【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

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第一章 HUE

58 <ユクレシアの記憶10>

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「えー………どっち。これ、どっちが正解」

 僕は一人、頭を抱えていた。部屋のすみっこにある椅子の上で、先ほどから、体育座りをしているわけだけど、なんら、解決方法も正解も、浮かぶ気配はない。

(な、な、なんで僕はこんな、初夜の前みたいなすごい緊張感で、ヒューが風呂から出てくるのを待ってるんだ……)

 そんなことを考えながら、ただただ、昼間のヒューの言葉を繰り返し、繰り返し、反芻している。窓際に置いた鞄の中から、普段は何にもないかのように気配を消している邪神が、ひょこっと学生鞄から顔を出した。

「あっはっはっはっは。別れるとわかってて、抱かれるか悩んでいるのか。帰りたいのか、帰りたくないのか、この葛藤の味よ。家族か想い人か。くっくっく」
「………」
「ほら、相談くらい聞いてやろうか。恋愛の酸いも甘いも知り尽くした、この経験深き男である我輩が、話くらい聞いてやらなくもないぞ」

 僕は、邪神とは名ばかりの、面白二等身猫に、相談などしたくなかった。
 そもそも、邪神に恋愛の相談をしなくてはいけないなど、相手を呪い殺したいほど愛してしまったときの一点張りだ。僕にそんな「君を殺して僕も死ぬ」的なおかしな属性はない。それともこれから呪い殺したいほど愛してしまうフラグなのか。そうなのか。

(そんなわけねー…)

 僕は、いくら自分が悩んでいようとも、邪神に相談することはなかった。が、だというのに、ペラペラと邪神はしゃべり出した。

「肉欲は、恐ろしいぞ。一度知ると、なし崩しだ」

 僕が聞きたくなくても、目の前で話している猫の話は、どうしても聞こえてしまう。僕は、ごくっと喉を鳴らした。少しだけ、想像してしまったのだ。というか、僕はもう、挿入以外のことを、何気に、全てされてしまっているんじゃないか、と思うのだ。
 あの、昼間の姿からは、想像もつかないような甘い視線で絡め取られ、口の中を舐めまわされ、体中に唇を落とされて、性器をしごかれて。後は、もう、ーーー、と考えて、挿入の前に、もう一つだけ、されてないことがあることに、気がついた。
 そして、その瞬時に、あの、僕が常々、王子様みたいだ、と思っている、きれいな顔のヒューが、その唇で、とあるところを、愛してくれてる想像をしてしまった。

(あっあっわああああ……ぼ、僕はなんてことを……!)

 僕はまっ赤になって、体育座りしている膝に顔を埋めた。そして、いてもたってもいられなくなって、バタバタと足を動かした。

(だ、だめ。無理。無理すぎる。そんな、そんなことできない…)

 バタバタしている僕を見て、邪神すらも、若干、呆れた様子で、無言になった。キス一つで、勃起してしまう僕である。これ以上のことに耐えられるわけはなかった。でも、問題は耐えられるかどうか、ではないのだ。
 風呂から上がったヒューはきっと、僕に尋ねるだろう。どうするのかを。僕が耐えられるか、耐えられないか、ではなくて、僕がどうしたいのか、なのだ。

(僕は、ーーー…)

「だがな、肉欲は人間の本能でもある。恋しい相手と繋がる性交は、お前の想像を絶するぞ。あの魔術師は器用そうだしな」
「………」

 もう、どうでもいいよ、と内心思った。邪神は、面白がって、僕の決意をかき混ぜたいだけなのだ。ヒューが器用なことなんて、もう知ってる。経験はおそらくないくせに、あんなにも、僕は翻弄されて、大変なことになってしまうのだ。きっと、きっとヒューは、優しくしてくれるだろうな、と思う。が、そこまで考えて、また、なんてことを考えてるんだ僕は、と、恥ずかしくて悶え死にそうになった。

(うおおお……)

 そして邪神は言った。

「助言をしてやろう。どうせ悩んだって、結果は決まってるんだから、無駄だぞ。それに、その方が、後々面白いことになりそうだからな」

 ただの、邪神の希望だった。全然、経験深き男の助言じゃなかった。
 それだけ言って、邪神は僕の学生鞄に戻り、その丸い手で、じじじと自分でジッパーを閉めた。
 しかしながら、一体どこまで、なんでも、お見通しなのか。全くもって、忌々しい。僕は再び心の中で呟いた。

(……邪神め!)

 そして、浴室の扉が開く音がして、僕はもう、膝から顔をあげることができなかった。


 ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→


「こんな隅で、何やってんだよ」

 ため息まじりに、ヒューの声が聞こえた。何をしているのかって、僕にもよくわからなかった。とにかく、何かから逃げ出したくて、逃げ出しくて、すみっこで縮こまってみたけれども、何かから逃げ出せた気はしなかった。そもそも、何から逃げているのかすらも、よくわからなかった。
 僕は、とにかく、もうどうしていいか分からなくて、ただ、心臓はばくんばくんと音を立てていて、それでも、膝の上から顔をあげることができずにいた。
 ヒューが言った。

「静かだな」
「………」
「ほぼ、誰もいない夜の街っていうのは、すこし怖いな」

 僕は、相変わらず、膝から顔をあげることはできなかったけど、珍しく、ヒューが感情のことを話したから、僕はぽそりと言葉を返した。

「……ヒューも、怖いこと、あるんだ」

 ドーナツ以外で。
 ぎゅっと足の指を丸め、背中も丸め、僕は自分の限界まで、小さくなろうと、してるみたいだった。ヒューが僕の目の前に立っているのがわかる。でも、僕は椅子の上で体育座りをしているから、僕の頭からは、ヒューのお腹の辺りしか見えなくて、ヒューがどんな顔をしているのかは、わからなかった。

「あるよ」

 ヒューがそう言うのが聞こえた。
 ヒューは、何故かドーナツが怖いとかいう、本当に変な人だ。でも、怖い『こと』は、あんまりなさそうだな、と思っていたのだ。意外な答えに、「え?」と、思わず、顔をあげてしまった。そうしたら、屈んだヒューの顔が、目の前にあって、大好きな人の顔が、視界いっぱいに広がって、ドキッと心臓が跳ねた。
 そのまま、ヒューがちょっと恥ずかしそうに、言った。

「今夜、断られたら、どうしよう、とか」
「!」

 不貞腐れたみたいな顔。ちょっと、頬が赤い。
 僕は、きっと、顔はまっ赤になってしまっているだろう。眉毛はきっと、下がりきっているだろう。僕は、僕は、目の前の、僕の目の前にいるヒューのことが、大好きで、大好きで、大好きだった。

(………あ、あ、そんな顔されたら。だめだ……)

 ヒューの顔が、屈んだまま、近づいてきて、ちゅ、と唇で音がした。大好きな人が、目の前で、恥ずかしそうな顔をしていて。こんな優しいキスをされて。ぶわっと胸のあたりで、どうしようもない気持ちが広がる。
 僕はもう、抗えなかった。

 膝を抱えていた手を動かし、震える指先を、目の前のきれいな男に、伸ばす。ヒューの首に両手をまわし、ゆっくりと、ちゅ、と頬に唇を落とした。すこし、怖くて、まつ毛が震える。ゆっくり、こそっと、ヒューを見たら、ちょっと伏目がちにじっと見てるヒューの目と、目があった。そして、尋ねられた。

「いいの?」

 ちょっと、ヒューも緊張してる気がした。
 僕は、こくん、と、うなづいた。恥ずかしくなって、まっ赤になって、顔を横に逸らしてみたけど、この距離だと、それすらも丸見えなはずだった。僕はもう、涙目だった。ヒューの首に回した手がピクッと震える。
 そして、膝裏をそのまますくい取られた。

「ひゅ、ひゅう?!」

 そのまま、横抱きにして、大きなベッドまで運ばれてしまった。とす、と柔らかい音がして、僕は、もう、ベッドの上だった。身長だって、そこまで差があるわけではないのに、ひょいっと持ち上げられて、びっくりしたけど、すごい力だねとか、伝えたかったけど、僕の頭は、もう、これからの起きること、の、ことを考えるのに、いっぱいいっぱいで。それすらも、そんな言葉すらも、もう出てこなかった。
 ちゅ、と唇を落とされる。
 胸がきゅうっと絞られたみたいな感覚。
 ちゅ、ちゅ、と、色んな角度から、唇を啄まれ、次第に、僕の唇は開き、すこしずつ、濡れた音が響いていく。呼吸ごと、ヒューの唇にのまれてく。弱いところを、器用な舌先にいじられて、「ん」と、鼻にかかった声がもれた。

(好き…好き、ヒュー…)

  大好きな人の、優しい顔が、視界いっぱいに広がる。その優しい顔を見て、幸せで、幸せで、すごく幸せなのに、不安になる。

(でも、本当に…本当に、大丈夫?)

(僕は、いなくなってしまうのに…こんなの…)

(ヒューは…本当に、大丈夫かな……)

 僕がじっと見つめているのがわかったのか、ヒューはちらっと僕のことを見て、「はあ」と、いつものように嫌そうにため息をついた。そして言った。

「そんな顔すんな。お前が考えてることくらいわかる」
「ひゅう……」
「いつもみたいに、ぼけっと夢、見とけよ。いいんだ。お前は、好きな男に抱いてもらうだけだ」

 好きな人に抱いてもらう。それは、その通りだった。でも僕の不安は、僕のことではないのだ。僕は、ヒューのことが好きで、ヒューと別れて辛いのは僕で、それで、それでも、そう、それでも、僕は、好きな男に抱いてもらいたい、だけなのだ。さっきから、僕が気にしているのは、ヒューのことなのだ。
 僕のこと、好きじゃないって言ってたけど、流石に、好きじゃない人を、しかも男を、わざわざ抱くんだろうか。もし、もしも、ヒューが、僕のことを好きだったら、これは、やっぱりよくないことのような気がする。
 僕が黙っていると、ヒューが言った。

「どの道、魔王を倒せなかったら、この世界は終わりだ。どうせなら、最後にいい思いしときたいだろ」
「そんな、大丈夫だよ。ちゃんと、魔王は倒せるよ」

 ちゃんとシルヴァンエンドをクリアした僕が言うんだ。
 ヒューたちは、ゲームの中よりも、ずっとずっと強い。それに、僕は魔王の倒し方だって、ちゃんとわかっているのだ。絶対に、絶対にヒューたちのことを、この世界を、終わりにさせたりなんか、しない。
 僕が大丈夫だ、と、考えこんでいると、パサッと音がした。

「ノア」

 ヒューに呼ばれて、顔をあげた。
 僕の目の前には、半裸の、ヒューがいて、僕はびっくりしてしまった。目の前にあらわになった、ヒューの体に、僕は、ごくっと喉を鳴らしてしまった。多分、僕の顔は、まっ赤なはずだった。

(何、魔術師って、あんなに体鍛えてるもの?!)

 引き締まったヒューの体を、舐めるように見ていたら、すぐに限界を超えた。思わず、両手でバッと顔を隠した。それでも、見るのをやめられなくて、指の間からちらちら見てたら、ヒューが怪訝そうな顔をして、首を傾げた。
 僕は小さくつぶやいた。

「どうしよう…」
「え?」
「ヒューがかっこ良すぎる。何それ。何その体。かっこ良すぎて、直視できない!きれいが過ぎる!」

 一瞬、呆れたような顔をしたヒューは、僕の着ていたシャツの前を広げると、そのまま、ぺたりと、僕の体の上に、乗り上げた。直接触れる、肌の温かさに、その、なめらかな感触に、僕は、ビクゥッと体を震わせた。両手を絡められ、首筋に、ヒューの唇が落とされた。

「ふ、あ」

 ちゅ、ちゅ、と音を立てながら、優しいヒューの唇が、肌を降りていって、僕の口から、熱い息が漏れた。ベッドに縫いつけられた手は、ぎゅっと愛おしげに、指を絡められ、それだけで、僕はなんだか、泣き出してしまいそうだった。

(気持ちいい…裸で触れ合うのって、気持ちいいんだ…)

 思わず、ヒューの唇に、ヒューの体温に、うっとりと身を委ねた。触れたところから、ヒューの優しさが伝わってくるみたいで、ちょっと、気恥ずかしい。しばらく、僕の肌を這っていたヒューの唇が、僕の手を持ち上げて、その指先に触れた。
 唇は、だんだん下がって、手のひらに、ちゅ、と口づけられた。

「ほら、言えよ。本当はどうしたいのか」
「ひゅう…」
「いいんだよ。先のことは、後で考えよう。ノア。今、どうしたいかでいいだろ」

 ヒューの舌が、れ、と、僕の手のひらを舐め、ぞくぞくっと快感が走った。

(あ…あ…だめ……だめだ…)

 じっと見つめられ、どうすんだよ、と、視線で問いかけられる。僕は、まっかになっていて、眉毛を下げて、ふるふると、震えていた。どう考えたって、僕は、どうしたって、僕は、目の前のヒューの、もう、ヒューのものになってしまいたかった。僕の口から、はあっと漏れた熱い息は、期待にみちていた。
 ヒューは僕の思考でも読んだかのように、言った。

「この世界にいる間は、俺のものにしていい?」

 はじめて見る、ヒューの、切なそうな顔。
 僕は、はっと息をのんだ。
 ちょっと不安そうに寄せられた眉も、その瞳に浮かぶ情欲の色も、すこし赤くなってる頬も。
 手のひらに触れる唇も、その唇から吐き出される息も、全部。


(………すき…)


 ただ、好きだった。

 僕は、こくん、と、うなづいた。
 存在するどの世界にいても、ずっと、ずっとヒューのものでいたいよ、っていう気持ちは、気がつかなったことにした。それから、言った。


「ヒューのにして」


 ちょっとだけ、泣きそうだった。でも、それが僕の、すべてだった。
 ヒューは、目だけをゆるめて、すこし、恥ずかしそうに笑った。
 きれいな手が、僕の体を這って、薄い唇が、熱い舌が、僕の下へと降りて行った。あのきれいな唇が、僕の体を這ってるんだと思うと、やらしい気持ちでいっぱいで、僕は熱に浮かされたみたいに、ただ、「あっ」とか「んっ」とか、甘い声を漏らした。
 ーーーーーー、が。ちらっと下見た僕は、ピタッと動きを止めた。
 このきれいな顔のついたヒューから、想像もつかなかったものの存在を確認して、僕は一瞬で、涙目になった。

 わかっている。僕だって相当な数のBL漫画を読んできた人間だ。

 どうやら、は、色々あって、どうにか、入るらしい、という、人体の不思議は知っている。羽里が持っている漫画には、ペットボトル、だなんて表現されているのもあったはずだ。それに挑戦する果敢な受けが、たくさんいることも知っている。

 もう一度、ちらっと見てみた。

 流石に、ペットボトル、だなんていうことはない。でも、なんていうか、圧はすごい。存在感がすごい。ヒューのだと思えば、愛おしいとも思える。あんなに、あんなになるくらい、興奮してくれてるのかと思うと、きゅん、と心臓も高鳴る。でも、それでも、ーーー僕は思った。

「は、入るわけない」
「………入るから」
「そんな、性的なことなんて、全く興味なさそうな顔して。ヒューにそんな…そんなものが…」
「………そりゃついてんだろ。入れんだから」
「も、もっと!なんか!優しい言い方を!!」

 僕がガタガタ震えているのを見て、ヒューは、虚ろな目で僕を見て、「ハア」と、嫌そ~~~に、ため息をついた。そして、尋ねた。

「じゃあ、なんて言ったらいいんだよ」

 僕は、自分の脳内BLインデックスをめくり、どう言われたら、あのそそり立つ凶器に、立ち向かうことができるかと考えてみた。わかっている。抱いてくれと自分で頼んでおいて、ここで尻ごみするのは、自分勝手が過ぎた。そして、なんというか、面倒臭い女、みたいな、あんまり良くない反応な気もする。
 でも、怖かった。僕は、どうしようもないビビりだった。

「『大丈夫』とか『優しくする』とか『お前じゃなかったら、こんな風にならない』とか、なんでもいいから、優しいこと言って」

 涙目だった。
 というかもう、何言ってんだかよくわかんなかった。後で考え直してみたら、噴火してしまうほど恥ずかしいことを言っているかもしれないが、今の僕には、とにかく、気持ちを落ち着かせることが最優先事項であった。
 ヒューは、ちょっと困ったように笑って、それから、僕の耳元に口を寄せた。そして、優しく、優しく、甘く、甘い声で、言った。

「ノアじゃなかったら、こんな風にならないよ」

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