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第一章

24.フェスタ

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 さくらがこの世界にきてから丸一月が過ぎた。

 相変わらず、国王陛下はご帰還にならない。国王不在は極秘内容であるためか、第一の宮殿内の中ですら話題に上らないように気を配っているようだ。さくらにも陛下の話題は出さない。国王陛下が不在でよく国政が回るものだと疑問に思いながらも、さくらは敢えて誰にも訪ねようとはしなかった。

 さくらは今の生活にかなり慣れてきていた。やらなければならないことは何もない。その分自由になる時間はたっぷりある。さくらはその時間を、自らこの世界―――この国の事について勉強することに充てた。自由に読んでいい本は山のようにあるし、幸いにも難解な文章も難なく読めるほどの、文字に関する知識は魔術で授かったようだ。
「教育係」というトムテ博士は、職務で忙しいのか、さくらを「教育」しようとする気配はまったくなかった。しかし、そのおかげで、自分の好きな時間に好きなように勉強する事ができたし、何よりも、ドラゴンのもとに行くことを誰にも邪魔されなかった。

 ドラゴンは度々さくらを夜の散歩に連れ出してくれた。初めのうちは、ドラゴンの背中の上でぎこちなく、必死に掴まっていたが、何度か飛んでいるうちに、コツも掴め、慣れてきた。今では飛んでいる間も、地上を見渡すゆとりもできた。

 空を飛ぶことも、外に出ることも、さくらにはとても嬉しいことだったが、人目を避けるために、どうしても夜しか飛ぶことができないことが不満だった。夜だと街の景色は、灯りだけしか見えないので街の全貌はわからない。
誰もいない、寝静まっている街の上を飛んでいると、やはり自分は一人ぼっちなのだと、改めて孤独を感じてしまう。

(明るいうちに街を見たい―――)

 そんな新しい思いがさくらを捕らえて離さなくなった。一つの願いが叶うと、すぐに新たな願いが生まれてくる。人の欲望は果てしない。

 そんな思いに悩まされている中、小さな希望がさくらのもとに飛び込んできた。
 毎年初夏に開かれるフェスタが今年も近々催されるというのを耳にしたのだ。そのフェスタは王宮が主催で、第二の宮殿の広大な庭園を開放し、そこに多数の露店が並ぶと言う。

「本来なら一般の市民は立ち入る事のできない第二の宮殿ですが、この日は特別にフェスタの会場になるのです」

 テナーが興奮気味にさくらに説明した。

「もちろん、この街全体のフェスタですから、宮殿の外でも、街中お祭り一色でございます。それでも、宮殿内は、いつもなら入れない場所の上に、人気の商店が露店を出しますので、それはもう大変な賑わいです」

 さくらは目を輝かせた。
 フェスタ! 王宮が主催の祭りならば特別な行事だ。しかも宮殿内での催しなら、もしかしたら自分も見に行くことが出来るかもしれない! 
 普段入れない人々が特別に第二の宮殿に入ることを許可されるなら、普段入れない自分も「特別」に入ることを許されるのではと、つい、甘い期待を抱いてしまった。

 テナーから聞いた情報を、改めてルノーに確認すると、ルノーは困惑した表情を浮かべ、

「残念でございますが、第二の宮殿には王妃様はお入りになることはできません」

と、申し訳なさそうに頭を下げた。

「通常の第二の宮殿でさえ、王妃様はお入りになることは好ましくございませんのに、ましてや、解放されている状態の第二の宮殿なんて、非常に危険でございます。お許しは下りますまい」

 ささやかな願いがあっさりと打ち砕かれて悲観にくれているさくらを見て、ルノーは心を痛めた。
本来ならフェスタのことはさくらには隠しておくつもりだったのだ。すぐそばで祭りが開かれていると知っていながら、一人でいるなんて、どんなに辛いだろうと配慮しての事だ。

 しかし、テナーは―――若い娘にありがちだが―――おしゃべりな娘だ。さくらと歳も近く、打ち解けているのはいいが、つい余計な事まで話してしまう。今回もこんな大切なことを知らせてしまうとは・・・。

 ルノーが、そう思っているところに、さくらが

「この祭りのことは、私には内緒にしておくつもりだったのですか?」

 そう聞いてきた。目には今にもこぼれ落ちそうに涙がいっぱいに溜まっている。

「そうだったら、私は何も知らないで、すぐそばの庭園でみんながお祭りを楽しんでいる間、いつも通り一人ぼっちで過ごしていたんですね・・・。何事もなかったかのように」

 ルノーは図星を突かれ、言葉を詰まらせてしまった。返す言葉が見つからない。

「知ってしまっても、参加できなければ同じですけどね。でも、知らないよりいいです」

 さくらは、袖で目を拭き、無理矢理微笑んで会釈をすると、ルノーに背を向けた。そして小走りで外に出て行った。
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