上 下
17 / 42
第一章

16.森

しおりを挟む
 イルハンに叱られてから、さくらは第一の宮殿と第二の宮殿の間の中庭に行く事をやめた。どのみち中庭は楽しくはないし、そっちに行ったからには、例の「箱庭」に行って見たくなるに決まっているからだ。しかし、そこは絶対に行ってはならぬと忠告を受けたわけだから、入るわけには行かない。あそこには「箱庭」以外にさくらの気を引くものはなかった。

 それに、この宮殿は広い。まださくらの好奇心をそそるものがある。一番興味があったといっていいものが残っていた。

 それは第一の宮殿の庭園の奥にある鬱蒼とした森だった。その奥にはこんもりと山が見える。さくらは以前から興味を持っていたが、探索するには時間がかかりそうなので、後回しにしていたのだ。
 
 よく晴れた日、とうとうさくらはその森の中に足を踏み入れた。
すぐ前にある美しく整えられた庭園とは何と言う違いだろう。打って変わって、手付かずの自然が広がっている。木漏れ日が差し込み美しい。今にもウサギや狐などが今にも出てきそうだ。

(でも・・・)

 どことなく違和感を覚えた。木々は一見不ぞろいに並んでいるようだが、よく見ると等間隔に植わっている。小道も獣道のように見えるが、幅も広く歩きやすい。途中途中ある大きな岩なども、苔などが生えて昔からありそうだが、配置もよく考えられている。人工的に自然体に見せかけている箇所がいくつも見え隠れしていた。

 さくらは自分のいた国を思い出した。有名な寺院などの庭園―――竹が生い茂り、滝があり川が流れ、苔が生い茂る―――まるで自然の中にいるようなのに、実のところ細部に渡って人の手が加わっている、計算され尽くした美の庭園。そんな故郷でみた景色と通じるものがあり、懐かしくなった。

(所詮、宮殿の敷地内だもの。手入れしていない訳ないか・・・)
 
 さくらは順調にどんどん奥まで進んで行った。しかし、進むにつれて、だんだんと草木が茂り、道も悪くなってきた。木々の配列も徐々に乱れ始めてきた。

 明らかに入り口付近とは違う。木々の間には蔓やツタが絡み合い、四方八方に伸びているし、横に倒れて腐っている木もあれば、大木に太陽の光を遮られて、成長できない小さな木や、一生懸命光の方向に向かって斜めに延びている木もある。地面は落ち葉で覆われ、自然の腐葉土になっている。どうやらここら辺は本当に手入れが行き届いていないようだ。
 それでも誰かしら人が歩いているのだろう。獣道のような細い道はある。さくらが長い木の枝を広い、それでツタや草を避けながら、さらに奥に進んでいった。

 やがて、少し開けた場所に出た。そこには小さな池があり、その先は大きな崖がそびえ立っていた。この崖が宮殿から見えていた山なのだろう。
 
 さくらは池に近づいてみた。水はとても澄んでいて、太陽の光を浴びて美しく光っている。覗いてみると、底の方から小さい気泡がプクプクと湧き上がってくるのが見えた。

(湧き水? 深そう・・・)

 さくらはしゃがんで水の中に手を入れてみた。

「冷たっ!」

 あまりの冷たさに慌てて手を引っ込めた。さくらは濡れた手を振りながら、立ち上がり、今度は崖を見上げた。

 どうやらここで行き止まりのようだ。もしこの先があったとしても、さくらには到底登れそうにない。冒険ここで終わりかなと思いながら、崖に沿って歩いてみると、一箇所大きな穴が開いていた。

「洞窟だ!」

 冒険はまだ終わっていなかった!
さくらは興奮して洞窟の前に立った。入り口はかなり大きい。そして中もかなり広く、奥も深そうだ。
 
 さくらは恐る恐る一歩踏み出し、洞窟の中に入った。蝋燭など灯りになるような物は持ってきていないので、もちろん奥まで行くつもりはない。とりあえず、光が届いている入り口付近だけでも入って見たかったのだ。
 ゆっくりゆっくり一歩二歩と歩みを進めたその時、奥の暗闇で何か黒い影のようなものが動いた。さくらはビクッと全身に稲妻が走った。

(な、なに・・・!?)

 気のせいだと自分に言い聞かせようとした途端、その黒い影はさらに大きく動きだした。

「・・・っ!」

 さくらは声にならない悲鳴をあげ、その場から走り出そうとした。だが、体が言う事をきかない。全身がガタガタと震え、足はよちよち程度に後ずさりすることしかできない。
 そんなさくらのもとに黒い影がゆっくりと近づいてくる。ズシンズシンと黒い影が動く度に地響きがする。そして近づくにつれ影がどんどん大きくなり、とてつもなく巨大な黒いものがさくらの前に立ち塞がり、緑色に光った大きな目がさくらをしっかりと捕らえた。

 さくらは、その巨大な生き物を目の前に、後ずさりし続けた。やっと洞窟を抜けて外の光がその巨大な生き物の正体を明かした時、さくらは目をむき、そのまま尻もちをついてしまった。
 
 さくらの目の前にいるのは、竜―――ドラゴンだった。さくらの世界では架空の生き物とされている、あのドラゴンだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不思議の国の悪役令息

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:505pt お気に入り:5

陰キャ系ぐふふ魔女は欠損奴隷を甘やかしたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:14

モブで可哀相? いえ、幸せです!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:157

【本編完結】ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,023pt お気に入り:3,913

【本編完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,236pt お気に入り:3,911

処理中です...