【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

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第一章 HUE

59 <ユクレシアの記憶11>

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「何をやってるんだ」
「……あ、ヒュー」

 立ち寄った村の外れで、土だらけになって、しゃがんでいたら、後ろから声をかけられた。
 あの花の都と呼ばれていた街を境に、魔王の住む城に近づくにつれ、景色はどんどん荒廃していった。訪れる村々は困窮していて、畑は荒れ野も同然だった。ゲームで見ていたときは、「大変そうだな」くらいにしか思わなかったことだけど、やっぱり目の前で、現実として見ると、それは、すごく、辛い事実だった。
 薄汚れた小さな子供たちも、皆一様に、痩せていて、自分の無力さが辛かった。ふと、顔をあげて見た先に、二人の子供が、荒れた畑でしゃがんでいるのが見えた。
 何をしてるんだろうと思って、近づくと、どうやら、ひとつの苗を見て、ため息をついているところだった。
 僕が覗いてみると、そこには、しなっと萎れて、紫色になってしまったひとつの苗があった。

「これなに?」
「あっゆ、勇者様の!こ、こんにちは!」

 僕が話しかけると、二人はしゅぴっと姿勢を正して、僕に向き直った。僕は、勇者一行に、数えられていいのかは、よくわからなかったけど、僕も「こんにちは」と、言って、笑った。そして、二人は、教えてくれたのだ。それが、ちょっとだけ、育っていたジャガイモの苗なのだと。「でも、もうだめだ」と、二人はしょぼん、としているわけだった。
 僕はもう一度、その苗を見てみた。
 確かに、茎は、いい感じの高さまで伸びていた。もしかしたら土の中では、芋が育っているかもしれない。でも、葉っぱには、紫色の斑点がたくさんついていて、なんだか、それは、呪われているように見えた。

(…ん?呪われてる?)

 僕は、ちょっと思いついたことを試してみることにした。その苗に手を翳すと、ぱあっと僕の手から白い光が出た。すると、苗の葉っぱから、紫色の斑点が消えていったのだ。

「………あ」
「うわああ!すごい!!!今、何したの???」

 大喜びした二人は、その近くのもっと萎れた苗も、あれも、これも、と、僕を連れ回し、僕はすっかり土だらけになっていたのだ。そこに、ヒューが来て、眉間にしわを寄せたまま、「何をやってるのか」と、尋ねたのだった。
 僕が、、ジャガイモの苗に魔法をかけたら復活したから、その辺一体の土に魔法をかけて、元気にならないか試している、と伝えると、ヒューはさらに眉間にしわを寄せて、言った。

「こんな土地で、何かが育つわけ……なんだその魔法は」
「あ、えーと。ほんと、大したことじゃなくて」
「もう一度、やってみせろ」

 実はこれは、僕の固有魔法なのだ。この、全く役に立たなそうな固有魔法は、『解呪ディスペル』だった。
 僕は、ゲームの内容を覚えていて、この旅の間に、誰かが呪われるようなことがないことを、知っていた。それに、解呪なら、聖魔法を使うことのできる、シルヴァンがいるのだから、シルヴァンができるだろうと、思ったのだ。そもそも、聖魔法で、きっと解呪はあるはずなのに、なぜそれが『固有魔法』になるのか、全くもって意味がわからない。
 そんなのは、量産のシュークリームを、違う場所で限定品ですよ!と言って売ってるみたいな、胡散臭さを感じている。そんな固有魔法がコレです。

 偏に、全くもって役に立たない魔法であった。

 でも、ヒューがもう一度やれというのだから、どうせやろうとしていたし、と思って、また土に手を翳した。別に、土がふんわりするみたいな、そういう「おおお」と感動するような特典は、ない。だけど、先から、その白い光で土を照らすと、周りの苗が元気になっていくのだ。
 じっとヒューに見られて、どきどきと、少し緊張する。

「魔王討伐には、何にも役に立たないんだけどさー。土に効果あるなら、もしかしたら、この村のためになるかも、と思って」

 緊張してしまった僕が、なんとなく、恥ずかしくて、ぺらぺらと喋るのを、ヒューはじっと見ていた。しばらく、そうして土に手を翳していたけど、シルヴァンが呼ぶ声が聞こえたので、僕とヒューは、子供に別れを告げて、馬車へと戻った。
 少しでも、食べ物が育つといいな、と思った。
 歩きながら、何かを考えている様子な、ヒューに言った。

「本当は、もっと強い魔法で、ヒューたちのこと助けられたらよかったんだけど」
「十分、役に立ってるだろ。お前が持ってる情報で、ずいぶん、助けられてる」

 そう言ってもらえると、ありがたいな、と思う。
 ほっとした瞬間、ちょっと目眩がして、ふらついてしまった。ヒューが横から、僕を抱きとめてくれて、どきっとしてしまった。

「あっ ありがと」
「……あの魔法、聖魔法の解呪なのか?ノア、聖魔法なんて使えた??」
「よくわかんないけど、多分ね~。僕がもっと強かったらなー」

 僕の服には、土がついていたから、ヒューは気にするんじゃないかと思ったのに、何も言われなかった。
 ヒューは、ちょっと難しそうな顔をしていて、何かを考えているみたいだった。だけど、僕たちの馬車がもう近くなってきたら、さらっと、なんともないことのように言った。

「いい。お前のことは、俺が守るから」
「ヒュー……そんなこと…」

 そんなこと言われたら、さらに、ずぶずぶに好きになってしまう。
 僕は、あの後、あの、最後の街で、ヒューと一緒に宿屋に泊まった夜、結局、ヒューと、最後まで、、した。はじめてだったから、やっぱり、流石に痛かったけど、ヒューは、それはそれは丁寧に、優しく優しく、抱いてくれたと思う。
 最後の方は、僕もすごく気持ちよくなっちゃって、何がなんだかわからないくらい、乱れてしまった。ヒューは、びっくりしなかったかな、と、朝起きて、少し不安になった。でも、そんな不安、すぐになくなるくらい、ヒューは、ずっと、ずっと、優しいのだ。

 それに、あれからは連日野宿なわけだけど、毎日のように、あの手この手で、そういう雰囲気に持ち込まれ、気づいたら僕は、あんあん言ってるのだ。邪神が「なし崩し」だなんて言ってたけど、僕とヒューはもう、なんか、そんな感じだった。僕はもう、ヒューの顔を見るだけで、へにゃっとなってしまうくらい。もう、、だめだった。僕はものすごく、だめな奴だった。

(昼間は、こんな、性的な雰囲気なんて一切ないのに!!潔癖症のくせに!!)

 頭の中で恨言を連ねながら、じとっと、ヒューを覗いたら、「なんだよ」という顔のヒューと目があって、びくっとしてしまった。僕は、文句を言うことにした。

「こ、これ以上、ヒューのことを好きにさせて、どうする気なんですかー」

 ヒューは一瞬きょとんとして、ふっと意地悪そうに笑うと、耳元に口を寄せた。

「好きにさせた分は、夜、還元するよ」

 そして、顔を離すと、あわあわとまっ赤になって口を開閉している僕に、ちょっと首を傾げたヒューは、にこっと笑って続けた。

「いっぱい」


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 荒れた村を過ぎ、僕たちは、いよいよ、魔王城の近くにある、迷いの森の中に足を踏み入れていた。ここから先は馬車を使うことができないから、徒歩で行くことになる。
 ずっと旅を共にしてきた馬たちに別れを告げて、僕たちは、森の中へと足を踏み入れた。ゲームの中では、「ふうん」としか思っていなかった展開だったが、実際に、木の根が絡まり合った足場を進むのは、一苦労だった。
 そして、木々は、どこを見ても、紫色の斑点だらけ。戸惑うヤマダくんと僕に、シルヴァンが言った。

「瘴気に当てられてるんですよ。魔王というのは、世界の闇の集合体のようなものです。こうして大地は呪われ、今、枯れ果てようとしてるんです」
「そうなのか。それは俺が、俺たちが、魔王を倒すことができれば、全部解決するの?」
「ええ。ヒカルがその聖剣で、魔王の心臓を突き刺せば、この世界の闇は浄化され、もとの、あるべき姿へと戻るのです」

 ヤマダくんとシルヴァンが話しているのを聞きながら、シルヴァンの言ったことの中で、一点が気になった。

(……呪い。これは呪いなのか。じゃあやっぱり、僕があの村でしたことは、効果があったのかもしれない)

 そう思っていたら、僕の斜め後ろを歩いていたヒューが、僕の考えなど、全てを見透かしたように、言った。

「何かしようだなんて思うなよ。お前一人でどうにかできることじゃない。どちらにしろ、ヤマダが魔王の心臓を突き刺せば、全ては浄化されるんだ」
「……あ、うん。わかってるよ」

 僕だって、この膨大な量の木々を、その呪いを、解こうだなんて思ってはいなかった。でも、あの村でしたように、近隣の村の土を少しでも、浄化してあげられたらよかったな、と思っただけだった。
 辺りの木々はとても立派で、大きく、僕は、父さんが見せてくれた屋久島の写真を思い出した。本当に、父さんは、なんの仕事でそんな世界中をまわっているのか、よくわからないけど、とにかく、写真を見せてくれたのだから、行ったことがあるのだろう。
 そして、その時のお土産は、木彫りのお面だった。うねっとした楕円に、不揃いな丸が三つ空いているだけのシンプルなものだったが、その無表情さが、すごく恐ろしくて、驚き過ぎて「ありがとう」と言うまでに、僕は数秒を要した。それは今、僕の本棚の一番上の段の奥で、ひっそりと眠っている。

 そして今、ーーー。
 本来なら、この森の中には、精霊の泉、と呼ばれる、美しい泉があるらしい。もしかすると、そこならば、少しは瘴気が薄いかもしれない、ということで、僕たちは、そこで野宿するために、向かっているのだった。ここから先は、瘴気との戦いで、シルヴァンは、できるだけ体力を温存して、僕たち全員に、一時間置きに聖障壁の魔法をかけていた。
 そして、朝からずっと歩き続けて、ようやく、夕方近くに、目的地の精霊の泉にたどり着いたのだ。

「わあ、すごい!きれいだね」
「ああ。今夜はどうにか眠れそうだな」

 目の前に広がっているのは、水の湧き出る小さな池のような泉だった。おおよそ三メートルほどの高さの、崖肌のまんなか辺りから、ちろちろと水が沸いているのだ。水が流れているところには、苔がたくさん生え、水草が生い茂り、紫色の斑点は全く見当たらない。

「太古の精霊石が、この崖の中にあるそうですよ。それがこうして、きれいな水を保っている。この辺りの空気は、全く瘴気を含んでいません。ありがたいですね」
「あ~!疲れた~!シルヴァン、ありがとう。疲れただろ?」
「ええ。大丈夫ですよ。夜、落ちてついて寝ることができる場所を見つけられただけで、もう一安心ですよ」
「お疲れ、シルヴァン。今、天幕張るから待ってろ」
「ありがとうございます、オーランド。少し、休ませてもらいます」

 オーランドとヤマダくんは三人用の大きな天幕を出して、ヒューは、泉の反対側に二人用の天幕を出した。なんていうか、その、わざわざ泉をまたいで、天幕を張る辺りが、もう、もはやなんとも言えない恥ずかしさを僕に感じさせたが、僕は何にも気づかなかったことにした。
 シルヴァンは疲れているのだから、今日は僕が料理をしたほうがいいだろう。
 大きな石を移動させ、簡易的なかまどを作っていると、ヒューが異空間収納袋から、調理器具と、食材を出してくれた。出された食材は、鮭みたいな魚と、ジャガイモと、玉ねぎ、きのこ、それからブロッコリー。それに最後に、牛乳を出してくれた。

(……鮭のシチューが食べたいんだな…?)

 随分とわかりやすい主張に、ふっと笑ってしまった。基本的にはさっぱりしたものを好むヒューだけど、どうやらたまにシチューが食べたくなるらしい。僕も、母さんが作ってくれる星空シチュー(人参が星形なだけだけ)はとても好きなので、心の中で、大きく手を丸くしてOK、と思う。
 どちらにしろ、小麦粉がなくてホワイトソースを用意できないから、牛乳だけの、さっぱりしたものになるだろう。僕は準備に取り掛かった。
 シチューは煮込むだけだから、楽ちんだけど、魚の下処理だけはちゃんとしておかないと、生臭くなってしまう。精霊の泉から、水を鍋で運んできて、グツグツとお湯を沸かす。オーランドとヤマダくんが、「肉~~!!!」と泣き叫ぶだろうな、と思いながら、それでも魚を食べようとするヒューに、ちょっと、くすっと笑いながら、野菜を切りはじめた。

 ゲームのことを思い出す。多分、明日には、魔王と対峙することになるだろう。
 まさか、魔王戦前日のメニューが、鮭のシチューだとは思わなかったな、と、ふっと笑いを漏らしたのだった。


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「この子、かわいくない?」
「………」

 僕の腕に抱えられた、奇妙なピンク色の植物を見せたら、ヒューは顔をヒクッと引き攣らせて、固まった。

 早めに夕飯を済ませたから、その後、ヒューと二人で辺りを散策していたのだ。精霊の泉の周りとうろついていたわけだけど、ちょっとでも離れると、やっぱりそこは、瘴気が充満していた。帰ろうと思って、泉に振り返った瞬間、後ろから、何かが足首に巻きついて、足を取られた。

「わあっ」

 振り返ってみたら、どぎついフューシャピンクの強大な触手の集合体が、穴からうねうねと、その手を伸ばしているのだった。ヒューが咄嗟に、魔法を発動させようとしたのがわかった。

「待って!」
「は?」

 僕は、ちょっと試してみたいことがあったのだ。
 おそらく、コレは、植物系のモンスターにあたると思う。実は、先ほど、村で試した『解呪』を、モンスターに試してみたことはなかったのだ。大きさこそ巨大だけど、魔王を倒しに行く、ヒューや僕の前では、簡単に倒せるモンスターだと思った。
 僕は目の前の一本の触手に手をかざし、魔法を使ってみた。

解呪ディスペル

 これは実験だった。シルヴァンが、大地が呪われ、と言ったのだ。もしかして、モンスターという存在は、魔王の瘴気にあてられて、変異してしまった動物や、植物なんじゃないかって、僕は思ったのだ。
 僕の足に絡みついていた、ピンク色の巨大な触手は、僕の両手に乗るくらいのうねうねした植物っぽいものに変わった。

「解呪…その魔法は、本当に聖魔法の解呪なのか」

 ヒューが目を丸くして僕を見た。

「え。わかんない。これ、固有魔法なんだよ。ただ『解呪』としか書いてないけど。聖魔法かどうかはわからないけど、シルヴァンがいるから、ほんと、役に立つことはないだろうけどね」
「固有魔法?解呪が??」
「うん。ヒューなんか知ってる?」
「………いや、だけど…それは…」

 ヒューは何か、すごく考えているみたいで、顎を押さえたまま固まってしまった。僕は、その間に、触手植物とたわむれることにした。さっきまでのように、うねうねと蛇のように動いている、ということはない。色も、目がちかちかするような、毒々しいピンク色だったのに、今はちょっと落ち着いたピンク色になっている。

(元は、ただの植物ってことなのかな…)

 解呪をして、ただの植物になってしまうということは、やっぱり魔王の瘴気にあてられて、変な風になってしまったのかもしれない。そこまで考えると、魔王の配下以外の、通常のモンスターというのは、もしかして、ただの瘴気による変異なのかもしれないな、という予測がついた。ゲームでは特に語られていなかったけど、もしかすると、ヤマダくんが魔王を倒せば、この世界からは、モンスターもいなくなるのかもしれない。

「ねえ、ヒュー。もしかしてモンスターってみんな、元々は違う生き物だったのかな」
「あ、ああ。確かに、この結果を見てると、元々の生態系は違うのかもしれないな」

 ヒューはそう言って、ヒューが生まれた時には、もうすでにこの世界にはたくさんのモンスターがいたから、本当のところは、よくわからない、と、続けた。ヒューはなんだかまだ難しい顔をしていて、しばらく考えていたけど、ハッと何かを思いついたみたいで、僕のことを見た。

「……もしかして、お前の魔法は……」
「え?」

 ヒューは呆然と僕のことを見て、それから、口をむっとつぐんだ。
 よくはわからない。よくはわからないけど、なんだかその表情が、うれしいような、泣きそうなような、不思議な表情で、僕は、どうしたんだろう、と心配になった。

「ヒュー?どうした?」
「………いや、いいんだ。全部終わったら、話す」

 なんだか、その有無を言わせないトーンに、僕はちょっと怯んで、今はもう、話してはくれなさそうだな、と思った。
 なので、触手植物をつんつんする作業に戻った。僕がちょっとつつくと、ぷにっとして、そのぷるんとした感触が、なんだか可愛く思えてきた。

「前に、どこかでこんな植物見たことある気がする。どこで見たんだろう。かわいい」
「………かわ……正気か?」
「かわいくない?ぷるぷるしてて、唇みたい」

 せっかく僕の解呪成功第一号の元・モンスターなのだ。なんだか愛着が湧いてきた。害はなさそうだし、連れていきたいけど、僕の異空間収納袋には、この大きさのものを入れたら、厳しいだろうな、という気がした。
 そして、思いついた。

「僕の異空間収納袋には入らないから、ヒュー持っててよ」
「…………正気か?」

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