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番外編

番外編 空きっ腹に飯3

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やがて警察学校を卒業し、交番勤務を幾つかこなしていく中で、ひとつ転機があった。

「次の転属先、決めたか?」

数々の過酷な訓練をこなした猛者ですら、行きたく無い勤務地がある。

「俺達みたいな学舎上がりは馬鹿にされるんだよ。」

「交番で突っ立ってるだけの税金食い、つってな。」

先輩方は口々にうんざりして愚痴っていた。
ダメだ。腹が減って眠れない、とケチケチ小銭を出し合って夜食を合作した同僚達も、各地で似た様な目に遭っているらしい。

だが、転属希望先は毎年提出する仕組みになっている。
第三者候補までをこの掌サイズの紙切れに書く。

「じゃあ、俺が行く。」

「嘘だろ、」

「やめとけ、!」

毎年、希望なしと書いていた所に、初めて希望を書いてみた。

「おいマジかよ、絶対通るぞコレぇっ、」

勤務地は粗方希望通りに行く。
大体が実家や住まいの近くを選びたがるから、恐らく。この希望は通る。
俺みたいに単身で何処へでも行く奴は少ない。

「お前、ほんっとストイックだよなぁ。」

「骨は拾ってやる。何時でも帰って来いよな‼︎」

筋肉と愚直で出来た同僚達は何時も、温かい。
笑ってその年の冬を越した後、また俺の世界ぎ変わった。

「正直者が馬鹿を見る、という所ですか。」

「そうそうよく知ってるね君。因みにもうひとつ良い言葉を教えてあげよう。長い物には巻かれろ、だよ。学舎上がりの君では少し難しかったかなぁ?」

「いいえ。勉強になります警部補。」

俺達ノンキャリアが8年、難関の昇進試験をクリアした先に見える警部補の席は、キャリア組からすれば只のスタートライン。俺より歳下で、俺達のあの鬼教官より更に格下。

なのに俺達の先を行き、俺達を馬車馬の様に扱える。
振りかざされる権利が、かつての俺を思い出させた。

腹、減った。

正直、ここ最近の記憶が無い。
馬鹿に俺の耳を貸す事、馬鹿に付き合って罰を受ける事は、それ自体が全て無駄だと知っている。

最初の馬鹿に感謝しなきゃな。
あの絶縁状、額縁にでも入れようか。
墓穴を他人に塞がせる馬鹿を真っ当に唆し、突き落とす。

傍目に見れば、愚直な男が周りの手を借り正義を勝ち取った様に見えただろう。

「ふぅ。」

正直者はどこにでも存在して、手を借りるとなれば。
愚直ばかりを集める必要は無く、綺麗事大好きな甘ちゃんでも、世渡り上手な二枚舌でも良いんだ。
その場その時に、より多くの正直者を集める事が勝利の鍵だ。

だがここでひとつ問題が浮上した。
今回も、前回も、これまでも俺の味方を増やしてくれたのは俺じゃ無い。

「さぁて、どうしようか。」

こんなラッキーそう何度もあるとは思えない。


ーーー

「どうするコールマン。交番上がりには此処らが潮時だ。」

時期警察庁長官候補、と言われる様になった頃。
コールマン家が所有する会社が軒並み傾き始めた。

「私はコールマン家とは絶縁関係にある。そんな事は無駄だ。」

新聞でもコールマンの倒産は報じられ、耳が早い貴族達は火の粉を避け、我先にと離れていく。
家族を脅され、社交界からも完璧に孤立した俺を候補者は笑った。
どうするお坊ちゃん、と自慢気に聞くので俺も答えてやった。

「ありがとう。」

正直者が馬鹿を見る、いいや違う。
正直者が馬鹿を見下して笑うのさ。

「はぁ!?何故だ!」

「正直、困ってたんだ。急に...」

「お前はやっぱり馬鹿なのか!?家が潰れて後ろ盾も援助も無いこの状況で"ありがとう!?"イカれてるなコールマン。」

ぎゃあぎゃあ笑う。
腹が捩れるほど面白いらしい。

「僕はお前宛の手紙を見たんだぞ!絶縁なんて嘘だろ、封蝋に家紋が入っていた。頻繁にやり取りしてたんだろう?見栄を張るな。」

昔、教官に聞いてみた。
人の話を聞かない思い上がりの強い阿呆には、どう対処したら良いのかと。

教官は言った。

「先ずは対話だ。それが無理ならぶん殴れ。そっから対話だ。それでも無理ならお前はもう相手をするな。他にすべき事があるだろう。」

俺もそう思います。

ーーーキンッ!

空気の中の水分が凍る音がする。
はぁ。やっと静かになった。

「俺は、魔法が苦手でまだ加減が上手く出来ないんだ。」

殴るからには何か棒を探さないとな。
部屋をぐるりと見回してそれらしい物といえば、箒の柄くらいしか無い。
まぁ、良いか。それで。

「だから、足先が壊死していたらすまない。」

「ヒッ、!」

「先に話す?嫌ならとりあえず殴って話す。どうする?」

「だ、誰かー助けて、」

「話さない?箒でも多分殴ればお前の足は氷と一緒に砕けるけど。それでもお前は、俺と会話する気無いの?」

この一件でひとつ誤解が生まれた。
俺が持っていた箒の柄が灰色で、何故か鉄パイプに見えたらしい。
凍ってたからかな。
鉄の男なんて二つ名が一人歩きし始めた。


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