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第28話 招かれざる技術者、逆上しながら奮闘する
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作業が始まった。ユキの指示の下、佐野はテキパキと動く。先ほど佐野を睨んだ男はやはりこの現場の責任者だった。なので頻繁に鋭い視線が佐野へ飛ぶ。自分の現場で施工ミスをされてはたまらないからだ。
一方、ユキへは全員が笑顔で会話をしている。どうやら社内での人望は厚いらしい。けれどそんなユキが連れてきたのは悪名高い古山建設。さすがに彼らもこれには納得がいかないようで、時折こそこそとユキに何か言っては顔をしかめている。ユキもそれに対して冷静な表情で答えているのだが、電動工具や作業音でかき消され、佐野の耳には入らない。
聞こえないほうがいい。余計なダメージを受けなくて済むからだ。佐野は腹の中でつぶやく。
自分が歓迎されていないことを全身で感じながらの作業はそれだけでも心身ともに消耗する。しかも早く終わったとはいえ、本来の夜間作業のあとだ。疲労は普通に蓄積している。
この現場、今夜は何時に終わるのだろう。こっそりと腕時計を見る。二十二時五十六分だ。十九時頃に現場事務所でコンビニの弁当を食べているから空腹はない。また、緊張で眠気も感じていない。けれど逆上をエネルギーに変えての作業はハイテンションになる分、気力が『ガス欠』になった時は文字通り動けなくなる。だから自分への悪口や敵意の視線を上手くかわすのも体力温存への戦略だ。
しかしできれば零時には終わって欲しい。
今やユキすら信用できない状況。完全に四面楚歌。星崎のせいで迫害や嫌がらせには多少の免疫はあるものの、本音を言えば、心は半分以上折れている。ユキが縁切りのために作ったであろうシナリオに踊らされている自分がほとほと情けないからだ。
「佐野さん、無理するなよ。俺の現場のあとなんだから」
隣でユキが言う。
「大丈夫です。まだまだいけます。どんどん指示してください」
弱みなんぞ見せてたまるか。佐野は努めて明るく答える。
「明日は遅く来てもいいからな」
「いいえ。定時に参ります。そして十七時までぎっちり働きますので、よろしくお願い申し上げます!」
「――」
ユキの目に、ありありと困惑の色が浮かぶ。だが佐野は寒さで鼻をすするふりをして鼻を鳴らす。
かまうもんか。どうせ明日で契約は終わる。となれば、この陰険な現場ともおさらばだ。そして……ユキと花壇ともお別れだ。
さあ、橋本建設。僕から『労力』、ごっそり搾り取りやがれ。おい、サンタクロース。僕から『幸せ』、全部持って行きやがれ。
佐野は残り少ない怒りの気力を言葉巧みに馬力へ変える。
けれどこのような中――ユキはそんな佐野のありようをそばでじっと見つめていた。もちろん佐野は、これっぽっちも気づいていない。
一方、ユキへは全員が笑顔で会話をしている。どうやら社内での人望は厚いらしい。けれどそんなユキが連れてきたのは悪名高い古山建設。さすがに彼らもこれには納得がいかないようで、時折こそこそとユキに何か言っては顔をしかめている。ユキもそれに対して冷静な表情で答えているのだが、電動工具や作業音でかき消され、佐野の耳には入らない。
聞こえないほうがいい。余計なダメージを受けなくて済むからだ。佐野は腹の中でつぶやく。
自分が歓迎されていないことを全身で感じながらの作業はそれだけでも心身ともに消耗する。しかも早く終わったとはいえ、本来の夜間作業のあとだ。疲労は普通に蓄積している。
この現場、今夜は何時に終わるのだろう。こっそりと腕時計を見る。二十二時五十六分だ。十九時頃に現場事務所でコンビニの弁当を食べているから空腹はない。また、緊張で眠気も感じていない。けれど逆上をエネルギーに変えての作業はハイテンションになる分、気力が『ガス欠』になった時は文字通り動けなくなる。だから自分への悪口や敵意の視線を上手くかわすのも体力温存への戦略だ。
しかしできれば零時には終わって欲しい。
今やユキすら信用できない状況。完全に四面楚歌。星崎のせいで迫害や嫌がらせには多少の免疫はあるものの、本音を言えば、心は半分以上折れている。ユキが縁切りのために作ったであろうシナリオに踊らされている自分がほとほと情けないからだ。
「佐野さん、無理するなよ。俺の現場のあとなんだから」
隣でユキが言う。
「大丈夫です。まだまだいけます。どんどん指示してください」
弱みなんぞ見せてたまるか。佐野は努めて明るく答える。
「明日は遅く来てもいいからな」
「いいえ。定時に参ります。そして十七時までぎっちり働きますので、よろしくお願い申し上げます!」
「――」
ユキの目に、ありありと困惑の色が浮かぶ。だが佐野は寒さで鼻をすするふりをして鼻を鳴らす。
かまうもんか。どうせ明日で契約は終わる。となれば、この陰険な現場ともおさらばだ。そして……ユキと花壇ともお別れだ。
さあ、橋本建設。僕から『労力』、ごっそり搾り取りやがれ。おい、サンタクロース。僕から『幸せ』、全部持って行きやがれ。
佐野は残り少ない怒りの気力を言葉巧みに馬力へ変える。
けれどこのような中――ユキはそんな佐野のありようをそばでじっと見つめていた。もちろん佐野は、これっぽっちも気づいていない。
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