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第二章 初めての領地
29 今宵は赤い月が浮かぶ 1
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スタンピードとは、赤い月の浮かぶ夜に、魔物の力が強まり、赤い魔物が生まれ、凶暴化する現象のことである。
なぜ赤い月が浮かぶ日なのか、なぜ力が強くなり凶暴化するのか、なぜ赤い魔物が生まれるのか、ほとんどなにもわかっていない。
だが、民たちの間に昔から伝わっているのはーー
赤い月の下には出るな
「おそらくは、父上はその兆候のようなものを掴んでいたのだろう。今思うと、リオンを連れてきたのはこのためだったのかもしれないな」
アルトルートと話した後、兄に捕まってしまったリオンティールは、この際とばかりに、アルトルートに聞かれたことについて、兄に相談した。
ベルトナンドは、リオンティールを膝に乗せた後、スタンピードの伝承について話してくれた。
だが、リオンティールは、まったく話の本筋が見えてこない。
「なんで僕を?」
スタンピードが起こることと、自分を連れてきたことの繋がりがどこにあるというのか。
「言っただろ。赤い月が浮かぶときにスタンピードが起こると。それは、この領地に限られた話ではなく、都でも同じなんだ。リオンが安心して過ごせるように配慮はするだろうが、いざというときに、リオンを守れるように、なるべく近くに置いておきたかったんだろうな。私たちでもそうしただろう」
「はぁ、なるほど」
リオンティールは、世辞にも戦闘能力は高いとはいえない。魔物が襲撃してくるようなことがあれば、撃退などできないだろう。
防御については、攻撃無効の恩恵を持っているため、リオンティールは平気かもしれないが、周りが巻き込まれかねない。
「まったく危機感を持っていないな……。そういうところは、父上によく似ている」
「兄上にも似ていると思いますよ?」
「私はどんな風に見られているんだ……?」
リオンティールがそこまで危機感を持たないのは、この領地に強い存在が集まっているからに他ならない。
両親や兄姉は、とても優れた戦闘能力を有している。それは、連れている従魔からも充分に想像できるだろう。
リオンティールが父と兄が似ていると言ったのは、こういう面からだ。
そしてここは、迷宮が複数存在している冒険者の街でもある。魔物との戦闘に慣れている冒険者も多くいる。
そんな根拠が重なり、自分が余計なことをしようとしなければ、危険な目に合うことはないとリオンティールは考えていた。
「スタンピードが起これば、兄上や姉上も魔物退治に向かうんですか?」
「そうだな。母上も向かうことになるかもしれない。が、誰か一人はリオンの護衛のために残るだろうな。できれば私が残りたいが……」
「いや、無理でしょ。兄上、強いもん」
以前のスタンピードでブルーエレメントを従魔にしたということは、ベルトナンドは、それだけの実力は有していることになる。
前線に行けとは命じられても、後方待機が許されるとは、到底思えなかった。
「それは思っていたとしても言わないでいるべきだろう!?リオンは私といたくないのか!?」
「はい」
リオンティールが即答すると、ベルトナンドはショックを受けた顔をする。
その時、リオンティールはある人物を忘れていたことに気づき、「あっ」と言葉を漏らす。
「姉上もお断りですかね」
「そんな!ひどいわよリオン!」
姉という言葉を出したとたんに、どこからともなくアリアーティスが現れた。
これが噂をすればというやつかと、リオンティールは姉のほうを見る。
「私たちがリオンに何したって言うのよ!」
「言ったらキリがありませんが……」
リオンティールが瞬間的に脳内に思い浮かべただけでも、十個は浮かんだくらいだ。少し時間をかければ、三十個は余裕で浮かぶだろう。
「僕を当たり前のように抱き上げるところ、僕の意見をガン無視するところ、僕との距離感が近すぎるところ、僕を見る目が変質者なところーー」
「も、もういいわよ!」
とりあえず、瞬間的に脳内に思い浮かべたのを話していったら、途中で止められてしまった。
(まだ半分も言えてないんだけど……)
リオンティールは不満げな表情でアリアーティスを見る。アリアーティスは、目に涙を浮かべ、プイッとリオンティールから目をそらす。
それは、理不尽を言われて拗ねた子どものようだった。
「嫌なら言ってくれればよかったのに……」
そう訴えるかのような一人言を呟くが、リオンティールからしてみれば、結構訴えていたほうだ。この二人が聞いていなかったか、聞かなかったことにしていただけで。
ふと、後方から何か声がすると感じたリオンティールが後ろに顔を向けると、兄が何やらボソボソと呟いていた。
「変質者……変質者……」
大好きな弟に変質者呼ばわりされたのがよほどショックだったのか、壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返していた。
(……今のうちに部屋に戻るか)
こんなカオスな空間にはいたくなかったリオンティールは、ベルトナンドの膝から降りて、そそくさとその場を後にした。
なぜ赤い月が浮かぶ日なのか、なぜ力が強くなり凶暴化するのか、なぜ赤い魔物が生まれるのか、ほとんどなにもわかっていない。
だが、民たちの間に昔から伝わっているのはーー
赤い月の下には出るな
「おそらくは、父上はその兆候のようなものを掴んでいたのだろう。今思うと、リオンを連れてきたのはこのためだったのかもしれないな」
アルトルートと話した後、兄に捕まってしまったリオンティールは、この際とばかりに、アルトルートに聞かれたことについて、兄に相談した。
ベルトナンドは、リオンティールを膝に乗せた後、スタンピードの伝承について話してくれた。
だが、リオンティールは、まったく話の本筋が見えてこない。
「なんで僕を?」
スタンピードが起こることと、自分を連れてきたことの繋がりがどこにあるというのか。
「言っただろ。赤い月が浮かぶときにスタンピードが起こると。それは、この領地に限られた話ではなく、都でも同じなんだ。リオンが安心して過ごせるように配慮はするだろうが、いざというときに、リオンを守れるように、なるべく近くに置いておきたかったんだろうな。私たちでもそうしただろう」
「はぁ、なるほど」
リオンティールは、世辞にも戦闘能力は高いとはいえない。魔物が襲撃してくるようなことがあれば、撃退などできないだろう。
防御については、攻撃無効の恩恵を持っているため、リオンティールは平気かもしれないが、周りが巻き込まれかねない。
「まったく危機感を持っていないな……。そういうところは、父上によく似ている」
「兄上にも似ていると思いますよ?」
「私はどんな風に見られているんだ……?」
リオンティールがそこまで危機感を持たないのは、この領地に強い存在が集まっているからに他ならない。
両親や兄姉は、とても優れた戦闘能力を有している。それは、連れている従魔からも充分に想像できるだろう。
リオンティールが父と兄が似ていると言ったのは、こういう面からだ。
そしてここは、迷宮が複数存在している冒険者の街でもある。魔物との戦闘に慣れている冒険者も多くいる。
そんな根拠が重なり、自分が余計なことをしようとしなければ、危険な目に合うことはないとリオンティールは考えていた。
「スタンピードが起これば、兄上や姉上も魔物退治に向かうんですか?」
「そうだな。母上も向かうことになるかもしれない。が、誰か一人はリオンの護衛のために残るだろうな。できれば私が残りたいが……」
「いや、無理でしょ。兄上、強いもん」
以前のスタンピードでブルーエレメントを従魔にしたということは、ベルトナンドは、それだけの実力は有していることになる。
前線に行けとは命じられても、後方待機が許されるとは、到底思えなかった。
「それは思っていたとしても言わないでいるべきだろう!?リオンは私といたくないのか!?」
「はい」
リオンティールが即答すると、ベルトナンドはショックを受けた顔をする。
その時、リオンティールはある人物を忘れていたことに気づき、「あっ」と言葉を漏らす。
「姉上もお断りですかね」
「そんな!ひどいわよリオン!」
姉という言葉を出したとたんに、どこからともなくアリアーティスが現れた。
これが噂をすればというやつかと、リオンティールは姉のほうを見る。
「私たちがリオンに何したって言うのよ!」
「言ったらキリがありませんが……」
リオンティールが瞬間的に脳内に思い浮かべただけでも、十個は浮かんだくらいだ。少し時間をかければ、三十個は余裕で浮かぶだろう。
「僕を当たり前のように抱き上げるところ、僕の意見をガン無視するところ、僕との距離感が近すぎるところ、僕を見る目が変質者なところーー」
「も、もういいわよ!」
とりあえず、瞬間的に脳内に思い浮かべたのを話していったら、途中で止められてしまった。
(まだ半分も言えてないんだけど……)
リオンティールは不満げな表情でアリアーティスを見る。アリアーティスは、目に涙を浮かべ、プイッとリオンティールから目をそらす。
それは、理不尽を言われて拗ねた子どものようだった。
「嫌なら言ってくれればよかったのに……」
そう訴えるかのような一人言を呟くが、リオンティールからしてみれば、結構訴えていたほうだ。この二人が聞いていなかったか、聞かなかったことにしていただけで。
ふと、後方から何か声がすると感じたリオンティールが後ろに顔を向けると、兄が何やらボソボソと呟いていた。
「変質者……変質者……」
大好きな弟に変質者呼ばわりされたのがよほどショックだったのか、壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返していた。
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