上 下
7 / 8

7 初めての悪寒(初めてのチュウ的な)

しおりを挟む

(まさか、あの須賀谷が...)

 丈一郎にとって初耳の、数々の驚くべき事実。中でも特に驚きだったのは、須賀谷が自分に恋愛感情を抱いていたという事だ。そしてそれ故に丈一郎の元・恋人達に酷い真似をしていたと知り、何とも言えない気持ちになる。道理で、誰とつき合っても長続きしなかった訳だ、と。


 須賀谷とは、高校2年でクラスが同じになった恋人から親しくなった。風のように自由気ままな須賀谷と、真面目で地に足が着いたように落ち着いた丈一郎。性格は正反対だったが、逆にそれが新鮮だったのか、意外と気が合った。
 とはいえ、親友と言うほど深い関係性ではなく、互いに友人中の一人という認識だろうと思っていた。
 
その関係が少し変化したのは同じ大学に入ってからだ。学部は違ったが、キャンパス内では顔を合わせる事もあったし、息抜きに遊びに連れ出される機会は高校の頃よりも増えた。
 その後は就職で道が別れたが、他の友人達がそれぞれに仕事や結婚して家庭を持ったりと日々を忙殺され、何か特別なイベントが無い限りは連絡を取り合う事も少なくなった中、須賀谷だけは途切れず連絡を寄越してきた。丈一郎自身も忙しく、なかなか連絡を返す事が出来ない時期も多かったが、須賀谷がそれに腹を立てて連絡を断つような事は無かった。それは単に、須賀谷の浅く広い交友関係と、頓着しない性格ゆえだと思っていたのだが、実は恋愛感情を抱かれていたからだと考えれば納得がいくように思える。
 恋人が出来れば、紹介する事もあった。が、思い返してみれば確かに、元・恋人達との別れたのはいつも、須賀谷と恋人を合わせた少し後のタイミングだったような気がする。しかし、それまで重ねた恋愛遍歴で、自分の恋愛は長続きしないものだと思っていた丈一郎がそれを不思議に思う事は無かった。
 だがそれが実は、須賀谷にそう仕向けられていたという事なのか...。
 
 元・恋人達が別れたいという理由は、おおかたが『忙しくなってしまった』とか、『合わないと思う』という当たり障りないものだったが、それらの別れ話はスマホのメッセージ上で行なわる事が殆どだった。折り返し連絡をしても、皆一様に決意が固く、中には既にブロックされていた事もある。丈一郎は毎回それに困惑しながらも、諦念をもって受け入れるしかなかった。
 だが今の碧夢の話を信じるならば、彼ら彼女らのそういった態度は合点がいく。須賀谷に乱暴され弱味を握られては、そうするしかなかったのだろう。
 彼らは、須賀谷の嫉妬の対象になり、餌食にされてしまったのだ。それは須賀谷がした事とはいえ、丈一郎に対する気持ちを拗らせた末の行動だったのだから丈一郎自身にも責任があるのではないだろうかと思ってしまう。
 自分とつき合いさえしなければ、そんな被害には遭わずに済んだだろうに、と。
 かといって、今更連絡を取って謝罪するのも違う気がする。彼らがその被害に遭った事を最も知られたくなかったのは丈一郎だったろうし、その丈一郎の口からその件を蒸し返されても、やっと癒えた(かけた)傷口を抉ってしまうだけだろう。


「はぁ...」

 考えれば考えるほど、申し訳無さと無力感に気が滅入ってきそうになる。俯いて顔を覆うと、碧夢が動いた気配がした。

「丈一郎さん」

 呼びかけられたが、顔が上げられない。返事も出来ずにいると、今度は顔を覆っている手首を掴まれて剥がされた。

「丈一郎さん」

「...碧夢」

「今、何を一番考えてるの?」

「え...?」

「僕に怒ってる?」

「...いや」

「あの人とヤッちゃったのは事実だから...」

 そう言って目を伏せた碧夢を見て、そうか、その事も重要なのだと思い出した。しかし碧夢には丈一郎の心の動きがわからない為、返事を待たずに言葉を続ける。

 「でも、考えてみて、丈一郎さん。もし僕が見た目通りのか弱い男だったら、今頃傷つけられて震えていたのは僕の方だったんだよ?それとも丈一郎さんは...その方が良かった?」

「あ...」

 言われて、その通りだと気づく。今回はたまたま碧夢に柔術の心得があり逆襲できたが、そうでなければ今までの恋人達と同じように須賀谷に傷つけられ脅されていただろう。そうしてまた、丈一郎は何も知らないままに別れを切り出されて...碧夢を失っていたのかもしれないのだ...。
 それを想像すると、丈一郎は胸と腹の中がひやりとした。
 何故自分はそれに気づかずに、目の前の碧夢ではなく過去の恋人達の被害ばかりに目を向けてしまったのだろう。

 丈一郎は自分が情けなくなった。過去の恋人達への申し訳無さや友人だった須賀谷の恋情と裏切りより、愛する者を危険に晒してしまった事への配慮が足りなかった。

「...すまなかった、碧夢。君を責めるつもりなんか無い。須賀谷は自業自得だ。
君が無事でいてくれて、本当に良かった...本当に」

「丈一郎さん...」

「俺の友人が本当に済まなかった。何年もこんな事に気づけなかった自分の鈍感さが不甲斐ない」

 丈一郎は、椅子から立ち上がって碧夢に頭を下げた。

「...丈一郎さん...許してくれるの?」

「許すも何も...」

 幾ら格闘技経験があるとはいえ、圧倒的な体格差がある事を考えればやはり碧夢は正当防衛と考えて良いのかもな、と首を傾げる丈一郎は、まだわかっていなかった。
 実際の碧夢の筋力と、スイッチの入った時の恐ろしさを...。
  

「丈一郎さん...嬉しい」

 感極まったように目を潤ませ、声を上ずらせた碧夢が立ち上がり、丈一郎の傍に歩み寄って抱きついた。丈一郎も碧夢を抱きしめ返す。腕や腰に触れればしなやかな筋肉が付いている事はわかっていても、こうして抱いた碧夢の肩はやはり細く、その体は丈一郎の腕の中にすっぽり収まってしまう。本当にこんな体であの須賀谷をねじ伏せて反撃したというのか?
 実は碧夢の話は全て浮気を誤魔化す為の、出来過ぎた作り話なのではないか...なんて考えてしまい、また自己嫌悪に陥ってしまうほど、彼は華奢に思えた。

しかし。

「丈一郎さん...丈一郎さん...」

 うわ言のように名を呟きながら腰を抱きしめてくる碧夢の力が、いつになく強い。かと思えば、その左手が丈一郎の尻に降りていき、弾力を確かめるようにゆっくりと撫で回す。

「あ、碧夢?」

「やっぱり良い感触...張りはあるんだけど、張り過ぎじゃなくてほんの少し隙があるんだよね」

 そう言ったかと思えば、今度はワイシャツ越しの胸筋に顔を埋めては頬擦りをする。これは出会った時から碧夢がよくやる事で、甘える時の癖なんだな可愛い、と思っている仕草だったのだが、今日はそれに感想が付いてきた。

「ああ...丈一郎さんの雄っぱい...分厚くて、一見固そうなのに案外ふわふわだよね...大っきいのに乳首は小さくて、良い匂いもするし...最高。
...早くこの未開発の可愛い乳首、開発したいな」

「?!?!?!」

「愛してるよ、丈一郎さん。貴方だけが僕の輝ける星。
安心してね、貴方だけはゆっくり丁寧に大切に抱くから。
貴方を好きになってから僕、ネットでも色々、勉強したんだ」

 腕の中で丈一郎を見上げている碧夢の顔は可愛らしく笑っている。なのに目は獲物を狙っている時の猫のように瞳孔が開いていて、それを見た丈一郎の尾骶骨から背筋にはひやりと悪寒が走り抜けるのだった...。











 

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,088pt お気に入り:22,202

巣ごもりオメガは後宮にひそむ

BL / 完結 24h.ポイント:5,484pt お気に入り:1,588

フェロ紋なんてクソくらえ

BL / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:387

悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,924pt お気に入り:3,025

過保護な不良に狙われた俺

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:191

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:16,889pt お気に入り:12,476

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,706pt お気に入り:2,909

主神の祝福

BL / 完結 24h.ポイント:953pt お気に入り:253

処理中です...