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快楽調教15

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俺は…全て調教師に話した。
お館様との蜜月の全てを。

あれは思い出すのも身震いするほど、
激痛と疲労と、混乱と苦しみの時間だった。

俺はお館様に愛して貰えるならどんな形でも
幸せだと疑わなかったが…現実は違った。
愛しい人に強く抱きしめられても寂しい。
心が怯え、冷えて固まりとても辛かった。

お館様は俺の『孔』にしか興味がなかった。
ずっとずっと、多分…最初から。

何度も何度も巨大な男根で皮膚の薄い粘膜を
擦られ、苦痛に身を捩ると首を絞められた。
肉が裂けて血を噴いても続けられたのだ。

調教師の戯れのように表皮を噛まれることの
何倍もお館様の絞首は苦しい。
獣のように犯されているのに全く呼吸が
出来なくて、吹いた泡に喉が詰まって
何度も死ぬかと覚悟した。

人として扱われなくて、人が成すこととは
思えなくて、あな恐ろしくて怯えるほどに、
体から力が抜けて抵抗出来なくて…

一刻も早く、終わることばかり願っていた。

性行が終わって、非常に満足そうな
お館様の笑顔を見て少し嬉しかったが、
それに勝る痛みと恐怖の現実が恐ろしくて…
我が身の状態を忘れ、ここへやって来た。
一つ語れば芋づるのように全て、洗いざらい
起こったことを打ち明けたのだ。

…本来は使なりたかった。
それほどお館様のが恐ろしかった。

話終えると、シロが背中に顔を埋めた。
僅かに聞こえる嗚咽に、ふと疑問が浮かぶ。
どうしてお前が泣くのだと、しかしそれを
聞き返すことは出来ない。

絞り出すような声が後ろから響く。

「藍乃介様…折り入ってお願いがございます!」

「な、なに…?」

体をぐっと寄せられて、鼻先がつくほど
間近で般若面のごとく怖い顔をした
調教師は声を荒げて、こう言った。

「シロめと共に、ここ城下町から逃げて下さい!」

「……えっ?」

「どうか、どうか人目につかない遠くに
逃げましょう…?私があなたを守ります。
不自由な思いはさせません、だからどうか、
私の悲願を聞いてやって下さい…っ!」

「はっ…!?」

…展開が、状況が飲み込めない。

ぼろ切れのようになった俺を憐れむ気持ちは
まあ、分かるけど、何ゆえ一人の調教師が
死を覚悟して、人生を掛けて俺を守ると
言うのだ?

「そんな…無理だ、分かってるだろう?
気持ちは有り難いが、いきなり…っ?」

頭では冷静になっているつもりでも
声はか細く震えていた。
戸惑う武士に畳み掛けるように、
白い着物の男は続けて申した。

「これはいきなりではございません!
私はずっと…あの時、初めて会った時から
ずっとあなたをお慕いしておりました…。
だから、この仕事を引き受けたのです。
あなたに愛しい他の男がいると知ってても、
あなたが可愛いと思ったから…!」

「ずっと…俺の、ことを…?」

そう言われて違和感がなかった訳ではない。

そして仕事と割り切るにはこの男の愛撫は
優しく、気遣ってくれて情熱的だったことは
他の男に抱かれて初めてに気づいた。
気づくきっかけはいくらでもあったけれど
告白されてようやく理解する。

白い男が俺の背中を抱く強さは本物だ。

本気で、俺のことを…。
俺と一緒に全てを捨てて、逃げ出したいと…

…その気持ちを知って尚、俺の心は一つだ。

「ごめん…お前の想いには答えてやれぬ。」

「なっ…何故ですか!?」

抱きしめてくれる暖かい男の手を握り返す。
非情な俺にはもう、その価値さえないとは
分かりきっていたが…続けた。

「俺は稀代のうつけ者だ。
こんなひどいことをされても、
お館様を愛しているのだ。」

痛みも嘆きも夢ではなかった。
現実を身を持って知ったのに、それでも
俺を求めてくれるお館様を愛してしまう。
この身の全てを…差し出したいと本気で…。

「ごめんなっ…。」

「そ…んな…、」

残酷な情事を思い出せば体が震える。
凄惨な戦で受けた消えない刀傷よりも、
内臓の痛みは壮絶であることを知った。

俺を、道具として使を覚えた主様に
何をされるのか…この先に待ち受けるものが
地獄であることはなんとなく分かっている。
それでも命を捧げた忠誠心が退かない。

意地を張るとか、楽観視してる訳ではない。
武士の「誓い」や「忠誠」は命より重い。
単純に、ただそう言うことなのだ。

シロも呆れたことだろう。
どうしようもない溜め息をついた。

「馬鹿だ…あなたは本当に馬鹿だ…!
殺されるよりも、死ぬよりも生きてる方が
辛いことだって山ほどあるんですよ!?
夢を見るのはお止めなさい!次こそ
人の形を残して貰えぬかも知れませんよ!」

「そ、それは…正直、こ、こわいなぁ…。」

冗談ぽく笑うつもりが声が引きつる。
多分その通りになると思うから。
肉体も、精神も…性的な暴力に散り散りに
壊れてしまうやも知れぬ。

シロは必死に俺に呼び掛けた。

「今すぐ納得しなくてもいいんです。
悪人と罵って軽蔑しても構わない。
黙って私に拐われて下さい…!」

「………。」

「恐怖で忘れたりしていませんよね?
私の指は、私の言葉は望むように、
あなたのことを愛したはずだ。
それでも、それよりもあの方のことを…?
どうして…?私の、たった一度の願いさえ
叶えては頂けないんですか?」

…シロは正しい。

心を見透かしているのかと思うほど
この男は俺の喜ぶことばかりをしてくれた。
沢山与えてくれた。
沢山…愛してくれたんだ。
だけど俺にも色んな思いがあるんだ。

一番の思いはお館様への強い愛情だが、
次に考えることは…きっとどこか遠くへ
逃げても俺たちは見つかってしまう。
俺はお館様の愛人だ。
当然腹を切ることになるが巻き添えで
…俺のせいで、シロも罪人になる。

お前シロが打ち首になるのは嫌なんだ。
大切な人だから、生きてて欲しい。
外道に堕ちた俺が死ぬことに、
きれいなお前の命を巻き込みたくない。

あとはちっぽけな誇りだの、植え付けられた
恐怖が逃げることさえ恐れているだの…。
色々あって、拐われることは出来ない。

名残惜しい、優しい温もりを
そっと振り払って立ち上がる。

救いを求めるようなシロの腕は
虚空をかきむしって何も掴めず、
整った顔をぐしゃっと歪めて俯き、
声を殺して泣いていた。

「…ぅ、…っ、…、えば…、…。」

何か心残りを呟いているようだが俺が、
それに答えられないなら聞いても意味ない。

死ぬまでこの胸のうちに抱かれていたら
どれだけ幸せだろうか。
そんな戯れ言、言うだけ無駄か。

「なあシロ。俺のーー、」

「あいのすけさま…?」

俺の、と言い掛けて言葉を止めた。
だって…残酷過ぎる。


俺の好きな人がお前だったら何もかも
上手くいっただろうに、なんて。
どうしようもない悲恋だな。


咳払いをして言葉を変えた。

「なあ、その一つだけの望み、
今のはなかったことにしよう。
お前には大層世話になったからな。
…では、ありがとう…さらばだ。」

そんな時が来るとは思わないけど
はっきり言えない武士の言い訳だった。
心からの礼を、一つに込めて頭を下げた。

「お待ちをっーーーー!」

「ーーーっ!!」

引き止める調教師を振りほどいて、
全力の駆け足で逃げ店を飛び出した。
シロの薬が良く効いてくれたのだろう。

「はあ、はあっ…はあ…っ。」

もう…ここには来れないな。
後は俺一人で何とかするしかない。
振り返ったら店に戻ってしまいそうで
ずりずり這うようにして街道の方へ進む。

「うう、あぁ…っ、ひ、ぐ…ひぅ…っ。」

泣きながら、月に向かって吠えながら、
愛しい愛しい牢獄へと帰っていった。
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