三千世界・完全版

あごだしからあげ

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三千世界・竜乱(2)

前編 第二話

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 アリア氷山
 ホシヒメたちは氷山の辛うじて道と言える崖を歩いていた。かつて原初竜神アミシス・レリジャスが、水の都を作ったときの余波で生まれた、世にも珍しい連氷山である。
「ねえ、これほんとに辿り着くの?」
「大丈夫だ。幸い今の季節は天気が荒れにくい。それに、ここは死都エリファスに向かう物好きが開いた道だ。基本的に誰も寄り付かんが多少整備はされている」
 二人は連戦で疲弊した体を引き摺りながら、氷山を登る。道の横のチェーンに半分以上身を任せつつ登っていく内に広場に出た。広場にはいくつかのテントが張ってあった。
「ベースキャンプだな」
「もーへとへとだよ……」
「休むか」
 二人はテントに入り、入り口のファスナーを閉める。ホシヒメは置いてある寝袋を1つ取り、その上にノウンを寝かせる。
「どう、傷は」
 ホシヒメが微笑みながらノウンに話しかける。
「傷は塞がってるけど、骨がまだ繋がってないみたい」
「私の代わりに斬られたときはどうなることかと思ったよ」
 ノウンはそれを見てはにかむ。
「こういう時には竜神種であることのありがたさがわかるな」
 ゼルが呟く。
「どゆこと?」
「粉砕されない限りはすぐ治るってことだよ」
「せやねぇ~ウチもそう思うわぁ」
「うんうん、竜神の体って便利……ってええ!?」
 二人は飛び上がる。ノウンのすぐ横に、ルクレツィアが座っていた。
「てめえ、何しに来た!」
「ふわぁ……何って、ホシヒメたちと旅する以外にあるん思うてるん?」
「は……?」
 ゼルもホシヒメもポカンとしていた。
「アルマから仕事を取り下げってもらって、すぐここまで来たんよ。ウチにとって、竜神とか竜王とかどうでもええ。ただ強いやつを切りたいだけなんや。さっき戦ったとき、ホシヒメ、アンタには可能性を感じた。強くなったら誰も追い付かないほどに、アンタは強くなるはずや。でも強く育つ前に殺されたらアカンから、ウチもついていこう思うてな」
 ルクレツィアはあぐらを掻いた。
「どうする、ホシヒメ……」
「まあいいんじゃない?私は旅は大勢の方が楽しいと思うから」
「今一信用ならんが……貴重な戦力であることに変わりはないか」
「よろしくね、ルクレツィア!」
 ホシヒメがルクレツィアの手を握る。
「おおきに。よろしゅうな、ホシヒメ」
「ノウンが回復したらすぐ出るから、そのつもりでね!」
「了解。じゃ、ウチは寝る」
 ルクレツィアは寝転がった。ホシヒメとゼルは顔を見合わせる。
「ねえゼル。レリジャスってところに行ってどうするの?」
「水都竜神は温和なことで知られている。事情をきちんと話せばわかってくれるかもしれない」
「でもさ、行政区に行くまでが危険じゃない?」
「それなら大丈夫やで」
 ルクレツィアが起きる。
「大丈夫って、どゆこと?」
「ほれ、これを見てみ」
「何これ」
「就労手形やろ。そんなんも知らんとか、ほんまに箱入り娘なんやなあ。これは就労手形の中でも最高位の、特形のものや。アルメール以外じゃ捕まらん」
 ルクレツィアがカードをホシヒメに投げる。
「アンタに渡しとくわ」
「ありがと、ルクレツィア」
 またルクレツィアは寝転がった。
「それじゃあ私たちも休もっか」
「そうだな」

 27分後
 ノウンがもぞもぞと動く。その音で、テントの入り口で箱にもたれかかっていたホシヒメは目を覚ます。
「ノウン、大丈夫?」
「うん、もう動けるよ」
「ルクレツィアが仲間になってくれたんだよ」
「聞こえてたよ」
「よし、じゃ行こっか。二人とも、起きて~」

 テントの外へ出ると、空は晴れ渡っていた。氷に照りつける日光が反射して一瞬視界が眩む。
「こっちだ」
 ゼルが先頭に立ち、三人がそれに従う。下山していくと、次第に氷は無くなり、土と森が広がっていた。森の中を貫通する交商道を通っていくと、石造りの巨大な門と、武装した竜王種が何匹か居た。
「これを見せればいいよね」
「せや」
 一行は門に近付き、守衛と思しき竜王種に就労手形を見せようとする。すると、
「ホシヒメ様でございますね」
 と、後ろで声がした。
 一行が振り返ると、そこには黒と金のコートを着た男が立っていた。
「チッ」
 ルクレツィアは舌打ちする。男はルクレツィアをちらりと見た後、ホシヒメに目線を戻す。
「私はメルギウスと申します。帝都竜神アルメール様の命により、あなた様をサポートしに来ました」
 メルギウスは妙に鼻につく下手な演技で、仰々しく礼をする。
「はぁ……?」
「一先ずは水の都へ入りましょうか」
 舞踏会へ出るかのように優しくホシヒメの手を取り、メルギウスは進む。
「単純に苦手だな、ああいうやつは」
「僕も」
「ウチも」

 水の都・ブリューナク
「ようこそ水の都、ブリューナクへ!」
 奥に見える巨大な湖を中心として水路が血管のように街中を巡っている。
「ちょっと待て、ここはレリジャスだろ」
 ゼルが不機嫌そうに問う。
「先刻の事件が起こる前までね」
「事件?」
 ルクレツィア以外の三人が声を合わせる。
「行政区上空に巨大な氷塊が出現し、そこでアミシス様と三つ首の竜が戦ったのです。アミシス様は戦死、代わりに竜王種のブリューナク様が初の都竜王として就任なされました」
 ルクレツィアはやれやれと首を振った後、そっぽを向く。ゼルが続ける。
「三つ首の竜って何だ」
「私も詳しくは知りませんのでね。何分、アミシス様の戦死も、ヤズ様の戦死も、合わせて半日も経っていませんし」
「ブリューナクってどんなやつだ」
「会った方が早いと思いますが、一言で言うなら、そう、エスノセントリズムの塊とでも言いましょうか」
 メルギウスは再びホシヒメの手を取り、奥の大きな建物へ歩き始めた。

 ブリューナク・行政区
 巨大な湖の中に佇む西洋の城のような行政区は、右半分が崩壊し、巨大な氷片がいくつも突き刺さっていた。
「ひどいな」
 ゼルが呟く。
「まあ、レリジャスと対等に戦えるやつともなればこれくらいお手のもんやろなあ」
 ルクレツィアは日光の反射を鬱陶しそうにしている。一行は、行政区の門を開ける。話が既に通っているのだろう、メルギウスは顔パスで進んでいき、区内左側にあるエレベーターで最上階へ向かった。最上階も半壊しており、眩しい陽の光と程好い冷気が流れてきた。メルギウスは少し進んだところにある扉を押し開く。その部屋には、青と白の体色の竜王種が居た。メルギウスは身を退くと、ホシヒメを前へと促した。
「お前がホシヒメだな」
「え、えと、まあ……はい」
 竜王種の放つ気配にホシヒメが気圧されていると、竜王種は椅子から立ち上がる。
「俺はブリューナク。この水の都の新首長だ」
 ブリューナクはホシヒメをまじまじと見つめる。
「仮に不意打ちだとしてもこんな小娘にヤズが倒せると思えんが……まあいい。竜王種に貢献したのは事実だ。今回お前をここまでその男を使って来させたのはアルメール様から渡すよう仰せつかった書状があるからだ」
 そう言ってブリューナクは一枚の手紙を投げて寄越す。
「あのー、これは?」
「アルメール様がアルマと話し、お作りになられたものだ。各都竜神、都竜王より恩赦の詔を受けることで、お前を無罪にするというアルメール様の御慈悲だ。当然だが、アルマとアルメール様からも受けねばならん。期限は一週間、出来ねばお前は竜神側から処断されるだろう。わかったらさっさと行け」
 一方的に話終えると、ブリューナクは椅子に座り直し、窓枠に切り取られた景色を眺めている。ホシヒメたちはそそくさとその部屋から出て、もと来た道を辿って外へ出た。そして顔を見合わせる。
「なんかさあ、おかしくない?」
 ホシヒメが問う。
「起きたばっかりの事件でここまで対処が早いだなんて、絶対おかしいよ」
 ゼルが引き取る。
「お前もそう思うか、ホシヒメ。例え原初竜神が竜神種の皇女に殺害されたという事件であっても、アルマのように声明を出すならともかく、法的なプロセスをこの短時間で、竜王種側の原初竜神であるアルメールが踏めるとは思えん」
 ルクレツィアが続ける。
「わかってへんな、ゼル。これは竜王とか竜神とかそういう問題とちゃう。何を企んどるかは知らんけど、アルメールとアルマが結託しとるのは間違いない」
 ノウンが締める。
「とにかく、詔を集めていけばわかるんじゃないかな」
 ホシヒメは頷き、歩き出そうとすると、仰々しい動きでメルギウスが前へ出た。
「お待ちくださいホシヒメ様、こちらを」
「おー、世界地図じゃん!あんがとね」
「いえいえ、では私はこれで」
 メルギウスは凄まじく変なステップで去っていった。
「どうやっても仲良くはなれんな」
 ゼルが顔を引き攣らせる。
「ここからは……えーっと、ブロケード?ってところが近いのかな」
「そうだな。氷結界の封印箱っていうデカい遺跡を越えればすぐ火の都ブロケードだ」
「じゃ行こっか。一週間しかないし。二人は大丈夫?」
 ノウンとルクレツィアはかぶりを振る。
「おっけ、ブロケードにゴー!」
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