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32 出発

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私は拘束を解かれてすぐ、国王陛下に謁見した。
 陛下は疲れたような顔をしていた。

「お願いがあります」

 私の要求を伝えると、陛下は不愉快そうな顔をした。

「そなたは被害者かもしれないが、未成年に魔力譲渡させた侯爵夫妻は有罪だ。侯爵は爵位を弟に譲渡することになった。だから、そなたはもう侯爵令嬢ではない」

 そう、私はもう貴族ではない。だから、陛下に何かを願う立場でもないってことね。

「おっしゃる通りです。でも、魔力譲渡に関して法を犯したのは私の両親だけではないですよね」

「何が言いたい? 名前に誓った守秘契約は私にしか解除できないのだぞ」

 一生口をつぐんでおけ。そう目で告げる王に私は答えた。

「でも、私はリリアーヌではないんですもの。だから、守秘契約は無効ですよ」

 だから、第一王子への魔力譲渡を公にすることが可能ですよと私も言外に匂わせた。

 不愉快極まりないと顔をゆがめながら、陛下は私の願いを聞き届けた。



「で、妹ちゃんが俺を牢から出してくれたの?」

 門の前で拾ったゼオンと一緒に貸馬車に乗り込んだ。
 詐欺罪で有罪になっていた彼を、陛下に頼んで牢から出してもらったのだ。

 そのかわりに、王妃に強制された魔力譲渡について、口に出さないと約束した。でも、ジュエという呼び方も正式な名前ではないから、守秘契約は無効かもしれないけれど。

「私を国外に連れて行って」

「いいよ。でも、王子様のことはもういいのかい?」

 アルフ様とは裁判以来あっていない。どっちにしても、聖水を作れない聖女は不要なのだろう。なぜ、あれほどアルフ様にこだわったのか。ただ、リリアーヌに成り代わるために初恋にしがみついてしまったのか。

「もう、いいのよ。初恋は叶わないっていうし」

「へえ、……じゃあさ、次は俺にしなよ。恋人になって一緒にいろんな国を巡ろう。きっと楽しいだろうから」

「詐欺師に恋するなんて無謀なことはしたくないわ」

「ええー? これでも、美容魔法医としては優秀だよ。でもさ、妹ちゃんも詐欺の才能あると思うよ。すっかりリリアーヌに成り代わってたじゃん」

 面白そうにそう告げられて、それならと考える。

「じゃあ、私も詐欺師の美容魔法医になろうかしら」

 手に持ったのは、小さな空っぽのガラスのビンだ。
 そこに水筒の水を移して手をかざす。
 虹色のまぶしい光が一瞬で灯り、ただの水が聖水へと変わった。
 ゼオンの赤い目が大きく見開かれた。驚かせてやったと少しうれしくなる。

「ただの水を聖水に変えられるんだから、私も才能あるでしょう?」

 渡した聖水をまじまじと見つめて、ゼオンは大笑いした。

「あはははは、いいね。妹ちゃんは俺よりもずっと才能あるよ」

 そう、聖水を作ることもできなくなった平民には用がないからと、陛下は出国を許可してくれた。私はやっと自由になった。

 笑い続けるゼオンに、私は一つ願いごとをした。

「じゃあ、詐欺の相棒の私に名前を付けて」

 笑い止んで、ゼオンは真剣に考え込んだ。

 リリアーヌとして目覚めた時に、今まで奪われていたものを取り返してやろうと思った。でも、それらは私には必要なかった。リリアーヌしか愛さない両親なんていらない。神殿に搾取されるだけの聖女の地位もいらない。初恋の王子様は……。今でも思い出すと胸がチクリと痛い。きっとすぐに忘れられる。

 もう、リリアーヌはおしまい。
 国境を出たら私はリリアーヌにお別れして、ここからは私の時間を生きよう。
 この、魔法医は全然信用できないけれど、少なくとも私を見てくれて、助けてくれた人だから。

 ずっと悩んでいたゼオンが、顔を上げて笑顔を見せた。

「じゃあこんな名前はどう? 俺たちの勝利を祝って」

 私はその名前を笑って受け取った。
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