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3 恋人の帰宅

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(まあ…起きてしまったものは仕方ない。こうして動かぬ証拠も出ている訳だし)

 この使用済み避妊具と思しき塊達が丈一郎と碧夢の使用したものではない事は嫌という程わかっている。今朝、出社ついでのゴミ出しの為に各部屋のダストボックスの中身を全て集めたのは、他ならぬ丈一郎自身だったからだ。
 きっと碧夢は、まさか丈一郎がこんなに早く帰宅するとは思わずに須賀谷を駅まで送りに出たのだろう。その後帰ってきてから掃除をして、部屋を整える時間的余裕があると考えて。
 さっき碧夢と居たのは、丈一郎の学生時代からの友人である須賀谷だった。しかし丈一郎の知る限り、須賀谷と碧夢が接触したのはほんの2度ほど。
 外デートで食事をしていた店で偶然会った時と、その数週間後に宅飲みしようと部屋を訪れた時だ。だが偶然会った時は挨拶と短い世間話程度だったし、宅飲みの時には仕事の納期があった碧夢は挨拶と作ったツマミを並べ終わると早々に部屋に引きこもってしまった。
 碧夢は愛想が悪い訳ではないので須賀谷とも普通に会話をしていたが、かといって必要以上に親しくなったようにも見えなかった。あくまで丈一郎の友人だから失礼のないようにもてなす、といった様子で、2人が連絡先を交換するような場面も見た記憶は無かった。
 その程度の関係だと思っていたのに、そんな2人が何故…という疑問を拭えない。

(もしかして、実は俺と知り合う前から知り合いだったのか?)

 実は以前付き合っていたが、気不味くて丈一郎には隠していた、とか…。

(いや、そんな筈はない。出会った時、碧夢には後ろの経験が無かった)

 以前からという可能性を打ち消してはみるものの、どちらにせよ彼らがこの部屋で仲良くしていたという推測は間違いないように思える。それによく気をつけてみれば、あの独特の匂いに紛れるようにして、憶えのあるスパイシーな匂いもして、それは須賀谷が昔から愛用しているフレグランスによく似ていた。

 丈一郎は何度目かの溜息を吐いてから、ダストボックスの前から立ち上がった。
 それからクロゼットに向かい、そこを開けて上段から大きなボストンバッグを取り出す。
それは碧夢が肩を落としながらこの部屋にやってきた時に持っていた物だ。
 丈一郎は服を収納している方のクロゼットに移動し、そのボストンバッグの中に碧夢の服や下着やらを無心で詰め込んでいく。
 これから碧夢はこの部屋に帰って来るだろう。丈一郎は見た事を黙っているつもりはないから、問い質す事になる。
 その時の碧夢の答えによっては、このまま一緒には暮らせない。
 碧夢には、彼をこの部屋に受け入れるに際して幾つかの決め事を出している。

 無理に経済的負担をしなくても良いので、家事は無理のない程度には頑張って欲しい事、
浮気は絶対にしない事、
飲みに行くなどは自由だが無断外泊はしない事、
誰かを招く時には、家主である丈一郎に一言連絡をする事、
それらを破った時には、その後の裁定は丈一郎の独断に任せる事。

 特別厳しい条件ではなかった筈だ。家事は元々丈一郎もやってきたから、100%負わせた訳ではない。浮気や無断外泊の禁止は、恋人同士としてつき合っている以上、正当な要求の筈だ。
 友人知人を招いてくれる事は構わないが、何も聞かされていないと対応に困るかもしれない。聞いていれば、気を利かせて何か土産でも買って帰れるだろう。
 必要以上に束縛したい訳ではなく、碧夢という個人を尊重した上での条件付けのつもりだ。彼だってそれを、『こんなので良いの?』なんて笑っていた。

 けれど、碧夢はもう忘れてしまったのだろう。でなければ、恋人である丈一郎の留守中に丈一郎の部屋に浮気相手を引っ張り込むような真似が出来る筈が無い。

(どうして…。俺に不満が?俺が最近忙しくしていたからか?それとも…ただ、須賀谷に惹かれた?)

 胸の中に降り積もっていく疑問に、さっきまで何処か他人事めいていた現状がやっと現実味を帯びてくる。
 出会った夜からずっと愛しんできた歳下の恋人と、古くからの友人に裏切られていた。
2人はいつからそんな関係になっていたのだろうか。まさか、もう何度も?
 とすれば、自分は何も知らずそのベッドに寝て、須賀谷に抱かれた碧夢を抱いていた…?

 具体的に想像してしまうと、嫉妬が胸の中にどろどろと黒い蜷局巻いていくようで重苦しい。

 信じ切っていただけに、泣きたい気分だ。

 ボストンバッグがいっぱいになってきたところで、ガチャリと玄関の開く音が聴こえた。

 どうやら碧夢が帰ってきたようだ。足音はまっすぐに丈一郎の居る寝室に向かってきて、数秒後にはドアが開かれた。

「えっ、あ…丈一郎さん…」

 明らかに狼狽している碧夢。
丈一郎は帰ってすぐに靴を仕舞っておいたから、部屋の中に姿を見てさぞ驚いた事だろう。
 更には、いつもより1時間以上も早い帰宅で、丈一郎の帰宅前に全てを元通りにしておけばバレないという目算が狂ったに違いない。

 丈一郎はボストンバッグを持って立ち上がり、碧夢の胸元に突き出した。
 
「わかるよね?」

「えっ、あの…」
 
「まさか君にこんな形で裏切られるなんて思わなかった」

 精神力で涙を引っ込めた丈一郎は、怒りも悲しみも押し隠して淡々と告げる。

「さっき君がアイツと居た事と、この部屋の状況を俺が把握しているのを前提として…何か言いたい事はあるか?」

 丈一郎の言葉に、碧夢は顔面蒼白で乱れたベッドに視線をやり、項垂れた。




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