事な話をするというのか。
派手な伝言役には伝言役らしく、封書でも運ばせろというのがエルの判断だ。

別に国の話に限る訳ではない。
ただ、口が軽いやつは信用できないだろ普通。

俺だってそう思うわ。

しかもそういう奴は一定数いる。
かく言う俺も、昔。そんな後輩がいた。

そいつはあっという間に俺のアレやコレやを言いふらしていった。
他愛ない世間話、場を和ませようとして言った冗談までが、おばさま連中の井戸端会議並の速さで駆け巡っていった。

「それで、どうしたら良いんですか。」

ユディール君が困り果てている。

「そう言う時はだなあ。」

ーーー脅してそそのかすんだよ。


俺史上上位に食い込む悪い顔で、俺はユディール君に話して聞かせた。

それが、功を奏したらしい。
おれはユディール君の推薦と、大統領の口添えであっという間に秘書室に勤めることになった。

勿論。苦戦した。
耳で覚えられるものは良い。
メモを取れば良いんだから。
ただ、俺は此処では異世界人だ。

国が絡む書類は一々文字が小難しくて読めないし、書けもしない。
しかも意味がわからない。
今でこそ日本人は‘’未曾有‘’と言う文字が読めるかと思われるが。
それまではそんな文字。
読めもしなけりゃ、意味も知らなかった。

因みに、みぞうと読む。
意味は、今まで起きた事がない、とか。
そんな意味だったかな。
違ったら、すまん。

「トキ君、こっち終わりそうだけど。
そっち手伝おうか?」

ユディール君がそう聞いてくる。

「ああ、ありがとう。大丈夫だよ。」

あれから、問題児さんは更生したらしい。
俺のおかげだな。
大統領が関わる話でなければ褒められた手ではないだろうが、俺はその通り彼を脅すことをお勧めした。

口は災いの元だろ?
井戸端会議で一々目鯨を立てたりはしない。
だが、大統領やその職員・家族にに関わる話を何処ぞでペラペラ喋りたいなら、こっちにも考えがある。

そう脅させた。

用意するのは封筒2枚。
中に便箋2枚と小さな鈴を入れて、一つは彼の父親に。一つは大統領の執務室に。
蜜蝋で蓋をしたそれをスッと渡す。

そちらが約束を守れば、こちらもその様に。
お互い要らぬ秘密をばら撒いて、身を滅ぼしたくはないだろうと言えばいい。

エルは俺が言うのも何だが。
かっこいい、渋い男だ。
百戦錬磨の猛者のような雰囲気を出している。
流石だ。

ああ、勿論。
中の便箋は真っさらだ。何も書いてない。
ただ、彼の父親には協力を仰いだ。

真っさらの便箋を後生大事に金庫にしまってくれと、頼んでおいた。
にこっと笑って引き受けてくれたそうだ。
流石切れ者のパパ。

鈴は持ち出し防止だ。

人間相手になら分かりずらいが、ここは獣人と亜人が多い国。彼らの耳を誤魔化せるものなど居ない。

そもそも持ち出した所で意味はない。
真っさらなんだから。
しかも、封書はもう一つある。

彼に、この大統領執務室へ忍び込む度胸はあるかな?もし有ったら、刑務所行き確定だ。

「そうだ、トキ君。」

「はい?」

「まだ大統領と番ってないって本当?」

俺は持っていたバインダーとペンを床に落とした。それは今、俺に一番言ってはいけない一言だった。
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