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1 思い出した生前の記憶

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 アリシア・ローウェルは悪女であった。
 それは、この国ーーアルス王国に住む民なら、皆が知っている事実だ。
 アリシアは、元は王太子の婚約者だった。理由としては、王子に一目惚れをしたアリシアが、家の力でその座を奪い取ったから。
 そんな傍若無人ぶりに漏れず、アリシアは数えきれないほどの悪事という悪事を犯す。
 王子に近づく女を、直接虐げるのはもちろんのこと、雇った暴漢に襲わせたり、冤罪を擦り付け、信用を地に落とすようなこともしたことがあったほど。
 庶民なんて虫けら程度にしか思っておらず、自分の前に立ちふさがる庶民がいれば、容赦なく蹴り飛ばし、汚らわしい血で汚れたと、その民を処分させようとするほどだ。
 そんな女は王妃にふさわしいどころか、この国の民にも相応しくないと、処刑された。

 そんな、歴史が書かれた書物を、私ーーアリステアは見つけた。ここは、父から十歳の誕生日プレゼントとして送られた図書室にしまってあったものだ。
 ここには、偉人の伝記なんてなかったはずなのにと思ったけど、なぜか惹かれてしまい、気づいたら手に取っていた。
 この書物に目を通した時、私は気づいた。
 自分もかつて、こんな人生を歩んだことがあることに。
 アリシアじゃなくて、アリステアと名前を変えたら、自分のことが書かれていると言っても過言ではないくらいにそっくりだ。
 私は一度、アリステア・ルーメル・ローウェンとしての生を歩んでいた。
 家族に愛されて、素敵な婚約者にも恵まれて、私は自分が幸せ者だと信じて疑わなかった。
 それが無惨に崩れ去ったのは、学園を卒業する時ーーいや、それよりも、ずっと前からだったかもしれない。
 私の婚約者は、この国の第一王子だった。第一王子の婚約者ということは、最も次期王妃に近いということ。
 そのために、私は幼い頃から王妃教育を受けていた。いや……今は王太子妃教育のほうが正しいかもしれない。
 早く跡継ぎを作るためにも、王太子は早めに結婚をしなければならない。王位なんて、のんきに待っていられるものではないから。
 それでも、婚約者の義務として、そしてなにより、第一王子のことは好きだったから頑張れた。
 それを裏切ったのはーー王子のほうだった。
 仲は、お世辞にも良かったとは言えない。それをわかっているのか、令嬢たちは王子に近づくのを止めなかった。
 一応、私という婚約者がいる身ではあるため、注意をしていた。当時は、王子も賛同していたため、ほとんどの令嬢は、それで身を引いたけど、中には諦めようとしない人もいる。
 その筆頭が、子爵令嬢のリリアナ嬢だった。
 リリアナ嬢は、とにかく社交がうまかった。下手をすれば、王妃教育を受けてきた私よりも。
 下級貴族らしい振る舞いをしながらも、その美貌や巧みな言葉遣いで、どんどん自分の味方を増やしていた。
 いつの間にか、リリアナは王子にふさわしいとまことしやかに囁かれるようになった。
 そうなってからは、リリアナは王子にさらに近づくようになった。
 私は、友人に言われていたのもあり、さらに厳しく言うようになった。
 でも、リリアナは泣いて謝ってはいたが、口ばかりで、行動を変えることはなかった。むしろなぜか、アリステアのほうが悪者扱いされる。
 アリステアはよくわからなかったが、自分は正しいことをしているのだと、注意を止めることはなかった。
 その結果がーー悪女呼ばわりだ。
 王子を束縛する女。自分が身分が上というだけで暴力を振るう。王子に近づく女に水をかけるーー悪意のある噂は、あげればキリがない。 
 子どもが行うようなイタズラから、下手をすれば犯罪ということまで、幅広いものだった。
 それが積み重なり、私は、アリステアはーー稀代の悪女として処刑された。
 断頭台に横たわり、首を落とされた。
 その時は、城の地下牢に入れられていたけど、悪女と言われる私には、誰も会いに来なかった。唯一会いに来た家族には、罵倒されただけ。

『お前は家の恥だ』
『あなたはわたくしの娘じゃないわ』
『お前と血が繋がっていると思うと吐き気がする』

 お父様、お母様、お兄様が、それぞれ私に告げた言葉。
 そこで、私は完全に壊れてしまい、周りからどんなに罵倒されても気にならず、そのまま斬首されたため、苦しみとか、恨みとか、何も持ち合わせていなかった。
 でも、今は違う。
 今ならわかる。私は、嵌められたのだと。読み上げていた罪状も、思い返してみると、全然覚えがないし、友人だと思っていた存在が、私に話しかけてきたのは、二人の仲が深まってきてからだ。
 それに気づいた私は、すべてが憎くて仕方なくなった。
 私を嵌めた人たちも、信じようともしなかった家族も、何もかもが。できることなら、同じ断頭台に送ってやりたいと思うほど。
 でも、それをやったら、その人たちと同じところまで落ちてしまう。それはもっと嫌だった。
 だから、もう縛られないことにした。私は、自分のやりたいように生きると。次期王妃とか、王子には、もう縛られないと。
 もう……誰も、何もかも信じないと。
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