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第七章(最終章) 王子様の寵姫の座に収まっています
7-5(最終話) 二人の夢、できちゃいましたね
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雲一つなく冴え渡った青空の下、エアネルス王国じゅうが歓喜に沸いていた。
その日、かねてから予定されていたディアルムドとバーベナの挙式が盛大に執りおこなわれた。
予定外だったのは、挙式とあわせて執りおこなう立太子式が戴冠式に変わってしまったこと。
妃教育を再開してほどなく、国王が崩御したためだ。
本来であれば喪に服したあと、半年から一年ほどの準備期間を経ておこなうものだが、すでに諸外国から要人を招待しているのもあって、そのまま戴冠式にしたほうが都合がいいということになったのだ。
すべてが異例ずくめだった。
まさかの王太子妃からの王妃への肩書きの変更に、バーベナが戸惑ったのは言うまでもない。
「国王陛下、万歳! 王妃陛下、万歳!」
新国王夫妻を一目見ようと、パレードがおこなわれる沿道には、早朝から多くの人たちが詰めかけていた。
バーベナは馬車の中から笑顔で人々に手を振り続ける。
「バーベナ、大丈夫ですか?」
歓声に応えていると、同じように手を振りながらディアルムドが声をかけてきた。
今日のディアルムドは金のローブを羽織り、頭には王冠を戴いている。
その姿はいつにも増して凛々しく、威厳に満ちている。
バーベナの頭にも宝冠が乗っており、ずっしりとした重みに身が引き締まる思いだった。
ただリハーサルも含め、立て続けに式典がおこなわれたからか、アクアブルーの瞳が心配そうにこちらを覗いている。
その目にはほんの少し――よく見なければ気づかないほどの疲労の色も滲んでいる。
ふとバーベナは、普段は意気揚々としたディアルムドが目に見えて暗くなったことを思い出した。
ちょうど彼の父でもある国王が亡くなったときだ。
「これで俺は本当に独りぼっちになりました」と寂しそうに呟く彼に、「私がいます」と答えたのがつい昨日のことのようだった。
あれから半年たち、魔界へと通じる扉は完全に封印された。
今では魔物の出現もなくなり、回復薬の需要もすっかり減ってしまった。
それでもバーベナは、時間の許す限り回復薬を作って神官のシネイドに届けている。
魔物による被害がなくなっても、病気や怪我そのものがなくなることはないからだ。
そしてディアルムドのほうはと言うと、新しい魔法道具の研究開発に力を入れていた。
人間が扉に直接魔力を注がずとも魔物の脅威を退けられるよう、強い魔晶石を使った守護障壁というものをつくりたいのだそうだ。
子どもや孫に自分と同じ苦しみを与えたくないと、よりよい未来を考えている。
逆境や困難をものともしない彼に、バーベナは敬慕の思いでいっぱいになった。
だが『パッと見は超人みたいな王子様ですけど、本当はそうでもないんです。無茶ばかりする』とソーラスも言っていたように、彼は王である前に一人の人間に過ぎない。
――私、いつもディアルムド様に気にかけてもらってばかりね。
頑張ろうとする彼を見るほど、こんなときこそ、王として今まで以上の重圧が伸しかかる彼の力にならなければと思う。
いつだって彼には笑っていてほしいから――。
「大丈夫です。王になられたディアルムド様が格好よすぎて、ちょっと頭がクラクラしちゃいますけど」
冗談めかして答えれば、ディアルムドが虚を衝かれたように目をしばたたかせた。
それから、パッと彼の表情が明るくなる。
「相変わらずおもしろいことを言ってくれますね。俺の心を擽るのが非常にお上手ですよ、バーベナ」
「お褒めに預かり光栄ですわ、ディアルムド様」
「お礼に、今夜はたっぷりと可愛がって差し上げますね」
「え?」
思わずバーベナの声が裏返った。
ディアルムドを励まし、この場を和ませようとしただけなのに、いつの間にかグイグイ攻められているのはどうしてなのか。
「い、いいえ……このあとのスケジュールを考えると、それはちょっと体力的にも無理があるかと」
「男は疲れているときほど本領を発揮するものだと前にも言ったでしょう? 二度目の初夜になりますが、期待していてください」
妖しい笑みに、バーベナの背筋に冷や汗が伝う。
「先輩ー!!」
「バーベナちゃーん!!」
ちょうどそのとき、沿道で手を振る人々の中から懐かしい声が聞こえた。
魔法道具店の店主と後輩が見える。
その近くには神官や教会の子どもたちの姿も。
よくよく見ると、人垣の向こう側で、こんなに忙しいときだというのにミアンとソーラスが追いかけっこしている様子まで見られた。
みんな相変わらず元気そうだ。
ちなみにこの場にいないものの、妹のブリギットとは晩餐会で顔を合わせることになっている。なんでも最近、研究とは別に魔法道具の販売を中心とした商会を立ち上げたとか。本当に好きなようにやっているらしい。
「シネイド様! マスター! コリンくん!」
バーベナは元気いっぱいに手を振り返した。
すると、「そっくりさんじゃない!」「やっぱりバーベナちゃんだ!」と驚き交じりに「おめでとう!」を叫ばれた。
ただコリンの名前を呼んだあたりで、腰に手を回してディアルムドのほうへグッと引き寄せられる。
「ディアルムド様? もしかして――」
ヤキモチですか? という言葉は続かなかった。
不審に思って見上げたとたん、キスで黙らされたからだ。
同時に、悲鳴にも似た歓声がわっと上がる。
いつもと違うちょっと触れるだけの優しいキスにもかかわらず、バーベナの恥ずかしさは一瞬で最高潮に達した。
「も、もう~~~~!!」
顔が異様に熱くなる。
拗ねた顔を向ければ、ディアルムドは悪戯が成功した子どもみたいに笑い出した。
「俺があまりにも嫉妬深いので、結婚早々うんざりしてしまいましたか?」
「何を言ってるんですか! これくらいどうってことありません!」
いつの間にかすっかり彼のペースに呑まれてしまっている。
だがバーベナも負けじと胸を張って言い返す。
「そもそも私もあなたに惚れてしまいましたから、今後常夏の島にはあなたと一緒に住むしかないって思っています」
まさかあの約束は忘れてないですよね、といった具合に見返すと、ディアルムドの目に優しい光が浮かんだ。
「そうですね。いつか生まれてくる王子と王女が大きくなったら、すぐに隠居してあなたと自由気ままな余生を送ることにします」
「二人の夢、できちゃいましたね」
ふふ、と笑ってから、引き寄せられるまま、ディアルムドの胸に頬擦りをする。
これからも、彼の隣で生きていく。
愛する人とともに、どこまでも続く祝福に応えながら、バーベナは改めて幸せを噛みしめた。
了
※宝冠=君主以外の王族、貴族の冠
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
その日、かねてから予定されていたディアルムドとバーベナの挙式が盛大に執りおこなわれた。
予定外だったのは、挙式とあわせて執りおこなう立太子式が戴冠式に変わってしまったこと。
妃教育を再開してほどなく、国王が崩御したためだ。
本来であれば喪に服したあと、半年から一年ほどの準備期間を経ておこなうものだが、すでに諸外国から要人を招待しているのもあって、そのまま戴冠式にしたほうが都合がいいということになったのだ。
すべてが異例ずくめだった。
まさかの王太子妃からの王妃への肩書きの変更に、バーベナが戸惑ったのは言うまでもない。
「国王陛下、万歳! 王妃陛下、万歳!」
新国王夫妻を一目見ようと、パレードがおこなわれる沿道には、早朝から多くの人たちが詰めかけていた。
バーベナは馬車の中から笑顔で人々に手を振り続ける。
「バーベナ、大丈夫ですか?」
歓声に応えていると、同じように手を振りながらディアルムドが声をかけてきた。
今日のディアルムドは金のローブを羽織り、頭には王冠を戴いている。
その姿はいつにも増して凛々しく、威厳に満ちている。
バーベナの頭にも宝冠が乗っており、ずっしりとした重みに身が引き締まる思いだった。
ただリハーサルも含め、立て続けに式典がおこなわれたからか、アクアブルーの瞳が心配そうにこちらを覗いている。
その目にはほんの少し――よく見なければ気づかないほどの疲労の色も滲んでいる。
ふとバーベナは、普段は意気揚々としたディアルムドが目に見えて暗くなったことを思い出した。
ちょうど彼の父でもある国王が亡くなったときだ。
「これで俺は本当に独りぼっちになりました」と寂しそうに呟く彼に、「私がいます」と答えたのがつい昨日のことのようだった。
あれから半年たち、魔界へと通じる扉は完全に封印された。
今では魔物の出現もなくなり、回復薬の需要もすっかり減ってしまった。
それでもバーベナは、時間の許す限り回復薬を作って神官のシネイドに届けている。
魔物による被害がなくなっても、病気や怪我そのものがなくなることはないからだ。
そしてディアルムドのほうはと言うと、新しい魔法道具の研究開発に力を入れていた。
人間が扉に直接魔力を注がずとも魔物の脅威を退けられるよう、強い魔晶石を使った守護障壁というものをつくりたいのだそうだ。
子どもや孫に自分と同じ苦しみを与えたくないと、よりよい未来を考えている。
逆境や困難をものともしない彼に、バーベナは敬慕の思いでいっぱいになった。
だが『パッと見は超人みたいな王子様ですけど、本当はそうでもないんです。無茶ばかりする』とソーラスも言っていたように、彼は王である前に一人の人間に過ぎない。
――私、いつもディアルムド様に気にかけてもらってばかりね。
頑張ろうとする彼を見るほど、こんなときこそ、王として今まで以上の重圧が伸しかかる彼の力にならなければと思う。
いつだって彼には笑っていてほしいから――。
「大丈夫です。王になられたディアルムド様が格好よすぎて、ちょっと頭がクラクラしちゃいますけど」
冗談めかして答えれば、ディアルムドが虚を衝かれたように目をしばたたかせた。
それから、パッと彼の表情が明るくなる。
「相変わらずおもしろいことを言ってくれますね。俺の心を擽るのが非常にお上手ですよ、バーベナ」
「お褒めに預かり光栄ですわ、ディアルムド様」
「お礼に、今夜はたっぷりと可愛がって差し上げますね」
「え?」
思わずバーベナの声が裏返った。
ディアルムドを励まし、この場を和ませようとしただけなのに、いつの間にかグイグイ攻められているのはどうしてなのか。
「い、いいえ……このあとのスケジュールを考えると、それはちょっと体力的にも無理があるかと」
「男は疲れているときほど本領を発揮するものだと前にも言ったでしょう? 二度目の初夜になりますが、期待していてください」
妖しい笑みに、バーベナの背筋に冷や汗が伝う。
「先輩ー!!」
「バーベナちゃーん!!」
ちょうどそのとき、沿道で手を振る人々の中から懐かしい声が聞こえた。
魔法道具店の店主と後輩が見える。
その近くには神官や教会の子どもたちの姿も。
よくよく見ると、人垣の向こう側で、こんなに忙しいときだというのにミアンとソーラスが追いかけっこしている様子まで見られた。
みんな相変わらず元気そうだ。
ちなみにこの場にいないものの、妹のブリギットとは晩餐会で顔を合わせることになっている。なんでも最近、研究とは別に魔法道具の販売を中心とした商会を立ち上げたとか。本当に好きなようにやっているらしい。
「シネイド様! マスター! コリンくん!」
バーベナは元気いっぱいに手を振り返した。
すると、「そっくりさんじゃない!」「やっぱりバーベナちゃんだ!」と驚き交じりに「おめでとう!」を叫ばれた。
ただコリンの名前を呼んだあたりで、腰に手を回してディアルムドのほうへグッと引き寄せられる。
「ディアルムド様? もしかして――」
ヤキモチですか? という言葉は続かなかった。
不審に思って見上げたとたん、キスで黙らされたからだ。
同時に、悲鳴にも似た歓声がわっと上がる。
いつもと違うちょっと触れるだけの優しいキスにもかかわらず、バーベナの恥ずかしさは一瞬で最高潮に達した。
「も、もう~~~~!!」
顔が異様に熱くなる。
拗ねた顔を向ければ、ディアルムドは悪戯が成功した子どもみたいに笑い出した。
「俺があまりにも嫉妬深いので、結婚早々うんざりしてしまいましたか?」
「何を言ってるんですか! これくらいどうってことありません!」
いつの間にかすっかり彼のペースに呑まれてしまっている。
だがバーベナも負けじと胸を張って言い返す。
「そもそも私もあなたに惚れてしまいましたから、今後常夏の島にはあなたと一緒に住むしかないって思っています」
まさかあの約束は忘れてないですよね、といった具合に見返すと、ディアルムドの目に優しい光が浮かんだ。
「そうですね。いつか生まれてくる王子と王女が大きくなったら、すぐに隠居してあなたと自由気ままな余生を送ることにします」
「二人の夢、できちゃいましたね」
ふふ、と笑ってから、引き寄せられるまま、ディアルムドの胸に頬擦りをする。
これからも、彼の隣で生きていく。
愛する人とともに、どこまでも続く祝福に応えながら、バーベナは改めて幸せを噛みしめた。
了
※宝冠=君主以外の王族、貴族の冠
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
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