三千世界・完全版

あごだしからあげ

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三千世界・竜乱(2)

後編 第十五話

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 アケリア交商道
「ここまで戻るのに、すごく時間がかかっちゃったね」
 森の前に立ち、ホシヒメは呟く。
「何のために恩赦を目指してたか良くわかんなくなっちゃったけどね」
 ノウンが続く。
「俺たちをここに誘う声……一体何者なんだ」
 ゼルが頭を捻る。
「なんや、今さら何が起きても驚かんやろ」
「ともかくよ、森の中であの黒いやつに会う方がめんどくせえ。早く行こうぜ」
 ルクレツィアとネロは二人で先に進んでいく。三人もそれに続く。

 竜神の都
 森を抜け、門を潜ると、そこには竜王種と竜神種の死体が無造作に転がっていた。しかし、それらがプレタモリオン化している様子はなく、単純に事切れていた。
「息はない……ここだけあの黒い霧が来とらんっちゅうことか?」
 ルクレツィアが手近な死体を検める。と同時に、気配を感じて刀を抜く。その目の前に、穏やかな表情をした少年が立っていた。少年は淡く微笑む。
「お初にお目にかかります、皇女。僕はアタルヴァ」
 ホシヒメは礼をする少年をまじまじと見つめる。
「君が、私の頭に話しかけてきた声だよね」
「その通りです。王龍ボーラスの力をその右腕に宿した貴方は、私たち、四聖典の呼び掛けを聞くことができた。ゼロに負けてすぐの貴方にはノイズにしか聞こえなかったでしょうが、今や貴方はこの世の原初竜神の力を全てその右腕に宿している」
「それで君は、何のために私をここに呼んだの?」
「原初竜神、ヤズがこの瘴気を受けて復活しています」
「……ッ!?」
 ホシヒメは目を見開き、硬直する。
「エウレカで貴方たちが見てきたように、生命力の解放のしかたを知らない一般の方々はあの醜悪な怪物……プレタモリオンへと変貌します。ですが、エウレカの竜神であるクオンはそうではなかった。自我は失いながらも、プレタモリオンとはならず、そのまま身体能力がパワーアップしていた。あの瘴気―――E-ウィルスは打ち克つものに力を与える。では完全にウィルスに勝利したならどうなるのか?それがこの先に座す竜が教えてくれます」
「おばあちゃんと戦えって言うの」
 ホシヒメはこれ以上なく真剣な眼差しだった。
「貴方が救ってやらぬなら、恐らくゼロが己の力としてしまうでしょうね」
「ゼロ君が?」
「ゼロ……彼は今、各地の都竜神、都竜王を己の力とすべく次々と打ち倒している。戦意を失い、瘴気に飲まれたアルマ以外の全ての都竜神と都竜王を糧としました。彼が倒すべき相手としているのは、貴方だけ。それ以外は糧でしかない」
「それはつまり……どう転んでも私はおばあちゃんか、おばあちゃんの残した力と戦う必要があるってこと」
「ええ。既に彼は、アカツキ単体でも、パーシュパタと組もうが、彼女らが勝てる要素は無いほどに力を蓄えている。今のままでは、その右腕の一撃すら容易に凌がれてしまう」
「……。わかった。おばあちゃんと、いや、原初竜神ヤズと戦う。みんな、私一人で戦わせてくれないかな」
 周りの四人は、既にわかっていたことのように頷く。
「うん、ありがとう。アタルヴァ君。連れていってくれるかな」
 アタルヴァはにこやかな表情を崩さず、踵を返して歩き始める。

 竜神の都・創生の社
 長い階段を登っていく内、一行は激しい闘気の波を感じ始める。社の前には、神々しい輝きが溢れ返っている。階段を上りきると、それは現れた。
 白かった体は真っ黒に染まり、迸っていた青い光は紫色に変わっている、原初竜神・ヤズである。
「ホシヒメか……」
 ヤズはゆっくりと目を開き、その赤い双眸を表す。
「おばあちゃん……!」
「辛く苦しい旅路だったろう。だが、それはまだここでは終わらない。なぜなら、私はお前が笑っている未来を視たから」
「わかってる。だからおばあちゃん。今度こそ……ちゃんとおやすみタイムに入んないとね」
「そう簡単にやられてあげるつもりはない。お互い、手加減なしで行こうじゃないか」
「オーケー」
 アタルヴァたちは脇に逸れ、ヤズが巨大な右前足を振る。ホシヒメは右腕で受け止め、そのまま弾き飛ばす。口から吐き出された青い闘気の熱線が脇を掠め、彼方の森を焼き尽くす。空中へ飛んだホシヒメはライダーキックの要領で飛んでいくが、ヤズの背から生えた無数の触手から放たれた光に遮られ、尾の一撃で吹き飛ばされる。間髪入れず、ヤズはホシヒメの周りに魔法陣を作り出し、退路を塞ぐように光線を放つ。しかしホシヒメは、右腕で一つの魔法陣を掴むと、それをグルグルと振り回して自分を取り囲む魔法陣を全て粉砕し、ヤズに投げつける。ヤズは背中に隠されていた翼腕を展開し、飛んできた魔法陣を握り潰す。ヤズは更に巨大な魔法陣を手元に展開し、二振りの大剣を翼腕に構える。そして吼え、ホシヒメの周りに開いた魔法陣から無数の棘を放つ。高速で駆け抜けるホシヒメには一つも当たらないが、その逃げ道が正確に管理されており、先回りした大剣の振り下ろしがホシヒメの目と鼻の先に突き刺さり、ホシヒメもそれを予測してすぐに右腕で大剣を奪い取る。身の丈の八倍はあろうかという大剣を、ヤズの持つもう片方の大剣と打ち合いつつ振り回す。ヤズは力を込め、叩きつけたと同時に互いの大剣を粉々にする。
「流石はホシヒメ。この程度では消耗すらしないとはねえ」
「へへ……おばあちゃんこそ。実は六本足だったなんて、知らなかったよ」
「ふふ、アカツキにはどうしても負けなければならぬ理由があったのでね」
「そうだね……確かに、おばあちゃんがアカツキに負けて殺されなきゃ、何も始まらなかった」
「物語の一区切りまで、あと少しと言うことさ!」
 ヤズは翼を広げ、空中へ飛び立つ。そして上空から、無数の光線を放つ。それを躱しながら、竜化する。
「烈火!」
 爆炎が光線と触れ合い、大爆発する。その煙の中から両者共に高速で脱出し、互いに無数の光線、光の剣で撃ち合う。急接近したホシヒメが体当たりをするが、それはあり得ない方向に跳ね返され、動転したところにヤズの前足の一撃が直撃する。
「(やっぱり、反動で後ろに跳ね返されるとかじゃない!反動以上のパワーで、体そのものが衝撃を返してくるような……!)」
 ホシヒメは直ぐに竜化を解き、自分の腹にめり込んでいたヤズの前足に飛び乗り、自分の右腕を渾身の力で叩き込む。が、弾かれ、ヤズに地面に叩きつけられる。ヤズが続けて放った極大の光線がホシヒメに当たる寸前、ホシヒメは起き上がる。光線はなぜか地面で炸裂せず、ホシヒメの眼前で止まっているようにヤズからは見える。
「もっと、全力で相手にぶつかっていかなきゃダメだよね!」
 その声と共に、光線は巨大な闘気の嵐に押し返されていく。
「これは……!」
 光線がどんどん押し返されていく毎に、その闘気の姿が露になっていく。ドリル状の闘気がホシヒメの右腕に纏わりついて高速回転している。
「どんな困難だって一発逆転!行くぜ超速トルネード!ぶち抜けマジドリル!せーのっ、〈ギガマキシマムドライバー〉!」
 どんどん回転率が上昇し、視界を覆い尽くすほどの光に変わっていく。ヤズも光線に力を足していくが、ホシヒメの勢いは止まらない。
「はああああああッ!」
 渦巻く闘気は正真正銘の光へ変わり、ヤズの光線を貫き、更にはその装甲を貫く。射抜かれたヤズは落下し、ホシヒメも着地する。
「勝負あり、だね」
「お見事、ホシヒメ。これで安心してお前の力になれるよ」
「え、どういうこと?」
「その右腕の最後のピース、それが私さ。ゼロに頼んで鱗を先に渡してもらっていたが」
「なるほどー!」
 ヤズが前足を伸ばし、その薬指をホシヒメが握り締める。
「どんな困難が立ち塞がろうが……ホシヒメ、お前は未来を切り開ける。気張るんだよ」
「うん!頑張る!」
 ヤズが光となって消え、右腕は普段のヤズと同じように白地に青い光を放つ造形へ変わった。
「力が漲るよ、私」
 ホシヒメはゼルたちへ向き直る。
「さあ行こう、大灯台へ」
 アタルヴァがゆっくりと離れていく。
「アタルヴァ君、君はどこに行くの?」
「僕はもうやることがない。この世界の残りの歴史を刻み、去るだけです」
 そう言うと、アタルヴァは消えた。
「よくわからんやつだ」
 ゼルが腕を組む。
「まあホシヒメに力をくれたんだろ。願ってもねえ戦力アップだぜ」
「大灯台は封印箱のとこやから、結構遠いで。ぼちぼち行こか」
 ルクレツィアとネロの間で、ノウンが地図を開く。
「結局、戦火の沼を通るのが一番だね。生きてる人がその……プレタモリオン?になってるっぽいから。それにしても、たった一週間で世界を二周するなんてね」
 ノウンのその言葉に、ホシヒメが笑う。
「もう迷うことなんてない……決着をつけよう!」
 一行は森の向こうに聳える大灯台へ歩き始めた。

 ???・終期次元領域
 アルメールが溜め息をつく。
「これで俺は騎士サマごっこまで暇というわけですか」
 狂竜王は頷く。
「その通りだ、ライオネル」
「ゴールデン・エイジの計画はまだ先ですよねえ。ロマノフやユウェルの調子は?」
 と、そこに黒いローブを来た竜人が現れる。
「我の話をしているのか」
「そうだ、君の話をしていたんだよ。アレクセイ・ミイハロヴィチ・ロマノフ」
 アレクセイは眉をひそめる。
「ライオネル、汝は虚言の魔術師。狂竜王に対する信仰が足りぬようだが」
 懐から歪な銃を取り出し、アルメールへ向ける。
「おやおや、穏やかじゃないなあ。アレクセイ、嘘は大人の特権だぜ?正直すぎるんだよ、君は。我らが王、アルヴァナは不完全でか弱い人間が生み出す神《ゴミ》と違って、信仰など要らない」
「だが我ら竜の体を満たす純シフルの性質、知らぬわけではあるまい」
「もちろん。だが、何も俺たちはやつのように闘気を、天使の力を―――メギド・アークを使いたいわけではないだろ?俺たちは皇女やゼロ、バロンやレイヴンを我らが王を貫くほどの牙へと研ぎ上げるための砥石に過ぎない」
「同意見だ」
 アレクセイが放った弾は、不自然な軌道でアルメールの脳髄を狙う。それは当たる寸前で炎の細剣に滅多刺しにされて砕ける。
「これだから魔弾と邪眼の混合は嫌いなんだ。ノールックで殺しにかかるな」
「話が逸れた」
 アレクセイはアルメールから視線を外し、狂竜王へ向き直る。
「聖上。未だドボエ=ベリエ・アベロエスが目覚める様子はありませぬ。ロータ・コルンツの魂の内部にラータ・コルンツが封印されたままというのが関係していると思われますが」
「事を急く必要はない。一度目の浄化が行わなければ、世界に綻びを与えることはできない。我々が直接導くのではなく、彼らに世界を壊し進むだけの力が無ければ、始源世界まで来る意味などない」
「はっ。では引き続き、ベリエの監視に戻ります」
 アレクセイはアルメールをちらりと見る。
「我は汝が常に、聖上のために戦ってくれることを願う」
 それだけ言うと踵を返し、去っていった。
「やれやれ、面倒な男だ。バロンを尊敬しているだけあって、相当な堅物ですね。ゼロを思い出す」
「アルメール、そなたは暫し休むがよい」
「はっ、御心のままに」
 アルメールは礼をしたまま、背後の闇に消えた。狂竜王は座り直し、退屈で寝たエメルを起こす。
「エメル、もう竜の戦いは終わる。最後まで見よ」
「仕方ないですねー……どのみち退屈であることは変わりませんし」
 二人が見上げる天球儀は、大灯台を映していた。
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