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36 紫の毒

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 鍵がさしこまれる音がした。
 ドアのすぐ横に立って、準備する。
 大丈夫。できるはず。ここから逃げるのよ。

「おい、色なし。食事だ」

 男の声が聞こえると同時に、食事の乗ったトレーに体当たりしてドアの外へ駆け出す。

 ガシャンと食器が割れる音が響く。

「待て! おい、色なしが逃げた。捕まえろ!」

 廊下に立っていた召使たちが、一斉にこっちを見た。

「おいおい、お嬢ちゃん。俺たちから逃げられると思うなよ」

 へらへらと笑いながら、男たちが数人集まって、私の行く手を阻む。

「近寄らないで!」

 警告した。

 それから、私の腕をつかんだ男に向けて、念じる。

 ──最大級で

 たちまち、男は手の平を押さえて苦しみだす。

「うわー! あああ! うあ! かゆい! あああああ! 痛い!」

 肉が見えるほど手をかみちぎった男を見て、召使いたちは私から離れる。

「なんだ? どうなった?」

「何の魔法だ」

「髪が紫だぞ」

 ざわめく男たちに、大声で告げる。

「私に触らないで! 私は、ここから出て行きたいだけなの!」

 騒ぎを聞きつけて、出て来た召使たちも遠巻きに私を取り囲んだ。
 私が彼らに近づくと、避けるように空間ができる。

「おまえたち! 何をしている。早く色なしを捕まえろ!」

 バルザックが出てきて、どなりつけた。

 私は紫の髪を見せつけるように、頭を揺らした。

「家に帰らせて」

「何を言ってる? 魔力を盗んだ色なしを守ってやると言ってるんだ。おとなしく部屋に戻れ!」

「私は魔力を盗んでなんかないわ。それに、私は色なしでもない!」

 そうよ。なんでこんな平民ごときに見下されないといけないの?
 こいつは、ルルーシア様のことも悪く言っていた。王族に対して不敬罪で処罰されるべきはこの男よ。

「さっさと、玄関に案内して!」

 私は脅すように、手を振り回した。
 私に触ったら、どうなるか見てみなさい!

「うわー」

 手があたった男は、かゆみに我慢できなかったのか、大きなナイフを取り出して自分の腕を切りつけた。

 当たりに血しぶきが飛ぶ。
 血だらけの廊下に、悲鳴が響く

「命令だ! 色なしを捕まえろ!」

 バルザックの大声に従う者はもう誰もいない。

「おい! 色なし! おまえが王女の魔力を盗まなければ、娘はこんなに苦しむことはなかったんだ! おまえが全て悪いんだ! ここを出たら皆にそれを知らせてやる! 不吉な盗人の色なしは処刑だ!」

「違う! そんなことしてない!」

 バルザックの言い分に腹が立って、どなり返した。
 私は盗んでなんかない!

 なぜ色を写す魔法が使えるのか。
 どうして、浄化の魔法が使えたのか。
 説明できないけれど、絶対に、私は盗んでなんかない!

 後ずさって私を避ける召使たちをにらみつけながら、玄関に向かう。扉を開けたら、すぐに走って逃げよう。
 あと、少し。

「私は、誰の魔力も盗んでなんかない!」

 振り返って、はっきりそう告げた。

 玄関の扉が開く音がした。廊下にまぶしい光が入る。

「そうだよ。盗んだわけじゃない」

 聞き覚えのある声がした。

「髪色を変え、全ての魔法が使える者。彼女は、聖女だ」

 黄金の光を浴びながら、私に近寄ってくるのは、リュカ様だった。

 助けに来てくれたの?

 優しく微笑んだ姿がまぶしい。でも、私に伸ばされた腕を、とっさに避けた。

「私に触らないで! 毒紫蝶の毒が」

「大丈夫。アリアちゃん。ほら、僕を見て。願って。僕の色になるように」

 リュカ様の瞳が黄金に輝く。
 それに見とれて、一瞬で紫の髪が黄金に変わった。
 リュカ様の短い金髪と全く同じ。光り輝く金色に。

「はぁー。良かった」

 私はリュカ様の腕の中に抱き寄せられた。
 ぎゅうっと強く抱きしめられる。

「ルルーシアから事情を聞いて。本当にもう。アリアちゃんに何かあったらって思うと、生きた心地がしなかったよ」

「ルルーシア様は無事ですか?」

「ああ、元気だよ。……あれはわがままにも限度がある」

 リュカ様の言葉に違和感を覚えた。いつもと違って冷たい口調だったから。そして、冷たい空気を出したまま、バルザックをにらみつけた。

「バルザック会長。これは、どういうことかな?」

「王子様、違います。これは、そこの色なしが王女と偽って」

「色なし?! 無礼な。彼女は聖女の再来だ! 髪色を良く見ろ。黄金の髪は王族の印だ」

「そ、それは。盗んでるんです。魔力を盗む不吉な色なしの力です!」

「何を言っている! 色なしは魔法を使うことができない。おまえは彼女の魔法を目にしたんだろう」

「魔法を使えない? いや、しかし……」

 バルザックは困惑したように私を見た。

「それに、たとえ色なしの令嬢だとしても、貴族令嬢を誘拐するとは……。一族全員処刑だな。おまえたち、こいつらを全員捕まえろ!」

 王子の後ろから、近衛兵が大勢入って来て、バルザックと召使に縄をかける。

「殿下! 私はバルザック商会の会長ですぞ! 私の力があれば、あなたを次期国王にすることも可能です! どうか話をお聞きください!」

「内乱罪も適用だな。俺は国王になどなりたくない。聖女を誘拐しただけでなく、王太子の地位を脅かすとは。死罪にしても、まだたりないな」

 リュカ様は、金色の目を冷たく光らせて、バルザックをすぐに殺すよう近衛兵に命令した。
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