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第二章 赤い月と少年の秘密
29 ルイスの異変 2
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馬車に近づいていくルイスの後を、リリカたちは静かについていく。
ルイスのような子どもの足では、このまま歩くだけでは馬車には追いつけないがーー
「よいしょっと」
ルイスは、軽く地面を蹴り、宙返りしながら馬車の前に立った。
距離からして、五十メートルはあったように見えたが、何の苦もなく跳び跳ねて馬車の前に立ってしまった。
迷宮の時から気づいていたが、やはり、ルイスの身体能力は、普通の子どもとは違うように見えた。
「おい!なんだお前は!」
ルイスの身体能力に呆気に取られていたが、御者の声で現実に引き戻され、リリカたちはルイスの元に駆け寄ろうと走り出す。
「おじさん、どこに行くの?」
「お前には関係ないだろ!」
おじさんと呼ばれた男は声を荒らげるが、ルイスは怯みもしない。
「だって、今は危ないよ?」
普段のルイスとは、話し方が違う。今のほうが子どもらしい話し方ではあるが、ルイスは、基本的に年上には敬語を使っている。
それは、リリカたちに対しても同じで、砕けた口調になることは一度たりともなかった。
話し方だけでも、リリカたちが違和感を感じるには充分だった。
「おじさん、何を運んでるの?」
「だからお前には関係ないだろ!さっさとどかないとこのままーー」
「馬車の中から血の匂いがするよ?多分、人間の子どもだよね?遠くからじゃわからなかったけど、近づくと鮮明にわかるよ」
ルイスがにこりと微笑みながらそう言うと、男はぎょっとしたような顔でルイスを見る。
それは、リリカたちも同じだった。
(血の匂い?人間の子ども?)
なぜ、ルイスにはそれがわかるのかというのは気にならなかった。いや、気にしている余裕がなかった。
それほどまでに、ルイスの言葉は衝撃的なことだった。
「匂いからして、五人かな。女の子が二人と男の子が三人。匂いが似てる二人がいるから、兄弟なのかな?どっちが上かはわからないけど……」
くんくんと何かを嗅ぐような動作をしながら、より細かく指定していく。
だんだんと青ざめていく御者の様子が、ルイスの言葉が真実であることを証明していた。
「な、なんだ……!?お前は、なんなんだ!?」
「僕はルイス。冒険者だよ。……一応、ね」
ルイスのキラリと光る赤い瞳が、御者を見る。
もう白けた顔をしている御者は、ただ見られているだけだというのに、まるで胸を鷲掴みにされたかのような圧迫感を感じていた。
明らかにルイスの様子がおかしい。止めなければならない。それは頭ではわかっているのに、リリカたちはなぜか足が動かなかった。
ルイスは、そんな男やリリカたちの様子に気づいているのかいないのか、そのままゆっくりと御者のほうに近づいていく。
「なんかね、今日の僕は体の調子がいいんだ。いつも以上に匂いをよく感じるし、体が軽くて高く跳べる」
至近距離にまで近づいたルイスは、手を伸ばし、男の顔に触れる。
男は、反射で体を震わせた。
「でも、なんでかな。おじさんが、とても美味しそうに見える。おじさんからは、血の匂いなんてしないのにね」
「く、来るな!」
男は、反射的にルイスを突き飛ばそうとするが、さっと避けたルイスに、伸ばした腕を掴まれる。
目の前に立っているルイスは、明らかに子どもなのに、男は掴まれた腕を振り払えない。
「子どもには優しくしないとダメだよ、おじさん。子どもを攻撃しようとする人は悪い大人だって、母さんが言ってたよ?おじさん、悪い大人になっちゃう」
「し、知るかそんなこと!」
もう男は、目の前の子どもが、普通の子どもとは思っていなかった。いや、そもそも、自分と同じ人間のようにも見えなかった。
男の知っている人間の子どもというのは、無力な金づるだ。子どもを欲しがる奴らなんて、どの国にも大勢いるし、親がいなければ、取り戻そうとしてくる存在もいない、便利なもの。
決して、男に力で勝り、男を獲物のように扱ってくる、不気味な赤い瞳を持った何かではない。
「悪い大人のおじさんなら、いなくなっても誰も困らないよねぇ?おじさんがいなくなって泣いちゃう人っているのかなぁ?」
ニヤニヤしながらそう言うルイスに、リリカはある恐怖を覚える。
(まさか、ルイスくん……。あの男を殺すつもりなの!?)
もう、そうとしか思えなかった。
いなくなっても誰も困らないという言葉や、獲物を見つけた捕食者のような目が、余計にそう思わせる。
ルイスを止めなければと、リリカは「待って!」と声を荒らげる。
「その人を傷つけたらダメよ!ギルド所属者は、無関係の人に危害を加えることは禁止されてるの!そんなことしたら、冒険者じゃなくなっちゃうわよ!」
もっと他に言うことがあるだろうに、出てきたのはその言葉だった。
パーティーの仲間にも、そこじゃないとでも言いたげな目で見られる。
リリカは失敗したかと焦ったがーー
「そうなんですか……」
ルイスは、露骨に落ち込んだ様子を見せる。
それに、嫌な予感が的中してしまったことに怯えながらも、理解してくれたことにリリカが安堵したその時。
「じゃあ、目撃者がいなくなっちゃえば、バレないですよね?」
「……えっ?」
リリカがその言葉を理解するより前に、ルイスは巨大な火球を生み出す。
それは、かつて、レッドロックワームを倒したときと同じ魔法だった。
「ま、待って……」
「大丈夫です。痛みは感じないと思いますから」
そういうことじゃないと思いながらも、それ以上言葉が出てこない。
どうしようかと思考を張り巡らせているうちに、火球はリリカたちのほうに向かって放たれた。
避けなければと思うが、足が動かない。それは、パーティーの仲間たちも一緒だった。
火球が直撃しそうになり、リリカたちは反射的に目をつぶる。だが、いつまで経っても熱さのようなものは感じず、痛みもなかった。
リリカたちが恐る恐る目を開けると、リリカたちの前に誰かが立っている。
「人を傷つけたらダメだって教えたはずなんだけどね。もう一度、教育が必要かしら?……ルイス」
その人物は、リリカたちを庇うように立ち、ルイスと対峙した。
ルイスのような子どもの足では、このまま歩くだけでは馬車には追いつけないがーー
「よいしょっと」
ルイスは、軽く地面を蹴り、宙返りしながら馬車の前に立った。
距離からして、五十メートルはあったように見えたが、何の苦もなく跳び跳ねて馬車の前に立ってしまった。
迷宮の時から気づいていたが、やはり、ルイスの身体能力は、普通の子どもとは違うように見えた。
「おい!なんだお前は!」
ルイスの身体能力に呆気に取られていたが、御者の声で現実に引き戻され、リリカたちはルイスの元に駆け寄ろうと走り出す。
「おじさん、どこに行くの?」
「お前には関係ないだろ!」
おじさんと呼ばれた男は声を荒らげるが、ルイスは怯みもしない。
「だって、今は危ないよ?」
普段のルイスとは、話し方が違う。今のほうが子どもらしい話し方ではあるが、ルイスは、基本的に年上には敬語を使っている。
それは、リリカたちに対しても同じで、砕けた口調になることは一度たりともなかった。
話し方だけでも、リリカたちが違和感を感じるには充分だった。
「おじさん、何を運んでるの?」
「だからお前には関係ないだろ!さっさとどかないとこのままーー」
「馬車の中から血の匂いがするよ?多分、人間の子どもだよね?遠くからじゃわからなかったけど、近づくと鮮明にわかるよ」
ルイスがにこりと微笑みながらそう言うと、男はぎょっとしたような顔でルイスを見る。
それは、リリカたちも同じだった。
(血の匂い?人間の子ども?)
なぜ、ルイスにはそれがわかるのかというのは気にならなかった。いや、気にしている余裕がなかった。
それほどまでに、ルイスの言葉は衝撃的なことだった。
「匂いからして、五人かな。女の子が二人と男の子が三人。匂いが似てる二人がいるから、兄弟なのかな?どっちが上かはわからないけど……」
くんくんと何かを嗅ぐような動作をしながら、より細かく指定していく。
だんだんと青ざめていく御者の様子が、ルイスの言葉が真実であることを証明していた。
「な、なんだ……!?お前は、なんなんだ!?」
「僕はルイス。冒険者だよ。……一応、ね」
ルイスのキラリと光る赤い瞳が、御者を見る。
もう白けた顔をしている御者は、ただ見られているだけだというのに、まるで胸を鷲掴みにされたかのような圧迫感を感じていた。
明らかにルイスの様子がおかしい。止めなければならない。それは頭ではわかっているのに、リリカたちはなぜか足が動かなかった。
ルイスは、そんな男やリリカたちの様子に気づいているのかいないのか、そのままゆっくりと御者のほうに近づいていく。
「なんかね、今日の僕は体の調子がいいんだ。いつも以上に匂いをよく感じるし、体が軽くて高く跳べる」
至近距離にまで近づいたルイスは、手を伸ばし、男の顔に触れる。
男は、反射で体を震わせた。
「でも、なんでかな。おじさんが、とても美味しそうに見える。おじさんからは、血の匂いなんてしないのにね」
「く、来るな!」
男は、反射的にルイスを突き飛ばそうとするが、さっと避けたルイスに、伸ばした腕を掴まれる。
目の前に立っているルイスは、明らかに子どもなのに、男は掴まれた腕を振り払えない。
「子どもには優しくしないとダメだよ、おじさん。子どもを攻撃しようとする人は悪い大人だって、母さんが言ってたよ?おじさん、悪い大人になっちゃう」
「し、知るかそんなこと!」
もう男は、目の前の子どもが、普通の子どもとは思っていなかった。いや、そもそも、自分と同じ人間のようにも見えなかった。
男の知っている人間の子どもというのは、無力な金づるだ。子どもを欲しがる奴らなんて、どの国にも大勢いるし、親がいなければ、取り戻そうとしてくる存在もいない、便利なもの。
決して、男に力で勝り、男を獲物のように扱ってくる、不気味な赤い瞳を持った何かではない。
「悪い大人のおじさんなら、いなくなっても誰も困らないよねぇ?おじさんがいなくなって泣いちゃう人っているのかなぁ?」
ニヤニヤしながらそう言うルイスに、リリカはある恐怖を覚える。
(まさか、ルイスくん……。あの男を殺すつもりなの!?)
もう、そうとしか思えなかった。
いなくなっても誰も困らないという言葉や、獲物を見つけた捕食者のような目が、余計にそう思わせる。
ルイスを止めなければと、リリカは「待って!」と声を荒らげる。
「その人を傷つけたらダメよ!ギルド所属者は、無関係の人に危害を加えることは禁止されてるの!そんなことしたら、冒険者じゃなくなっちゃうわよ!」
もっと他に言うことがあるだろうに、出てきたのはその言葉だった。
パーティーの仲間にも、そこじゃないとでも言いたげな目で見られる。
リリカは失敗したかと焦ったがーー
「そうなんですか……」
ルイスは、露骨に落ち込んだ様子を見せる。
それに、嫌な予感が的中してしまったことに怯えながらも、理解してくれたことにリリカが安堵したその時。
「じゃあ、目撃者がいなくなっちゃえば、バレないですよね?」
「……えっ?」
リリカがその言葉を理解するより前に、ルイスは巨大な火球を生み出す。
それは、かつて、レッドロックワームを倒したときと同じ魔法だった。
「ま、待って……」
「大丈夫です。痛みは感じないと思いますから」
そういうことじゃないと思いながらも、それ以上言葉が出てこない。
どうしようかと思考を張り巡らせているうちに、火球はリリカたちのほうに向かって放たれた。
避けなければと思うが、足が動かない。それは、パーティーの仲間たちも一緒だった。
火球が直撃しそうになり、リリカたちは反射的に目をつぶる。だが、いつまで経っても熱さのようなものは感じず、痛みもなかった。
リリカたちが恐る恐る目を開けると、リリカたちの前に誰かが立っている。
「人を傷つけたらダメだって教えたはずなんだけどね。もう一度、教育が必要かしら?……ルイス」
その人物は、リリカたちを庇うように立ち、ルイスと対峙した。
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