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一章

-8- 出会い

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「あ、もしもし、平です」
『あー、すいません。……あいつ不貞腐れてる?』

電話の相手、怜司さんからは少々のばつの悪さは窺えるものの、先ほどのような棘は感じない。
とりあえず私に対する警戒心はなくなったようだ。

「機嫌、悪そうではありますね。気分の方は大丈夫そうですよ」
『迎えに行くんで、それまでお願いしてもいい?場所、今回も錦糸町?』
「はい、ちょっと駅前から中に入ってますけど」
『四階から上カラオケになってるとこでしょ、一階から三階まで飲食店がいくつか入ってる……二階にカフェがあったと思うからそこに押し込むか、それも無理そうなら、二階の中央ロビーの休憩所で』
「了解です」
『じゃ、悪いけどよろしく』
「はい、気をつけて来てくださいね」
『…ん、ありがと』

電話を切ったところで、ちょうどちかさんがコートや荷物をもって戻ってきた。

「ありがとう、ちかさん」
「いえ、全然。───で、どうでした?」
「迎え来てくれるから、このビルの二階のカフェかロビーの休憩所にいてって」
「良かった」

私は自分のコートを受け取ると、それを羽織り、サブバッグとなちさんのコートそしてセーターを手にする。

「部屋の雰囲気大丈夫そうだった?」
「あー……」
「色々言われちゃった?損な役回りだったよね、ごめんなさい」

あの状態でそのまま抜けて、挨拶もなしに帰ろうとしてるのだ。
ちかさんは、年も若い上に古参で会計担当、人柄的にもあたりやすそうな子だ。
そんな子が私となちさんのコートと荷物を取りに来たのだから、何も言われないはずがない。
正直とても助かったけれど、鈴木氏に対するちかさんの立場は、悪くなってしまっただろう。

とばっちりを受けたのにも関わらず、一言目になちさんを心配し、続いて『良かった』とほっとするような子だ。
いい子なんだろうなあ。

あ、そうそう。
因みに私は、可愛かったり気に入ったり良い人認定した場合、一つでも年下であれば、男女関わらず人ではなく子を使う。
そのほうが、なんかしっくりくるからだ。
というわけで、ちかさんはもれなく私の中でである。

「や、ゆっこさん全然悪くないし、むしろ初参加なのに、悪かったていうか。
けど、俺は一度戻った方が良さそうだから、なちさん運んだら戻ろうと思うんだけど……ほんと、後、お願いしても大丈夫です?」
「あ、うん。それは大丈夫」

ちかさんが、なちさんの腕をとりそのまま肩に回して立ち上がる。

「んー……」
「っちょ、なちさん!危ないから、しゃんとして」
「あーい……」

なちさんは、辛うじて自分の足で歩くが、思い切り身を任せている状態だ。
ちかさんとなちさんのウエイトの差はそれ程無いにしろ、力が抜けた人間を支えるのは結構大変だ。

にしても。
ちかさん相手なのがいいとして、こんな状態なら薬なんか使わずともお持ち帰りできちゃうではないか。
本当に危ない。

なちさんのパートナー、怜司さんの私に対する第一声が警戒心丸出しだったのもわかる。
私が悪い女だったら、タクシー捕まえてホテルに連れ込むことくらい出来そうだ。
……過去、すでにそういうことがあったとしたら学習能力がとても欠けている生き物だ。


逆三角のボタンを押すと、エレベーターは既に私たちの階まできていて、その口をゆっくりと開く。
再び開いたエレベーターに乗り込み、二階のボタンを押した。

私たち以外に誰もいなかったエレベーターは、途中止まることもなく静かに降下していく。
二階に着き、扉が開いた。


カラオケの階とは違い、いくつかの飲食店が入っている二階のロビーは、明るく比較的天井も高めの造りだった。
そこまで大きくもなくわりと古いビルだなと思ったが、古いからこそ明るい作りなのかもしれない。
新しいビルであれば、黄色身を帯びたLEDの間接照明を上手く使い光を落としている造りが多い。
その方がお洒落で広く見える上に汚れも目立たずエコだからだろう。

でもそれは、光が届かない場所が出来るわけで。
『日中なのに、こうも暗くて日が入らないのは良くないよ。まして場所が───』云々言っていたのは弟の侑斗だ。
それを考慮するなら、エコなど全く考えないようなこの造りも悪いだけじゃないのだろう。

エレベーターそばにあるカフェをちらりと覗く。
うん……無理かもしれない。
“それも無理そうなら”と言っていた意味が分かった。

「休憩所の方が良さそうかな」
「あー、ですね……」

ここまでぐでんとしてると、ひとりで座らせること自体難しいかもしれない。
カフェはよくあるチェーン店だった。
ソファはあるものの幅は狭く、向かいがカウンターチェアのハイツールで、二人掛け用のテーブルがいくつか並んでるだけだ。
他に二人掛けの席もあるが、背もたれのない椅子なのでそれこそ無理だろう。

一方、休憩所は、中央にどでんと木が生えていて、その周りをぐるりと丸いソファで囲まれている造りである。
まだ時間が早いからか人はまばらだし、きちんと背もたれのあるソファだ。

エレベーターとエスカレーターの裏にいれば人目もそこまで気にすることはないだろう。
怜司さんは着いたら連絡が来るだろうし、変に絡んでくる輩はいないだろうが念のためだ。

「ほんと、すみません、ゆっこさん」
「ううん、大丈夫。サワー倒したのは私だし」

ちかさんは、私の肩に頭を預けるなちさんを見おろして小さなため息を吐いた後、私を見おろす。
心底申し訳なさそうな顔をしているが、私にそこまで気を遣わずともいいのだ。
私は私で、自分のやりたいように動いていただけだし、誇りたいくらいに気分は良い。

なんせ、この美しい生き物を救い出すことに成功したわけで、薬を入れられた時点でいくつかの分岐点が生じたとすれば、一番いい選択の道を選べただろう。
薬を入れられたことがわかっているのにも関わらず、何もできずにその場で連れ去られるのを指を加えて見てるだけになる───という最悪のパターンもあったはずなのだ。

「これに懲りずにまた参加してもらえると良いんですけど……」

苦笑いで笑うちかさんは、無理そうだなっていうのがわかる顔だ。
鈴木氏がいない時なら参加してもいいが、公式で参加するとメンバー表示に私の名前が載ってしまう。
まあでも、当日飛び入りなら出来るか。
だが私の心は、なちさん次第だ。
……とはいえ、怜司さんは絶対反対するだろう。

「ありがとう、ちかさん。あ、お金、今渡しちゃっていい?」
「はい、大丈夫です」

参加するともしないとも言えず、私は曖昧に笑いお礼を言って話題をかえた。
後から連絡をして振り込むことも出来るしSNSの機能で徴収することも出来るのだが、基本は当日現金払いでとなっていた。
先払いでないのは人数の入れ替わりが多いのと、飲み屋と違って人数のキャンセル料などは発生しないからだろう。
私は今日初めてだし、先に払っておいた方が良い。

「お願いします」
「多いです」

五千円札一枚と千円札二枚を渡すと、財布をひらいたちかさんが手をとめた。

「なちさんの分も。あとで貰うから大丈夫」
「───助かります」

ちかさんが躊躇したのは、ほんの一瞬だった。
はじめての場合、こういった金銭のやり取りはいつも他人の目があるところでするようにしている。
けれど、ちかさんなら大丈夫だろう。

これで万が一受け取った受け取ってないの問題に発展するなら、単に私の見る目がなかっただけだ。
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