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12 エピローグ
しおりを挟む「やあ。よく来てくれたね。やっとちゃんと会うことが出来たよ、シャリエ伯爵令嬢。」
「ご機嫌麗しく存じます、王太子殿下。」
「本当に可愛らしい方ね。アンリ殿が隠したくなる気持ちもわかるわ。結婚したら、ぜひ伯爵夫人として私のお茶会に参加してちょうだいね。」
「恐れ入ります、妃殿下。」
「アンリも、サン=ジュスト伯爵としてのデビューの夜だ。婚約者と楽しんでいけ。」
「お言葉、痛み入ります、殿下。それでは、御前失礼させていただきます。」
「ああ。」
結婚式を一ヶ月後に控え、アンリとクラリスは建国記念日の夜会に参加するため王宮を訪れていた。
王太子から「一度ちゃんと婚約者に会いたいから、開会前に連れて来い」と言われ、アンリは渋々ながら会場へ入る前に王太子夫妻の控え室にクラリスを連れて行ったのだ。
「初めて妃殿下にご挨拶したので、緊張しました。」
「そう?とても堂々としたカーテシーだったよ?」
「そう見えたなら良かったです。それに、お茶会にも誘っていただけて……。」
「そうだね。」
王太子妃はあまり大々的な茶会を好まず、本当に気に入った婦人だけを自身のサロンに招いている。
貴族の女主人たちにとって、王太子妃の茶会に出席出来るということは、一種のステータスであり、とても特別なことなのだ。
──本当なら、もっと早くから、こうして婦人たちの社交界でクラリスの後ろ盾を作っておくべきだったんだな……。
この数ヶ月、シュザンヌの元で社交をこなしてきた彼女は、あっという間にその腕を上げ、適切な人脈を広げていた。
何より、同世代の友人が出来たことで視野が広がったクラリスは、自分で自分を肯定出来るようになり、美しく魅力的な淑女へと成長している。
アンリは改めて、この自慢の婚約者を守るため、過去の過ちを繰り返さないようにと、自分を戒めた。
「アンリ様?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしてた。」
「ふふ。アンリ様が珍しいですね?伯爵位を継がれて初めて陛下にご挨拶されるの、緊張しますか?」
「ん?そうだな……。」
結婚を目前にして書類上の手続きのこともあり、アンリはつい先日、正式に伯爵位の継承を許され『サン=ジュスト伯爵』となったばかり。
建国記念日の夜会では開会に先立ち、その年に叙爵や陞爵を受けた者が国王へ挨拶をすることになっている。
「ちょっぴり緊張はするけどね。でも、私には心強い味方がいるから。」
アンリがそう言って、クラリスの腰を抱き寄せ頬にほのかなキスをすると、彼女は恥じらいながらも嬉しそうに「はい」と彼を見上げたのだった。
アンリが国王夫妻の前で堂々たる姿を見せたあと、二人は大広間へと移動し飲み物に手を伸ばす。
今夜、クラリスはアンリから贈られた淡紫のイブニングドレスを身に纏っていた。
柔らかく質のいいシルクのドレスはウエストに漆黒のリボンが巻かれていて、彼女の女性らしく美しい身体のラインを更に際立たせている。
後れ毛を残して結い上げた亜麻色の髪とその項には品のいい色香が漂い、自信をつけ始めたクラリスの魅惑的な姿は自然と視線を集めていた。
そんな彼女に目を細めるアンリの瑠璃色のテールコートにも、艶を消した金糸で刺繍が施されていて、お互いの色を身に着けた二人の周りでは、様々な囁きが溢れ始める。
「いつ見ても薄い髪色ですこと。」
「まぁ、ご覧になって。アンリ様に色目を使ってっ!はしたないわ。」
デビュー以来、ずっとクラリスを落ち込ませてきたそんな声を耳にして、アンリは心配そうに彼女を覗き込んだ。
「クラリス、大丈夫かい?もし気分が悪かったら……。」
「ありがとうございます、アンリ様。でも大丈夫です。私が耳を傾けるべきなのは、アンリ様の言葉だけだって、今はちゃんとわかるので……。」
「そう。……はぁ、クラリス、可愛い。」
「なっ、……もう、アンリ様はそればっかりっ。」
「仕方ないだろ?私のクラリスは誰より一番可愛いんだから……。」
「…………もう…………。」
顔に集まる熱を何とかしようと、クラリスがシャンパンで喉を潤す。
「酔わないようにね、クラリス?これ以上君に誘惑されたら、私が辛くなる。」
アンリのいたずらな囁きに耳を赤くしながらも、そっと頷いた彼女。
二人はその夜、最後まで夜会を楽しみ、周囲にその仲睦まじさを見せつけたのだった……。
そして──。
その日は朝から素晴らしく晴れ渡り、陽光が眩くその世界を照らしていた。
母から受け継いだ、レース刺繍が贅沢に施された純白のウエディングドレス。
クラリスは最愛の人と初めて会ったときと同じように、その美しい亜麻色の髪を花冠で飾り、父の逞しい腕に手を添えて大聖堂を進んでいく。
祭壇の前で待つその人の頬を、一筋だけ雫が伝い落ちたことに気づいたのは、クラリスだけだった。
王太子夫妻も参列した特別な結婚式。
招待された人々は、堅物と言われる若き伯爵が、どこまでも優しい笑顔で天使のような花嫁を見つめる姿を微笑ましく見守る。
夫婦の誓いを立てた二人は、静かに向かい合い視線を交わした。
「それでは誓いのキスを。」
クラリスがそっと目を閉じる。
アンリは彼女を隠すように顔を傾け、紅をさした唇にゆっくりと唇を重ねた。
──我ながら、ひどい独占欲だ……。
そう心の中で自嘲してみても、目の前で幸せそうに笑ってくれたクラリスを見れば、アンリはその表情すら隠したくなってしまうのだった。
「アンリ様……。」
「愛してるよ、クラリス。やっと、夫婦になれたね。」
「はい……。嬉しい……。あの、アンリ様……。」
「ん?」
伯爵邸へと向かう馬車の中。
頬を真っ赤にしながら、妻となったクラリスが呟いた最初の我が儘を聞いて、アンリは妖艶にメガネを外した。
『しょ、初夜は、離れが……いいです……。』
あの日のように、馬車の中はあっという間に二人の甘い口づけで満たされていく。
「結婚早々に我が儘を言う妻には、お仕置きが必要かな?」
「………はい、旦那様……。」
そして、とろけるお仕置きから始まった、クラリスの幸せな日々……。
結婚してすぐ、立て続けに二人の男の子を授かった夫婦の元には、更に六年後、クラリスによく似た女の子が生まれ、アンリは頭を抱えてしまったとか……。
「ふふ。娘を持った父親は、これから大変ですわね?アンリ様?」
「惚れた男から身を引いたりしないように、しっかり育てないとな?クラリス?」
笑いながら語り合う二人の側で、ゆりかごに眠る妹を興味津々に見つめる息子たち。
クラリスとアンリは幸せを噛みしめながら、甘く穏やかにキスを交わしたのだった──。
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