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第一章

3.身の上

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 さくらはこの状況をまったく理解できなかった。何故この二人は自分の名前を知っているのか? それにこの態度は何なのだろう? さくらはあんぐりと口を空け、二人を見つめた。

 しかし、そんなさくらの態度など構いなしとばかりに、二人はテキパキと仕事をこなし始めた。
 まず、ルノーはさくらの着ていた寝巻きを脱がし、新しく用意した服に着替えさせ、長い髪も綺麗に結い上げた。その間にテナーは食事の用意をし、さくらの身支度が整うのを待っていた。さくらがテーブルに着くと、そこにはシチューらしいものとパンと美しくむかれた果物が並んでいた。
 
 ルノーに勧められ、さくらは何がなんだか分からないまま、シチューを口にした。一口食べると、急に空腹感を覚え、むさぼる様にあっという間に食べ尽くしてしまった。食後にテナーが入れてくれたお茶をすすりながら、まだ物足りないと思っている自分に驚いた。それに気が付いたのか、

「とてもお腹がすいていたらしでしょう。なにせ二日間お目覚めになられなかったのですから」

とルノーは、さくらをなだめるように言った。

「二日?!」

 さくらはビックリして声を上げた。

「はい。丸二日間でございます。しかし、空腹時に大量のお食事は健康に悪うございます。今回は少々少なめで我慢なさって下さいませ」

 二日・・・。さくらは一気に直面している問題に引き戻された。食事をしている間、一瞬今の状況を忘れていた。それくらい夢中で食べていたのだ。むろんそれは空腹だったから。そして空腹だったのは二日間飲まず食わずに眠っていたからだ。
ではそれはいつからの二日間? やはりそれは・・・。

 さくらは恐る恐る右手を見ると手首に包帯がしてある。さくらは青くなった。あの悪夢は右手首に激痛が走ったところで終わっていた。

 ああ、本当に夢ではなかったのか・・・。
 さくらは震える左手で包帯に手を掛けた。するとルノーが慌ててそれを止めた。

「お触りになってはいけません。さくら様」

「なぜですか?」

 思わず反射的に聞いたが、実際は包帯を取ることを恐れていたので、触るなと言われて逆に内心ホッとしている自分もいた。

「たいへん申し訳ございませんが、私どもの口からは申し上げることは出来ません。いずれ然る者からご説明申し上げるはずでございます」

ルノーはそう言うと、深く頭を下げた。

 その時、呼び鈴が鳴った。さくらはどうしていいか分からず、すがるようにルノーを見上げた。ルノーはテナーに合図すると、彼女が扉を開けた。

 入ってきたのは、小柄な中年男性だった。足首まである長いスモックのような服に同じ丈くらいあるフード付きのガウンをはおり、頭をすっぽりと覆うような丸い帽子をかぶっていた。
 男は人好きするような笑顔を見せ、さくらに近寄り、深々と頭を下げた。

「ようやくお目覚めになりましたか。ご気分はいかがでございますか?さくら様」

 この男も自分の名前を知っている。そして、ひどく丁重に扱う様は、他の二人と同じだ。さくらは不気味でならなかった。とりあえず会釈をしたが、不審そうに相手を見やった。男はそれを意に介せず、続けて自己紹介をした。

「お目にかかれて光栄でございます。さくら様。私はこの国の王室教育係長を務めております、トムテと申します。この度はさくら様のお世話係をさせて頂くことになりました」

 相変わらず怪訝な顔で自分を見つめているさくらに、トムテはもみ手をしながら歩み寄った。

「さくら様。今の状況が把握できず、さぞかし不安でいらっしゃるでしょう。これから、御身の上に一体何が起こっているのか、その一切をご説明申し上げます」

 そして、扉に向かって手を指し出した。

「さあどうぞ、ご一緒にいらして下さい!」

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