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第一章 帝国編

間話 フランカの悲劇

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 今日は久しぶりに養父ミゲルに会う。

 ミゲルは十五年の潜伏捜査を成功させたが、辺境伯にその件を悟られてはいけないため、もうしばらくは諜報部には復帰せず、帝国学院の教員として帝都で暮らすことになっている。

 明日帝都に移動してしまうということで、しばらく会えなくなるため、会うことにしたのだ。陛下は気をつかって、二人で会うようにと取り計らって下さり、今日はいらっしゃらない。

「皇后さま、ミゲル様がお見えになりました」

 メイドのミルフィがミゲルを案内してくれた。久しぶりに見るミゲルは全く変わっていなかった。よく考えたら、まだ二週間も経っていないから、変わるわけがない。

「お父様、お久しぶりです」

「カレン、久しぶり。今日は皇后さまではなく、カレンと話していいかな?」

「もちろんです、お父様」

 お忍びでの謁見用の部屋にはソファが用意されており、私たちは対面で座った。

 ミルフィが紅茶を運んできた。

「姉さんからは話は聞いた?」

「はい。いつも後ろにおりまして、よく話をします。でも、感情のない人形のようですので、寂しいです」

「そうか。僕の後ろには誰もいないのか」

「はい、いらっしゃいません。あの、陛下が異父兄妹であることはご存知でしたか?」

「知っていた。姉さんの追放の原因となった人だからね。先帝から真相は聞いたのか?」

「はい。カトリーヌお婆様の役割やその後の経緯も全てお聞きしました」

「凄い能力だよね」

「あの、お父様にとって、私はどんな存在なのでしょう?」

 意表を突かれた質問だったようで、ミゲルは少し驚いている。

「娘のような姪かな。でも、お父様って歳ではないと思うので、妹のような姪かな」

 ミゲルをそう言って微笑んだ。

「レオンポールでは、色々と助けて頂き、本当にありがとうございました」

 私は立ち上がって、深々とお礼をした。

 ミゲルは立ち上がって、私を優しくハグしてくれた。

「いや、全然助けられなかった。ビンセントの虐待を全て止めることができず、カレンには辛い思いをさせてしまって、申し訳なかった。もっと上手く出来たんじゃないか、と反省ばかりしているが、とにかくカレンには、これからはずっと幸せでいてほしい」

「いいえ、お父様は最善の対応をしてくださいました。あの男は狂人ですから、取り扱いは難しかったでしょう」

「まあ、その通りだが、カレンも六歳ぐらいからだったかな、上手くあしらうというか、少し接し方が変わったのかな?」

「ええ、母だと思ってた人が父だと分かり、とてもつまらない人だと知ったからです。でも、じゃあお父様は何者なのだろう、とは思いましたけど」

「ははは、そうだよね」

「ところで、陛下からも尋ねられると思うのですが、カトリーヌお婆様は今はどちらに?」

「皇太后様からはお聞きになっていないのか?」

「帝都郊外の湖畔の城にお住まいと伺いました」

「今もそこで父と暮らしているよ。是非一度遊びに来て欲しい。母が会いたがっていると思う」

「はい、絶対に会いに行きます」

 その後、しばらく歓談して、ミゲルは帰って行った。

 カトリーヌお婆様は皇太后さまの親友だった。貴族の出にも関わらず、後宮でとてもやって行けそうもない当時皇后だった皇太后さまにメイドとして付き添い、皇太后さまを支えてくれたらしい。

 あの皇太后さまにそんなしおらしい乙女時代があったとは驚きだが、二十歳ぐらいまでの皇太后さまは、控えめで物静かでおとなしい女性だったらしい。

 なかなか子供の出来ない皇太后さまが、追い詰められ衰弱して行くのを見たカトリーヌお婆様は、先帝と契りを結び、産まれた子供を皇太后さまに渡すという壮絶な役割を引き受けたのだ。

 そして、陛下が産まれ、皇太后さまの子供として育てられた。皇太后さまは、この時から、カトリーヌお婆様の恩に報いるため、そして、何よりも陛下を守るために、後宮で生き抜き、今みたいになってしまわれたのだった。

 その後、カトリーヌお婆様は、事情を全て知った上でお婆様を見初めてくれたヘミング子爵と恋に落ち、帝都郊外でひっそりと暮らしていたのだが、まさか子爵との間に出来た娘のフランカと陛下が、恋仲に落ちるとは思いもしなかった。

 コルレオ派閥の総力を上げて、リンお姉様を妃候補に担ぎ上げ、先帝も皇太后さまも乗り出して、何とか二人を別れさせたのだが、フランカは錯乱してしまって、非常に危険な状態だった。また、当時皇太子だった陛下も、皇族から離籍したいと先帝に懇願していた。

 そこで、先帝はフランカを国外に追放し、以降ずっと面倒を見るつもりだったらしいのだが、運悪く、当時息子を作りたがっていた辺境伯の目に留まってしまったのだ。

 陛下は先帝がフランカが辺境伯に会うように仕込んだと聞かされていたが、実は全くの偶然だった。先帝が何度もフランカに使者を寄越したのも、安否を気遣ってのことで、辺境伯の情報収集が目的ではなかった。陛下の出自を隠すための方便だったのだ。

 そして、我が母フランカにとって、最後の悲劇が訪れる。男児を期待していた辺境伯が、私が産まれたことを知り、本性を現したのだ。

 もうフランカには、これ以上の逆境に耐えられる精神は残っていなかった。フランカは私を残したまま、崖から身を投げて自殺した。

 自殺したということは、私しか知らない。フランカは、足を踏み外して事故死したと信じられている。
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