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 魔王が聖女を連れ去った後、王太子の心に残ったのは深い後悔だった。

 魔法が解けるように露わになっていくルリアの姿はとても神秘的だった。

 美しいプラチナブランドの髪に、涙で潤んだコバルトブルーの澄んだ瞳。僅かに開かれたベビーピンクの形の良い唇。まさに女神の化身の様な美しい少女だった。

「ハルク! ねぇハルク‼︎」と、可憐な唇から零れ落ちる鈴を転がしたような透き通った綺麗な声。何もかもが王太子の初恋の人と同じだった。

「お、王太子様?」

 恐る恐ると言った様子で呼びかけられる、ルリアとは全く似ても似つかない声。

 チラリと横を見れば、媚びを含んだ目で此方を見つめるリリアナの姿があった。最近少し愛らしく感じていた彼女は、今は全くなにも感じられない。寧ろ、ルリアを見てからリリアナを見ると何故かイラっとするほどであった。

「王よ、婚約破棄は取り消してもよろしいでしょうか?」

 改めて王に願い出る。ルリアが聖女で私の初恋の人だと分かった今、諦める事は到底できなかった。

「よい、リリアナは不敬罪で牢に入れておけ。それから聖女だと偽ったのもある。一生牢で暮らしてもらう」
「な!?」
「それは‼︎」

 王の言葉にリリアナの母親と父親が反応する。

「なにか?」

 しかし、ジロリと睨まれるとすごすごと引き下がった。

「え? え? なんで? 王太子様は私に惚れていたんじゃないの?」
「私はルリアに、聖女に惚れている。初恋の人だから」

 その言葉にリリアナがキレた。

「は? なんなのよ! あんだけ良くしてやったのに! ルリアが可愛くなったらそっちに鞍替えってわけ? 聖女だから? は! 王族ってそんなに汚いんだ‼︎ 私の方があのゴミより優れているはずなのよ! あり得ないあり得ないあり得ない‼︎ そうよ、お父様の言う通りあの時殺しておけば良かったのよ……!」

 ブツブツと呟くリリアナ。

「どう言うことかな? 公爵よ」

 王が聞き逃してはならない単語を見つけ、リリアナの父親に問いかける。

「あ。そ、それは……リリアナの戯言です! 嘘ですから。あの子は前々からおかしかったのです。しょうがないのですよ。どうにもなりませんでした」
「貴方!?」
「黙ってろ!」
「……」

 慌てて弁解する公爵にリリアナの母親がビックリしたように反論しようとするが、公爵はギロッと睨み黙らせた。

「ふむ、そうか。ならまぁいい。そこのリリアナを連れていけ!」

「いや‼︎ 離しなさい! 私は聖女よ⁉︎」

 抵抗するリリアナをモノともせず、騎士達は牢へと連れて行ったのだった。

○○○

 そして、ひと段落ついた後、王がゆっくり立ち上がって手を上げた。

 それは、古来から伝わる重要な話があるときの作法である。

 サッと地面にひれ伏す貴族達。

「此度、我らの失策により聖女が魔王に拐われた。皆、意味は分かるな? 我こそは! と思うものは手をあげよ! 儂が勇者に任命する。勿論、連れ帰った聖女は勇者の物だ」

 その瞬間、王太子が手を挙げた。

「私が行きとうございます。あれは元より私の婚約者です」
「ふむ、ならば王太子を勇者に任命する。皆、よいか?」
「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」

 王太子は一礼して王の前に立った。

「ありがたき幸せ。必ずや聖女を取り戻して見せましょう」
「勇者の誕生に祝福を‼︎」

 わー! と歓声が上がる。とんだ茶番劇だった。皆、魔王が連れ去った哀れな聖女を取り戻そうと意気込んでいる。

 自分達が少し前まで聖女を虐げていたことなどすっかり忘れているようであった。


 時は同じくして、その様子を城の上空から見つめる者がいる。

「おいおい頭ん中お花畑すぎるだろ。ルリアはやらねぇよバーカ」

 先程、ルリアを屋敷に連れ帰りとりあえず寝かしてきた魔王ハルクである。

「ルリアがぐずるから抜け出すの大変だったんだぜ? 思った通りにあのバカどもは事を進めやがるしヨォ」

 なぁルリア、こんな国いらねぇよな? そう呟いたハルクの手のひらには拳大の黒い球体が浮かび上がっていた。

「魔王の花嫁に手ェ出したらこうなるんだよ! 散々ルリアを虐めやがって!」

 パッと球体が四方八方に飛び散る。それはルリアを虐げた人物に向かって進んでいった。

 侍女、貴族、王、王太子、神官、リリアナ、義母、父親……

 表面上はなにも変わらなかった。しかし、その変化の意味が分かるのはすぐ後だった。

 まず初めに王が叫んだ。

「儂が1番偉いんじゃ! この貴族どものせいで手込めにしようとしていた聖女を魔王にとられたではないか! この無能どもが‼︎」

 次に王太子が叫んだ。

「はぁ? それを言ったら王のせいでしょうが! 聖女なんて可愛ければ誰でもいいなんて言いやがって! おかげで本当の聖女を失ったんだぞ⁉︎  頭使えよ‼︎」

 その後に続くように貴族達が暴言を吐き出す。その場はカオスと化していた。

「ククククク、どーだ? 先程の魔法は本心が隠せなくなる魔法だ。お前らのゲスさが分かるな。まぁ、本当はブチ殺したかったがルリアが嫌がると思ってな。これぐらいにしておいてやるよ。精々国が滅びるまで言い合いっこしてな」

 面白そうにその場を眺めていたハルクはバサッと1羽ばたきしてから、ルリアの待つ屋敷へ戻ったのだった。

 この後、この国は数週間で亡くなることになる。好き放題し出した貴族や王族のせいで財政破綻し、隣国から好機とばかりに攻め入られたからだ。
 捕まった王や王太子、貴族達は最後まで見苦しく傲慢な態度をとっていたと言う。
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