【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

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第二章 NOAH

21 同じ

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 ガシャアアンと、けたたましい音を立てて、窓ガラスが、綺麗に崩れ去った。
 ブーメランは、おそらく、ぶつかった衝撃で、室内の床に、くるくるっと回りながら着地した。
 若干、ほんの一瞬、「ブーメラン戻ってこないじゃん!」というツッコミが頭をよぎったが、明らかに今はそれどころではなかった。ミシェル先輩に、上からぺシュカ教授を落とすかもしれないから、風魔法と、布に準備をしておいて欲しいとお願いして、僕は、ひょいっとぺシュカ教授の研究室の窓枠に、飛び乗った。

 球体は、さっきよりもずっと大きく、今にもミュエリーとぺシュカ教授のことを、今にも飲みこんでしまいそうだった。

「近づくな!」

 さらに弱ったように見えるミュエリーが、震える声で叫んだ。
 ミュエリーの腕に目をやれば、いつもとは違う、青白く光る鎖が、その大きな球に繋がっている。
 ミュエリーの下にある魔法陣は、今、確実に発動中だった。ということは、あれは人体蘇生の魔法陣ではないのかもしれない。ミュエリーの制止は無視して、とにかく、僕の方に近い、ぺシュカ教授を背負うと、窓際の方まで僕は歩いた。気を失っている人間の重さを感じながら、下にいる先輩達に、声をかける。

「ぺシュカ教授、投げても大丈夫ですかー!!」
「大丈夫!任せといて!」

 そう叫ぶミシェル先輩の声が聞こえ、僕は下の様子を見てから、木の隙間から、意識のないぺシュカ教授を下へ落とした。ガサガサッと葉っぱにぶつかりながら、落下した教授が、おそらく、ミシェル先輩の風魔法でふわりと浮かび、先輩達の広げた布の上に着地したのが、木の葉の間から見えた。
 よし、と、思い、そして、本当にまずい方へ近寄っていく。
 その青い稲妻のような光を発しながら、どんどん大きくなっていく球は、今や、部屋の天井までたどりつき、爆発するのは、時間の問題のように見えた。

 もはや、床に這いつくばってしまっているミュエリーの近くに歩いて行く。ミュエリーが焦ったように、また、「来るな!」と叫んだ。ミュエリーが、ヒューが、必死になって、そう叫ぶということは、この状況がまずいということだった。
 ミュエリーの体が、その球体に引き摺られるように、魔法陣の端っこの方まで来ていたのがよかった。魔法陣を踏まないように気をつけながら、僕は迷わず、近寄り、そっと、ミュエリーの鎖に手を伸ばした。

 引き攣ったミュエリーの顔に、悲壮感が浮かぶ。
 はじめて聞く、泣きそうな声でミュエリーが言った。

「違うんだ。ノア。お前が解呪ディスペルしたところで、この身にかけられている闇魔法は解かれるかもしれない。でも、この魔力の塊がどうなるかは分からない。解呪した瞬間に、爆発するかもしれないんだ。頼む。頼むから、逃げてくれ」

 その震える声を聞いて、思う。

(わかってないんだ…本当に、わかってないんだ……)

 どうしたって、自分だけが犠牲になればいいと思う考えに、僕はため息をつく。
 プライドが高い意地っ張りで、天邪鬼。周りくどくて、難解で、面倒くさくて、厄介。扱いにくくて、根暗で、それで、───

 ───優しすぎる、僕の大好きな人。

 僕は、ミュエリーの赤い瞳を見ながら、言った。

「同じだよ、ヒュー」

 今尚、その顔には、困惑と、不安の色が浮かぶ。戸惑いのまま、ミュエリーは、また何かを言いかけた。でも、僕の方が早く、口に出す。

「僕だって、ヒューが辛い思いしたら、嫌だよ。僕だって、守りたいんだ」
「ち、違うっ。お前と俺とじゃ、命の重さが違うんだ!」

 そう、食い下がってくるミュエリーは、を、否定しなかった。僕は、再度伝える。

「同じだよ、ヒュー。ねえ、何度、どうやって、死んできたのかは、知らない。本当に死んじゃったのかとかも、よく分からないけど。でもね、それでも、命の重さが違うなんてことは、ないよ」

 ミュエリーは、眉毛を下げながら、不安そうに僕のことを見る。
 僕は言った。ずっと、ずっと、───思っていたことを。


「ずっと、僕の、───大切な、人だよ」


 僕はミュエリーの鎖の上に置いた手に力をこめ、囁くように唱えた。

解呪ディスペル
「っっ!!!」

 僕の手から、淡い光が溢れ出た。ビクッとミュエリーが体を震わせた。それでも僕は、鎖をしっかり握って、離さなかった。
 僕に触れられた鎖は、やがて、じんわりと柔らかな白い光に包まれ、そして、パラパラと花びらが散りゆくように、空気に溶けて消えた。
 だが、ちらっと後ろを振り返っても、魔力の塊の球は、まだそこにあった。
 とにかく、ようやく鎖から解放された、ぐったりとしたミュエリーをぐいっと引っ張り、魔法陣の上から出すと、肩に担ぎ、窓際へと移動する。下に投げようとしたけど、ミュエリーが僕の腕をしっかり握って、離さなかった。
 その様子を見て、別に僕は死ぬつもりなんて全くないけどな、と、思う。それから、言った。

「一人じゃできないことだって、二人ならできることもある」

 それをわかって欲しい。だけど、ヒューは、僕のことを完全に守る対象だとばかり思っているのだ。
 確かに、僕は、ヒューに出会った時、まだ魔法も何も知らない初心者だったかもしれない。それでも、それなりに経験を積んできた僕は、傷ついたミュエリーが、頼りにできないほど、頼りないわけではないはずだった。
 でも、伝わらないのだ。

「じゃあ、せめて、逃げよう。二人で逃げるのなら、いいだろ!」
「だめだよ。隣の研究室にだって、誰かいるかもしれない。もしかしたら、廊下にも、まだ友達がいるかもしれない。ヒューに教えてもらった防御魔法で、囲ってしまおうと思う」
「お前に、そんなコントロールができるわけないだろ!俺は今、魔力が足りない!逃げるしかないんだ!!」

 僕はその言葉を聞き、ふん、と、鼻を鳴らしながら、僕はミュエリーに向き直った。
 ヒューは全くわかっていない。僕が何年、異世界にいると思ってるんだ。確かに、ヒューはすごい。生まれた時から、天才と言われて育ってきた人間だ。その後も、自分一人の力で、ずっとがんばって歩いてきたのだ。だから、僕みたいなのは、ヒューにとって、いつまでもひよっこで、守らなくちゃいけないと思ってしまうことくらい、わかる。
 それは、わかるのだ。それでも、───

 ヒューが知らないだけで、僕だって、と思う。
 僕は床に転がったブーメランを拾った。まさかこんなに、大活躍することになるなんて、思ってもみなかった。心の中で、父さんに、バナナを取るよりも、ずっとすごい使い道になりそうだよ、と、感謝する。そして、「一体何を?」と、不思議そうな顔をしているミュエリーを置いて、少し下がって、足を開くと、再度振りかぶって、思いっきり、光球に向かって投げつけた。

「あ、おい!!!」

 重力などまるでそこにないかのように、不可思議にそこに存在している青い球体に、ひび割れたような線が走り、青い光がカッと漏れ出した。そこかしこに、レーザービームのように、高圧な魔力の直線が走る。

 だが、ブーメランを投げたと同時に、僕は、部屋の床に手をついていた。
 僕の手を中心にして、幾何学的な模様が床を走り、その模様から発現した蒼白い光が、水が吸い上げられるように、やがて魔力の球の目の前で、盾のようにも見える不可思議な文様を形成した。
 僕は腕でシャボン玉を作るかのようにして、その盾をぐにょんと引き伸ばすと、魔力の球を包み込んだ。透明な幕のようにも見えるその防御壁の中で、今にも割れてしまいそうだった光球が、ブルブルと震えながら、小さく収束していくように見えた。今、まさに爆発寸前と言ったその光を見て、これ以上は開かないだろうと思われたミュエリーの目が更に驚きに見開かれるが、構っている暇はない。僕は、自分の前にも防御壁を作ろうと、床に再び手をつこうとした。

 途端。

 中心に収束した光点から、光の渦が咆哮をあげたのは、一瞬だった。
 ドガーーンとも、バリバリとも、聞こえるような、とにかく轟音が響き渡った。
 ミュエリーが咄嗟に、僕の頭を胸の中に抱え、おそらく、ほんの僅かの魔力で、無理矢理、防御魔法を展開したようだった。
 僕たちの視界は白濁した。突風がビュワッとすごい勢いで吹き抜けた。
 室内の物が吹き飛ばされ、そこかしこから物がぶつかる音がする。
 思わずぎゅっと瞑った目を開けたときには、魔力の球を囲っていた方の防御壁から、漏れ出た光が、周りにあった、あらゆるものを巻きこみ、破壊の限りを尽くした後だった。
 そして、ズタズタになった室内を無数に青い炎のような線が、走っていた。
 ミュエリーの横でくたりと寝そべると、僕は安堵の息を吐いた。危なかった。

「あーびっくりしたー!」
「───…おーまーえーはー……」

 これ以上ないほどに、深い深い眉間の皺を刻んだミュエリーが、そう言いながら、僕のことを恨みがましい目で見ていた。だけど、そのちょっと癖のある灰色の髪が、突風でいろんな方向に跳ねていて、あまり迫力は感じられなかった。
 きっと僕の頭も、すごいことになってるんだろうな、と、怒っているミュエリーを見ながら思う。
 でも、───

「助かったじゃん」
「………」
「助けてくれてありがとうって、言ってくれてもいいんだけど?」

 ミュエリーが僕のことを守ってくれたことを棚にあげて、僕は、そう、言い放った。
 でも、これくらい、コテンパンに言わないと、世界最大の意地っ張り魔術師は、きっと、いつも「助ける」側でしかなかったヒューは、きっと、「助けられる」ことを理解できないんじゃないか、と思ったのだ。
 ふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべている僕に、ミュエリーは、一瞬ぽかんとして、困ったように笑うと、それから、おそらく、の中で、はじめて、そう、口にしたのだった。

「助けてくれて、───ありがとう」

 その言葉を聞いて、僕は満面の笑みで答えた。

「どういたしまして!」

 僕は、はじめてヒューに頼ってもらえたことを、心の底から嬉しく思った。そして、僕は、ミュエリーの体を、再び肩に担ぐと、下で「大丈夫!?」と慌てている、先輩たちに「大丈夫です!ミュエリーも投げます!」と言った。
 慌てて、動かない体で必死に抵抗するミュエリーを、渾身の力で抱えこみながら、「後で話したいこと、いっぱいあるよ」と言った。

 ───が、その時、ふと、僕の目に、中庭を歩く、アオイくんとエヴァンス騎士団長が映った。
 二人は、見つめ合って、キスをし、そして、嬉しそうに笑いあったのだ。
 ───その瞬間。

「時間だな」

 前にも聞いたことのある台詞だ、と、僕は思った。
 邪神の姿は見えない。もしかしたら、声すらも、僕にしか聞こえていないのかもしれない。だけど、僕は驚いて、そのままミュエリーの体を下に落としてしまった。「お、おい!」と、叫びながら、ミュエリーが落下して行く。ガサガサガサッと音を立て、ぺシュカ教授と同様に、着地したようだった。
 だけど、このままでは、調査に来た人間に、闇魔法の痕跡が見つかってしまう!と、僕は思った。あの魔法陣だけでも、解呪でかき消しておかなければいけない。
 実際に使った痕跡さえ残らなければ、なんとでも言い逃れができると、思った。
 僕は、窓際で、ミュエリーの様子を確認しながら、慌てて、邪神に向かって叫んだ。

「待って!!少しだけでいいんだ!」

 その時だった。芝生に着地したはずのミュエリーが、驚愕に目を見開き、信じられないと言った顔で、何かを呟いた。

「───、だと…?」

 小さな声だった。でも、そう、言ったような気がした。
 その様子が、なんだか放っておいてはいけないような雰囲気だったが、僕には時間がなかった。邪神が待ってくれるかどうかは分からなかったが、やれることはやらなくてはいけない。
 焦っていた僕は「チッ バレたか」と、邪神が舌打ちをしたことにも、気がつかなかった。
 僕は、急いで室内に引き返すと、僕は解呪でその魔法陣の痕跡を消した。先ほどの鎖と同様に、魔法陣は、その形のまま、パラパラと光の粒子になって、散りさった。
 僕は、それを確認し、もう一度だけ、もう少しだけ、ミュエリーと話したいと思い、そのまま、二階の窓から、飛び降りようとした。

「そこまでの時間はやれないな」

 そう、また耳元で声がした。だけど、「待って。本当に一言だけなんだ」と、もう一度、邪神に言い、僕は、窓から大声で叫んだ。

「ヒュー!!!時間がないんだ。でも、どうしても!どうしても伝えたいことがある。ねえ、ヒュー!ねえ、僕は!!!怒ってるんだからな!!!」

 『ヒュー』という言葉を聞いて、ミシェル先輩以外の魔法研究部員の仲間たちは、みんな首を傾げた。でも、僕はどうしても、伝えなくてはいけなかった。

「僕のこと!守ってくれてるのは知ってる!!!ヒューが優しいことも、ちゃんとわかってる!!それでも!!!!」

 僕の体が、白く光はじめた。まずい、と、内心思うが、できる限り、声を張り上げる。

「それでも!!!ヒューを愛したことは、───僕の!!!だ!!!僕の!大切な記憶なんだ!!!」

 そう。どうしても、ヒューに伝えたかった。わかっているのだ。ヒューだって、そうしたくてしたわけじゃないってことくらい。僕がいけなかった。それはわかる。僕が、帰るだなんて言い出さなければ、おそらく、こんなことにはならなかったのだ。
 ヒューがどれだけ優しい人なのか。どんな想いで、僕の記憶を奪ったのか。想像して、涙した。だけど、どうしても、どうしてもこの怒りは、収まらなかったのだ。

 辛い思いをしたってよかった。

 ヒューのことを、あんなに愛した人がいたことを、忘れてしまうより、その方がずっとよかった。僕は、永遠に、ヒューのことを忘れてしまったかも知れなかったのだ。もしも、のことは分からない。それでも、そんなことは、僕は望んでいなかった。
 ヒューはきっと、辛い思いをしただろう。でも、ユノさんを、エミル様を見て、思うのだ。あんなに苦しんでまで、僕の笑顔を守ってくれなくったって、僕は、───。

「ずっと、ずっと好きでいたかった。辛い思いをしたとして、悲しい気持ちになったって、それだって、僕の愛した人との、ヒューとの繋がりなんだよ!!!」

 涙がぶわっと溢れた。あの頑固な天邪鬼に、伝わるかもわからない。それでも、僕は必死で続けた。

「もう、これ以上───、これ以上、僕の記憶になんかしたら、もう、絶対に!許さないから!!!これから、また、どこかで出会っても、絶対に!!!絶対に!!!もう、しないで!!!僕が、───僕が絶対に!!!」

 最後の方は、もう、金切り声だった。声は掠れ、裏返っていた。
 それでも、伝われ、伝われと思いながら、力の限り、叫んだ。


「また、見つけ出すから!!!!!!」


 僕の体を白い光が包みこみ、もう辺りの景色が見えないほどだった。
 だけど、最後に、一つだけ、ミュエリーの声が聞こえた。それは、僕の問いかけへの答えでもなんでもなく、それでも、未来へと繋いでくれる、ヒューからの助言だった。

「ノア!!!通信具!!!一番強い限定は、───血だ!」

 その声が届いたとき、───。
 僕は、もう、その場には、いなかった。

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