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リンドブルグ編
6-19
カイル様と休戦を結んだ次の日の夜。
月明りだけが船上を照らす中、俺――シグルドは、甲板で一人剣を振るっていた。
「ふっ! ふっ!」
中段の構えから大きく振りかぶり、振り下ろして止める。
それを何度も何度も。何百回も繰り返す。
騎士を辞めてからも日課となっているこの素振りは、身体の鍛錬だけを目的としているわけではなく、精神統一の意味合いもあった。
「……ふぅ」
振り下ろした状態で剣を止めて、目を閉じる。
もうどれくらいの間こうしていただろうか。
身体は汗ばみ、剣を振るい続けた腕はわずかに張っていた。
しかし、それだけ素振りに没頭していたというのに。
「……何を考えているんだ、俺は」
心の迷いは一向に晴れなかった。
今俺がやるべきことは分かり切っている。
王宮秘密調査室の一員として与えられた任務を遂行すること、それだけだ。
他の人員がいなくなった今の状況下では、俺一人の働きが今まで以上に重要になるだろう。
別のことを考えて気もそぞろになっている場合ではない。
目の前のことだけに集中すべきだ。
それは重々分かっている。分かってはいるのだが――
「……俺ごときがあの方に想いを寄せるなど、あってはならない」
何気ない日常で、気が付けば視界に踊る銀髪を目で追ってしまう。
凍てついた湖面のような、儚く美しい青い瞳に魅入られてしまう。
あの方が俺を男として見ることなど決してないと、分かり切っているのに。
それでもあの方の気持ちが、少しでも俺に向いてほしいと。
ありもしない馬鹿なことを願ってしまう。
「……救い難い愚か者だな、俺は」
スカーレット様とジュリアス様が互いに想い合っていることなど、最早誰が見ても一目瞭然だ。
家柄、容姿、能力。
すべてにおいて完璧なジュリアス様と、同じように非の打ち所がないスカーレット様は、これ以上なくお似合いのお二人だろう。
そこに俺が入っていく余地などあろうはずもなければ、そんなことを少しでも考えてしまうこと自体が不敬極まりない。
「俺は一振りの剣だ。剣が何を思い悩む? 主のために道を切り開くのが、剣である俺の役目だろう?」
目を開いた俺は、心の迷いを晴らすために再び剣を振り上げて――
「――美しくないな」
「……っ!」
突然背後から聞こえてきた男の声に振り返る。
そこには黒ずくめの僧衣を着た元異端審問官の男――アヴェリンが立っていた。
俺としたことが、背後に立たれているのにまったく気配に気付かないとは。
一体どこまでも気が抜けているんだ……!
「……何の用だ」
剣を構えながら問いかけた。
アヴェリンは額に手を当て、やれやれと言わんばかりに頭を左右に振る。
「美しい男が美しくない剣を振るう。なんともったいない。美への冒涜ですよこれは」
「何を言って――!?」
言いかけた瞬間、突然アヴェリンが腰に下げていた剣を抜いて切りかかってきた。
「貴様……っ」
咄嗟に剣身で受け止める。
不意打ちされて驚く俺に、アヴェリンは低い声で囁いた。
「――私ならば迷わない。信じる者のために剣を振るうことを」
何も知らない癖に知ったような口を……!
力を込めて相手の剣を押し返す。
俺の気合に押されるように、アヴェリンは後ろへと距離を取った。
「貴様に俺の何が分かる!」
態勢が崩れている相手にすかさず距離を詰めて、上段から一気に剣を振り下ろす。
殺すつもりはなかった。
この剣は鍛錬用の物で刃は削ってあるし、柄を握り込む力も加減をしている。
たとえ当たったとしても致命傷にはなりえない。
しかし、そんな俺の慢心をアヴェリンは見抜いていたのだろう。
「言ったはずですよ」
「!?」
振り下ろした俺の剣身に、アヴェリンは斜め下から剣を当てて外側に受け流してきた。
そしてそのままぐるんと、円を描くように俺の剣を巻き込んで、上方へと跳ね上げてくる。
加減していたため柄の握りが甘かった俺の剣は、流れるように流麗なアヴェリンの巻き技によって、空へと放り投げられた。
「――貴方の剣は、美しくないと」
武器を失って無防備になった俺に、アヴェリンが剣を振り下ろそうとしてくる。
実戦ではまず決まらない、型の稽古でしか使われないような技を見事に決められた俺は、一瞬呆気に取られた。
しかしアヴェリンが剣を振るうよりも早く。
俺の身体は無意識に反撃を繰り出した。
「ふっ!」
アヴェリンの腹に前蹴りを繰り出す。
まともに蹴りを喰らったアヴェリンは、二メートル程後ろに吹っ飛ぶも、倒れずにその場に踏み留まった。
その間に俺は上空から振ってきた自分の剣を掴み、構え直す。
そんな俺の姿を見て、アヴェリンは呆れたように肩をすくめた。
「剣を手放し蹴りに頼るとは。まったくどこまでも見苦しい男ですね、貴方は」
……俺はこの男の事を甘く見ていた。
ふざけた振る舞いに反して、先程の技は正に剣の達人のそれだった。
「もう油断はしない」
休戦を破り不意打ちを仕掛けてくるような者を、このままのさばらせておくものか。
皆に害を及ぼす前に、俺がここで止める……!
「……何のつもりだ?」
しかし俺の気合を他所に、アヴェリンは持っていた剣をその場に放り投げた。
「このようなただの鉄の塊は美しい私が振るう剣ではない。それだけのことです」
困惑する俺にアヴェリンは背を向け、この場から去ろうとする。
「待て! 逃げる気か!」
「――最後の一撃」
立ち止まったアヴェリンが、顔だけ俺に振り返って言った。
「美しくはなかったが、悪くはなかった。そうやって迷い足掻き続けるのがお似合いですよ。貴方のような不器用な男には」
「……教えでも授けているつもりか?」
「フッ。私はただ、あるがままの真実を語っているだけです。それでは良い夜を」
眉を顰める俺をその場に残し、アヴェリンは階段を下りて行った。
「何だったのだ、あの男は……」
ため息をつく。
迷いを晴らすために素振りをしていたのに、余計に考えることが増えてしまった。
「また素振りをやり直すか……?」
そんなことを考えていると、ジュリアス様が階段を上がって甲板に出てきた。
抜き身の剣を持っている俺を見て、ジュリアス様は何かを察したのか目を細める。
「こんな時間まで鍛錬とはご立派なことだ。そういえば階段でアヴェリンとすれ違ったが、何かあったのか? お前によろしくと言っていたが」
「いえ、それが――」
今しがたアヴェリンに襲い掛かられたことを話すと、ジュリアス様は思案するようにご自分の顎に手を添えた。
「あのアヴェリンという男。聞いた話によると元はエルドランドの白麗神聖騎士団で団長を務めていたらしい」
「!?」
道理で腕が立つわけだ。
しかしあの性格で良く騎士団長が務まったものだとも思う。
狂信的にテレネッツァやパルミアを信じているという点では、確かに信仰心が強いエルドランドの人間らしくはあるが。
「だが信仰に迷いを覚えて退団し、その後パルミア教に鞍替えしたと聞いている。同じように騎士団の在り方に疑問を感じて退団したお前を見て、何か思うところがあったのかもしれんな」
「そうですか……」
確かにあの男の言動は妙だった。
俺に何かを問いかけて、答えを促しているかのようだった。
かつての自分の姿を俺に重ねていたのだろうか。
犯罪者に己が心のありようを諭されるとは、なんとも複雑な気持ちだ。
「それにしてもなぜアヴェリンは俺の身の上の話を知っていたのでしょうか」
「カイルから聞いた話によると、正体不明のとある商人から情報提供を受けていたらしい。特にここ最近様々な事件を解決に導いてきた王宮秘密調査室に関する情報は、機密事項以外はかなり最新の物まで筒抜けとなっていたようだ」
確かに王宮秘密調査室の影響力は最早、国内だけに留まらない。
元は王宮内の不正を暴くために設立された機関だが、常に帯同しているジュリアス様のご活躍により、その名は他国まで知れ渡っていると聞く。
だとしても、最近入ったばかりである俺の個人情報まで流れているとなると、それは噂話程度で流せることではない。
「もしやパリスタンに入り込んでいるという、他国の密偵から買った情報でしょうか」
「おそらくはな。ちなみに開拓地を脱走したやつらを陰ながら支援していたのも、新たな魔道具を与えたのも、その謎の商人とのことだ」
「その商人の名前や素性は……」
「明かすはずもなかろう。そもそも素性を詮索しないことがカイル達が援助を受けられる条件だったらしいからな。言葉のなまりからして、リンドブルグの人間ではないかということだが、真相は分からん」
そう言った後、ジュリアス様は気だるそうに髪をかき上げた。
「しかしあの元異端審問官共。こちらが捕まえないと分かって随分と好き勝手に行動しているようだな」
「まさかもう一人の女もなにか問題を?」
「問題という程のことではないがな。あのイザベラとかいう女、ここに来る前に様子を見に行ったら船内の酒場で乗組員の連中と酒盛りをしていた。元々は国に雇われて私掠を働く海賊をやっていたようだから、海の男とは話が合うのかもしれんが」
服装といい気の強さといい、あまり他の国でも見かけない類の女だとは思っていたが、海賊というのなら頷ける。
しかし仮にも元異端審問官という教団の幹部に、よくも海賊などという犯罪者を迎えたものだ。
パルミア教……今思い返してもとんでもない教団だったな。
「まったく、余計なことはせずに部屋に引きこもっていてほしいものだ。ただでも我々には解決しないといけない問題が山積みとなっているというのに」
肩をすくめた後、ジュリアス様は背を向けて階段の方に歩いて行く。
「鍛錬はいいがあまり気を張りすぎるな。いざという時に護衛が疲労で動けなくては困るからな」
「はい――あの、ジュリアス様」
「なんだ」
あの男に感化されたわけではない。だが――
「……この剣に誓います。パリスタンに生きるすべての大切な者達を守るために。俺は自分の信じた正義を貫くと」
自分に言い聞かせるように放った言葉が、夜の海風に流されて空気に溶ける。
俺は不器用な男だ。
これからも立ち行かないことに迷い、心乱されることもあるだろう。
答えが見つからないことに、剣を振る手が鈍ることもあるかもしれない。
しかしたとえどんなに見苦しくとも。
最後まで足掻き続けて自らの信念を貫き通す。
それが俺の――シグルド・フォーグレイブの生き方だ。
「突然何を言い出すかと思えば」
フッと、ジュリアス様が微笑んだ。
「改めて言わずとも、お前のその愚直なまでの生真面目さこそを、私は買っているのだ。これからもその調子で頼むぞ――我が剣よ」
「はっ!」
結局心の迷いは晴れなかった。
いっそ、かなわない気持ちなど諦めた方がいいのかもしれない。
だが今は答えを出さないことを俺は選んだ。
迷いを抱えたまま、俺は進んでいくと決めたから。
何年後の話か、何十年後の話かは分からない。
いつか不器用に歩み続けたその道が。
俺に答えを示してくれるのだろう。
その時が来るまで、ただこの剣を振り続けよう。
「――俺が俺であるために」
月明りだけが船上を照らす中、俺――シグルドは、甲板で一人剣を振るっていた。
「ふっ! ふっ!」
中段の構えから大きく振りかぶり、振り下ろして止める。
それを何度も何度も。何百回も繰り返す。
騎士を辞めてからも日課となっているこの素振りは、身体の鍛錬だけを目的としているわけではなく、精神統一の意味合いもあった。
「……ふぅ」
振り下ろした状態で剣を止めて、目を閉じる。
もうどれくらいの間こうしていただろうか。
身体は汗ばみ、剣を振るい続けた腕はわずかに張っていた。
しかし、それだけ素振りに没頭していたというのに。
「……何を考えているんだ、俺は」
心の迷いは一向に晴れなかった。
今俺がやるべきことは分かり切っている。
王宮秘密調査室の一員として与えられた任務を遂行すること、それだけだ。
他の人員がいなくなった今の状況下では、俺一人の働きが今まで以上に重要になるだろう。
別のことを考えて気もそぞろになっている場合ではない。
目の前のことだけに集中すべきだ。
それは重々分かっている。分かってはいるのだが――
「……俺ごときがあの方に想いを寄せるなど、あってはならない」
何気ない日常で、気が付けば視界に踊る銀髪を目で追ってしまう。
凍てついた湖面のような、儚く美しい青い瞳に魅入られてしまう。
あの方が俺を男として見ることなど決してないと、分かり切っているのに。
それでもあの方の気持ちが、少しでも俺に向いてほしいと。
ありもしない馬鹿なことを願ってしまう。
「……救い難い愚か者だな、俺は」
スカーレット様とジュリアス様が互いに想い合っていることなど、最早誰が見ても一目瞭然だ。
家柄、容姿、能力。
すべてにおいて完璧なジュリアス様と、同じように非の打ち所がないスカーレット様は、これ以上なくお似合いのお二人だろう。
そこに俺が入っていく余地などあろうはずもなければ、そんなことを少しでも考えてしまうこと自体が不敬極まりない。
「俺は一振りの剣だ。剣が何を思い悩む? 主のために道を切り開くのが、剣である俺の役目だろう?」
目を開いた俺は、心の迷いを晴らすために再び剣を振り上げて――
「――美しくないな」
「……っ!」
突然背後から聞こえてきた男の声に振り返る。
そこには黒ずくめの僧衣を着た元異端審問官の男――アヴェリンが立っていた。
俺としたことが、背後に立たれているのにまったく気配に気付かないとは。
一体どこまでも気が抜けているんだ……!
「……何の用だ」
剣を構えながら問いかけた。
アヴェリンは額に手を当て、やれやれと言わんばかりに頭を左右に振る。
「美しい男が美しくない剣を振るう。なんともったいない。美への冒涜ですよこれは」
「何を言って――!?」
言いかけた瞬間、突然アヴェリンが腰に下げていた剣を抜いて切りかかってきた。
「貴様……っ」
咄嗟に剣身で受け止める。
不意打ちされて驚く俺に、アヴェリンは低い声で囁いた。
「――私ならば迷わない。信じる者のために剣を振るうことを」
何も知らない癖に知ったような口を……!
力を込めて相手の剣を押し返す。
俺の気合に押されるように、アヴェリンは後ろへと距離を取った。
「貴様に俺の何が分かる!」
態勢が崩れている相手にすかさず距離を詰めて、上段から一気に剣を振り下ろす。
殺すつもりはなかった。
この剣は鍛錬用の物で刃は削ってあるし、柄を握り込む力も加減をしている。
たとえ当たったとしても致命傷にはなりえない。
しかし、そんな俺の慢心をアヴェリンは見抜いていたのだろう。
「言ったはずですよ」
「!?」
振り下ろした俺の剣身に、アヴェリンは斜め下から剣を当てて外側に受け流してきた。
そしてそのままぐるんと、円を描くように俺の剣を巻き込んで、上方へと跳ね上げてくる。
加減していたため柄の握りが甘かった俺の剣は、流れるように流麗なアヴェリンの巻き技によって、空へと放り投げられた。
「――貴方の剣は、美しくないと」
武器を失って無防備になった俺に、アヴェリンが剣を振り下ろそうとしてくる。
実戦ではまず決まらない、型の稽古でしか使われないような技を見事に決められた俺は、一瞬呆気に取られた。
しかしアヴェリンが剣を振るうよりも早く。
俺の身体は無意識に反撃を繰り出した。
「ふっ!」
アヴェリンの腹に前蹴りを繰り出す。
まともに蹴りを喰らったアヴェリンは、二メートル程後ろに吹っ飛ぶも、倒れずにその場に踏み留まった。
その間に俺は上空から振ってきた自分の剣を掴み、構え直す。
そんな俺の姿を見て、アヴェリンは呆れたように肩をすくめた。
「剣を手放し蹴りに頼るとは。まったくどこまでも見苦しい男ですね、貴方は」
……俺はこの男の事を甘く見ていた。
ふざけた振る舞いに反して、先程の技は正に剣の達人のそれだった。
「もう油断はしない」
休戦を破り不意打ちを仕掛けてくるような者を、このままのさばらせておくものか。
皆に害を及ぼす前に、俺がここで止める……!
「……何のつもりだ?」
しかし俺の気合を他所に、アヴェリンは持っていた剣をその場に放り投げた。
「このようなただの鉄の塊は美しい私が振るう剣ではない。それだけのことです」
困惑する俺にアヴェリンは背を向け、この場から去ろうとする。
「待て! 逃げる気か!」
「――最後の一撃」
立ち止まったアヴェリンが、顔だけ俺に振り返って言った。
「美しくはなかったが、悪くはなかった。そうやって迷い足掻き続けるのがお似合いですよ。貴方のような不器用な男には」
「……教えでも授けているつもりか?」
「フッ。私はただ、あるがままの真実を語っているだけです。それでは良い夜を」
眉を顰める俺をその場に残し、アヴェリンは階段を下りて行った。
「何だったのだ、あの男は……」
ため息をつく。
迷いを晴らすために素振りをしていたのに、余計に考えることが増えてしまった。
「また素振りをやり直すか……?」
そんなことを考えていると、ジュリアス様が階段を上がって甲板に出てきた。
抜き身の剣を持っている俺を見て、ジュリアス様は何かを察したのか目を細める。
「こんな時間まで鍛錬とはご立派なことだ。そういえば階段でアヴェリンとすれ違ったが、何かあったのか? お前によろしくと言っていたが」
「いえ、それが――」
今しがたアヴェリンに襲い掛かられたことを話すと、ジュリアス様は思案するようにご自分の顎に手を添えた。
「あのアヴェリンという男。聞いた話によると元はエルドランドの白麗神聖騎士団で団長を務めていたらしい」
「!?」
道理で腕が立つわけだ。
しかしあの性格で良く騎士団長が務まったものだとも思う。
狂信的にテレネッツァやパルミアを信じているという点では、確かに信仰心が強いエルドランドの人間らしくはあるが。
「だが信仰に迷いを覚えて退団し、その後パルミア教に鞍替えしたと聞いている。同じように騎士団の在り方に疑問を感じて退団したお前を見て、何か思うところがあったのかもしれんな」
「そうですか……」
確かにあの男の言動は妙だった。
俺に何かを問いかけて、答えを促しているかのようだった。
かつての自分の姿を俺に重ねていたのだろうか。
犯罪者に己が心のありようを諭されるとは、なんとも複雑な気持ちだ。
「それにしてもなぜアヴェリンは俺の身の上の話を知っていたのでしょうか」
「カイルから聞いた話によると、正体不明のとある商人から情報提供を受けていたらしい。特にここ最近様々な事件を解決に導いてきた王宮秘密調査室に関する情報は、機密事項以外はかなり最新の物まで筒抜けとなっていたようだ」
確かに王宮秘密調査室の影響力は最早、国内だけに留まらない。
元は王宮内の不正を暴くために設立された機関だが、常に帯同しているジュリアス様のご活躍により、その名は他国まで知れ渡っていると聞く。
だとしても、最近入ったばかりである俺の個人情報まで流れているとなると、それは噂話程度で流せることではない。
「もしやパリスタンに入り込んでいるという、他国の密偵から買った情報でしょうか」
「おそらくはな。ちなみに開拓地を脱走したやつらを陰ながら支援していたのも、新たな魔道具を与えたのも、その謎の商人とのことだ」
「その商人の名前や素性は……」
「明かすはずもなかろう。そもそも素性を詮索しないことがカイル達が援助を受けられる条件だったらしいからな。言葉のなまりからして、リンドブルグの人間ではないかということだが、真相は分からん」
そう言った後、ジュリアス様は気だるそうに髪をかき上げた。
「しかしあの元異端審問官共。こちらが捕まえないと分かって随分と好き勝手に行動しているようだな」
「まさかもう一人の女もなにか問題を?」
「問題という程のことではないがな。あのイザベラとかいう女、ここに来る前に様子を見に行ったら船内の酒場で乗組員の連中と酒盛りをしていた。元々は国に雇われて私掠を働く海賊をやっていたようだから、海の男とは話が合うのかもしれんが」
服装といい気の強さといい、あまり他の国でも見かけない類の女だとは思っていたが、海賊というのなら頷ける。
しかし仮にも元異端審問官という教団の幹部に、よくも海賊などという犯罪者を迎えたものだ。
パルミア教……今思い返してもとんでもない教団だったな。
「まったく、余計なことはせずに部屋に引きこもっていてほしいものだ。ただでも我々には解決しないといけない問題が山積みとなっているというのに」
肩をすくめた後、ジュリアス様は背を向けて階段の方に歩いて行く。
「鍛錬はいいがあまり気を張りすぎるな。いざという時に護衛が疲労で動けなくては困るからな」
「はい――あの、ジュリアス様」
「なんだ」
あの男に感化されたわけではない。だが――
「……この剣に誓います。パリスタンに生きるすべての大切な者達を守るために。俺は自分の信じた正義を貫くと」
自分に言い聞かせるように放った言葉が、夜の海風に流されて空気に溶ける。
俺は不器用な男だ。
これからも立ち行かないことに迷い、心乱されることもあるだろう。
答えが見つからないことに、剣を振る手が鈍ることもあるかもしれない。
しかしたとえどんなに見苦しくとも。
最後まで足掻き続けて自らの信念を貫き通す。
それが俺の――シグルド・フォーグレイブの生き方だ。
「突然何を言い出すかと思えば」
フッと、ジュリアス様が微笑んだ。
「改めて言わずとも、お前のその愚直なまでの生真面目さこそを、私は買っているのだ。これからもその調子で頼むぞ――我が剣よ」
「はっ!」
結局心の迷いは晴れなかった。
いっそ、かなわない気持ちなど諦めた方がいいのかもしれない。
だが今は答えを出さないことを俺は選んだ。
迷いを抱えたまま、俺は進んでいくと決めたから。
何年後の話か、何十年後の話かは分からない。
いつか不器用に歩み続けたその道が。
俺に答えを示してくれるのだろう。
その時が来るまで、ただこの剣を振り続けよう。
「――俺が俺であるために」
感想
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